第13話 カード発動の代償
――程なくして、俺たちは村人たちの切実な声援を背に受け、目的の魔物の巣窟へと向かった。
シルヴィーは出発早々、愛馬のペガサスを駆って天へと舞い上がった。敵の警戒網に掛からぬよう高度を上げ、雲の切れ間から戦場を俯瞰する。
一方、サンダーと俺は軍馬に跨り、緩やかな坂道を大きく迂回しながら巣窟を目指していた。慣れない乗馬、それも軍用馬の激しい揺れに、俺の胃袋は悲鳴を上げる。
「……くっ、酔いそうだ……」
居心地は最悪。冷や汗が止まらない。
そして、徒歩で後を追うのはニーナとポーキーだ。俺たちの姿が遠ざかったのを見計らい、ニーナは胸に溜めていた不安を吐露した。
「……ごめんなさい、ポーキーさん。私のせいで、御主人様にあんな無理を……」
「とんでもねぇ! ニーナちゃんが気に病むこたぁねぇだ。ジョーの奴も気が立ってたから、ちょっとお灸を据えてやっただけだべ」
ポーキーの温かな言葉に、ニーナの硬い表情がわずかに和らぐ。
「ありがとうございます。……でも、御主人様、大丈夫でしょうか?」
「何がいな?」
「サンダーとシルヴィーを立て続けに召喚してから、ずっとお顔の色が……。ひょっとしたら……」
「………………」
その言葉に、ポーキーの脳裏にも嫌な予感が走った。長年の勘が、何やら良からぬ事態の予兆を告げている。
「……ちょっと、オイラたちも急いだ方がええど。ジョーのことが心配になってきただ!」
「……は、はい!」
♤
数分後、巣窟付近の小高い丘に到着したのは、下馬したサンダーと、死に体で馬から転げ落ちた俺だった。
「着いたぜ、ご主人の旦那。……おい、随分と顔色が悪いが大丈夫か?」
「ば、馬鹿野郎……。お前の愛馬にドッタンバッタン揺らされりゃ、誰だってこうなるわ!」
俺を襲う激しい倦怠感を「馬酔い」のせいにして誤魔化した。
だが実際は、シルヴィーを召喚して以来、何故か意識が遠のきそうになっていた。だが、三人の騎士を従える主として、ここで無様に膝を突くわけにはいかない。
「さて、シルヴィーはどの辺だ……?」
「ん、居たぜ。十時の方向、雲の際だ」
サンダーが指さす先、空の彼方に、蜂鳥ほどに小さく見えるシルヴィーの姿があった。
眼下の巣窟には、数匹のゴブリンとオークがたむろしている。ドクロの形をした巨大な岩の下では、焚き火を囲んで食っちゃ寝を繰り返す無防備な群れ。
だが、高台の二箇所には、弓を携えた斥候のゴブリンが、獣の眼光を光らせて周囲を警戒していた。
「あとは、上空から見た詳細な配置が分かれば完璧なんだが……。シルヴィーと連絡を取る手段があればな」
スマホも無線機もないこの世界で、どうやって合図を送るか。そう考えた矢先、サンダーが不敵に笑った。
「遠くの相手と話せる手段ならあるぜ」
「本当か!?」
「俺たちのカードをよく見てみな。旦那の【クローバーの2】が、仲間と意識を繋ぐ鍵だ」
俺は無意識に震える指でカードを抜き出した。
『【クローバー2:リモート・コンタクト】!!』
直後、耳元で直接、鈴を転がすような声が響いた。
『もしもし? 御主人様ですか?』
「ニーナか! 今どこにいる? ……いや、今はシルヴィーと話したいんだ。どうすればいい?」
『……今はポーキーさんと一緒に、ご主人様の後を追っています。シルヴィーと話すなら、【スペード4】と唱えてください。回線が切り替わります』
初の遠隔通信の相手はニーナだった。だが、急ぎを要する俺が切り替えを促すと、通信越しの彼女の声が少しだけ寂しげに沈んだ。
「助かる、気を付けて来いよ。……よし、【スペード4】!」
『何用ですの、御主人様? 私は既に射程圏内ですが』
耳元の声が、ニーナの柔らかな響きから、冷淡で圧のあるシルヴィーの声へと切り替わる。
「空から見て、拠点で何か気になるものは見えるか?」
『特に変わった所は……あっ!』
シルヴィーは弓の名手。その視力は常人の五倍を優に超える。
200メートル上空から、彼女はドクロ岩の影に隠された「異物」を見抜いた。
『ありますわ! 岩の下、配給用の樽に混じって――火薬樽が数本!』
「火薬!? なぜ魔物がそんなものを!」
「恐らく村の貯蔵庫から略奪した際、酒樽か何かと勘違いして持ち帰ったんだろ。頭の悪いゴブリンにはよくある話だ」
サンダーの冷静な分析に納得すると同時に、俺の「ゲーム脳」が最適解を弾き出した。
「その火薬樽、シルヴィーの弓で射抜けるか?」
『どうするつもりですの?』
「俺が炎属性の【ダイヤ2】をカード・リンクで発動する。お前の矢に炎を乗せて樽を爆破、ドクロ岩ごと巣窟を崩落させる。そこをサンダーが突く!」
これはシルヴィーの精密射撃能力を見込んでの博打だ。
「……承知しました。御主人様、魔力供給の用意を」
シルヴィーは既にリカーブボウを引き絞り、火薬樽一点に狙いを定めている。
「理解が早くて助かる。――行くぞ!!」
俺は手札の【ダイヤ2】を天に掲げた。
『【ダイヤ2:ファイア・スナイプ】!!』
カードが光の粒子となって消え、シルヴィーの放った矢が紅蓮の尾を引いて大気を切り裂く。水属性を本質とする彼女にとって、炎の魔法は不相性のはず。だが、その一矢は寸分の狂いもなく、積み上げられた火薬樽の中央を貫いた。
――ドカァァァァアアアアン!!!
爆発は予想を遥かに上回る規模だった。ドクロ岩は内部から粉砕されて崩れ落ち、下にいたゴブリンたちを無慈悲に押し潰す。吹き荒れる爆風と炎が木造の高台を消し飛ばし、巣窟は一瞬にして地獄絵図と化した。
「今だ、サンダー! 一気に片付けてやれ!」
「おっしゃあああッ、祭りだーーー!!」
ここからはサンダーの独壇場だった。愛馬『ボルト』を駆り、雷光を帯びたパルチザンを振るう。ゴブリンやオークを紙切れのように薙ぎ払い、突き刺し、蹂躙する。騎馬戦の圧倒的な機動力が、敗走する魔物たちを逃さない。
…………しかし、俺の胸には拭いきれない違和感が残っていた。
ゴブリンやオークは、統率さえ取れれば騎士や村人でも対処できる相手だ。なのに、なぜ村長はあそこまで怯えていた? 何か、決定的な「脅威」を見落としているのではないか?
――賭博においても、命を懸けた実戦においても、『好機』の瞬間こそが最も隙が生まれる。
シルヴィーを空に待機させ、サンダーに前線を任せきりにした俺の油断が、最悪の事態を招いた。
戦場の中央、サンダーが駆け抜ける足元の地面に、不気味な亀裂が走る。それは徐々に盛り上がり、山が噴火するかのような地響きへと変わった。
「…………!? 待て、サンダー! 一旦場から離れろ、地面が―――」
叫んだ時には、既に遅かった。
「グゴグガアアアアアアアア!!!!」
爆風と土煙を突き破り、地面の下から「それ」が這い出した。
身長五メートルを超える、岩石のような筋肉の塊。スキンヘッドの頭部には、爛々と血走った巨大な「一ツ目」が鎮座している。
巨体が動くたびに大地が震え、サンダーと軍馬、そして逃げ遅れた魔物たちまでもが、崩落する土砂と共に跳ね飛ばされた。
ようやく拠点に追いついたニーナとポーキーが、その絶望的な光景に息を呑む。
「ポーキーさん、あれって、まさか……!?」
「あわわわ……! 大変な事になったど。ありゃ凶暴な『サイクロプス』だなや!!」
まさに天地がひっくり返るような大窮地。
落馬したサンダーは衝撃で身動きが取れず、上空のシルヴィーも、あまりの巨躯を前に有効な打撃を与えられず狼狽えている。
「クソッ……、それで村の連中があんなに恐れていたのか……ッッ!!」
巨大なサイクロプスを目の当たりにし、俺の心臓は喉から飛び出しそうなほど激しく脈打った。全身が震え、前世のカジノで全財産を賭けた時以上の焦燥が脳を焼く。
ギャンブラーが冷静さを失った瞬間、そこに待つものは『破滅』のみ。
恐怖に呑まれた俺は、無意識に懐のカードを掴み、あろうことか『三枚同時』に引き抜いて発動させた。
だが、手元にあるのは【ダイヤのJ】【ハートのQ】【クローバーのK】。
ポーカーの役にもならず、今の俺の力量では制御不可能な高ランクのカードたち。
その瞬間、世界が真っ赤に染まった。
『【REVOKE】!!』
トランプにおける反則宣言。ルールを無視した無謀な代償として、システムそのものが俺を拒絶する。
ズキンッッ―――!!
「ッッ!!! 痛っ……て……ぇ…………」
脳の芯に、灼熱の針を突き刺されたような激痛が走った。
視界がホワイトアウトし、平衡感覚が消失する。俺の意識は、絶叫を上げるニーナたちの声さえ遠ざけながら、深い闇の底へと墜ちていった。
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