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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第27話 文化祭が終わった朝に、待っているやつがいた

 文化祭が終わった翌朝の学校は、少しだけ夢から覚めたみたいだった。


 駅へ向かう道も、昨日までとは違う。

 手提げ袋から装飾用の紙がはみ出している生徒もいないし、朝から妙に浮かれた声を出している集団も少ない。制服姿の高校生たちは、どこか眠そうな顔で改札を抜け、いつもの通学路へ流れていく。


 白石透も、その中の一人だった。


 ただ、いつもと違うことが一つだけある。


 改札を出た先。

 昨日と同じ柱の近く。


 榊原玲央がいた。


 文化祭はもう終わった。

 待ち合わせをする理由なんて、もうない。


 それなのに玲央は、昨日までと同じようにそこに立っていた。


 スマホを見ているわけでもなく、誰かと話しているわけでもない。

 ただ、透が来る方を何となく見ていた。


 目が合った瞬間、玲央の表情が少しだけやわらかくなる。


 たったそれだけで、透は昨日の帰り道で交わした約束が本当に続いていたのだと分かった。


「おはよう、透」


 近づくと、玲央がいつもの声で言った。


「……おはよ」


「ちゃんと来た」


「学校には来るだろ」


「駅に」


「……分かってて言ってるだろ」


「うん」


 玲央は隠す気なく頷いた。


 透は小さく息を吐く。


「文化祭終わったのに」


「うん」


「待ち合わせする必要、なくないか」


「でも、昨日した約束だから」


 約束。


 その言葉が、朝の駅前で妙にはっきり響いた気がした。


 たしかに昨日、自分は言った。

 待ち合わせ、と。


 文化祭の終わりに、駅で会うことを認めた。


 それがまだ続いている。


 その事実が、胸の奥を静かに温める。


「……朝からそういうの、重い」


「嫌?」


「嫌ではない」


 言ってから、透は自分で驚いた。


 あまりにも自然に出た。

 嫌ではない、と。


 玲央も少しだけ驚いたように目を見開き、それからゆっくり笑った。


「そっか」


「……何」


「嬉しい」


「言うと思った」


「言うよ」


「知ってる」


 知ってる、と返した自分に、透はまた少しだけ困った。


 もう、こういう会話にも慣れてきている。


 慣れてきているのが、かなりまずい。


     ◇


 二人で学校へ向かう道は、昨日よりずっと普通だった。


 焼きそばの匂いもしない。

 呼び込みの声もない。

 文化祭のポスターを抱えた生徒も、もうほとんどいない。


 それでも、玲央と並んで歩くことだけは続いている。


 そこが一番おかしかった。


「今日、片付けと振り返りだっけ」


 透が言う。


「うん。午前中は文化祭の片付け。午後は普通授業少し」


「一気に現実に戻るな」


「透、昨日疲れてたし、授業中寝ないように」


「寝ない」


「ほんとに?」


「おまえ、俺を何だと思ってるんだよ」


「昨日、受付の途中で少しぼーっとしてた人」


「細かいな」


「見てたから」


 またそれだ。


 透は呆れたように玲央を見た。


「おまえ、ほんとによく見てるよな」


「透だから」


「それで全部済ませるな」


「でも本当」


 玲央の声は、今日も真っ直ぐだった。


 文化祭が終わっても、その感じは変わらない。


 それが少しだけ安心する。


 透は前を向いたまま、ぽつりと言う。


「……文化祭、終わったな」


「うん」


「昨日まであんなに騒がしかったのに、今日普通すぎる」


「寂しい?」


「少し」


 今度は、わりと素直に言えた。


 玲央はすぐには返さなかった。

 ただ、少しだけ歩幅を透に合わせる。


「俺も少し寂しい」


「おまえも?」


「うん。でも、今一緒に歩いてるから、全部終わった感じはしない」


 返す言葉が見つからなかった。


 そういうことを、どうしてこの男は朝から普通に言えるのか。


 透は顔を逸らす。


「……そういうの、本当に心臓に悪い」


「でも、言わないと伝わらないから」


「伝わりすぎる」


「ならよかった」


「よくない」


 玲央が少し笑う。


 その笑い方も、もうすっかり見慣れてしまった。


     ◇


 教室に入ると、文化祭の残骸がまだそこにあった。


 入口の看板は外され、教室の後ろに立てかけられている。

 壁にはまだ装飾の一部が残っていて、黒板の端には昨日のチョーク絵が半分消えかけたままになっていた。机も完全には戻っておらず、受付に使っていた長机が前方に寄せられている。


 文化祭は終わったのに、教室だけはまだ昨日の名残を少し引きずっていた。


「お、待ち合わせ組が来た」


 高城の声が飛んでくる。


 透は鞄を置く前に、すぐ言い返した。


「朝からそれかよ」


「いや、だって一緒に来たし」


「たまたま」


「たまたま同じ駅で、たまたま同じ時間に、たまたま並んで来た?」


「……」


「白石、無理があるぞ」


 直が黒板の前から笑って言う。


 透は無言で鞄を机に置いた。


「榊原は何か言うことある?」


 高城が玲央へ話を振る。


 玲央はいつもの顔で答えた。


「待ち合わせした」


「おい」


「正直でよろしい」


 高城が満足そうに頷く。


 直も笑いながら、手に持っていたゴミ袋を広げた。


「はいはい、朝の尋問はそこまで。今日片付け多いからな。白石と榊原は看板と装飾の回収、お願いしていい?」


「何で自然に二人セットなんだよ」


「作った人たちが片付けた方がいいだろ」


「……それはそうだけど」


 言い返せない理由を出してくるあたり、直は地味にずるい。


 玲央は何も言わずに頷いた。


「分かった」


「おまえも自然に受けるな」


「透と一緒なら早いし」


「そういうのを教室で言うな」


 高城が笑う。


「いやあ、文化祭終わっても通常運転で安心した」


「安心するな」


「でも、昨日までの続きみたいでいいじゃん」


 その言葉に、透は少しだけ反応してしまった。


 昨日までの続き。


 文化祭は終わった。

 でも、続いている。


 高城はたぶん軽く言っただけだ。

 それでも、その言葉は透の中に少し残った。


     ◇


 片付けは、思ったより時間がかかった。


 壁の装飾を剥がし、再利用できるものと捨てるものに分ける。

 看板を折れないようにまとめる。

 余った紙コップや案内表を片付ける。

 机を元の配置へ戻す。


 作る時より、壊す時の方があっけない。


 それが少しだけ寂しかった。


「透、これ捨てる?」


 玲央が、昨日まで入口に貼っていた小さな飾りを持って聞く。


「それは……たぶん捨てるやつ」


「そっか」


「何、残したいのか?」


「透が書いたところじゃないけど、文化祭っぽいから」


「おまえ、そういうの残してたら全部きりがないぞ」


「分かってる」


 玲央は少しだけ名残惜しそうにそれをゴミ袋へ入れた。


 その横顔を見て、透は少し意外に思う。


「おまえでも、そういうの寂しいと思うんだな」


「思うよ」


「もっと平然としてるのかと」


「透と一緒に準備したから」


「……すぐそういうこと言う」


「言いたくなるから」


 透は返す言葉に困って、視線を看板へ戻した。


 看板には、まだ自分の字が残っている。

 昨日までは教室の入口に立っていたものが、今は床に寝かされ、片付けられるのを待っている。


「これ、どうするんだっけ」


「後ろにまとめて、あとで倉庫」


「じゃあ持つか」


「うん」


 二人で看板を持ち上げる。


 何度も運んだせいで、もう手順は分かっていた。

 透が下側を持ち、玲央が上側を支える。


 近すぎない。

 でも、呼吸が分かる距離。


 文化祭準備の時からずっとそうだった。

 最初はその距離にいちいち慌てていたのに、今はもう自然に動けてしまう。


 透はそれに気づいて、少しだけ胸が締めつけられた。


「……終わると、あっけないな」


 また口から出た。


 玲央は看板を持ったまま、静かに頷く。


「うん」


「でも、嫌な終わり方じゃない」


「楽しかったから?」


「……たぶん」


「俺も」


 その短い返事が、妙に優しかった。


     ◇


 看板を運び終えたあと、透は教室の後ろで少しだけ立ち止まった。


 そこには、片付け終えた文化祭の名残が積まれている。

 段ボール、余った紙、外された飾り、畳まれた案内表。


 つい昨日まで、あれだけ教室を飾っていたものたちが、今は一か所にまとめられている。


「白石」


 直が近づいてきた。


「何」


「大丈夫か」


「何が」


「ちょっと寂しそうな顔してる」


「……おまえまでそれ言うのかよ」


「それだけ分かりやすいってことだろ」


 直は少しだけ笑った。


「でもまあ、文化祭って終わるとそんなもんだよな。準備してる時は面倒なのに、片付くと寂しい」


「……うん」


「で、榊原との待ち合わせは続くんだろ?」


「何で急にそこに行く」


「白石にとってはそこ大事そうだから」


 透は言葉に詰まった。


 直はいつものようにからかっている顔だったが、その目は少しだけ真面目だった。


「別に、茶化してるだけじゃないぞ」


「……十分茶化してる」


「それは否定しない。でも、文化祭が終わっても何か残ったなら、いいことじゃん」


 言って、直はゴミ袋を持ち直した。


「俺、これ捨ててくるわ」


 そのまま行ってしまう。


 透は直の背中を見送りながら、小さく息を吐いた。


 何か残ったなら、いいこと。


 確かに、そうかもしれない。


 文化祭は終わった。

 でも、駅で会う約束が残った。

 玲央と一緒に歩く朝が残った。


 それがどういう意味なのか、まだはっきり言葉にはできない。


 でも、悪いものではないと思えた。


     ◇


 午前中いっぱいかけて、教室はかなり元に戻った。


 机が並び直され、黒板が消され、壁の装飾が外される。

 いつもの二年二組の教室へ少しずつ戻っていく。


 昼前、担任が教室を見回して頷いた。


「よし。だいたい片付いたな。午後は短縮授業だから、昼休み挟んで通常通り動くように」


 クラス中から、疲れた返事が返る。


 文化祭後の気だるさが、教室全体に広がっていた。


 透は自分の席へ戻り、鞄から水筒を出した。

 その時、鞄の内側に付けた青いビーズのキーホルダーが小さく揺れた。


 玲央からもらったもの。


 文化祭は片付いたのに、それだけは残っている。


 透は一瞬だけそれを見て、すぐに鞄を閉じた。


「透」


 隣から玲央の声がする。


「……何」


「それ、つけたんだ」


 見られていた。


 透は水筒の蓋を開ける手を止める。


「……内側だから見えないだろ」


「今見えた」


「見なくていい」


「大事にしてくれてる?」


「落としたくなかっただけ」


「うん」


「何で嬉しそうなんだよ」


「嬉しいから」


「……そうかよ」


 玲央はそれ以上何も言わなかった。


 でも、表情は本当に嬉しそうだった。


 それを見て、透は少しだけ顔を逸らす。


 キーホルダーをつけたのは、自分だ。

 誰に言われたわけでもない。


 それを玲央に見られて、恥ずかしい。

 でも、見られて少しだけよかったとも思っている。


 本当に、かなりまずい。


     ◇


 昼休み、教室はいつもに近い空気へ戻っていた。


 文化祭の話で盛り上がるグループもいれば、疲れて机に突っ伏している生徒もいる。高城は昨日食べた焼きそばの話をまだしていて、直に「どれだけ焼きそば好きなんだよ」と突っ込まれていた。


 透は弁当を食べながら、少しだけぼんやりしていた。


 昨日までの教室ではない。

 でも、完全に元通りでもない。


 たぶん、変わったのは教室ではなく自分の方だ。


「透」


 玲央が隣に来る。


 前ならそれだけで慌てた。

 今も少しは慌てる。


 でも、もう隣に来ること自体には驚かなくなっている。


「ここ、いい?」


「……聞くようになったんだな」


「少し控えるって言ったから」


「律儀」


「透が困るなら」


「……別に、今は困らない」


 また言ってしまった。


 玲央は一瞬だけ止まる。


「そっか」


「……何」


「嬉しい」


「知ってる」


 自然に返してから、透は自分で少しだけ笑いそうになった。


 嬉しい。

 知ってる。


 そんな会話がもう普通になりかけている。


 玲央は隣の席に座る。


 距離は近すぎない。

 でも、遠くもない。


 その距離が、今はちょうどよかった。


「文化祭、終わったな」


 透が言う。


「うん」


「でも、明日っていうか、今日の朝も普通に会ったな」


「うん」


「……続くんだな」


 言ってから、透は自分の言葉に少し驚いた。


 続く。


 その言葉を口にしたかったのかもしれない。


 玲央は静かに透を見た。


「続けたい」


 まっすぐだった。


 昼休みの教室で、玲央はいつもより小さな声で言った。

 周りには聞こえないくらいの声。


 でも、透にはちゃんと届いた。


「……おまえ、ほんと」


「うん」


「そういうの、急に言う」


「言いたかった」


「……俺も」


 声が小さくなる。


 でも、言った。


「続くなら、いいと思う」


 玲央は何も返さなかった。


 ただ、少しだけ嬉しそうに目を伏せる。


 その表情を見て、透は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。


 文化祭が終わった朝に、待っているやつがいた。

 教室が元に戻っても、鞄の内側にはもらったキーホルダーが残っていた。

 昼休みになれば、玲央は隣に来た。


 特別な行事が終わっても、何もかもが消えるわけではない。


 それが分かっただけで、透は少しだけ安心した。

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