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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第62話 土曜日までの三日間が、妙に長い

 水曜日の朝、透はいつもの柱の前に立っていた。


 昨日、玲央と本屋へ行く約束をした。


 土曜日。

 昼過ぎ。

 駅に集合して、電車で少し離れた大型書店へ行く。


 そこまで決まっている。


 決まってしまっている。


 透はスマホのカレンダーを見て、すぐに画面を消した。


 土曜日まで、まだ三日ある。


 たった三日。

 なのに、妙に長く感じる。


 以前なら、週末の予定など大して気にしなかった。

 本を読むか、課題をするか、家でだらだらするか。そのくらいだった。


 けれど今は違う。


 土曜日に玲央と本屋へ行く。


 本を見るだけ。

 ただそれだけ。


 デートではない。


 そこはまだ、透の中ではぎりぎり譲れない部分だった。


 だが、デートではないと言い張るたびに、自分で自分の首を絞めている気もする。


「……本屋だろ」


 小さく呟いたところで、改札の向こうに玲央が見えた。


 玲央は透を見つけると、いつものように少しだけ表情をやわらげる。


 その顔を見ると、昨日から頭の中に残っていた土曜日の予定が、急に現実味を増した。


「おはよう、透」


「おはよ、玲央」


 名前を呼ぶ。


 玲央が少し笑う。


 その流れはもう、ほとんど朝の一部だった。


「今日も待ってた」


「毎朝確認するな」


「言いたいから」


「知ってる」


 いつもの言葉で返す。


 玲央は隣に並んだ。


 通学路へ向かって歩き出すと、朝の空気が少し冷たかった。


「透」


「何」


「土曜日」


「……朝から来たな」


「考えてた?」


「考えてない」


 即答した。


 即答しすぎた。


 玲央が少しだけ目を細める。


「今のは考えてた返事」


「勝手に判定するな」


「違う?」


「……少しは」


「少し?」


「かなりは、考えてない」


「かなり、って言葉が出る時点で考えてる」


「うるさい」


 玲央は小さく笑った。


 透は顔を逸らす。


「本屋に行くだけだろ」


「うん」


「本を見るだけ」


「うん」


「大型書店だから、品揃えも多いし」


「うん」


「……何でそんなに素直に頷くんだよ」


「透がちゃんと考えてくれてるから」


 またそれだ。


 透は歩きながら、軽く息を吐いた。


「考えてるっていうか、行くなら無駄にしない方がいいだろ」


「うん」


「文庫とか漫画とか、参考書とか、文房具も見られるし」


「うん」


「だから、別に」


 言葉が止まった。


 玲央は待っている。


 透は横を見ないまま続けた。


「……悪くない予定だとは思ってる」


 玲央が一瞬黙った。


「何か言えよ」


「今、大事に聞いてる」


「大事にするな」


「無理」


「だろうな」


 玲央は少しだけ笑う。


「俺も、悪くないどころじゃなく楽しみ」


「そこまで言うな」


「でも本当」


「知ってる」


 朝の道で、二人の足音が並ぶ。


 土曜日まで三日。


 まだ三日もあるのに、もう会話の中には土曜日が入り込んでいる。


 透はそれが少し落ち着かなくて、でも嫌ではなかった。


     ◇


 教室に入ると、高城がすぐに反応した。


「おはよう、本屋組」


「定着させるな」


 透が鞄を置きながら言うと、高城は楽しそうに笑った。


「いや、土曜の大型書店、決まったんだろ?」


「何で知ってるんだよ」


「昨日、ほぼ聞こえてた」


「聞くな」


「教室で話してたじゃん」


 直が近くの席から振り返る。


「高城、聞こえてても全部拾うな」


「全部は拾ってない。重要そうなところだけ」


「それを全部と言う」


 高城は悪びれずに肩をすくめた。


「で、何見るんだよ。本屋で」


「本」


「ざっくり」


「本屋なんだから本だろ」


「いや、漫画とか文庫とか雑誌とか、色々あるじゃん」


 透は教科書を机に入れながら答えた。


「特に決めてない」


「榊原は?」


 高城が玲央を見る。


 玲央は少し考えてから言った。


「透が見るものを一緒に見たい」


 高城が口を押さえた。


 直が静かに目を伏せた。


 透は机の上に置いた教科書を少し強めに押さえた。


「玲央」


「何?」


「朝の教室でそういうことを言うな」


「本屋の話」


「内容の問題だって何回言わせるんだよ」


「でも本当」


「……知ってる」


 高城が小声で「今日も強い」と呟く。


 透は睨んだ。


「聞こえてるぞ」


「聞こえるかなって思った」


「思うな」


 直が少しだけ笑った。


「でも大型書店なら、かなり時間つぶせるな」


「つぶすって言うな」


 透が返すと、直は軽く肩をすくめる。


「じゃあ、過ごせる」


「言い換えるな」


「白石、どっちにしても考えてるだろ」


「……」


「黙った」


 高城がすかさず言う。


「白石、もう土曜のことめっちゃ考えてるじゃん」


「考えてない」


「その返しはもう通用しない」


「おまえに通用しなくても困らない」


 そう言いながら、透は玲央の方を見てしまった。


 玲央と目が合う。


 少し離れた席なのに、すぐに合ってしまう。


 玲央は何も言わず、ただ少しだけ笑った。


 それだけで、透はまた視線を逸らした。


     ◇


 一時間目の授業中、透は意外と集中していた。


 していた、つもりだった。


 先生の板書を写し、説明も聞く。

 小テストの次の範囲に入っているから、ここを逃すと後が面倒だ。


 それなのに、ふとした瞬間に土曜日のことが浮かぶ。


 大型書店。


 玲央の私服。


 どの棚を見るのか。


 昼過ぎ集合なら、何時くらいに解散するのか。


 そもそも、また私服を選ばなければならない。


 そこまで考えて、透はシャーペンを止めた。


 また服のことを考えている。


 最悪だ。


 隣の直が小声で言う。


「白石」


「何」


「今、土曜の服で悩んだだろ」


「……何で分かるんだよ」


「前回と同じ顔」


「前回って何だ」


「図書館の時」


「観察記録を残すな」


 直は少し笑った。


「大型書店なら、そんなに気合い入れなくてもいいだろ」


「気合い入れる前提で話すな」


「入れないのか?」


「……入れない」


「少しは?」


「授業中にその話をするな」


「悪い」


 直はあっさり引いた。


 けれど最後に小さく言った。


「でも、楽しみなんだな」


 透は黒板を見たまま、返事をしなかった。


 否定しないことが、もう返事になっている気がした。


     ◇


 休み時間、玲央が透の席まで来た。


「透」


「何」


「土曜日、服」


「直か?」


「え?」


「いや、何でもない」


 危ない。


 透は少しだけ咳払いした。


「服が何だよ」


「図書館の時の服、似合ってた」


 直球だった。


 透は一瞬、言葉を失う。


「……まだ言うのか」


「言いたかった」


「今じゃなくていいだろ」


「今思い出した」


「思い出すな」


 玲央は少しだけ笑った。


「土曜も、透の私服見られるの楽しみ」


「見るな」


「見えるから」


「その返し、本当に禁止したい」


「透も俺を見る?」


「……」


 沈黙した。


 玲央が少しだけ目を細める。


「透?」


「……見えるなら、見るだろ」


 精一杯だった。


 玲央が静かに笑う。


「うん」


「何だよ」


「嬉しい」


「知ってる」


 玲央は満足そうに自分の席へ戻っていった。


 透は机に突っ伏したい気分になったが、何とかこらえた。


 高城が遠くから親指を立てていたので、無言で睨んでおいた。


     ◇


 昼休み。


 玲央はいつものように透の席へ来た。


「透、ここいい?」


「うん」


 玲央が座る。


 高城と直も当然のように集まってきた。


 席替えがあったはずなのに、昼休みだけは以前より固定されている気がする。


「土曜日さ」


 高城がパンをかじりながら言った。


「まだその話か」


「だって近いじゃん。水曜、木曜、金曜、土曜だぞ」


「数えるな」


「あと三日」


「だから数えるな」


 直が弁当を開けながら言う。


「三日って、短いようで長いな」


「直まで乗るな」


「白石にとっては、長そうだと思って」


「……」


 透は反論しようとして、できなかった。


 実際、長い。


 妙に長い。


 昨日決めたばかりなのに、もう土曜日のことを何度も考えている。

 それなのに、まだ三日ある。


 高城がにやっと笑う。


「ほら、白石、黙った」


「おまえの相手をするのが面倒になっただけだ」


「でも楽しみなんだろ?」


「……本屋は嫌いじゃない」


「本屋は、ね」


「何だよ」


「いや、榊原と行くのも嫌じゃないんだろ?」


 透は箸を止めた。


 玲央も隣で少しだけ動きを止めた。


 高城はすぐに「あ」と顔を引き締める。


「悪い。言い方が雑だった」


 最近、高城は踏み込んだあと、自分で気づくようになってきた。


 それが少しだけおかしくて、透は小さく息を吐いた。


「……嫌ではない」


 透が言うと、高城は静かに頷いた。


「そっか」


「おまえ、そこで騒がないのかよ」


「いや、騒ぎたいけど我慢してる」


「我慢しろ」


「してる」


 直が軽く笑う。


「高城、成長したな」


「だろ?」


「普通は最初から我慢する」


「水城、褒めて落とすな」


 玲央は隣で黙っていた。


 透はその沈黙が気になって、横を見る。


「何」


「透が嫌ではないって言ってくれた」


「……何回も言ってるだろ」


「でも、土曜日のことでは初めて」


「覚えすぎだ」


「大事だから」


「本当に、大事にするな」


「無理」


「知ってる」


 いつものやり取り。


 でも今日は、いつもより少しだけ穏やかだった。


     ◇


 午後の授業が終わり、放課後になった。


 玲央が透の席へ来る。


「透」


「帰るんだろ」


「うん。一緒に帰りたい」


「……うん」


 それも、もうすっかり日常になっていた。


 教室で遠いぶん、放課後に隣へ戻る。

 その感覚にもだいぶ慣れてきた。


 高城が鞄を肩に掛けながら言う。


「白石、土曜までに風邪ひくなよ」


「ひかない」


「寝不足にもなるなよ」


「ならない」


 直が横から言う。


「服で悩みすぎるなよ」


「おまえまで言うな」


「前回、悩んでたらしいし」


「誰情報だよ」


「白石の顔」


「もう全員それだな」


 透はため息をつき、玲央と一緒に教室を出た。


     ◇


 帰り道、夕方の空は少しだけ雲が出ていた。


 けれど、雨は降りそうにない。

 風は冷たく、制服の上着の袖口から少しだけ入り込む。


 二人は並んで歩く。


 しばらく、土曜日の話は出なかった。


 出ないと、それはそれで気になる。


「……土曜」


 透が先に言った。


 玲央が横を見る。


「うん」


「何時にするか、ちゃんと決めてなかった」


「うん」


「十三時でいいか」


「うん」


「駅集合」


「うん」


「そこから電車で二駅」


「うん」


「……昨日から思ってたけど、何で全部うんなんだよ」


「透と決めてるのが嬉しいから」


 透は顔を逸らした。


「それも昨日聞いた」


「今日も思った」


「毎日思うな」


「無理」


「知ってる」


 玲央が少し笑った。


 透は前を向いたまま続ける。


「あと、長くはいないからな」


「うん」


「本屋見て、少し歩いて、帰る」


「うん」


「……たぶん」


 自分で付け足した。


 また、たぶん。


 逃げ道。


 けれど玲央は、その逃げ道ごと受け取る。


「たぶんでも嬉しい」


「言うと思った」


「うん」


「でも、本当に」


 透は少しだけ歩く速度を落とした。


「無理に長くいる必要はない」


「うん」


「まだ、こういうの慣れてないから」


「うん」


「でも」


 玲央が待っている。


 透は小さく息を吐いた。


「行くのは、少し楽しみではある」


 言った。


 言ってしまった。


 玲央が隣で完全に黙る。


「……何か言えよ」


「今、言葉を探してる」


「いつもすぐ嬉しいって言うだろ」


「今は、それだけじゃ足りない気がして」


「足りなくていい」


 玲央は少しだけ笑った。


「でも、嬉しい」


「結局言うのかよ」


「うん」


「知ってる」


 夕方の道で、透は顔を逸らしたまま歩く。


 土曜日までの三日間が、妙に長い。


 ただ本屋へ行くだけなのに。

 ただ本を見るだけなのに。


 約束をしただけで、毎日の中にその日が入り込んでくる。


 朝も、授業中も、昼休みも、帰り道も。


 それが落ち着かなくて、でも少し楽しみで。


 透はもう、その両方を否定しきれなくなっていた。

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