第25話 交渉と、疑いと、ブラフゲーム。
「わたしと、ゲームだと……?」
「良い名前だろ? 『セブンスペード』」
――『セブンスペード』。
馴染みのないゲーム名で首を傾げる読者の君に、俺がルールを簡単に説明しよう。
【スペードのカード】AからKまでの13枚。これを50枚以上の山札から先に7枚、自分の場に揃えた方が勝ちというシンプルなものだ。
俺はジンに、対象となるスペードの札を公開してから山札に混ぜた。
手順はこうだ。山札からカードを1枚引き、相手に見せないように確認する。
それが【スペード】でなければ、山札の横に表向きで捨てる。
もし【スペード】だった場合は、『裏向き』に伏せて自分の前に置く。
「ち、ちょっと待ちたまえ。裏向きに伏せていては、本当にスペードかどうか分からないだろう?」
おっと、ジンが食らいついてきたな……!
「そう。そこがこのゲームの肝だ」
「どういう事だ?」
「自分の前に伏せるカードは、『スペードじゃなくても』構わない」
「何? それでは、相手に『嘘』を吐くことになるのでは――」
「その【嘘】を暴くことも、このゲームの勝利条件だ……!」
要するに、伏せる際に「これはスペードです」と宣言すれば、ブラフ(嘘)を混ぜることができる。相手が嘘だと見抜いて【ダウト】を宣言し、それが的中すれば、その時点で相手の勝ちとなる。
「我々の組織と同じ名で、貴方の嘘を見破れと。……嫌味ですか?」
「いや? 偶然だろ。そんなゲームの勝敗で、交渉に白黒はっきり付けようぜ」
交渉内容は、俺たちが【ダウトの使者】の傘下となり、王国へ叛逆すること。そして俺からの条件は……。
「ホイスト港の解放と、お前ら【ダウトの使者】の解散だ」
「……それだけで宜しいのですか?」
「お前とラミィがこれ以上手を汚さずに済むには、賊から足を洗うのが一番だ。そこから先は……俺が決める」
これだけ血を流すことを嫌う男だ、ラフプレーの心配はまず無いだろう。だが……。
「その懐のナイフは捨てて貰えるか? 神聖な遊戯に刃は無用だ」
「……良いだろう」
ジンは潔く、タキシードの裏に隠したジャックナイフを地面に捨てた。血の匂いも痕跡も無い、冷ややかな刃だった。
――武力も魔法も介さない。口八丁で戦う『ブラフゲーム』の始まりだ。
「……じゃ、俺から行くぜ」
先攻は俺。山札から1枚引き、悟られぬよう確認する。
即座に山札の横へ、表向きでカードを捨てた。【クローバーの6】。ハズレだ。
「次は、わたしですか」
後攻のジンが山札を引く。その瞬間、彼の眉がわずかに跳ね、俺の顔を伺った。そして静かに宣言する。
「これは、スペードです」
ジンの前に、最初の一枚が裏向きに伏せられた。
「……いいぜ」
「疑わないのですか?」
「大事な交渉を前に、たった一手でダウトをかける博打打ちは居ねぇよ。もうちょっと楽しもうぜ」
気楽に返したが、実際は「嘘である証拠」がまだ何も無いだけだ。
♢
ゲームは静寂の中で続いた。
お目当てのスペードはなかなか姿を現さず、互いに引いては捨てる作業が繰り返される。50枚以上の山札から13枚を引き当てるのは、そう簡単じゃない。
ジンが伏せ札1枚に対し、俺はゼロ。スペードはまだ山の下に眠っているらしい。
数分の沈黙に耐えかねたのか、ジンが重い口を開いた。
「貴方は、この地域の者ではないでしょう。王国の事情にも疎そうだ。……一体、何者なのですか?」
義賊にしては随分と素朴な質問だ。探りを入れるというより、純粋な興味に見える。
嘘で塗り固めるより、ここは真実を話すべきか。
「地理を知らないのも無理はない。……俺は、一度死んだ身だからな」
「…………何ですって?」
ほらな、ジンの奴、目に見えて動揺してやがる。荒唐無稽な話を疑うよりも、「そんな奇跡があり得るのか」と期待するような眼差しだ。
ポーキーの時もそうだったが、この世界の住人は絶望に慣れすぎて、『希望』に飢えている。ジンも、おそらく妹のラミィも例外ではない。
「では、貴方は前世の生まれ変わりだと……?」
「解釈が早くて助かる。前世で博打にトチってな。何の因果か、この世界に流れ着いたってわけだ」
緊張感の漂う中、乾いた笑いが交差する。だが、一瞬の緩みが敗北に直結する。油断はできない。
「では、そのトランプも前世から?」
「ああ。冥土の土産にしちゃあ、上等だろ?」
皮肉混じりのジョークを笑いで流しながら、俺の番が回ってくる。カードを引き、中身を確認した。
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はジョー・カーティス。向こうでつまみを作ってるのがポーキーで、あんたの妹が連れてった騎士がニーナだ。そんで、あんたが……」
「ジン。……『ジン・メルド』です」
改めて本名を名乗ったジンの眼は、しかし冷徹だった。
「何故そこまで、わたしに真実を話すのです? 貴方の心臓に刃を向ける盗賊を相手にしているのですよ」
「あんたなら、俺の秘密を受け入れてくれそうな気がしたから、かな」
「その力を利用して、役目を果たせば貴方を使い捨てることだってある」
それは、ジンの『自己否定』の現れか。
信頼など欠片もない環境で生き抜いてきた兄妹だ。俺の言葉も『嘘』に聞こえ、自分自身にも『嘘』を強いているのだろう。
…………よし。だったら、ここで勝負に出てみるか。
俺は引いたカードを裏向きに伏せ、ジンの目を真っ向から見据えた。
このゲームの正攻法が、スペード以外の札を「スペードだ」と欺くことなら――その逆の欺き方だってある。
「―――これは、スペードじゃない」
その宣言の刹那、ジンの眼光が『盗賊』の鋭さへと変貌した。
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