第19話 99の武器を持つ番人
――目的地が決まり、村の人々に温かく見送られた俺たちは、村を後にして南へと向かった。
プレジデント王国を中央とし、大陸を俯瞰で見るならば、村は東側。俺たちが向かおうとする『ホイスト港』は、南に位置する要衝の港町である。
道中は若草が茂る草原が続いていた。吹き抜ける南風が、旅の疲れを穏やかに癒やしていく。
幸い、俺たちの歩みを遮る魔物も現れない。
草原で実った木の実をもいだり、根菜やキノコなど、食料になりそうなものを手当たり次第に採っては、ポーキーの大きなリュックに詰め込んでいった。彼ならどんな材料でも美味く調理してくれるはずだ。
そんな平和な道中も、目的地に近づくにつれて一気に緊張感へと塗り替えられていく。沈黙を破り、ニーナが前方を指さした。
「……見えてきました。港へと繋がる唯一の陸路、『コントラクトブリッジ』です」
――『コントラクトブリッジ』。
全長500メートル。ホイスト港の入り口となる巨大な城門まで続く、木材と鉄鎖で組み上げられた壮大な跳ね橋だ。
川の中央を大型船が通行するため、巨大な鉄鎖が橋の始点と終点に設置され、中央で橋が跳ね上がる仕組みになっている。
その橋の中央――。
黒頭巾を被り、漆黒のマントで巨躯を覆い尽くした一人の男が、石像のように佇んでいた。
「御主人様、あの方が……!」
「ありゃ〜、たまげたべ。とんでもねぇガタイだ」
ニーナとポーキーが息を呑む。そして俺も、その圧倒的な存在感に気圧されていた。
「アイツが……『99の武器を持つ番人』か」
その体躯、そして橋の真ん中で通せんぼをする構図。まさに西洋ファンタジー版・武蔵坊弁慶だ。俺のイメージ通りの男が、有無を言わさぬ威圧感を放ちながら立ちはだかっている。
気になったのは、奴の代名詞であるはずの『99の武器』がどこにも見当たらないことだけだ。
「……どうしますか? 御主人様」
「『近づくな危険』って香りがプンプンするべ。オイラの鼻がそう言ってるだ」
ニーナとポーキーが警戒を強めながら俺に問う。てかポーキー、さりげなく豚並みの嗅覚を披露するな。
「それは、『戦うべきか?』という問いへの答えが欲しいのか?」
俺の問いかけに、二人は無言で深く頷いた。
「………冗談だろ! 何だって俺たちの方から、あんな化け物に戦いを仕掛けなきゃならないんだよ」
「えっ、だって。村の人達は、あそこを通るのは危ないって……」
「俺たちはしがない旅人だぜ。敵意も殺意も見せなきゃ、奴の気を引かずに素通りできるかもしれないじゃないか」
「んだけども、そんな美味い話があるだか?」
「まぁ、ダメ元だ」
((大丈夫かなぁ……?))
当然、成功する保証なんてどこにもない。ただ俺は、不必要な消耗は避けたかった。
ギャンブルだって、わざわざリスクを冒して負け戦に突っ込むのは素人のすることだ。賭博師を生業としていた俺なら、なおさら「勝てない勝負」は避ける。
それに、トランプカードを使うにも俺の体力が持つかどうか。条件が悪い中での勝負は身を滅ぼす。
「……とにかく、橋を渡ってみよう。さりげなく、音を立てずにだ」
俺たちは意を決して、コントラクトブリッジへと足を踏み入れた。
ニーナは腰のレイピアをポーキーのリュックの影に隠し、俺とポーキーも金目のものを懐に仕舞い込む。
――俺たちは何も知らない、ただの旅人。
橋を進みながら、目の前の威圧感など気づいていないふりをする。触らぬ番人に祟りなしだ。
99の武器を持つ番人? そんなの、余所者を遠ざけるためのハッタリに決まってる。
実際、本人の横を通り過ぎようとしても、武器一本持っている様子はない。大丈夫だ、いける……そう確信した、その時。
「―――あいや待たれいッッ!!!」
「「「!!!」」」
静寂を切り裂くような怒号が響き渡り、俺たちの心臓は跳ね上がった。
「な、な……何用でしょうか、大将さん……?」
あまりの迫力に、思わず三下のような言葉が出てしまう。ニーナたちの前で情けない。
「誰の許しを得て、某の傍らを通り抜けるか。拙者が、『99の武器を持つ番人・アンドロス』と知っての狼藉か!?」
コイツ、口調が時代劇の用心棒そのものじゃないか。しかし、一瞬で周囲の空気を凍らせるほどの殺気。アンドロスは噂に違わぬ強者だ。
「某の主からは、何人たりともこの港を通すなと命じられている。たとえそれが、貴殿らのような無害を装う旅人であろうともな」
「主……? そいつはまさか、この大陸で暴れている『盗賊団』のことじゃ……」
「黙れ。主の素性を探ることは万死に値する」
なるほど、対話の余地はなさそうだ。
「このまま無傷で通すわけにはいかぬ。貴殿らの持つ武器をすべて置いて去るがよい」
「そんな! いくら何でも横暴です――」
――ドォォォォンッ!!
「…………!!」
抗議しようとしたニーナの頬を掠め、アンドロスの懐から抜き放たれた散弾銃が火を噴いた。
同時に彼がマントを翻すと、その下には重厚な黒鉄の装甲が露わになった。さらにマントの裏側には、剣、斧、弓、銃……ありとあらゆる凶器が、ジャラジャラと不気味な音を立てて仕込まれている。
「某は武器の扱いにおいて、誰にも負けぬ矜持がある。さぁ、命が惜しければ獲物を置いてゆけ!」
観念した俺たちは、指示通りに武器を差し出した。ニーナは愛用のレイピア。ポーキーは調理用の包丁まで。
そして俺の番になり、俺は懐から例の『トランプケース』を取り出した。
「ぬっ。何だ、その紙の束は?」
武器にしか興味のない男には、ただの玩具に見えるらしい。
「……これは、俺にとっての『御守』ですよ」
「ほほぅ。たかがそんな紙切れで、この乱世を生き抜けるというのか? 身の程知らずめ!」
…………馬鹿にするな。このトランプには、俺と、ニーナたち『13人のスート騎士団』の『絆』が宿っているんだ。アンドロスの侮蔑した態度に、俺の心に静かな怒りが灯った。
「ええ、護れますとも。―――こんな風に! 【アップカード】!!」
アンドロスの不意を突き、デッキからカードを抜き放つ。現れたのは【スペードの5】。4人目のスート騎士が呼び応える!
『勇往邁進、我、主の命により出陣する!!』
【スペード5】から放たれた鮮烈なエメラルドグリーンの光柱が、橋の中央を貫いた。
光の中から現れたのは、深緑の重装甲を纏い、身の丈ほどもある巨大な戦斧を担いだ、ポーキーをも凌ぐ巨漢の騎士。
『不屈の精神』を体現し、攻守ともに隙のない装甲騎士。そう、彼の名は――!!
「我、『スペード5の装甲騎士・ゴードン』なり。金城鉄壁、我を討ち崩す者なし!!」
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