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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第43話 看病じゃない。ただの確認だ。たぶん。

 翌朝、白石透は駅の柱の前で、いつも通り玲央を待っていた。


 いつも通り。


 その言葉を自分の中で使った瞬間、少しだけ落ち着かなくなる。


 文化祭が終わったあと、駅で待つことが続いている。

 最初は一日だけのつもりだった。次の日も、その次の日も、何となく続いただけだと思っていた。


 けれど、もう何となくではない。


 透は同じ時間に駅へ来て、同じ柱の前に立ち、改札の向こうに玲央の姿を探している。


 探している。


 その事実をごまかすのにも、そろそろ飽きてきた。


「……今日は咳してないといいけど」


 小さく呟いてから、透は自分で眉を寄せた。


 完全に気にしている。


 昨日の玲央は、だいぶ元気になっていた。

 卵焼きも普通に食べていたし、声もほぼ戻っていた。帰り道でも咳はしていなかった。


 それでも、気になるものは気になる。


 改札の向こうに玲央の姿が見えた。


 今日はマスクをしていない。

 歩き方も普通。

 顔色も悪くない。


 透はそれだけで、ほんの少し肩の力が抜けた。


「おはよう、透」


「おはよ、玲央」


 玲央が近づいてくる。

 透は挨拶の直後、すぐに確認した。


「喉」


「大丈夫」


「咳は」


「してない」


「水」


「飲んできた」


「のど飴」


「持ってる」


「マスクは」


「鞄に入ってる」


「……よし」


 言ってから、透は我に返った。


 何だ、この確認項目は。


 玲央は少しだけ目元を緩めている。


「何で笑ってる」


「朝の確認、増えてる」


「……念のためだろ」


「マスクまで聞かれた」


「昨日まで喉やってたんだから普通だろ」


「うん」


「嬉しそうにするな」


「嬉しい」


「だから喜ぶところじゃない」


 玲央は小さく笑った。

 昨日より声はしっかりしている。咳も出ていない。


 それだけで安心している自分が、少し悔しい。


「透」


「何」


「看病みたい」


「違う」


 即答した。


「これは看病じゃない。ただの確認だ」


「確認」


「そう。体調確認」


「毎朝?」


「治るまで」


「治ったら?」


「……たぶん減る」


「減るのか」


「何で少し残念そうなんだよ」


「透に確認されるの、嫌じゃないから」


 朝からそれを言う。


 透は顔を逸らした。


「……おまえ、本当に病み上がりのくせに口だけは元気だな」


「もうほぼ元気」


「ほぼ、って言ったな」


「言った」


「じゃあまだ確認は続ける」


 玲央は、また嬉しそうにした。


 だからそれは、喜ぶところではない。


 そう言いたかったけれど、玲央の顔を見ると、どうにも強く言いにくかった。


     ◇


 学校へ向かう道で、透は玲央の歩く速さを少しだけ見ていた。


 いつも通りだ。

 息も乱れていない。

 咳もしていない。


 問題はなさそうだった。


 問題はなさそうなのに、目が行く。


「透」


「何」


「また見てる」


「……見てない」


「見てる」


「昨日まで喉痛かったやつを見て何が悪い」


「悪くない」


「じゃあ言うな」


「嬉しいから言った」


「言うな」


 玲央は少しだけ笑う。


「透、最近すぐ俺の体調見る」


「おまえが無理するからだろ」


「そんなにしてない」


「昨日、無理してないって言いながら喉押さえてただろ」


「覚えてるんだ」


「覚えてる」


 言ってから、また少し素直すぎたと思った。


 玲央の表情が柔らかくなる。


「……何」


「透が覚えててくれるの、嬉しい」


「それも喜ぶところじゃない」


「俺には喜ぶところ」


「基準がおかしい」


「透のことだと、だいたいおかしいかも」


「開き直るな」


 そんなことを話しているうちに、校門が近づいてきた。


 普通の朝。

 普通の通学路。


 それなのに、玲央の喉が大丈夫か確認しながら歩くことまで、少しずつ日常に混ざっている。


 透は、それを少し怖いと思った。


 でも嫌ではなかった。


     ◇


 教室に入ると、高城が眠そうな顔をしながらこちらを見た。


「おはよう、健康管理アプリと患者」


「誰がアプリだ」


 透が即座に返す。


 高城は机に突っ伏したまま手を上げた。


「白石」


「即答するな」


「だって朝から確認してそうだし」


「……」


 黙ったのがよくなかった。


 直が前の席から振り返る。


「したんだな」


「体調確認くらいするだろ」


「確認項目は?」


「何で言う必要がある」


 玲央が横から答えた。


「喉、咳、水、のど飴、マスク」


「玲央」


 透は低い声で呼んだ。


「何?」


「全部言うな」


「事実だから」


「便利に使うな」


 高城が顔を上げた。


「完全に健康管理アプリじゃん。通知頻度高めのやつ」


 直が淡々と続ける。


「水分補給リマインダー付き」


「やめろ」


 透は鞄を机に置いた。


「だいたい、玲央が昨日まで喉やってたのが悪い」


「俺のせい?」


「そうだろ」


「じゃあ、ちゃんと治す」


「最初からそうしろ」


 玲央は少しだけ笑った。


「透が確認してくれるなら、ちゃんとする」


「だからそういうのを教室で言うな」


 高城が机を叩きそうになって、ぎりぎりで止めた。


「うわ、朝から強い」


「何が」


「榊原の返しが」


「いつものことだろ」


 直が軽く笑う。


「白石も慣れてきたな」


「慣れてない」


「今、かなり自然に返した」


「……うるさい」


 慣れてきた。


 たぶん、それは否定できない。


 玲央が真っ直ぐに言ってくること。

 自分がそれに困りながらも返すこと。

 高城と直が横から茶化すこと。


 全部、もう日常みたいになっている。


     ◇


 一時間目の休み時間、透は無意識に玲央の方を見た。


 玲央は水筒を開けていた。

 水を飲んでいる。


 よし、と思った。


 思ってから、自分に少し引いた。


 何が「よし」だ。


 玲央がこちらに気づく。


 水筒を軽く掲げてみせた。


 飲んでいるから大丈夫、という合図。


 透は無言で視線を戻した。


 その直後、背後から高城の声がした。


「今の何?」


「何が」


「榊原が水筒見せて、白石が納得した顔した」


「してない」


「してた。完全にアプリ通知確認完了みたいな顔」


「その例えやめろ」


 直が笑いながら言った。


「でも意思疎通はできてたな」


「してない」


「白石、否定が雑」


「雑でいい」


 玲央が席からこちらへ来る。


「透」


「何」


「水飲んだ」


「見た」


「報告」


「いらない」


「でも安心した?」


「……少し」


 答えてしまった。


 玲央が少しだけ嬉しそうにする。


「嬉しそうにするな」


「無理」


「知ってる」


 もう流れるように返している。

 高城がそれを見て、感心したように言った。


「すごいな、もはや夫婦漫才みたいになってきた」


「夫婦とか言うな」


「じゃあ健康管理漫才」


「もっと嫌だ」


 直が横から静かに突っ込む。


「高城、語彙がだんだん雑になってる」


「朝だから」


「一日中だろ」


 透はそのやり取りに少しだけ救われた。


 茶化されているはずなのに、空気が軽くなる。

 玲央の体調のことを重く考えすぎずに済む。


 それは、少しありがたかった。


     ◇


 昼休み。


 玲央はいつも通り透の隣へ来た。


「透、ここいい?」


「……うん」


 玲央が座る。


 昨日までより顔色はいい。

 声も戻っている。

 でも透は、弁当を開ける前に聞いた。


「喉」


「大丈夫」


「水」


「飲んだ」


「のど飴」


「まだある」


「昼食べ終わったら一個舐めとけ」


「うん」


 玲央は素直に頷いた。


 高城が購買パンの袋を開けながら笑う。


「白石、今日も通知多いな」


「うるさい」


「榊原、通知来たらちゃんと読むタイプ?」


「読む」


 玲央が真顔で答える。


 高城が笑った。


「即答」


「透からなら」


「おまえも本当に強いな」


 直が弁当を食べながら言う。


「でも榊原、白石が言わなくても自分で管理しろよ」


「うん」


「白石が見てるからやる、だと白石が気疲れするぞ」


 直の言葉に、透は少しだけ黙った。


 玲央も同じように静かになる。


 高城が「あ」と言って、少しだけ空気を読んだ顔をした。


 直は別に責めるような口調ではなかった。

 ただ、本当のことを言っただけだ。


 玲央は少し考えてから、透を見た。


「透」


「何」


「気疲れしてる?」


「……してない」


「本当に?」


「してない。気にはなるけど」


「うん」


「でも、俺が言わないと水も飲まないとかはやめろ」


「分かった」


「自分でちゃんとしろ」


「うん」


「……その上で、気になったら俺も言う」


 玲央は少しだけ目を見開いた。


「何だよ」


「いや」


「言え」


「嬉しい」


「今の流れでそれかよ」


「だって、透が言ってくれるのはやめないってことだから」


 そういう解釈になるのか。


 透は少しだけ呆れた。

 でも、間違ってはいない気もした。


「……見てるこっちが落ち着かないから言うだけだ」


「うん」


「だから、ちゃんと自分でも気をつけろ」


「分かった」


 玲央は今度こそ、ちゃんと頷いた。


 それを見て、透は少し安心した。


 高城が小声で直に言う。


「何か今、普通にいい話だったな」


「おまえが黙ってればな」


「俺そんなに邪魔?」


「まあまあ」


「まあまあか」


 そのやり取りで、少し張った空気がほどけた。


     ◇


 午後の授業中、玲央はほとんど咳をしなかった。


 透は何度か気にしたが、そのたびに玲央は普通にノートを取っていた。

 喉を押さえることもない。


 大丈夫そうだ。


 そう思うと、ようやく少し集中できた。


 放課後になり、帰り支度をしていると、玲央が近づいてくる。


「透」


「何」


「今日は寄り道なし?」


「当たり前だろ」


「まだ?」


「まだ」


「厳しい」


「昨日よりはいいけど、念のため」


「うん」


「不満そうにするな」


「してない」


「してる」


「透に管理される時間が減るのは、少し寂しい」


「だから、そういうこと言うから管理されるんだろ」


 玲央が少し笑う。


「透」


「今度は何」


「今日、ありがとう」


「何が」


「確認してくれたこと。気にしてくれたこと」


「……まだ完治してないからな」


「うん」


「治ったら減る」


「減っても、見ててくれる?」


 その聞き方は、反則だった。


 透は鞄のファスナーを閉める手を止める。


「……体調悪そうならな」


「それ以外は?」


「それ以外って何だよ」


「普通の日も」


 玲央の声は静かだった。


 体調が悪いから見る。

 喉が痛そうだから心配する。

 雨に濡れたから気にする。


 そういう理由がある時は、まだ言い訳ができる。


 でも、普通の日も見ていてほしいと言われたら。


 透はすぐには答えられなかった。


「……もう見てるだろ」


 ようやく出たのは、そんな言葉だった。


 玲央が黙る。


 透は鞄を肩に掛けながら、視線を逸らした。


「今さら聞くな」


「透」


「何」


「今の、かなり」


「嬉しいって言ったら置いて帰る」


「……我慢する」


「顔に出てる」


「無理」


「知ってる」


 高城が遠くから「今日も強いなー」と呟いた。


 透は聞こえないふりをした。


     ◇


 帰り道、夕方の空は少しだけ曇っていた。


 雨は降っていない。

 傘もいらない。


 ただ、空気にはまだ湿り気が残っていて、昨日の雨の名残を少し感じた。


 二人で並んで歩く。


「玲央」


「何?」


「今日、咳ほとんどしてなかったな」


「うん」


「明日、喉が戻ってたら一応安心する」


「一応」


「完全に信用するのはそのあと」


「厳しい」


「おまえは放っておくと平気って言うから」


「透も言う」


「俺の話はしてない」


「する」


「するな」


 玲央が少し笑う。


 それから、少しだけ真面目な声で言った。


「透が体調悪そうだったら、俺も同じくらい確認すると思う」


「……だろうな」


「水、飲んだか」


「うん」


「熱はないか」


「うん」


「無理してないか」


「うん」


「一緒に帰れるか」


 透は玲央を見る。


「最後、確認内容変わってるだろ」


「大事」


「何が」


「一緒に帰れるか」


 まっすぐ言われて、透は言葉に詰まった。


 体調の話をしていたはずなのに、いつの間にかいつもの場所へ戻ってくる。


 一緒に帰る。

 待つ。

 隣にいる。


 全部、もう当たり前になりかけている。


「……帰れるくらいの体調なら帰るだろ」


「俺と?」


「……そうだよ」


 玲央が静かに笑った。


「嬉しい」


「我慢は?」


「できなかった」


「知ってる」


 二人で歩く。


 夕方の道は、昨日より少し乾いていた。

 透の胸の中も、昨日より少し落ち着いていた。


 看病じゃない。

 ただの確認だ。


 そう言い張ってきた。


 でも、たぶんもう、ただの確認ではない。


 玲央が大丈夫か知りたい。

 元気なら安心する。

 無理していたら腹が立つ。


 それを看病と呼ぶのか、心配と呼ぶのか、まだ透にはよく分からない。


 ただ一つ分かるのは、玲央が自分にとって「気になる相手」になっているということだった。


「明日の朝」


 透は言った。


「うん」


「同じ時間」


「うん」


「待ってる」


 玲央が隣で頷く。


「俺も行く」


「……喉、悪化してなければな」


「悪化させない」


「よし」


 玲央が笑う。


 透も、ほんの少しだけ笑った。

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