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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第53話 席が遠いだけで、放課後が少し近くなる

 翌朝、透はいつもの柱の前に立っていた。


 駅の改札から流れてくる人の中に、玲央の姿を探す。

 もう、それをしている自分にいちいち驚かなくなった。


 待っている。

 玲央を待っている。


 昨日までは、それだけで少し胸が騒いだ。

 今もまったく騒がないわけではない。けれど、その騒がしさごと朝の一部になってきている。


 改札の向こうに、玲央が見えた。


 いつも通りの制服姿。

 少し眠そうな生徒たちの流れの中で、玲央はまっすぐこちらを見る。目が合うと、ほんの少し表情がやわらかくなった。


 それを見て、透の胸の奥も少しだけ落ち着く。


「おはよう、透」


「おはよ、玲央」


 名前で呼ぶ。


 玲央が少しだけ笑う。


 ここまでで、もう朝の形だった。


「今日も待ってた」


「昨日も言っただろ」


「うん」


「教室の席が遠くなったからって、朝まで変える必要ないって」


 自分で言ってから、透は少しだけ目を逸らした。


 昨日の帰り道に言った言葉を、そのまま口にしてしまった。

 玲央はすぐに反応する。


「覚えてる」


「……覚えてるだろうな」


「かなり嬉しかったから」


「朝から蒸し返すな」


「今日も嬉しい」


「増やすな」


 玲央は小さく笑った。


 二人で歩き出す。


 学校へ向かう道はいつも通りだった。

 信号待ちの列、コンビニの前を通る生徒、自転車で横を抜ける上級生。


 何も変わっていない。


 けれど、透の中では昨日の席替えがまだ少し残っていた。


 教室の中で、玲央の席が遠くなった。

 たったそれだけのことなのに、昨日の最後の連絡時間は妙に落ち着かなかった。


 視線を向けないと見えない。

 すぐ声をかけられない。

 何となく、教室が広く感じる。


 そんなことを思ってしまう自分が、かなり面倒くさい。


「透」


「何」


「今日、教室で遠くても」


「……うん」


「昼は行く」


 朝から、宣言された。


 透は一瞬だけ言葉に詰まった。


「……来るのかよ」


「行っていい?」


「今さら聞くな」


「じゃあ行く」


「判断が早い」


「透が今さらって言ったから」


「便利に使うな」


 玲央は少しだけ嬉しそうだった。


 透は前を向いたまま、小さく息を吐く。


「……まあ、席が遠くなっただけで、昼まで遠くなる必要はないだろ」


 言ってから、また少し恥ずかしくなった。


 玲央が黙る。


「何」


「今の、かなり嬉しい」


「言うと思った」


「でも、言いたい」


「知ってる」


 その返事も、もう完全に馴染んでしまっていた。


     ◇


 教室に入ると、昨日までとは少し景色が違った。


 机の配置は同じなのに、自分の席が変わっただけで見える角度が違う。黒板の見え方も、窓の位置も、周囲に座っているクラスメイトの顔ぶれも、少しずつ違っている。


 透は新しい席に鞄を置いた。


 まず、玲央の席を見た。


 少し遠い。


 見えないわけではない。

 けれど、今までのように自然と視界に入る位置ではない。


 意識して見ないと、見えない。


 そのことに、朝から少しだけ落ち着かなくなる。


「白石」


 近くの席になった直が声をかけてきた。


「何」


「朝から榊原の席を確認したな」


「……してない」


「した」


「見るな」


「見える位置だった」


「それ、俺たちのやつだろ」


 直は少し笑った。


「まあ、昨日よりは遠いな」


「席の話だろ」


「うん。席の話」


 その言い方が、昨日の玲央と同じだったので、透は顔をしかめた。


「真似するな」


「してない。たまたま」


「絶対してる」


 高城は少し離れた席からこちらを見ていた。


「白石ー」


「何だよ」


「遠距離二日目、どう?」


「だから遠距離じゃない」


「でも朝から榊原の席見てたろ」


「おまえまで見るな」


「見える位置だった」


「だからそれを使うな」


 高城は楽しそうに笑ったが、昨日よりは茶化し方が軽かった。


 たぶん、透が本気で落ち着かなくなる一線を、少しだけ分かっている。

 それがありがたくもあり、腹立たしくもある。


 玲央は自分の席で教科書を出していた。

 ふと顔を上げる。


 目が合った。


 距離はある。

 でも、目は合う。


 玲央がほんの少しだけ笑う。


 透はすぐに前を向いた。


 心臓に悪い。


 近くても悪いのに、遠くても悪い。

 どうしろというのか。


     ◇


 一時間目が始まると、席替えの影響は思ったより大きかった。


 授業そのものはいつも通りだ。

 先生が黒板に書き、透はノートを取る。小テスト後の解説も少しあり、昨日までの勉強会で確認した内容がまた出てきた。


 内容は分かる。


 けれど、集中が少し途切れる瞬間がある。


 玲央が見えにくい。


 それだけで、こんなに気になるとは思わなかった。


 前の席の生徒が少し動くと、玲央の横顔がちらっと見える。

 見えたと思ったら、また隠れる。


 別に、授業中ずっと見たいわけではない。

 見る必要もない。


 なのに、見えないと少し変な感じがする。


 透はノートに文字を書きながら、小さく息を吐いた。


 重症だ。


 かなり。


 授業が終わると、直がすぐに振り返った。


「白石」


「何」


「途中で二回くらい、榊原の方見ようとしてやめてた」


「……細かいな」


「席が近いから見える」


「見なくていい」


「見えるものは仕方ない」


 透はノートを閉じた。


「……席が遠いだけだろ」


「うん」


「なのに見えにくいと変な感じがする」


 言った。


 朝から思っていたことを、思ったよりあっさり言ってしまった。


 直は少しだけ目を細める。


「白石、昨日からだいぶ正直だな」


「……今のは事故」


「事故にしては落ち着いてた」


「じゃあ言い直す。気のせい」


「無理がある」


 高城が遠くから声をかける。


「白石ー、聞こえたぞー。見えにくいと変な感じって」


「聞くな!」


「距離あるのに聞こえた。すごいな、愛の通信」


「意味分からないこと言うな」


 教室の何人かが笑った。


 透は顔を逸らす。


 玲央の方は見なかった。


 見たら絶対に、何か分かっている顔をしている気がしたからだ。


     ◇


 二時間目の休み時間、玲央が透の席まで来た。


 遠い席から、まっすぐ。


 ただ歩いてきただけなのに、透は少しだけ落ち着いた。


「透」


「何」


「遠い」


「第一声がそれかよ」


「昨日も言った」


「席の話だろ」


「うん。席の話」


 玲央は透の机の横に立つ。


 以前より、玲央が来るまでに数歩多い。

 それだけのことが、妙に分かる。


「授業、集中できた?」


 玲央が聞く。


「できた」


「本当に?」


「……半分くらい」


「半分」


「内容は分かった」


「じゃあ、残り半分は?」


「聞くな」


 玲央の目元が少しだけ柔らかくなる。


「俺も少し集中できなかった」


「おまえも?」


「うん。透が見えにくい」


「授業中に見る必要ないだろ」


「ある」


「昨日も言ってたな、それ」


「今日もある」


「……そうかよ」


 透は顔を逸らした。


 玲央がこういうことをまっすぐ言うのには慣れてきたつもりだった。

 でも、席が遠いと寂しい、見えにくいと集中できない、そんなことを言われるとまだだめだ。


 高城が遠くから様子を見ていた。


「おーい、遠距離カップルの面会時間か?」


「高城」


「はい、黙ります」


 高城はすぐに引いた。


 最近、妙に引き際だけ覚えてきた。

 それも腹立たしい。


 直が苦笑する。


「榊原、移動が増えて大変だな」


「でも来る」


 玲央が即答した。


 透は思わず玲央を見る。


「……何で即答するんだよ」


「来たいから」


「そういうのを教室で言うな」


「ごめん」


「謝る気ないだろ」


「少しある」


「いつものやつだな」


 透は小さく息を吐いた。


 でも、玲央が来たことで、教室が少し狭くなったように感じる。


 それが一番まずかった。


     ◇


 昼休み。


 玲央は宣言通り、透の席まで来た。


 以前なら、すぐ近くからふらっと来るだけだった。

 今は少し遠くから、人の机の間を抜けてくる。


 その分、来る姿が見える。


 それが妙に落ち着かない。


「透、ここいい?」


「……うん」


 玲央が近くの空いている席を少し借りて座る。


 高城と直も、それぞれ弁当やパンを持って集まってきた。

 結局、いつもの昼休みの形に少し近づく。


「いやあ」


 高城が購買パンを開けながら言う。


「席が離れても結局集まるんだな」


「飯食う場所くらい自由だろ」


「自由だけど、榊原が真っ先に白石のところ来るのが面白い」


「面白がるな」


 玲央は弁当を開けながら、普通に言った。


「透の近くで食べたいから」


 高城がパンを落としかけた。


 直が静かに水筒を置く。


 透は目を閉じた。


「……玲央」


「何?」


「昼休みにそういうことを言うなって何回言えば」


「小声だった」


「だから内容の問題だって言ってるだろ」


「でも本当」


「知ってる」


 言ってしまう。


 もう完全に反射だった。


 高城が感心したように言う。


「この流れ、安定してきたな」


「安定させるな」


「でも安心感ある」


「するな」


 直が少し笑った。


「席が遠くなったぶん、昼は近いな」


「……」


 透は箸を止めた。


 遠くなったぶん、近い。


 確かにそうかもしれない。


 教室で座っている時は離れている。

 でも昼休みになると、玲央が来る。

 遠くなったからこそ、来たことが分かる。


 それが少し嬉しいのは、否定しにくかった。


「白石、今ちょっと納得した顔した」


 高城が言う。


「してない」


「した」


 玲央がこちらを見る。


「透」


「何」


「昼、来てもいい?」


「今来てるだろ」


「明日からも」


 透は箸を持ったまま、少し黙った。


 断る理由はない。

 むしろ、来なかったらたぶん気になる。


「……来ればいいだろ」


 玲央の表情がやわらぐ。


「うん」


「嬉しそうにするな」


「無理」


「知ってる」


 高城が「今日も知ってる入りました」と小さく実況したので、透は無言で睨んだ。


     ◇


 午後の授業は、午前より少しだけ慣れた。


 玲央の席が遠いことに完全に慣れたわけではない。

 でも、昼に来ると分かったせいか、少し落ち着いた。


 それでも、ふとした瞬間に玲央を探す。


 先生がプリントを配る時。

 誰かが玲央の名前を呼んだ時。

 廊下側で物音がした時。


 そのたびに、視線が動きそうになる。


 自覚がある分、余計に困る。


 放課後、ホームルームが終わると、玲央がすぐに透の席へ来た。


「透」


「何」


「帰る?」


「帰る」


「一緒に?」


「うん」


 もう迷いは少なかった。


 高城が後ろから言う。


「昼間離れてたぶん、放課後くっついてる」


「くっついてない」


 透が即座に返す。


「でも隣にいる」


「帰る方向が同じなんだよ」


「便利な理由だな」


「便利だからな」


 直が横から笑う。


「白石、それ自分で便利って認めたぞ」


「……うるさい」


 玲央は隣で静かに笑っていた。


「何」


「帰る方向が同じでよかった」


「……そういうのを全部言うな」


「言いたくなる」


「知ってる」


 高城が肩をすくめる。


「やっぱり安定」


「安定させるなって言ってるだろ」


     ◇


 放課後、二人は図書室へ向かった。


 小テストは終わったが、返却された答案の見直しをするという名目があった。


 正直、透の答案は大きな見直しが必要なほどではない。

 玲央も同じだ。


 それでも、図書室へ向かった。


 理由が少し弱くなっていることは、透も分かっていた。


 でも、玲央も何も言わない。

 ただ、隣を歩いている。


 図書室は今日は比較的空いていた。

 窓際の席に二人で座る。


 以前なら、この距離にもっと動揺していた。

 今も動揺しないわけではないが、教室で遠かったせいか、近いことに少し安心してしまう。


「透」


「何」


「教室で遠いと、ここで近いのが嬉しい」


 言われると思った。


 でも、実際に言われるとやっぱり心臓に悪い。


「……そういうのを普通に言うな」


「普通に思ったから」


「返しが強い」


 玲央が少し笑う。


 透は答案を広げた。


「見直しするぞ」


「うん」


「小テストの」


「うん」


「勉強だからな」


「うん」


「何でそんなに素直なんだよ」


「透といる理由だから」


「……そういうのを言うな」


 まただ。


 図書室の静かな空気で言われると、声が近い。


 透は答案を見るふりをして、しばらく顔を上げなかった。


     ◇


 見直しは、思ったより早く終わった。


 透は一問だけ見直したいところがあり、玲央も同じように細かい確認をした。

 高城がいればもう少し時間がかかっただろうが、今日は二人だけだ。


 あっという間に、やることがなくなった。


「……終わったな」


 透が言う。


「うん」


「帰るか」


「うん」


 そう言いながら、どちらもすぐには立たなかった。


 窓の外は夕方で、校庭の部活動の声が少し遠く聞こえる。図書室の中には本をめくる音と、時々椅子が動く音だけがあった。


 透は答案をしまいながら、ぽつりと言った。


「……教室で遠いの」


「うん」


「少し、変だった」


 玲央がこちらを見る。


 透は答案を鞄に入れるふりをしながら続けた。


「別に、話せないわけじゃないし、昼に来ればいいし、帰りも一緒だけど」


「うん」


「授業中、見えにくいのは……何か、変だった」


 言った。


 今日ずっと感じていたことを、ようやく言葉にした。


 玲央はすぐに嬉しいとは言わなかった。


 少しだけ目を伏せて、静かに頷いた。


「俺も」


「……おまえはもう言ってただろ」


「もう一回」


「言わなくていい」


「遠いの、変だった」


「……そうかよ」


 玲央の声が静かだったから、透もそれ以上は茶化せなかった。


 少しの沈黙。


 けれど、それは重くない。


「でも」


 玲央が言う。


「放課後、近くなれるなら」


「うん」


「それは、少し嬉しい」


 透は小さく息を吐いた。


「……俺も」


 言ってしまった。


 玲央が顔を上げる。


「何」


「何でもない」


「今、俺もって」


「聞こえたなら聞くな」


 玲央の表情がゆっくり柔らかくなる。


「透」


「嬉しいって言うな」


「言いたい」


「知ってる」


 自分で先回りしてしまった。


 玲央が少しだけ笑う。


 その笑い方が、とても近かった。


     ◇


 帰り道、二人はいつものように並んで歩いた。


 教室で遠いぶん、放課後が少し近くなる。


 玲央がそう言った。

 透も、それを否定できなかった。


 朝は待ち合わせる。

 昼は玲央が来る。

 放課後は一緒に帰る。

 時々、図書室へ行く。


 席が遠くなったことで、むしろそれ以外の時間の近さがはっきりした。


 それが少し怖くて、少し嬉しい。


「明日」


 玲央が言う。


「うん」


「昼、行く」


「宣言しなくていい」


「でも行く」


「……来ればいいだろ」


 玲央が静かに笑う。


「放課後も?」


「帰るんだろ」


「一緒に?」


「……うん」


「嬉しい」


「知ってる」


 夕方の道に、二人の足音が並ぶ。


 教室では遠くなった。

 でも、それで終わりではなかった。


 むしろ、遠くなったからこそ、近い時間を選ぶようになっている。


 透はそのことに気づいていた。


 気づいていて、それでも明日の朝もまた同じ柱の前に立つのだと思った。

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