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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第57話 考えるって言ったのに、もう答えは出ていた

 その日の夜、白石透は机に向かったまま、ほとんど何もしていなかった。


 開いているのは教科書。

 横にはノート。

 シャーペンも置いてある。


 見た目だけなら、ちゃんと勉強している高校生だった。


 ただし、ノートには日付を書いただけで、その下は真っ白だった。


 透はシャーペンを指先で回しながら、何度目か分からないため息をついた。


「……考えるって言ったけどさ」


 独り言が、部屋に落ちる。


 考える。


 玲央にそう言った。


 休みの日に会いたいと言われて、すぐには答えられなくて、考える、と。


 その言葉は嘘ではない。


 実際、考えている。

 かなり考えている。

 考えすぎて、教科書の内容がまったく入ってこないくらいには。


 けれど、考えれば考えるほど、ひとつの事実にぶつかってしまう。


 もう、答えは出ているのではないか。


 嫌なら断っている。


 直にもそう言われた。

 玲央も似たようなことを言っていた。


 透は本当に嫌なことなら、嫌だと言う。

 言える。

 少なくとも、流されて受け入れるほど器用ではない。


 なのに、休日に会う話は断れなかった。


 困る。

 急だ。

 理由がない。


 そう言った。


 でも、嫌とは言わなかった。


 むしろ、考えると言った。


 それはつまり、少しでも会う方向を探しているということではないか。


「……いや、違う」


 透は小さく言った。


 違う、と思いたかった。


 学校がない日に、玲央と会う。

 それは、今までのどの約束とも違う。


 駅で待つのは登校があるから。

 昼に隣へ来るのは同じクラスだから。

 放課後に帰るのは帰り道が重なるから。

 勉強会は小テストがあったから。


 理由があった。


 でも休日は違う。


 会うために会うことになる。


 その違いが、透をずっと落ち着かなくさせていた。


 スマホが机の上で光った。


 玲央からではなかった。

 高城からのメッセージだった。


『白石、生きてる?』


 透は少しだけ眉を寄せる。


『何だよ』


 すぐに返信が来た。


『明らかに休日の件で悩んでそうだから』


「……余計な勘だけは働くな」


 透は呟きながら、画面を見た。


 続けて高城から来る。


『ちなみに俺は、行きたくないなら断ればいいと思う派』


 少し間があった。


『行きたいなら、勉強って言っとけば?』


 透は画面を見たまま、動きを止めた。


 勉強。


 便利な理由だった。


 小テストは終わった。

 でも勉強する理由ならいくらでもある。次の授業の予習でもいい。小テストの見直しでもいい。図書館へ行くでもいい。


 それなら、まだ言い訳ができる。


 休日に玲央と会うのではない。

 勉強するだけだ。


 その言い訳があまりにも分かりやすくて、透は自分で少し嫌になった。


 高城からさらにメッセージ。


『まあ、白石が本当に嫌なら既読つけた瞬間に怒ってるだろうしな』


 透は返信欄に指を置いた。


『うるさい』


 送った。


 すぐに返ってくる。


『はいはい。がんばれ』


「何をだよ」


 透はスマホを伏せた。


 けれど、高城の言葉は残った。


 行きたいなら、勉強って言っとけば。


 最後の抵抗みたいな理由。


 透は椅子にもたれ、天井を見た。


 玲央と休日に会う。


 嫌ではない。


 いや。


 たぶん、会いたい。


 そこまで考えて、透は両手で顔を覆った。


「……終わってる」


 声は小さかった。


 でも、その言葉には、どこか諦めのようなものが混じっていた。


     ◇


 翌朝、透はいつもの柱の前で玲央を待っていた。


 考えると言った翌朝。


 いつも通りの時間。

 いつも通りの駅。

 いつも通り、改札の向こうから玲央の姿を探す。


 いつも通りなのに、今日は少しだけ緊張していた。


 玲央は、昨日の話を蒸し返すだろうか。

 いや、たぶん蒸し返さない。


 あいつは待つと言った。

 だから、きっと待つ。


 それが分かるからこそ、透の方が言わなければいけない気がしていた。


 改札の向こうに玲央が見えた。


 玲央は透を見つけて、いつもと同じように表情をやわらげる。


「おはよう、透」


「おはよ、玲央」


 名前を呼ぶ。


 その声が、今日は少しだけ硬かったかもしれない。


 玲央は隣に並んだが、昨日の休日の話には触れなかった。


「今日、少し寒いね」


「ああ」


「週末、少し気温下がるらしい」


「……そうなのか」


 週末。


 その言葉だけで、透の胸が少し鳴る。


 玲央は、こちらを見ない。


 わざとだ。


 たぶん、昨日の話に触れすぎないようにしている。


 その気遣いがまた、透を追い詰める。


 言わなければ。

 自分から。


 駅を出て、学校へ向かう道に入ったところで、透は口を開いた。


「玲央」


「何?」


「昨日の話」


 玲央の足が、ほんの少しだけゆるんだ。


 でも、止まらなかった。


「うん」


「休日の」


「うん」


「……考えた」


 玲央は静かに頷いた。


 急かさない。

 何も言わず、ただ待っている。


 それがずるい。


「まだ、こういうの慣れてない」


「うん」


「学校の日なら、理由があるだろ。登校とか、昼休みとか、放課後とか」


「うん」


「でも休みの日は、それがないから」


 言いながら、自分でも同じことを何度も繰り返していると思った。


 理由がない。


 結局、そこが怖いのだ。


 玲央は静かに聞いていた。


 透は少しだけ目を逸らす。


「だから」


「うん」


「……勉強」


 玲央が瞬きをした。


「勉強?」


「そう。勉強なら、まあ、理由になるだろ」


「うん」


「小テストは終わったけど、見直しとか、次の範囲とか」


「うん」


「図書館なら静かだし」


 自分で言っていて、かなり言い訳じみているのは分かっていた。


 でも、今の透にはこれが限界だった。


「だから……休日、少しなら」


 声が小さくなる。


「会ってもいい」


 言った。


 ついに言った。


 朝の通学路で、制服の袖を軽く握りながら。


 玲央は、しばらく何も言わなかった。


「……何か言えよ」


 透が小さく言うと、玲央はようやく息を吐いた。


「会える?」


「だから、勉強ならって言ってるだろ」


「うん」


「名目は勉強だからな」


「名目でも嬉しい」


「……おまえ、そういうところ本当に」


 透は顔を逸らした。


 玲央の声が、少しだけ揺れていた気がしたからだ。


「土曜?」


 玲央が聞く。


「……どっちでも」


「透は?」


「土曜の方が、日曜に課題できる」


「じゃあ土曜」


「場所は」


「図書館?」


「……市立図書館なら、駅からも行きやすい」


「うん」


「午前中は早すぎるから、昼過ぎ」


「うん」


「長くはしない」


「うん」


「……何で全部うんなんだよ」


「透が考えてくれてたのが嬉しくて」


 透は何も返せなかった。


 考えていた。

 確かに考えていた。


 場所も、時間も、理由も。


 つまり、昨日の時点でもう会う方向で考えていたのだ。


 玲央に言われると、それがはっきりしてしまう。


「……勉強するからな」


「うん」


「本当に」


「うん」


「そこを忘れるなよ」


「忘れない」


 少しだけ間があった。


 玲央が静かに言う。


「でも、会えるのが嬉しい」


 透は前を向いたまま答えた。


「知ってる」


 いつもの言葉。


 けれど今日は、少しだけ自分の負けを認めたような声になった。


     ◇


 教室に入ると、透はいつもより少しだけ疲れていた。


 まだ朝なのに。


 玲央はというと、いつもより明らかに静かだった。

 静かだが、表情の端が隠しきれていない。


 嬉しそうだった。


 かなり。


「白石」


 近くの席の直が振り返る。


「何」


「話した?」


「……何を」


「休日」


 なぜ分かる。


 透は一瞬だけ黙ってしまった。


 直はそれで察したように頷く。


「話したんだな」


「おまえ、本当に嫌なところで鋭いな」


「で、どうなった?」


「……勉強」


「勉強?」


「図書館で」


 直は少しだけ笑った。


「名目か」


「名目って言うな」


「でもそうなんだろ」


「勉強はする」


「それはするだろうな」


 高城が少し離れた席から、耳ざとく反応した。


「え、何? 休日勉強会決まった?」


「聞こえるな」


「聞こえた。白石、ついに休日進出?」


「その言い方やめろ」


「いや、すごいじゃん。学校外だろ?」


「勉強だ」


「はいはい。勉強ね」


「その返事やめろ」


 高城はにやにやしていたが、昨日のことがあるからか、少しだけ抑えていた。


「でも、よかったじゃん」


「何が」


「考えるって言って、本当に考えたんだろ」


「……まあ」


「偉い」


「子ども扱いするな」


 直が横から言った。


「高城の言い方は雑だけど、でも白石にとっては大きいんじゃないか」


「……」


 透は返事に詰まった。


 大きい。


 そうなのだと思う。


 玲央と休日に会う。

 勉強という名目つきでも、学校の外で会う。


 それは、かなり大きい。


 玲央は少し離れた席で、こちらを見ていた。


 目が合う。


 玲央は、ほんの少し笑った。


 透はすぐに目を逸らす。


 教室で席が遠いせいで、こういう視線のやり取りが余計に目立つ気がした。


     ◇


 午前中の授業は、そこそこ集中できなかった。


 休日勉強会。


 頭の中で、その言葉だけが妙に響く。


 勉強会。

 図書館。

 土曜日。

 昼過ぎ。


 具体的に決めた途端、急に現実味が増した。


 休みの日に、玲央と会う。


 制服ではないかもしれない。

 いや、図書館で勉強なら制服でもいいのか。

 でも休日に制服で来るのも変か。

 私服か。


 そこまで考えて、透はシャーペンを止めた。


 私服。


 玲央の私服。


 自分の私服。


 急に、話が一段別のところへ行った気がした。


「白石」


 直が小声で言う。


「何」


「今、完全に授業から消えてた」


「……少し考えごと」


「私服?」


「何で分かるんだよ」


 思わず返してしまった。


 直が少しだけ笑う。


「やっぱり」


「誘導したな」


「簡単だった」


「性格悪いぞ」


「否定はしない」


 透はノートへ視線を戻した。


 私服。


 考えるな。

 勉強しに行くだけだ。


 図書館で勉強するだけ。


 でも、休日に会うなら、制服ではない可能性が高い。


 それを意識してしまう時点で、もう完全にただの勉強ではない気がした。


     ◇


 昼休み、玲央はいつものように透の席へ来た。


「透、ここいい?」


「うん」


 玲央が座る。


 その動きも、もう見慣れた。

 教室では席が遠いのに、昼になると近くへ来る。


 それが当然になっている。


 高城と直も集まってきた。


 高城はパンの袋を開けながら、明らかに何か聞きたそうな顔をしている。


「……何だよ」


 透が先に言うと、高城は笑った。


「いや、土曜の勉強会」


「勉強会だ」


「分かってるって。で、どこ?」


「市立図書館」


「おお。ちゃんとしてる」


「何が」


「いや、カフェとかじゃないんだなって」


「勉強って言ってるだろ」


「はいはい」


 直が水筒を置きながら言った。


「図書館なら勉強はできるな」


「だろ」


「でも、学校外で二人で会うのは初めてか?」


 透は箸を止めた。


 言われてみれば、そうだ。


 文化祭の準備で一緒に残った。

 放課後に帰った。

 図書室や空き教室で勉強した。

 駅で待ち合わせて登校した。


 でも、学校外で、休日に二人で会うのは初めて。


 玲央も隣で少しだけ静かになった。


「……そうだな」


 透は小さく言った。


 高城が珍しく茶化さず、少しだけ真面目な顔になる。


「じゃあ、いい感じに勉強してこいよ」


「何だよ、いい感じって」


「そのままの意味」


「雑」


「雑でいいだろ。細かく言うと白石が怒る」


「分かってるなら最初からやめろ」


 高城は笑った。


 玲央が静かに口を開く。


「透」


「何」


「土曜、何時にする?」


「……十三時くらいでいいだろ」


「うん」


「入口のところ」


「うん」


「遅れるなよ」


「透も」


「俺は遅れない」


「知ってる」


 玲央がそう返した。


 いつもは透が言う言葉を、玲央が言った。


 透は少しだけ固まる。


「……今の、俺の」


「言ってみたかった」


「取るな」


「嬉しい?」


「……別に」


 高城が小声で言う。


「嬉しそう」


「してない」


 直が笑った。


「少ししてた」


「してない」


 透は弁当に視線を落とした。


 でも、完全には否定できなかった。


     ◇


 放課後になる頃には、透はもう何度も土曜のことを考えていた。


 考えるなと思うほど考えてしまう。


 服。

 時間。

 図書館で何を勉強するか。

 どれくらいで帰るか。

 帰りに何か話すのか。


 勉強という名目なのに、考えていることの半分以上が勉強ではなかった。


 ホームルームが終わると、玲央が透の席へ来る。


「透」


「帰るんだろ」


「うん。一緒に帰りたい」


「……うん」


 いつものやり取り。


 でも、土曜の約束をした後だと、少しだけ違って感じる。


 高城が後ろから声をかける。


「白石、土曜寝坊するなよ」


「しない」


「服で悩みすぎて遅れるなよ」


「高城」


「はい、黙ります」


 直が笑いながら言う。


「白石、たぶん悩むなら前日の夜だろ」


「直まで」


「冗談だ」


「冗談に聞こえない」


 透は鞄を持ち、玲央と教室を出た。


     ◇


 帰り道、夕方の空は少しだけ雲が多かった。


 風は冷たいが、雨の気配はない。

 駅へ向かう道を、二人で並んで歩く。


 しばらく、土曜の話は出なかった。


 だが、出ない方が意識する。


「……何か言えよ」


 透が言うと、玲央は横を見た。


「何を?」


「土曜のこと、考えてるんだろ」


「考えてる」


「正直だな」


「透も?」


「……少し」


「少し?」


「かなり」


 言った。


 言ってしまった。


 玲央が黙る。


「何」


「透が、かなりって言った」


「……言ったな」


「嬉しい」


「知ってる」


 いつもの返し。

 でも、今日はその言葉も少し恥ずかしかった。


「勉強だからな」


 透はもう一度言った。


「うん」


「図書館で」


「うん」


「遊びに行くわけじゃない」


「うん」


「でも」


 玲央が静かに言う。


「会えるのは嬉しい」


 透は前を向いたまま、少しだけ息を吐いた。


「……俺も」


 声は小さかった。


 玲央がこちらを見る。


「透?」


「一回しか言わない」


「うん」


「俺も、まあ……会えるのは、嫌ではない」


 言葉を選んで、選んで、結局いつもの逃げ道に戻った。


 けれど、玲央は笑わなかった。


「うん」


「何だよ」


「十分」


「それ、前にも言ってたな」


「透の嫌ではないは、大事だから」


「……本当に大事にしすぎだろ」


「無理」


「知ってる」


 二人で歩く。


 考えるって言ったのに、もう答えは出ていた。


 たぶん、昨日の夜から。

 いや、もっと前から。


 休日に朝の待ち合わせがないことを寂しいと思った時点で。

 玲央に「会いたい」と言われて、嫌だと言えなかった時点で。

 勉強という名目を探してしまった時点で。


 答えは、ほとんど出ていた。


 土曜日に会う。


 その約束が、胸の奥で静かに熱を持っていた。

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