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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第47話 勉強会を理由にされると、断る理由がなくなる

 翌朝、透は駅の柱の前で玲央を待っていた。


 もう、待っていること自体はいい。

 そこは認めた。

 認めた方が楽だと、最近ようやく分かってきた。


 問題は、待っている間に考えることが増えたことだった。


 昨日の空き教室。

 夕方の光。

 向かい合わせの机。

 玲央のノート。

 指がほんの少し触れた瞬間。

 そして、玲央の声。


 ――また一緒に勉強したい。


 小テスト前だから。

 勉強会だから。

 そういう理由があれば、断る必要がない。


 いや、断る理由がない。


 そこがまずい。


 透はスマホで時間を確認し、すぐに画面を消した。


 改札の向こうに玲央の姿が見える。

 今日は昨日より少しだけ早い。


 透を見つけた瞬間、玲央の表情が柔らかくなった。


「おはよう、透」


「おはよ、玲央」


 もう名前は自然に出る。

 自然に出るのに、玲央が少し嬉しそうにするから、透は毎朝少しだけ困る。


「今日は早いな」


「透が待ってるから」


「……毎朝それ言う気か」


「言いたくなる」


「我慢しろ」


「少しだけ」


「できてない」


 玲央は小さく笑った。


 歩き出すと、朝の空気が少し冷たかった。

 雨はもう降っていない。道も乾いている。けれど、昨日までの湿気がかすかに残っていて、季節が少し進んだような匂いがした。


「喉は」


 透が聞くと、玲央は少しだけ目を細めた。


「大丈夫」


「咳」


「してない」


「水」


「飲んだ」


「のど飴」


「一応持ってる」


「よし」


「確認、まだ続いてる」


「完治確認まで」


「厳しい」


「おまえは放っておくと平気って言うから」


「透に見てもらえるなら、ちゃんとする」


「そういう返しをするから信用が半分なんだよ」


 玲央はまた少し笑った。


 もう喉はほとんど大丈夫そうだ。

 だから本当は、確認もそろそろ終わりでいいのかもしれない。


 けれど、やめるタイミングを少し見失っている。


 心配する理由が消えたら、玲央を見る理由もひとつ減る気がして。


 そこまで考えて、透は内心で顔をしかめた。


 かなり面倒くさい。


     ◇


 教室に入ると、高城が今日は起きていた。


 しかも、机の上には教科書とノートが開かれている。

 その光景だけで、透は少しだけ足を止めた。


「……高城が本当に勉強してる」


「失礼だな、白石」


 高城は顔を上げ、少しだけ得意げに言った。


「俺は昨日の夜、決意した。今回の小テスト、心の赤点を回避する」


「心の赤点ってまだ言ってるのか」


「実際の点数より精神の問題なんだよ」


 直が隣で淡々とノートを見ながら言う。


「実際の点数も問題だぞ」


「水城先生、朝から現実を突きつけないでください」


「現実から逃げるから点が下がるんだ」


「正論が痛い」


 透は鞄を置きながら、自分の席に座った。


 玲央も少し離れた席へ向かう。

 席が以前より少し遠いせいで、朝の教室では玲央が隣にいない。


 それだけなのに、少しだけ物足りない。


 自分で気づいて、透は慌てて教科書を取り出した。


「そういえばさ」


 高城が急に顔を上げる。


「今日も放課後、勉強会するんだろ?」


「小テスト前だからな」


 透が答えると、高城はにやっと笑った。


「勉強会って名前の放課後デート、継続中か」


「勉強会だ」


「でも昨日、空き教室で二人だったんだろ?」


「勉強してた」


「空き教室で二人きりで?」


「勉強してた」


「本当に?」


「しつこい」


 直が少し笑う。


「高城、実際に白石の説明は分かりやすかったぞ。昨日の休み時間、だいぶ助かった」


「それは助かった。白石先生と榊原先生には感謝している」


「先生じゃない」


 透が言うと、玲央が席からこちらを見た。


「透の説明、分かりやすい」


「……おまえはそういうのを遠くから言うな」


「聞こえた?」


「聞こえた」


「じゃあよかった」


 高城が机に肘をついて、面白そうに二人を見比べた。


「席が離れても会話飛ばしてるじゃん」


「普通の会話だろ」


「普通の会話にしては甘い」


「甘くない」


「白石の否定が早い時は怪しい」


「朝から法則を増やすな」


 透は教科書を開いた。


 小テストの範囲を確認する。

 今日も放課後に勉強する。


 ただそれだけだ。


 ただそれだけのはずなのに、玲央と一緒に勉強することを少し楽しみにしている自分がいる。


 それが厄介だった。


     ◇


 午前中の授業は、いつもより集中できた。


 昨日の勉強会の効果は大きかった。

 先生が黒板に書く内容も、玲央が説明してくれた流れとつながる。分からなかったところが少しずつほどけていく感覚があった。


 休み時間になると、高城がまたプリントを持ってきた。


「白石、ここ」


「またか」


「ここだけ。ここだけ人間の言葉で頼む」


「先生も人間の言葉で説明してるだろ」


「俺の脳が翻訳に失敗してる」


「自覚あるだけましか」


 透はプリントを見て、昨日玲央と確認した式を思い出す。


「ここは、先に条件を分ける」


「うん」


「で、こっちは前の式とつながってる。いきなり答え出そうとするから詰まるんだよ」


「あ、そこか」


 高城の顔が少し明るくなった。


「なるほど。昨日より白石の説明に優しさがある」


「どこがだよ」


「前はもっと正論で殴ってきた」


「今もまあまあ殴ってるだろ」


 直が横から言う。


「でも分かりやすい」


「直まで」


「実際、分かりやすいからな」


 透は少しだけ視線を逸らした。


 褒められるのは得意ではない。


 その時、玲央が近づいてきた。


「透」


「何」


「ここ、俺も少し別の解き方で見た」


 玲央がノートを開く。

 字は相変わらず整っている。


 高城がそれを見て、目を丸くした。


「榊原のノート、綺麗すぎない?」


「普通」


「いや、これは普通じゃない。参考書みたい」


 透はつい、玲央のノートを見た。


 昨日も思った。

 本当に見やすい。


「……見やすいよな」


 小さく言うと、玲央がすぐにこちらを見る。


「透」


「何」


「今の、嬉しい」


「ノートの話だろ」


「うん」


「そこでそんな顔するな」


「無理」


「知ってる」


 高城がプリントを持ったまま、しみじみ言った。


「この二人の間に挟まると、勉強より別のものを学べる気がする」


「何をだよ」


「距離感」


「学ぶな」


     ◇


 昼休み、玲央はいつものように透の隣へ来た。


「ここ、いい?」


「うん」


 返事がだいぶ自然になった。


 玲央が座る。

 高城が向かい側で購買のパンを開け、直が弁当箱を取り出す。


「今日の放課後、俺も行くつもりではいる」


 高城が宣言した。


「つもりでは、って時点で怪しい」


 透が言うと、高城は胸を張った。


「部活の先輩の機嫌次第だ」


「おまえの予定、先輩に握られすぎだろ」


「体育会系の宿命」


 直が水筒を置きながら言う。


「俺は今日は少しだけ顔出せるかもしれない」


「本当か?」


「たぶん。先生の資料整理が早く終われば」


「その“たぶん”も怪しいな」


 高城がにやっと笑った。


「まあ、結局二人でやるんじゃね?」


「そういう言い方するな」


「でも白石、嫌そうじゃない」


「……小テスト前だからな」


「便利だな、小テスト」


 直が静かに言う。


「勉強会って理由があると、白石が断らない」


「分析するな」


「合ってるだろ」


 合っている。


 だから返事に困る。


 玲央は隣で静かに弁当を食べていたが、少しして言った。


「理由があってもなくても、俺は透といたい」


 高城がむせた。


 直が水筒を持つ手を止めた。


 透は箸を落としかけた。


「……玲央」


「何?」


「昼休みにそれを言うな」


「小声だった」


「内容の問題だ」


「でも本当」


「その返し禁止」


「禁止されると困る」


「こっちが困ってる」


 高城が咳き込みながら言った。


「榊原、破壊力が高すぎる」


 直は少しだけ笑っている。


「白石、今のは否定しないんだな」


「……勉強の話だろ」


「理由があってもなくても、って言ってたぞ」


「聞こえてたなら黙ってろ」


「聞こえる位置だったし」


「それ、俺たちのやつだろ」


 玲央が少しだけ笑った。


 透は顔を逸らしながら弁当を食べる。


 理由があってもなくても。


 その言葉が、胸の奥に残った。


     ◇


 放課後。


 予想通り、高城は部活の先輩に呼ばれた。


「悪い、今日も無理かも!」


「勉強する気あるのか」


「ある! 心は図書室にいる!」


「身体を持ってこい」


 高城は手を合わせてから、廊下へ走っていった。


 直は少し遅れて先生に呼ばれた。


「資料整理、思ったより残ってた」


「おまえもか」


「すぐ終わったら行く」


「来ないやつの言い方だな」


「否定はしない」


 直は軽く笑って、職員室の方へ向かった。


 教室に残された透と玲央は、昨日と同じように顔を見合わせた。


「……行くか」


「うん」


「図書室、空いてるといいけど」


「空いてなかったら?」


「空き教室」


 自分で言って、少しだけ意識した。


 玲央も同じことを思ったのか、ほんの少し表情を緩めた。


「何」


「昨日と同じ」


「勉強するだけだ」


「うん」


「その顔やめろ」


「どんな顔?」


「楽しみにしてる顔」


「してる」


「認めるな」


 二人で教室を出た。


 図書室へ行くと、昨日よりさらに混んでいた。

 小テスト前日だからだろう。席はほとんど埋まっていて、空いているのは一人用の端の席だけだった。


「……無理だな」


「うん」


「空き教室にするか」


「うん」


 昨日と同じ流れ。


 透は歩きながら、自分が少しだけ落ち着かないことを自覚していた。


 空き教室で二人。

 夕方。

 勉強会。


 理由はある。

 ちゃんとある。


 だから断る理由がない。


 それが一番、言い訳を苦しくしていた。


     ◇


 空き教室は昨日と同じように静かだった。


 夕方の光が窓から入り、机の影が長く伸びている。

 遠くから部活の声が聞こえて、廊下を歩く生徒の足音が時々通り過ぎる。


 透は昨日と同じように、机を向かい合わせに動かそうとした。


 しかし玲央が少しだけ言った。


「今日は隣の方が、教科書見やすいかも」


 透は手を止める。


「……また理屈で距離を詰める気か」


「小テスト前だから効率重視」


「便利な言い方」


「便利だから」


「俺の返しを取るな」


 玲央が小さく笑った。


 透はしばらく迷ったが、結局机を横並びに近い形へ動かした。完全に隣ではない。けれど、向かい合わせよりは近い。


「これでいいだろ」


「うん」


「近すぎたら離す」


「分かった」


 玲央は素直に頷いた。


 その素直さが逆にずるい。


 勉強道具を広げる。

 昨日と同じ範囲の確認。

 今日は小テスト前日なので、苦手な問題を中心に解くことになった。


「ここからやる?」


 玲央が教科書を指さす。


「うん。昨日の続き」


「分かった」


 玲央の声は、図書室の時ほど小さくはない。

 でも、空き教室の静けさの中ではやっぱり近く聞こえる。


 透は問題集に視線を落とした。


 集中しろ。

 小テスト前日だ。


 そう自分に言い聞かせる。


     ◇


 最初の三十分は、かなり順調だった。


 玲央はやはり説明がうまい。

 透も昨日よりずっと理解が早かった。苦手だった問題も、何度か解くうちに手順が見えてくる。


「できた」


「合ってる」


「本当に?」


「うん。ここも昨日よりいい」


「……助かる」


 玲央が少しだけこちらを見る。


「何」


「透が素直に頼ってくれるの、嬉しい」


「頼ってるというか、小テスト対策だからな」


「うん」


「そこで嬉しそうにするな」


「無理」


「知ってる」


 そのやり取りも、もはや勉強会の一部みたいになっている。


 次の問題に入ったところで、透はふと昨日のことを思い出した。


 空き教室。

 夕方の光。

 文化祭の時も、こんなふうに二人で残っていた。


「ここ、文化祭の時みたいだな」


 何気なく言ってから、しまったと思った。


 玲央がこちらを見る。


「うん」


「……今のは別に」


「あの時も、透と残ってた」


 玲央の声は静かだった。


 透はノートへ視線を落とす。


「そうだな」


「その時より、今の方が近い」


「距離の話か?」


「距離も」


「も、って何だよ」


 玲央は少しだけ笑った。


「色々」


「雑にまとめるな」


「言うと、透が困りそうだから」


「もう少し早くその配慮を覚えろ」


「今覚えてる途中」


「遅い」


 透はシャーペンを持ち直す。


 でも、心の中では同じことを思っていた。


 文化祭の時より、今の方が近い。


 物理的な距離も。

 名前の距離も。

 待ち合わせの距離も。

 心配する距離も。


 全部、少しずつ。


     ◇


 しばらくすると、透の集中が切れ始めた。


 小テスト前日で気を張っていたせいもある。

 朝から授業を受けて、放課後に勉強しているのだから、疲れない方がおかしい。


 気づけば、同じ行を何度も読んでいた。


「透」


「何」


「眠い?」


「眠くない」


「今、三回同じところ見てた」


「難問なんだよ」


「基礎確認」


「……うるさい」


 玲央が少しだけ笑う。


「少し休む?」


「寝ない」


「休むだけ」


「休まない」


「無理すると、昨日の俺に怒ってた透が困る」


 それを言われると弱い。


 透はシャーペンを置いた。


「……五分だけ」


「うん」


「寝ないからな」


「うん」


 机に腕を置き、少しだけ額を伏せる。


 目を閉じるつもりはなかった。

 ただ、少し頭を休ませるだけのつもりだった。


 玲央の気配が隣にある。


 紙をめくる音。

 シャーペンが走る音。

 遠くの部活の声。


 その全部が、思ったより心地よかった。


 気が抜ける。


 玲央の隣だと、最近それが少し増えている。


 まずいと思う。

 でも、今は少しだけ眠い。


 透は、ほんの数分だけ目を閉じた。


     ◇


 目を開けた時、教室の光は少し変わっていた。


 夕方の色が濃くなっている。


 透は一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。


 空き教室。

 勉強会。

 小テスト前日。


 そして、隣に玲央。


「……起こせよ」


 透は顔を上げてすぐに言った。


 玲央は静かにノートを見ていた顔を上げる。


「五分くらい」


「それでも起こせ」


「気持ちよさそうだったから」


「寝てない」


「寝てた」


「……」


 言い返せなかった。


 玲央はからかわなかった。

 ただ、少しだけ柔らかい目で透を見ている。


「何」


「いや」


「何だよ」


「透、安心してる顔だった」


 胸の奥が、妙な音を立てた。


「……そういうの、言うな」


「ごめん」


「謝るな」


「でも、本当にそう見えた」


「寝ぼけてただけだろ」


「うん。でも、俺の隣で寝ぼけてた」


「言い方」


 透は顔を逸らした。


 寝顔を見られた。

 それだけでも十分恥ずかしいのに、安心してる顔だった、なんて言われたら逃げ道がない。


 写真よりもずっと無防備だった気がする。


「……勉強、続き」


「無理しないで」


「もう起きた」


「うん」


 玲央はそれ以上何も言わなかった。


 それがありがたくもあり、少し物足りなくもあった。


 透は自分のノートを見る。

 寝る前と同じ問題が開かれていた。


「ここ、もう一回説明して」


「うん」


 玲央はいつも通り説明を始めた。


 その声が、さっきより少しだけ優しく聞こえた。


     ◇


 勉強会が終わった頃には、外はかなり暗くなり始めていた。


 小テスト前の確認はだいぶ進んだ。

 高城が来ないまま終わったことについては、明日文句を言うことにした。


 教室を出る時、透は少しだけ伸びをした。


「疲れた」


「今日はかなりやった」


「小テストは何とかなりそう」


「透なら大丈夫」


「……その言い方、慣れてきた」


「嫌?」


「嫌ではない」


 玲央が少しだけ笑う。


「透の嫌ではない、久しぶり」


「便利だからな」


「でも、前より少し柔らかい」


「分析するな」


 二人で廊下を歩く。


 静かな校舎。

 夕方と夜の間の光。

 文化祭の名残はもうない。


 でも、空き教室で二人で勉強した時間は、また別の形で残りそうだった。


     ◇


 帰り道、透はしばらく黙っていた。


 玲央も無理に話しかけてこない。


 それが少しありがたかった。


 駅へ向かう道の途中で、透はようやく口を開いた。


「……今日」


「うん」


「寝たのは、忘れろ」


「無理」


「だろうな」


「でも、誰にも言わない」


「当たり前だ」


「俺だけ覚えてる」


「それはそれで嫌だな」


 玲央は少し笑った。


 透は前を向いたまま、小さく言う。


「……おまえの前だと」


「うん」


「たまに、気が抜ける」


 言った。


 言ってしまった。


 今日の中で一番、素直な言葉だったかもしれない。


 玲央は隣で黙った。


「何か言えよ」


「今、すごく嬉しくて」


「言うと思った」


「でも、茶化したくなかった」


 その声があまりにも静かで、透は横を見られなかった。


「……そうかよ」


「うん」


「別に、いつもじゃないからな」


「うん」


「今日は小テスト前で疲れてただけだ」


「うん」


「でも」


 透は一度言葉を切った。


「……嫌ではなかった」


 玲央が少しだけ息を吐く。


「透」


「何」


「それも嬉しい」


「知ってる」


 今度は少しだけ、自分から柔らかく言えた気がした。


 勉強会を理由にされると、断る理由がなくなる。

 小テスト前だから。

 理解を深めるためだから。

 高城たちも来るかもしれなかったから。


 そうやって理由を並べていた。


 けれど結局、透は玲央と一緒にいる時間を選んでいる。


 その理由が勉強だけではなくなっていることにも、もう薄々気づいていた。

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