表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/61

第58話 休日に会う理由を勉強にしたのは、俺の最後の抵抗だった

 土曜日の朝、白石透はいつもより少し遅く起きた。


 学校がない朝だった。


 目覚ましは一応かけていたが、平日ほど早くはない。

 カーテンの隙間から差し込む光も、いつもの慌ただしい朝とは少し違って見えた。


 布団の中で、透は数秒だけ天井を見た。


 今日は学校がない。


 つまり、駅で玲央を待つ朝ではない。


 そう思った瞬間、胸の奥に少しだけ変な空白ができた。


 平日なら、もう少ししたら制服に着替えて、鞄を持って、駅へ向かう。

 いつもの柱の前に立つ。

 改札の向こうから玲央が来るのを待つ。


 でも今日は違う。


 学校は休み。

 制服も着ない。

 朝の待ち合わせもない。


 その代わり、昼過ぎに市立図書館で玲央と会う。


 勉強のために。


 勉強のために。


「……二回言うな」


 自分の頭の中に突っ込んで、透はようやく布団から起き上がった。


 机の上には、昨日の夜に用意した参考書とノートが置いてある。

 小テストはもう終わった。だから今日やるのは、次の範囲の予習ということになっている。


 なっている。


 かなり無理やりな理由だとは分かっていた。


 それでも、理由がないよりはずっとましだった。


 休日に玲央と会う。

 ただそれだけだと、まだ少し心臓に悪い。


 だから勉強会。


 図書館。


 予習。


 完璧だ。


 ……完璧な言い訳だ。


 透はため息をつき、クローゼットを開けた。


 そこで、動きが止まる。


 私服。


 今日は制服ではない。


 当たり前だ。休日なのだから。

 けれど、その当たり前が妙に重い。


 何を着るかで悩むほど服にこだわりがあるわけではない。普段なら適当に選んでいる。近所へ行くだけならなおさらだ。


 しかし今日は、玲央に会う。


 学校ではない場所で。

 制服ではない姿で。


「……勉強しに行くだけだろ」


 そう言いながら、結局透は無難な服を選んだ。


 白いシャツに、薄手の黒い上着。派手すぎず、地味すぎず。

 自分でも、ちょうどいいところを探しているのが分かってしまって嫌になる。


 鏡の前に立つ。


 変ではない。

 たぶん。


 髪も軽く整える。


 整えすぎると、それはそれで意識しているみたいで嫌だ。

 でも寝癖のまま行くのも違う。


 その調整に数分かかった時点で、もう完全に負けている気がした。


     ◇


 昼前になると、透はいつもより少し早く家を出た。


 図書館の待ち合わせは十三時。

 今出ると、少し早い。


 でも遅れるよりはましだ。


 それに、早く着いても図書館なら時間は潰せる。

 本を見ればいい。勉強する場所も確認できる。


 そう言い訳を並べながら、透は駅へ向かった。


 休日の駅は、平日と空気が違った。


 制服姿の生徒は少ない。

 家族連れ、買い物へ向かう人、少しゆっくり歩く人が多い。改札前の流れも、平日の朝ほど忙しくない。


 いつもの柱を横目で見る。


 そこには誰もいなかった。


 当たり前だ。


 今日はここで玲央を待つわけではない。


 それなのに、一瞬だけ立ち止まりそうになった。


 体が覚えている。


 あの柱の前で玲央を待つ朝を。


「……行くぞ」


 自分に言い聞かせるように呟き、透は図書館方面へ向かった。


 市立図書館は駅から少し歩いたところにある。

 休日の昼過ぎだからか、入口の前には親子連れや学生らしき人の姿があった。広いガラス扉の向こうに、静かなロビーが見える。


 透は入口の近くで時間を確認した。


 十二時五十分。


 早い。


 少し早いが、まあ許容範囲だ。


 そう思ったところで、後ろから声がした。


「透」


 心臓が跳ねた。


 振り向く。


 玲央がいた。


 制服ではなかった。


 黒に近いネイビーのニットに、淡い色のシャツ。細身のパンツ。派手な格好ではないのに、やけに似合っている。


 学校の玲央とは違う。


 制服のきちんとした感じではなく、少しだけ柔らかい。

 なのに、やっぱり玲央だった。


 透は一瞬、言葉を忘れた。


「……おはよう、じゃないな」


 玲央が少しだけ笑う。


「こんにちは、透」


「……こんにちは、玲央」


 妙にぎこちない挨拶になった。


 玲央は透を見て、少しだけ目を細める。


「私服、新鮮」


「見るな」


「見える」


「その返し、便利に使いすぎだろ」


「似合ってる」


「……だから、そういうのをいきなり言うな」


「言いたかった」


「我慢しろ」


「少しはした」


「どこがだよ」


 玲央が小さく笑う。


 透は視線を逸らしたが、その前に自分も言わなければいけない気がした。


「……おまえも」


「うん?」


「その……変じゃない」


 言ってから、ひどい言い方だと思った。


 玲央は少しだけ目を丸くしたあと、笑った。


「ありがとう」


「褒めてない」


「透の変じゃないは、たぶん褒めてる」


「勝手に翻訳するな」


「嬉しい」


「知ってる」


 言ってから、透は少しだけ安心した。


 学校ではない場所でも、このやり取りはちゃんとできる。


 そのことに、少し救われた。


     ◇


 図書館の中は、外より少し涼しかった。


 ロビーを抜けると、広い閲覧スペースが見える。

 本棚の間を歩く人の足音は小さく、誰かがページをめくる音や、椅子を引く音が遠くで聞こえた。


 休日の図書館は、学校の図書室とは違う静けさがある。


 もう少し開けている。

 でも、誰も大きな声では話さない。


 透と玲央は学習席の方へ向かった。


 幸い、二人で座れる席が空いていた。

 向かい合わせではなく、横並びに近い席。


 透は一瞬だけ迷った。


 玲央がそれに気づく。


「向かいにする?」


「……いや、こっちの方が教科書見やすいだろ」


 自分で言って、玲央の言い訳みたいだと思った。


 玲央も気づいたらしく、少しだけ口元を緩める。


「理屈で距離を詰めた」


「うるさい」


「俺のやつ」


「便利だったから借りた」


「嬉しい」


「そこも嬉しがるな」


 小声でやり取りしながら、二人は席に座った。


 鞄から参考書とノートを出す。

 透は予習範囲のページを開いた。


 ちゃんと勉強する。


 今日は、勉強会なのだから。


 そう思っているのに、隣の玲央が制服ではないだけで、何度も意識が持っていかれる。


 袖口。

 手元。

 シャーペンを持つ指。

 学校とは少し違う匂い。


 制服ではない玲央が、隣で普通にノートを広げている。


 それが落ち着かない。


「透」


「何」


「さっきから同じページ見てる」


「……まだ始めたばっかりだろ」


「三分くらい」


「ページを確認してた」


「予習範囲、一ページ目」


「うるさい」


 玲央が小さく笑った。


 図書館なので、声は自然と小さい。


 そのせいで、また近く聞こえる。


「集中できない?」


「できる」


「本当に?」


「……少し」


「俺のせい?」


「聞くな」


「じゃあ、少し俺のせい」


「勝手に決めるな」


 でも、否定はできなかった。


 玲央はそれ以上からかわず、教科書を覗き込む。


「ここからやる?」


「うん」


「じゃあ、まずこの範囲の用語から確認しよう」


 声が真面目になる。


 こういう切り替えが玲央はうまい。


 透もようやくシャーペンを持ち直した。


     ◇


 勉強は、意外なくらい進んだ。


 休日に会う、という緊張はあったが、図書館の空気は勉強に向いていた。

 玲央の説明も、相変わらず分かりやすい。透も一度集中し始めると、問題を解く手は止まらなかった。


「ここ、前の範囲とつながってるな」


「うん。小テストでやった考え方が使える」


「なるほど」


「透、覚えるの早い」


「昨日までやってたからな」


「それもあるけど、ちゃんと整理できてる」


「……おまえ、褒めるの自然すぎるんだよ」


「思ったから」


「それが心臓に悪い」


「図書館だから小声にしてる」


「小声の方が悪いって前も言っただろ」


 玲央は小さく笑った。


 それでも、勉強は進む。


 途中、透が詰まったところを玲央が説明し、玲央が別解を考えている時に透が補足する。

 学校の図書室や空き教室でやった時と同じように、二人の呼吸は少しずつ合っていた。


 それが嬉しい。

 けれど、素直には言えない。


「……やっぱり」


 透は問題を解き終えて、小さく言った。


「おまえとやると進むな」


 玲央の手が止まる。


「透」


「何」


「今の、すごく嬉しい」


「勉強の話だ」


「うん」


「だから、そういう顔するな」


「無理」


「知ってる」


 いつもの返し。


 図書館でも、それは同じだった。


     ◇


 一時間ほど勉強したところで、休憩することにした。


 図書館のロビーには自動販売機があり、近くに小さな休憩スペースもある。


 透は水を買った。

 玲央も同じものを買う。


「また同じ」


「水だろ」


「前にも言った」


「コンビニの時か」


「覚えてるんだ」


「……覚えてる」


 玲央が少しだけ嬉しそうにする。


「嬉しそうにするな」


「無理」


「知ってる」


 休憩スペースの隅に並んで座る。


 学校ではない。

 制服でもない。

 休日の図書館。


 その全部が、妙に現実味を持って透に迫ってくる。


 これは、学校の延長なのか。


 図書館で勉強しているのだから、勉強会なのは間違いない。

 でも、今日ここに来るために家を出て、私服を選んで、玲央と待ち合わせた。


 それはもう、学校の延長とは少し違う気がした。


「透」


「何」


「今日、来てくれてありがとう」


「……勉強しに来ただけだろ」


「うん」


「予習も進んでるし」


「うん」


「だから礼を言うほどじゃない」


 玲央はペットボトルを持ったまま、少しだけ目を伏せた。


「でも、会えたから」


 胸の奥が、静かに熱くなる。


「……そういうのを休憩中に言うな」


「いつならいい?」


「いつでもよくない」


「難しい」


「難しくない」


 玲央が少し笑う。


 透は水を飲み、視線をロビーの方へ向けた。


 親子連れが本を抱えて通り過ぎる。

 高齢の男性が新聞コーナーへ向かう。

 休日の図書館の日常が、静かに流れている。


 その中に玲央と自分がいる。


 それが、不思議だった。


「……俺も」


 透は小さく言った。


 玲央がこちらを見る。


「うん?」


「来てよかったとは思ってる」


 言った。


 予想より自然に出た。


 玲央が黙る。


「何か言えよ」


「今、すごく大事に聞いてる」


「大事にしすぎだろ」


「無理」


「だろうな」


「透」


「何」


「俺も、来てよかった」


「……知ってる」


 その返しが、少しだけ照れ隠しになった。


     ◇


 休憩後、二人はまた学習席へ戻った。


 勉強はもう少し続いたが、さっきより少し空気がやわらかくなっていた。


 透も、最初ほど私服を意識しなくなった。

 いや、意識していないわけではない。

 ただ、制服ではない玲央が隣にいることを、少しずつ受け入れ始めた。


 玲央はどこにいても玲央だった。


 学校でも、駅でも、図書館でも。

 制服でも、私服でも。


 まっすぐな言葉で透を困らせて、少し嬉しそうにして、でも必要なところではちゃんと待ってくれる。


 それは同じだった。


「透、ここ」


「ん?」


「この解き方でもいける」


「あ、本当だ」


「こっちの方が早いかも」


「……やっぱり分かりやすいな」


 玲央がこちらを見る。


「何だよ」


「今日、何回も褒めてくれる」


「事実だからな」


「嬉しい」


「知ってる」


 透はノートに解き方を書き込む。


 その字を、玲央が少しだけ見た。


「字、今日も見やすい」


「……図書館で褒めるな」


「小声で言った」


「だから小声が悪いって言ってるだろ」


 玲央が笑いをこらえるように目を伏せた。


 透も少しだけ笑いそうになった。


 こういうやり取りも、場所が変わっても変わらない。


 それが少し嬉しかった。


     ◇


 気づけば、予定していた時間より少し長く図書館にいた。


 透が時計を見て、目を細める。


「……そろそろ帰るか」


「うん」


「結構やったな」


「うん。予習、かなり進んだ」


「勉強会として成立したな」


「うん」


「強調するな」


 玲央が少しだけ笑う。


「透が気にしてるから」


「気にしてない」


「してる」


「……少し」


 参考書を閉じ、ノートを鞄にしまう。


 図書館を出ると、外の空気は少し冷たくなっていた。

 夕方にはまだ早いが、昼過ぎより日差しがやわらかい。


 二人は駅の方へ歩き出した。


 学校帰りとは違う道。

 制服ではない二人。

 同じ方向へ歩く帰り道。


 透は、ふと気づく。


 今日は学校の延長ではない。


 勉強という名目はあった。

 図書館で実際に勉強もした。


 でも、それでも。


 休日に玲央と会った。


 その事実だけは、もう言い訳で消せなかった。


「透」


「何」


「今日」


「うん」


「勉強できたけど、それ以上に会えて嬉しかった」


 予想していた。


 でも、予想していても心臓に悪い。


 透は前を向いたまま言う。


「……勉強はしただろ」


「うん」


「ちゃんと進んだ」


「うん」


「だから、名目は守った」


「うん」


「でも」


 少しだけ言葉を探した。


 そして、逃げすぎない言葉を選ぶ。


「俺も、来てよかった」


 玲央が隣で足を止めかけた。


「止まるな」


「今の」


「一回言っただろ」


「もう一回聞いた」


「聞き返すな」


 玲央の声が少しだけやわらかくなる。


「透」


「何」


「ありがとう」


「礼を言うな」


「言いたい」


「知ってる」


 二人で歩く。


 駅が近づいてくる。


 平日の朝なら、ここで一緒に学校へ向かう。

 でも今日は違う。休日の午後、図書館で勉強して、その帰りだ。


 休日に会う理由を勉強にしたのは、透の最後の抵抗だった。


 でも、抵抗しながらも来た。


 来てよかったと思った。


 それはもう、かなり大きな変化だった。


「また」


 玲央が言いかけて、少し止まった。


 透は横を見る。


「何」


「また、こういうの」


「……勉強会?」


「うん。勉強会でも」


「でも?」


「それ以外でも」


 透はすぐには答えなかった。


 玲央も待っている。


 いつものように。


「……それは」


「うん」


「次、考える」


 玲央が少しだけ笑った。


「待つ」


「またそれか」


「うん」


「……ずるいな、本当に」


 透は顔を逸らした。


 でも、嫌ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ