表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/61

第50話 否定したくなかった、の破壊力を本人は分かっていない

 翌朝、透はいつもの柱の前に立っていた。


 待っている。


 もう、そのこと自体には抵抗が少ない。

 抵抗が少ないどころか、改札の向こうに玲央の姿を探すことまで、だいぶ自然になってきている。


 問題は、そこではなかった。


 ――否定したくなかった。


 昨日の玲央の言葉が、朝になってもまだ頭の中に残っていた。


 寝る前にも思い出した。

 歯を磨いている時にも思い出した。

 今朝、制服に着替えている時にも思い出した。


 小テストの手応えよりも、その言葉の方がずっと残っている。


「……本人、分かってるのかよ」


 小さく呟いたところで、改札の向こうに玲央が見えた。


 今日も喉の調子はよさそうだ。マスクはしていないし、歩き方もいつも通り。透を見つけると、ほんの少しだけ表情が柔らかくなる。


 それだけで、朝がいつもの形になる。


「おはよう、透」


「おはよ、玲央」


 名前を呼ぶのはもう自然だった。


 自然なのに、今朝は少しだけ声が硬くなった気がした。


 玲央もそれに気づいたのか、隣に並びながら透を見る。


「眠い?」


「別に」


「考えごと?」


「……別に」


「二回目の別に」


「数えるな」


 玲央は少しだけ目を細めた。


「昨日のこと?」


 直球だった。


 透は歩き出しながら、顔を前に向ける。


「……蒸し返すな」


「やっぱり」


「やっぱり、じゃない」


「気にしてる?」


「気にするだろ」


 出てしまった。


 昨日の放課後にも同じことを言った気がする。


 玲央は少しだけ黙った。

 責めるような沈黙ではない。むしろ、言葉を選んでいるような間だった。


「困らせた?」


「困った」


「うん」


「でも、嫌だったとは言ってない」


 言ってから、透は少しだけ口を閉じた。


 昨日も似たことを言った。

 また言っている。


 結局、自分はそこから先に進めないまま、同じ場所を行ったり来たりしている。


 玲央は静かに頷いた。


「うん。覚えてる」


「覚えるな」


「無理」


「だろうな」


 玲央が少し笑う。


 その笑い方はいつもより控えめだった。


「透の『嫌じゃない』とか『嫌だったとは言ってない』は、俺にとっては結構大事だから」


「……大事にするなって言っただろ」


「それも覚えてる」


「忘れろ」


「それは無理」


 朝の通学路に、いつものやり取りが戻ってくる。

 でも今日は、その奥に昨日の言葉がまだ残っていた。


 否定したくなかった。


 たったそれだけで、透の中の足場が少し揺らいでいる。


     ◇


 教室に入ると、高城が昨日の小テストの話をまだしていた。


「俺、夢の中でも式解いてた」


「それはいい傾向じゃないか?」


 直が言う。


「違うんだよ。夢の中でも分からなかった」


「最悪だな」


「だろ? 寝ても覚めても分からないって、もう運命だろ」


「運命のせいにするな」


 透は鞄を置きながら、そのやり取りを聞いていた。


 いつもの教室。

 いつもの高城と直。


 けれど、今日は少しだけ落ち着かない。


 玲央の席を見る。

 少し離れた場所で、玲央は鞄から教科書を出していた。


 目が合う。


 玲央は何も言わない。

 ただ、ほんの少しだけ目元を緩めた。


 透はすぐに視線を戻した。


「白石」


 直がこちらを見る。


「何」


「今日、ずっと考えてる顔してる」


「朝来てすぐに言うな」


「駅から続いてる感じ?」


「何で分かるんだよ」


「顔」


「本当に最近そればっかりだな」


 高城が身を乗り出す。


「え、何? また榊原案件?」


「案件って言うな」


「でもそうなんだろ?」


「……」


 沈黙したのがよくなかった。


 高城が「あー」と納得した顔になる。


「昨日のあれか。否定したくなかった、のやつ」


「大声で言うな」


「大声じゃないって」


「内容が大声なんだよ」


 直が小さく笑った。


「それは分かる」


「分かるな」


 高城は机に肘をつきながら言った。


「でもさ、榊原ってああいうこと普通に言うよな」


「普通じゃないだろ」


「本人の中では普通なんじゃね?」


 透は少しだけ黙った。


 たぶん、玲央の中でも普通ではない。

 昨日、玲央の耳が少し赤かったのを思い出す。


 平気で言っているわけではない。

 それなのに言う。


 だから余計に、透は揺らされる。


「……普通じゃないから困るんだよ」


 小さく言った。


 高城が珍しく一瞬黙った。


 直は少しだけ目を細める。


「白石も、だいぶ正直になってきたな」


「なってない」


「今のは正直だった」


「聞かなかったことにしろ」


「無理」


「おまえもそれか」


 直は笑って前を向いた。


 高城は何か言いたそうだったが、授業開始のチャイムが鳴ったので、ぎりぎり黙った。


     ◇


 午前の授業中、透は何度か玲央の方を見た。


 席が少し離れたせいで、以前より視界に入りにくい。

 それなのに、気づけば探している。


 名前で呼ぶようになって。

 朝、待つようになって。

 勉強会をするようになって。

 昨日、あんなことを言われて。


 それでも学校の授業は普通に進む。


 先生の声。

 チョークの音。

 ノートを取る音。


 透は板書を写しながら、ふと自分のノートの字を見た。


 ――字も、やっぱり好き。


 今度はそれまで思い出した。


「……」


 だめだ。


 今日の自分はかなりだめだ。


 授業が終わると、直がすぐ振り返った。


「白石、今日は重症だな」


「何が」


「ノートの同じところ、二回なぞってた」


「……気のせいだろ」


「あと、今たぶん榊原見た」


「見るな」


「おまえが見てたから」


「その返しやめろ」


 直は軽く笑う。


「榊原が変なこと言うから?」


「……変なことっていうか」


 透は少しだけ言葉を探した。


「たぶん、普通なら茶化せることなんだろうけど」


「うん」


「あいつ、本気で言うから」


「うん」


「こっちが冗談にできない」


 直は真面目な顔で聞いていた。


「それ、嫌なのか?」


 聞かれて、透はすぐには答えられなかった。


 嫌ではない。

 それはもう、何度も言っている。


 でも、嫌ではないだけでもない。


「……分からない」


 結局、そう答えた。


 直は少しだけ頷いた。


「まあ、分からないなら考えればいいんじゃないか」


「簡単に言うな」


「考えるのは得意だろ」


「玲央のことだと、そうでもない」


 言ったあとで、透は固まった。


 直がゆっくり笑う。


「今、名前」


「……もうそこは突っ込むな」


「いや、そこじゃなくて」


「何だよ」


「玲央のことだと、って自然に言ったなって」


 透は何も言えなかった。


 直はそれ以上からかわず、ただ静かに言った。


「もうだいぶ馴染んでるよ。良くも悪くも」


「……そうかよ」


 透はノートを閉じた。


 馴染んでいる。


 その言葉は、思ったより胸に残った。


     ◇


 昼休み、玲央はいつものように透の隣へ来た。


「ここ、いい?」


「うん」


 返事に迷わなくなってきている。


 玲央が隣に座る。

 高城が購買パンを開け、直が弁当を出す。


 いつもの形。


 でも、今日は玲央が座った瞬間、少しだけ沈黙が落ちた。


 昨日の昼休みの続きが、まだそこにある気がした。


 高城がそれを感じ取ったのか、あえて明るく言う。


「そういや小テスト、返却いつだっけ?」


「たぶん明日か明後日」


 直が答える。


「怖いな……でも昨日よりは書けた。これは事実」


「ならいいだろ」


 透が言う。


「白石と榊原のおかげだな」


「結果出てから言えって昨日も言っただろ」


「厳しい。でも助かったのは本当」


 高城はそう言ってから、ふと透と玲央を見た。


「で、昨日のあれから二人は大丈夫?」


「何が」


 透の声が少し低くなる。


「いや、否定したくなかった発言」


「だから蒸し返すな」


「気になるだろ」


「気にするな」


 直が高城の腕を軽く叩いた。


「高城、雑に聞くな」


「ごめん。でもさ、白石が今日ずっと考えてる顔してるし」


「……おまえら全員、俺の顔を観察しすぎだろ」


 高城は少しだけ真面目な声になった。


「いや、まあ、茶化してるけどさ。嫌な感じだったら言わない方がいいかなって思って」


 透は意外で、少し言葉に詰まった。


 高城も一応、そこは見ているらしい。


「……嫌な感じではない」


 透は小さく言った。


 玲央が隣で静かにこちらを見る。


 高城が少し安心したように笑う。


「ならいいけど」


「でも、面白がりすぎるな」


「はい」


「返事だけいいな」


「努力する」


 直が苦笑した。


「全員、努力するしか言わないな」


「約束できないことが多いんだよ」


 高城のその言葉に、透は少しだけ笑いそうになった。


 少し空気が軽くなる。


 玲央は隣で弁当を開けながら、静かに言った。


「透」


「何」


「昨日のこと、困らせたのは分かってる」


「……うん」


「でも、言ったことを取り消したいとは思ってない」


 高城が黙った。

 直も何も言わなかった。


 透は箸を持つ手を止める。


「……そういうの」


「うん」


「昼休みに言うなって、何回言えば分かるんだよ」


「ごめん」


「謝るな」


 いつもの返し。


 けれど、声は少しだけ柔らかかった。


 玲央は小さく頷いた。


「俺は、透とそう見られるの、嫌じゃない。昨日言ったことは本当」


「……うん」


「でも、透がすぐ同じこと言えないのも分かってる」


 透は顔を上げた。


 玲央は穏やかな顔をしていた。


「だから、急がせたいわけじゃない」


「……おまえ」


「うん」


「それ、先に言えよ」


 玲央は少しだけ目を丸くし、それから笑った。


「今言った」


「遅い」


「ごめん」


「だから謝るな」


 胸の奥にあった引っかかりが、少しだけほどけた。


 玲央が否定しなかったこと。

 それを自分に突きつけられたように感じていた。


 でも玲央は、透に同じ速さで答えろと言っていたわけではない。


 ただ、自分は否定したくなかった。

 そう伝えただけ。


 その重さは変わらない。

 でも、少し受け取りやすくなった気がした。


     ◇


 放課後、透はいつものように帰り支度をしていた。


 玲央が来る前に、高城が近づいてきた。


「白石」


「何」


「今日、俺ちょっと余計だったな。悪い」


「……急にまともになるな」


「俺だってなる時はなる」


 高城は少しだけ笑った。


「でも、二人が変な感じじゃなくてよかったわ」


「変な感じではあるだろ」


「まあ、それはずっとそう」


「おい」


「でも嫌な変さじゃないっていうか」


 高城は言葉を探すように少し考えた。


「見てるこっちも、何か応援したくなる変さ」


「意味分からない」


「俺も分からん。でもそんな感じ」


 透は少しだけ黙った。


「……ありがとな」


 小さく言うと、高城は目を丸くした。


「え、白石が礼言った」


「やっぱり今の取り消す」


「いやいや、受け取った。今のは保存した」


「するな」


 直が横から笑っていた。


「高城、保存先の容量足りるか?」


「白石の素直発言フォルダ作るわ」


「作るな」


 そんなことを言っていると、玲央が近づいてきた。


「透」


「帰るんだろ」


 透が先に言った。


 玲央が少しだけ止まる。


「……うん。一緒に帰りたい」


「そう言うと思った」


「言わなくても分かった?」


「最近、少しな」


 玲央の表情がやわらぐ。


 高城が何か言いたそうにしたが、直に止められていた。


     ◇


 帰り道、二人はいつもより少しゆっくり歩いた。


 夕方の風は冷たすぎず、校門から駅までの道には部活帰りの生徒たちがちらほらいる。


 しばらく何も言わなかった。


 けれど、沈黙は重くない。


「玲央」


「何?」


「昨日のこと」


「うん」


「まだ全部整理できてない」


「うん」


「でも、昼に言ってたことは分かった」


 玲央は黙って聞いている。


「急がせたいわけじゃないってやつ」


「うん」


「……それ聞いて、少し楽になった」


 玲央は少しだけ息を吐いた。


「よかった」


「でも」


「うん」


「破壊力あること言ってる自覚は持て」


 玲央が瞬きをする。


「破壊力」


「あるだろ。否定したくなかった、とか」


「……ある?」


「ある」


「透に効いた?」


「聞くな」


「効いたんだ」


「聞くなって言ってるだろ」


 玲央は少しだけ笑った。


 その笑い方が、昨日より少し安心しているように見えた。


「……本人は分かってないんだよな」


 透が呟く。


「何を?」


「自分の言葉がどれだけこっちに残るか」


 言ってから、透は少しだけ後悔した。


 また素直なことを言った。


 でも玲央は、からかわなかった。


「透の言葉も残るよ」


「俺の?」


「うん」


「何か言ったか?」


「嫌ではない、とか」


「便利だからな」


「待ってる、とか」


「それは事実だろ」


「玲央って呼んでくれることも」


「……名前だろ」


「俺には、残る」


 透は何も言えなくなった。


 夕方の道を、二人で歩く。

 足音が並ぶ。


 自分だけが振り回されているわけではない。

 玲央も、透の言葉をちゃんと受け取っている。


 そう思うと、少しだけ胸が温かくなった。


「……じゃあ、お互い様か」


 透が言うと、玲央は静かに笑った。


「うん」


「嬉しそうにするな」


「無理」


「知ってる」


 いつもの言葉で、今日も終わっていく。


 でも今日は、その「知ってる」が少しだけ違って聞こえた。


 玲央が何を大事にしているのか。

 自分が何に弱いのか。

 そして、二人の言葉がもう軽く流せないものになっていること。


 透は、少しずつ知ってしまっている。


 それが怖くないわけではない。


 でも、嫌ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ