表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/36

第35話 写真一枚で、こんなに逃げ道がなくなるとは思わなかった

その夜、白石透はベッドの上でスマホを見ていた。


 別に、何か特別なことをしていたわけではない。

 明日の時間割を確認して、天気予報を見て、なんとなくメッセージアプリを開いただけだ。


 ただ、その画面の中に、一枚の写真があった。


 夕方の帰り道で撮った写真。


 透と玲央が並んで写っている。

 背景は、駅へ向かう途中の何の変哲もない道だった。文化祭の看板があるわけでも、特別な景色が広がっているわけでもない。ただの道。夕方の光が少しだけ差していて、二人の制服がその色を受けている。


 透の顔は少し硬い。

 緊張しているようにも、照れているようにも見える。

 玲央は、その隣で静かに笑っていた。


 嬉しそうに。


「……顔に出すぎだろ」


 小さく呟く。


 けれど、すぐに思う。


 自分も、人のことは言えない。

 写真の中の透は、嫌そうではなかった。むしろ、どこか困ったようにしながらも、隣にいることを拒んでいない顔をしている。


 それが、妙に恥ずかしい。


 文化祭では写真を撮らなかった。

 焼きそばを半分にした時も、しおりを選んだ時も、占いをした時も、撮らなかった。


 なのに、文化祭が終わって普通の日に戻った帰り道で、二人の写真を撮った。


 そのことが、なんだかとても大きく感じる。


 スマホの画面を消そうとして、指が止まった。


 消すのではなく、画像を保存する。


 もう送ってもらった時点で保存されているはずなのに、なぜか改めて確認してしまう。

 消えていないか。ちゃんと残っているか。


「……何やってんだ、ほんと」


 自分でも呆れる。


 けれど、写真は消さなかった。


 むしろ、しばらく見てから、ようやくスマホを伏せた。


 その瞬間にもまだ、写真の中の玲央の顔が頭に残っていた。


     ◇


 翌朝、駅の柱の前に立った透は、昨日より少しだけ落ち着いていた。


 待っている。

 その自覚はもうある。


 今日は、そこまで言い訳しなかった。

 早く着いただけとか、たまたまだとか、そういうことを考えるのも少し疲れてきた。


 玲央が来るのを待つ。


 ただ、それだけだ。


 改札の向こうに玲央が見えた時、透は昨日より少し自然に顔を上げられた。


 玲央もこちらに気づく。

 そして、同じように表情をやわらげた。


「おはよう、透」


「おはよ、玲央」


 口から出たあとで、透は少しだけ固まった。


 自然だった。


 自然すぎた。


 玲央も一瞬だけ目を見開いた。

 それから、すぐには何も言わず、ゆっくり笑った。


「……何」


 透が低く言うと、玲央は少しだけ首を振った。


「いや」


「今、絶対何か言おうとしただろ」


「言うと、透が嫌がりそうだから」


「もう遅い。顔に出てる」


「嬉しい」


「結局言うのかよ」


「我慢できなかった」


 いつもの返しだった。


 でも、今朝はそれが嫌ではなかった。


 二人で歩き出す。


 駅から学校までの道は、もう完全に日常だった。

 文化祭の気配はどこにもない。


 それでも、玲央と並んで歩く朝は、普通の朝とは少しだけ違う。


「昨日の写真」


 玲央がふいに言った。


 透は肩を揺らしかけた。


「……何」


「保存した?」


「普通するだろ」


「普通?」


「送られてきた写真くらい、普通に保存されるだろ」


「消してない?」


「消すわけないだろ」


 言ってから、しまったと思った。


 言い方が、強すぎた。


 玲央は少しだけ黙る。


 透は横を見ない。

 見たら絶対に、嬉しそうな顔をしている。


「……透」


「何」


「今の、かなり嬉しい」


「言うと思った」


「消すわけないって言った」


「そこだけ抜き出すな」


「大事だから」


「写真一枚で大げさだろ」


「透との写真だから」


 朝の通学路で、さらっとそういうことを言う。


 透は前を向いたまま、耳のあたりが熱くなるのを感じた。


「……こっちも、消せとは言ってないだろ」


「消さない」


「知ってる」


「大事にする」


「だから大げさだって」


「大げさじゃない」


 玲央の声は静かだった。


 からかいでも、冗談でもなく、本当にそう思っている声だった。


 透は言い返せなかった。


     ◇


 教室に入ると、高城がいつものように反応した。


「おはよう、待ち合わせ組」


「そろそろ普通におはようって言え」


「おはよう。で、今日も待ち合わせ?」


「結局聞くのかよ」


「日課だから」


「日課にするな」


 高城は笑いながら机へ寄りかかる。


 直も前の席から振り返った。


「今日はどっちが待ってた?」


「俺」


 透は短く答えた。


 もう、ここでごまかす方が面倒になっていた。


 高城が少し驚いた顔をする。


「おお、認めるの早い」


「聞かれたから答えただけ」


「成長してる」


「だから何の成長だよ」


 直が静かに言う。


「素直さ」


「昨日も聞いた」


「じゃあ定着してきたな」


「やめろ」


 玲央は隣で静かに笑っていた。


 その顔を見て、高城がふと思い出したように言う。


「そういや、おまえら昨日写真撮ったんだっけ?」


 透は固まった。


「……何で知ってる」


「昨日、帰り際に榊原がスマホ見てめっちゃ嬉しそうだったから」


「玲央」


 思わず名前で呼んだ。


 玲央は少しだけ目を見開く。

 それから静かに言った。


「見てた」


「それは分かった。何で見せるような顔するんだよ」


「見せるつもりはなかった」


「顔に出すぎなんだよ」


「透に言われると少し納得いかない」


「何でだよ」


 直が横から身を乗り出す。


「写真、見せて」


「見せない」


 透が即答する。


 高城が「えー」と不満そうな声を出した。


「いいじゃん、別に。文化祭の記念だろ?」


「文化祭じゃなくて帰り道」


「もっと見たい」


「逆効果だ」


 直が少しだけ笑う。


「まあ、白石が嫌なら見せなくていいけど」


「珍しくまとも」


「でも榊原の顔でだいたい分かる」


「何が」


「かなり大事な写真なんだろうなって」


 玲央は否定しなかった。


 透はそれを見て、また少しだけ顔が熱くなる。


「……ただの写真だろ」


 そう言うと、玲央が静かにこちらを見た。


「ただの写真じゃない」


 教室のざわめきの中で、その声だけが妙にはっきり聞こえた。


 高城が「うわ」と小さく言う。

 直は何も言わず、でも少しだけ笑っていた。


 透は鞄を机に置きながら、視線を逸らす。


「……朝から重い」


「ごめん」


「謝るな」


「でも本当だから」


「知ってる」


 また自然に返してしまった。


     ◇


 一時間目の休み時間、透は廊下でスマホを確認していた。


 別に写真を見るつもりはなかった。

 通知を確認しただけだ。


 でも、画面を開くと、昨日玲央から送られてきた写真がメッセージ欄に残っている。


 見てしまう。


 透は周囲を確認してから、ほんの数秒だけ写真を開いた。


 夕方の道。

 並んでいる二人。

 ぎこちない自分。

 嬉しそうな玲央。


 やっぱり、妙な写真だった。


 特別な背景は何もない。

 けれど、自分にとっては文化祭の写真よりもずっと残る。


「透」


 背後から声がして、透は反射的にスマホを伏せた。


 振り返ると、玲央が立っている。


「……何」


「今、見てた?」


「何を」


「写真」


「見てない」


「伏せるの早かった」


「見てない」


「見てた」


「見るな」


「俺も見たい」


「おまえは自分のスマホで見ろ」


「透が見てるところが見たかった」


「意味分かんないこと言うな」


 玲央が少しだけ笑う。


 透はスマホをポケットにしまった。


「……たまたま開いただけ」


「うん」


「本当に」


「うん」


「納得してないだろ」


「でも、嬉しい」


「おまえの嬉しいはもう聞き飽きた」


「まだ言うと思う」


「知ってる」


 その返事に、玲央はまた少しだけ嬉しそうな顔をした。


 廊下には他の生徒もいる。

 だから玲央は、それ以上近づいてこなかった。


 でも、距離が近くなくても伝わるものがある。


 今の玲央は、明らかに機嫌がいい。


 そしてその理由が自分だと分かってしまう。


 それが透の胸をまた少し落ち着かなくさせた。


     ◇


 昼休み、高城はまだ写真のことを諦めていなかった。


「白石、ほんとに見せてくれないの?」


「見せない」


「何で」


「何でも」


「もしかして、めちゃくちゃいい写真なんじゃないの?」


「……普通」


「普通って言う時だいたい普通じゃないんだよな」


 高城がパンをかじりながら言う。


 直は横で弁当を食べながら、少しだけ考えるように言った。


「まあ、見せたくないなら、それは二人のものってことでいいんじゃない?」


 二人のもの。


 透は箸を止めた。


「……言い方」


「でも合ってるだろ」


「合ってない」


「じゃあ誰のもの?」


「……写真撮ったやつの」


「二人じゃん」


 そう言われると返せない。


 玲央は隣で弁当を食べながら、少しだけ静かにしていた。


「玲央は何とか言えよ」


 透が言うと、玲央は少しだけ目を上げた。


「俺は、透が見せたくないなら見せなくていい」


 意外とまともな返しだった。


 そう思った次の瞬間、玲央は続けた。


「俺も、二人だけで持ってたい」


 高城がまた「うわ」と声を出す。


 直は笑いをこらえるように肩を揺らした。


 透は完全に固まった。


「……おまえさ」


「うん」


「そういうのを昼休みに言うな」


「ごめん。でも本当」


「もうそれ禁止にしたい」


「本当だから?」


「そう」


「困る」


「こっちが困ってる」


 高城がしみじみと言った。


「いや、榊原ほんと強いな。白石を黙らせる言葉を知ってる」


「知りたくて知ってるわけじゃない」


「透のことだから」


「ほら、それ」


 高城が指を鳴らす。


「その一言でだいたい白石が黙る」


「分析するな」


 透は顔を背けた。


 否定できないのが一番悔しい。


     ◇


 午後の授業が終わる頃には、写真の話題もようやく落ち着いていた。


 だが、透の中では落ち着いていなかった。


 二人だけで持っていたい。


 玲央の言葉が、ずっと残っている。


 写真一枚。

 ただの帰り道で撮っただけのもの。


 でも、それを誰にも見せたくないと思っている自分がいる。

 玲央も、同じように思っている。


 それが妙に嬉しかった。


 放課後、帰り支度をしていると、玲央がいつものように近づいてきた。


「透」


「何」


「帰る?」


「帰る」


「一緒に?」


「うん」


 もう流れるようだった。


 高城が少し離れたところから見ている。


「なんかそのやり取り、完全に日常になったな」


「見るな」


「聞こえるんだって」


「聞くな」


 直が鞄を肩にかけながら言う。


「写真は見せなくていいけど、白石がその写真大事にしてるのは分かった」


「分からなくていい」


「分かるだろ。今日何回もスマホ確認してたし」


「してない」


「してた」


「……おまえも見るな」


 直は軽く笑って、それ以上は言わなかった。


 玲央は何も言わない。


 だが、廊下へ出たあと、ぽつりと言った。


「透、写真見てくれてたんだ」


「……直の話を信じるな」


「信じる」


「信じるな」


「でも、見てた?」


「……少し」


 認めた。


 もう否定しきれなかった。


 玲央は隣で静かに笑う。


「そっか」


「何」


「俺も見てた」


「……何回」


「数えてない」


「それは多いやつだろ」


「うん」


「認めるな」


 夕方の廊下を歩きながら、透は小さく息を吐く。


 同じ写真を、別々の場所で見ていた。


 それだけで、妙に胸が温かくなる。


     ◇


 帰り道、二人は昨日写真を撮った場所を通った。


 何の変哲もない道。

 夕方の光。

 昨日とほとんど同じ景色。


 透は思わず足を緩めた。


 玲央も気づいて止まる。


「ここ」


「うん」


「昨日の写真の場所だな」


「うん」


 しばらく、二人でその場所を見た。


 本当にただの道だ。

 写真を撮るような名所ではない。

 でも、昨日からここは少しだけ違う場所になった。


「……写真一枚で、こんなに逃げ道なくなるとは思わなかった」


 透は小さく言った。


 玲央がこちらを見る。


「逃げ道?」


「だって、残るだろ」


「うん」


「文化祭は片付いたし、看板も外したし、教室も戻ったのに」


「うん」


「あの写真だけ、普通に残ってる」


 玲央は静かに頷いた。


「残したかった」


「……俺も」


 言ってから、透は目を伏せる。


 でも、もう撤回はしなかった。


 玲央の声が、少しだけ近くなる。


「透」


「何」


「また撮りたい」


「……写真?」


「うん」


「毎日撮る気か」


「毎日は透が嫌がりそう」


「分かってるなら言うな」


「でも、またいつか」


 またいつか。


 その言葉は、今日だけで終わらないという意味に聞こえた。


 透は少し考えてから、小さく頷いた。


「……そのうちな」


 玲央が本当に嬉しそうに笑う。


「うん」


「嬉しそうにするな」


「無理」


「知ってる」


 夕方の道で、二人はまた歩き出した。


 写真一枚で、こんなに逃げ道がなくなるとは思わなかった。


 けれど、逃げ道がなくなることを、今の透はそこまで嫌だと思っていない。


 むしろ、その写真が残っていることに、少し安心している。


 それがたぶん、一番まずかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ