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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第23話 明日も一緒に回るかって、先に言ったのは俺だった

 文化祭一日目の片付けが終わった頃には、校舎の中から昼間の熱が少しずつ引き始めていた。


 それでも、完全に静かになったわけではない。廊下にはまだ段ボールを抱えた生徒が歩いていたし、教室の奥では明日の準備を残しているクラスが何やら相談している声も聞こえる。どこかの教室からは、笑い声と一緒にガムテープを剥がす音が響いていた。


 二年二組も、ようやく翌日に向けた最低限の準備を終えたところだった。


「はい、今日はここまで! 残ってるやつ、明日の朝でいいから帰れ帰れ!」


 担任が手を叩くと、教室のあちこちから疲れた返事が上がった。


「やっと終わった……」

 高城が机に両手をついて、心底疲れたように言う。

「文化祭って楽しいけど、普通に体力削るな」

「おまえ、途中で焼きそば食って休んでただろ」

 直が言う。

「あれは文化祭を楽しむという大事な任務だ」

「便利な言い方するな」


 透はそのやり取りを聞きながら、受付の机に残っていたペンをケースへ戻した。

 今日一日で、何度この机の前に立ったか分からない。


 名簿を整える。

 来場者に案内する。

 紙コップを補充する。

 飾りを直す。

 呼び込み用の看板を運ぶ。


 大したことをしていないようで、終わってみると妙に身体が重い。


 それでも、不思議と嫌な疲れではなかった。


「白石」

 直が声をかけてくる。

「何」

「今日、ちゃんと楽しんだ?」

「……働いてた記憶の方が多い」

「それはそう。でも、回ってただろ。榊原と」

「そこだけ抜き出すな」

「いや、大事なところだろ」


 直は笑っている。

 けれど、いつものように過剰にからかう感じではなかった。


「まあ、楽しそうだったからいいんじゃね」

「……そう見えた?」

「見えた」


 即答だった。


 透は少しだけ言葉に詰まる。


 楽しそうだった。

 自分でも、否定できない。


 展示を見て、同じ冊子を買って、輪投げをして、変な占いに引っかかって、階段の踊り場で面倒くさい話までした。


 疲れた。

 恥ずかしかった。

 心臓に悪かった。


 でも、楽しかった。


「白石、明日も受付最初の方だったっけ?」

 高城がシフト表を覗きながら言う。

「いや、明日は昼前」

「じゃあ午前中少し回れるじゃん」

「そうだけど」

「榊原と?」


 自然に聞くな。


 透が言い返すより先に、少し離れたところで鞄を持っていた玲央が顔を上げた。


「俺は空いてる」

「おまえも普通に答えるな」

「聞かれたから」

「聞かれても答えなくていい時あるだろ」


 高城が「はいはい」と笑う。


「じゃあ明日の朝は二人で回る感じで」

「勝手に決めるな」

「でも嫌じゃないんだろ?」

「……」


 返事が遅れた。


 その一瞬だけで、高城と直が顔を見合わせる。


「うわ、弱い」

「今のは弱いな」

「おまえら本当にうるさい」


 透は鞄を肩に掛けた。


 教室の中には、もうほとんど人が残っていない。

 それぞれが帰り支度を終え、今日の疲れを抱えたまま廊下へ出ていく。


 玲央が近づいてくる。


「帰る?」

「……帰る」

「一緒に?」

「それ、毎回聞く必要あるか」

「ある」

「何で」

「透が嫌じゃないか確認したいから」


 少し前なら、ただからかわれていると思ったかもしれない。

 でも今は分かる。


 玲央はたぶん、本当に確認している。

 近づきすぎないように。

 でも、離れすぎないように。


 その気遣いが分かるから、余計に胸の奥が落ち着かなくなる。


「……嫌じゃない」

 透は小さく言った。


 玲央の表情が、少しだけやわらかくなる。


「じゃあ帰ろう」

「うん」


 高城が二人を見て、にやっと笑った。


「お疲れ、明日も仲良くな」

「普通に帰るだけだろ」

「はいはい」

「その返事やめろ」


 直は鞄を肩に掛けながら、透の横を通り過ぎる時に小さく言った。


「白石」

「何」

「明日、逃げるなよ」

「何から」

「自分から」


 それだけ言って、直は先に教室を出ていった。


 透は一瞬、その背中を睨んだ。

 けれど、言葉の意味は分かってしまった。


 分かってしまうから、何も返せなかった。


     ◇


 校舎を出ると、外はすっかり夕方だった。


 空は淡い橙色から青へ変わりかけていて、校庭の端に立つ木々の影が長く伸びている。文化祭の飾りが風に揺れ、校門の近くにはまだ帰り支度をする生徒たちの姿があった。


 昼間の賑やかさが、少し遠くに感じる。


 二人で並んで歩き出した。


 いつもの帰り道。

 でも今日は、いつもとは違う疲れが足に残っていた。


「疲れた?」

 玲央が聞く。

「少し」

「少し?」

「かなり」

「素直」

「今日はもう取り繕う気力ない」

「それはいいことかも」

「どこが」

「透が素直だから」


 玲央はそう言って少し笑った。


 透は前を向いたまま、ため息をつく。


「おまえ、今日は嬉しいこと多そうだな」

「多い」

「即答」

「透が色々言ってくれたから」

「忘れろ」

「無理」

「だよな」


 分かっていた。


 階段の踊り場で言ったこと。

 玲央が他の人に笑うと落ち着かないと言ったこと。

 自分も嫌じゃないと言ったこと。


 どれも忘れられるはずがない。

 自分だって、忘れられそうにないのだから。


「……おまえも言っただろ」

 透はぽつりと言った。

「何を?」

「俺が受付の男子に笑ってたの、少し嫌だったって」

「言った」

「よくそんな普通に認めるな」

「本当だし」

「そればっかり」

「透には、あんまり嘘つきたくない」

「……」


 不意に、そういう言葉を入れてくる。


 透は返事に困って、少しだけ歩く速度を落とした。


 玲央も自然に合わせる。


 それだけで、また胸が落ち着かなくなる。


「今日さ」

 透は視線を前に向けたまま言った。

「うん」

「何回か、変な気分になった」

「変な気分?」

「おまえが人に見られてたり、写真頼まれてたり、笑ってたり」

「うん」

「それが嫌っていうより……なんだろうな」


 うまく言えない。


 嫉妬。

 その言葉を使えば早いのかもしれない。


 でも、それを自分の口から言うのは、まだ少し重かった。


「自分が知ってるおまえと、周りが見てるおまえが、ちょっと違うっていうか」

「うん」

「それを分かってるのに、気になるっていうか」

「うん」

「……言ってて意味分かんなくなってきた」

「分かるよ」


 玲央の返事は早かった。


 透は思わず横を見る。


「分かるのかよ」

「うん」

「本当に?」

「俺もそうだから」

「……」


 玲央は前を向いたまま続ける。


「透が他の人に普通に笑うのは、当たり前だって分かってる」

「うん」

「でも、その顔を俺だけが知っていたかったと思う時がある」

「……それ」

「重い?」

「いや」


 透は少しだけ迷ってから、正直に言った。


「……分かる、気がする」


 言ってしまってから、耳の辺りが熱くなる。


 玲央は何も言わなかった。

 ただ、少しだけ嬉しそうに息を吐いた。


「何」

 透が言う。

「いや」

「何だよ」

「今日は本当に、透が素直だなって」

「明日には戻る」

「戻らないでほしい」

「勝手なこと言うな」

「言うだけなら」

「ずるい」


 そう言いながら、透の声にはもうあまり怒りがなかった。


     ◇


 駅へ向かう道の途中で、コンビニの前を通った。


 高城ならここで絶対何か買っていくのだろう。

 そう思っていたら、玲央が足を少しだけ止めた。


「何か飲む?」

「え?」

「今日、ずっと動いてたし」

「別にいい」

「いい、って顔じゃない」

「どんな顔だよ」

「疲れてる顔」

「……じゃあ水だけ」


 結局、二人でコンビニに入った。


 明るい店内の光が、少し目に眩しい。

 文化祭帰りらしい生徒が何人かいて、菓子や飲み物を買っている。


 透は水のペットボトルを手に取り、レジへ向かおうとした。

 すると玲央が、隣からさっと同じものをもう一本取る。


「それも?」

「うん」

「同じのでいいのか」

「透が選んだから」

「選ぶってほどじゃないだろ、水だぞ」

「じゃあ同じでいい」


 くだらないやり取りなのに、なんだか少し可笑しくなる。


 透が少しだけ笑うと、玲央がすぐにこちらを見た。


「何」

「今の、笑った」

「笑うだろ」

「俺に?」

「……水の話でそんな確認するな」


 玲央はほんの少し満足そうに笑った。


 会計を済ませ、外へ出る。

 コンビニの駐車場の端で、二人は少しだけ立ち止まった。


 透はペットボトルの蓋を開け、水を飲む。

 冷たい水が喉を通って、ようやく身体の奥の熱が少し落ち着いた気がした。


「文化祭って、こんな疲れるんだな」

 透が言う。

「楽しかった?」

「……楽しかった」

「そっか」

「何でおまえが嬉しそうなんだよ」

「透が楽しそうだったから」

「ほんと、そればっかりだな」

「うん」


 玲央はごまかさない。


 いつもそうだ。

 そういうところで、逃げない。


「……明日」

 透はペットボトルの蓋を閉めながら言った。

「うん」

「午前中、少し空いてるんだよな」

「うん」

「高城が、回ればって言ってたし」

「うん」

「……明日も、一緒に回るか」


 言った。


 言ってから、透は自分の口を疑った。


 先に言った。

 自分から。


 しかも、かなり自然に。


 玲央はすぐには返事をしなかった。

 珍しく、少しだけ驚いたような顔をしている。


 その反応を見て、透の方が慌てた。


「いや、別に、他に回る相手がいないならっていうか」

「透」

「何」

「嬉しい」

「……だから、そういうのをすぐ言うな」

「でも、今のは言いたい」

「分かった。もう言ったからいい」

「明日も一緒に回りたい」

「二回目はいらない」

「俺も先に言いたかった」

「何で張り合うんだよ」


 玲央が笑った。

 本当に嬉しそうに。


 その顔を見た瞬間、透はもう逃げるのを諦めた。


 自分から言ったのだ。

 明日も一緒に回るか、と。


 これはもう、偶然でも流れでもない。

 自分の意思だ。


「……明日の朝」

 玲央が言う。

「駅?」

「うん」

「また待つのか」

「待つ」

「会ったら、じゃなくて?」

「待ち合わせ」

「……」


 透は返事に迷った。


 でも、ここでまた誤魔化しても仕方ない気がした。


「分かった」

 小さく言う。

「駅で」


 玲央の表情が、また少し柔らかくなる。


「うん」

「遅れるなよ」

「透こそ」

「俺は遅れない」

「知ってる」

「何で」

「透だから」


 いつもの言葉。

 でも今日は、それが少しだけ嬉しかった。


     ◇


 駅へ向かう道に戻る頃には、空はかなり暗くなっていた。


 街灯がぽつぽつと点き始め、文化祭帰りの生徒たちの声が遠くから聞こえる。

 隣を歩く玲央の横顔は、昼間より少し静かに見えた。


 透は内ポケットに入れていた青いビーズのキーホルダーに、そっと指先で触れた。


 昨日もらったもの。

 今日も落とさないように持っていたもの。


 文化祭の景品に、こんな意味がつくなんて思わなかった。


「透」

「何」

「明日、楽しみ?」

「……まあ」

「そっか」

「おまえは?」

「楽しみ」

「即答」

「透が誘ってくれたから」


 透は顔を逸らした。


「……そういうの、本当に毎回言うな」

「無理」

「だよな」


 もうその返しにも慣れてきた。

 慣れてきてしまった。


 明日も一緒に回る。

 駅で待ち合わせる。

 それを自分から受け入れた。


 たぶん、もうかなり決定的だ。


 恋、という言葉を使うにはまだ少し怖い。

 でも、その手前まで来ていることは、もう誤魔化せない。


 明日も一緒に回るかって、先に言ったのは俺だった。


 その事実が、帰り道の間ずっと胸の奥に残っていた。

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