第21話 崩れる橋、命の駆け引き。
古びた石橋の中央から、突如として悲鳴のような亀裂音が響き渡った。
片や重厚な全身鎧を纏う「動く砦」の騎士、片や99の武器をマントに隠し持つ「武器庫」の男。
規格外の二人が中央で激突し合っているのだから、橋の寿命が尽きようとするのも無理はなかった。
スペード5の装甲騎士・ゴードンと、番人・アンドロス。火花を散らす攻防は、同時に橋の寿命を著しく削り取っていく。
「……不味いな」
「不味いなんてレベルじゃないですよ! このままじゃ、ゴードンさん諸共……」
「聞くまでもない。オイラにもこの先の最悪な結末が、嫌っちゅうほど見えるわ」
俺とニーナ、そしてポーキー。三人が脳裏に描くのは共通のビジョンだ。闘いが長引けば橋は限界を迎え、ゴードンとアンドロスは濁流渦巻く川へ真っ逆さま。俺たちも巻き添えを食わないとは限らない。
「そういえば、ゴードンさんって泳げなかったんじゃ……」
「それ以上言わないで、お願い!」
言われずとも分かっていたが、最悪のケースを補強するのは止めてくれ、ニーナ。
「ジョー、この状況を打破する手立てはあるんか? カードの組み合わせで、奇跡でも起こせんべか?」
「……………」
俺は無言を貫きながら、この状況を打破する唯一の術を反芻していた。
ここへ着く前に、ニーナから「ダイヤ・ハート・クローバー」のカード情報を共有されている。それらは一度消費すると一日経つまで回復しない、有限のリソースだ。
魔法、補助、技。単体でも強力なカードが揃う中で、今の状況に最も適しているのは……。
『【クローバー5:テレポーテーション】ですね』
『テレポ……って、まさか瞬間移動か!?』
この世界での『瞬間移動』は、上級魔法使いが操る高位魔法だ。
ある程度使いこなせれば、視界の届く範囲への転移も可能になる。だが、未経験の俺が使えば、どこへ飛ばされるか分からないリスクがあった。
これを使ってゴードンを安全地帯へ引き寄せようと考えたが、俺の未熟さが命取りになりかねない。
―――ビキッ!
橋の亀裂が更に深くなる音がした。悠長に考える暇はない。
考えろ。前世のギャンブル勘とゲームの知識、閃きをフル回転させて、全員が助かる術を探すんだ。
ゴードンのような動く『砦』を、『移動』させて、俺たちを『護る』術を……!
―――『砦』、―――『移動』、―――『護る』。
「そうだッッ!!」
三つのワードがパズルのように噛み合った。俺は衝動に突き動かされるまま、ニーナとポーキーに号令を掛ける。
「二人とも、一直線に橋の先へ走れ!!」
「えっ!? でも、ゴードンさんは!?」
「きっと、ジョーに何か良いアイデアが浮かんだんだべ。彼を信じてみっぺや!」
ポーキーは困惑するニーナの手を引き、ホイスト港の入り口である橋の先へと全力疾走を開始する。
三人が走る間も足元の亀裂は広がり続け、恐怖を煽る。だが俺たちは決死の思いで突っ走り、交戦中のゴードンとアンドロスを追い抜いた。
「なっ……!? 卑怯者! 某を置いて先に征くか!!」
「お前の相手は我だ。余所見をするな」
俺たちの動きに気付いたアンドロスが追おうとするが、ゴードンがその巨体で立ちはだかり、逃がさない。
ようやく橋の先の安全地帯に到達した俺たちは、すぐさまデッキから【スペード5】と【クローバー5】のカードを取り出し、幸運の女神に念じた。
(5のカード二枚による【ペアコンボ】。相性から見て、ゴードンに適している技はこれしかない。頼むぜ、勝利の女神様……いや、今は熟れた果実の幸運の女神様々だ!)
俺は天を仰いで二枚のカードを発動させた!
「スペード5、クローバー5、【ペアコンボ】発動!!」
その瞬間、ゴードンの細い眼が見開き、全身から溢れ出した緑色の光が言葉を紡いだ。
「―――キャッスル・フォーメーション!!」
――シュンッッ!!
「な、何……!?」
アンドロスは、目の前から突如として姿を消したゴードンに驚愕する。
当の彼は、ペアコンボの能力によって、俺たちの目の前へと瞬間移動していた。
「ゴードンさん!」
「ありゃ〜、おったまげた! いつの間にジョー達の前に来られたんだか?」
ニーナは歓喜し、ポーキーは仰天する。あの鈍足のゴードンが、光速で移動したのだから。
「……主よ、何故この秘奥を知っていた?」
ゴードンもまた、己の身に起きた超常現象に一驚を隠せない様子で問いかけてくる。俺は不敵に笑い、指先で架空の駒を動かす仕草を見せた。
「―――昔、チェスをやってた時に、アンタによく似た『ルーク』にだけ使える技で命拾いした事を思い出したんだ。そして、今もな!」
それを聞いた察しのいいポーキーが、技の種明かしを口にする。
「……そうか、分かったべ。『キャスリング』だべな!」
「きゃ、きゃすりんぐ??」
キャスリング。それはボードゲーム『チェス』における特殊ルールだ。王を安全な場所に避難させつつ、城を入れ替えるように移動させる。
俺が『キング』で、ゴードンが『ルーク』。
俺が安全地帯に到達した瞬間、ゴードンと位置を入れ替える。瞬間移動魔法の『クローバー5』にゴードンの『スペード5』を掛け合わせることで、【俺の元にゴードンを呼び寄せ、敵の前に俺の代わりに立たせる】という特殊技を成立させたのだ。
「お、おのれえええ! 戦いの中で背中を見せるとは、戦士の風上にも置けぬ奴らめ!!」
アンドロスは事態を飲み込めず、俺たちが戦闘を放棄して逃げ出したのだと思い込み、怒り心頭だ。
「馬鹿野郎! 俺は戦士じゃなくて召喚士だ。橋が崩れる前に退避するのは、ギャンブラーとしちゃ当然の危機管理だろ!」
「黙れッッ、もう一度某と勝負しろ!!」
この朴念仁め。大鎌を振りかざして迫ってくる死神のような迫力に、俺たちが身構えた、その時だった。
―――バキッッ!!!
「ぬおおおおっっ!!?」
重みに耐えかねた橋が、中央から轟音と共に崩れ落ち、アンドロスを飲み込んでいく!
「あっ、御主人様!?」
「危ないべ!!」
俺は無意識に、橋から転落する寸前のアンドロスの手を掴んでいた。彼は今、崩落した縁で宙ぶらりんの状態だ。
必死で引き上げようとするが、99の武器と鎧の重みでビクともしない。
「畜生ッ……重てぇ……!! その無駄に重いガラクタを捨てろ! そうすれば引き上げられる!!」
「馬鹿な! 武具は武人の魂だ。そんな屈辱を味わうくらいなら、いっそこのまま奈落へ落ちる方がマシだ!!」
「親からもらった命を……安っぽいプライドで捨てようとするな、このボケナスッッ!!!」
それは、ギャンブラーらしからぬ咄嗟の本音だった。
一度死んで、チャンスを与えられて転生した身にとって、命を粗末に扱う奴の存在は許せなかった。
俺も、ポーキーも、ニーナ達13人のスート騎士にも『命』が宿っている。それらをくだらない矜持で失う事だけは、俺のプライドが許さない。
『莫大な富の為に命を賭ける』? そんな金言、前世の地でとっくに捨てたわ。
だからアンドロス、お前だって生きる価値はあるんだよ……!!
「―――ちっくしょおおおお、があああああああああああッッッ!!!!」
俺は鬼の形相で、アンドロスを引き上げようと血管ブチ切れる程の力を出す。だが身体が上がる気配が無く、限界が来ようとした、その瞬間。
―――ガシッ。
「…………!??」
俺の横から伸びた『もう一対の腕』が、アンドロスを容易く引き上げ、安全地帯へと放り投げた。
一瞬、幻覚でも見たような感覚だった。何故ならその腕は、ゴードンの背中から霊的なオーラを纏って生え出していたのだから。
「ゴードン……? お前、いつの間に腕を増やせるようになったんだ??」
「否、これは我の【神通力】。主の窮地に応えんと欲した時、己の限界を超越した」
神通力? つまり、精神エネルギーを物理的な力に変換したってことか……。
「……そんな切り札があるなら、最初から出し惜しみするなよ!」
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