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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第22話 そんな顔を、俺以外に見せないでほしいと思った

 教室へ戻ると、二年二組はさらに忙しくなっていた。


 午前中のどこか浮ついた空気とは違い、午後の教室には妙な実戦感があった。受付の机には名簿と案内表が少し乱れて重なり、紙コップの入った箱は朝より明らかに軽くなっている。飾りの一部は端がめくれかけていて、窓際の机には誰かが使った予備のテープが置きっぱなしになっていた。


「白石、榊原、戻った!」


 高城が二人に気づくなり、少し大げさに手を振った。


「悪い、ちょっと手伝って。今、人が一気に来てて」

「何すればいい?」

 透が聞く。

「白石は受付の整理。榊原は中の案内。あと、時間あったら飾り直して」

「分かった」


 返事をしてすぐ、透は受付の机へ向かった。


 こういう時、何をすべきか考えている方が楽だった。

 玲央とのさっきの会話を思い出さずに済むからだ。


 相性九十二パーセント。

 言葉より先に距離が近くなる二人。

 恋人扱いされるより、否定できない自分がまずい。


 考えるなと思うほど、頭の中に戻ってくる。

 だから透は、名簿のずれを直し、ペンを揃え、案内表の補充を確認した。


「白石くん、次の人、二名です」

 クラスの女子が声をかけてくる。

「あ、はい。こちらへどうぞ」


 来場者の案内をして、名簿にチェックを入れる。

 教室の中を見ると、玲央がちょうど二人組の女子を空いている席へ案内していた。


「こちらです」

「ありがとうございます」


 玲央はいつも通り落ち着いている。

 声も、表情も、所作も、余裕がある。


 それはクラスの接客としてはかなり助かることだった。

 実際、玲央がいると教室の空気が少し整う。高城が言っていた「客の方が勝手にちゃんとする」という雑な評価も、悔しいが分からなくはない。


 ただ、今の透には、それを普通に眺めていられなかった。


 玲央が案内した女子の一人が、何かを言って笑う。

 玲央もほんの少しだけ口元を緩めて返した。


 たったそれだけだ。


 接客として普通。

 文化祭として普通。

 それ以上の意味なんてない。


 分かっているのに、胸の奥が小さくざわついた。


「白石」

 直の声が横から飛んでくる。

「ペン、落ちてる」

「え?」


 見ると、いつの間にか受付のペンが一本、床に転がっていた。

 さっき自分が揃えたはずなのに、手が当たったらしい。


「悪い」

「いや、いいけど。おまえ、また変な顔してるぞ」

「してない」

「してる。目線があっち行ってる」

「……仕事中に人の顔を見るな」

「仕事中に榊原を見るな」


 透は返事に詰まった。


 直は面白がる顔をしながらも、声は少しだけ低い。


「言わないけどさ」

「今言ってる」

「まあ、言ってるけど。……気になるなら、あとで本人に言えば?」

「何を」

「それは俺が決めることじゃないだろ」


 そう言って、直は受付の奥へ戻っていった。


 残された透は、拾ったペンを机に置き直した。


 本人に言えばいい。

 そんな簡単な話ではない。


 何を言うのだ。

 他の人に笑うな、なんて。

 普通に接客するな、なんて。


 そんなことを言える立場ではない。


 でも、さっき玲央は言った。

 嫌だったら、あとで言って、と。


 言われたいのかもしれない。

 自分のそういう面倒くさい気持ちまで。


 そう思った瞬間、余計に胸が落ち着かなくなった。


     ◇


 それからしばらく、教室は本当に忙しかった。


 紙コップが足りなくなりそうになり、透が倉庫へ取りに行く。

 飾りが一か所外れて、玲央が貼り直す。

 高城が呼び込みに出て、直が受付に入る。


 それぞれが動き回る中で、透と玲央は何度かすれ違った。


「透、紙コップこっち?」

「うん、その箱」

「分かった」

「飾り、そこまだ浮いてる」

「こっち?」

「もう少し右」

「うん」


 短い会話。

 作業のためのやり取り。


 それでも、声を交わすたびに少しだけ落ち着く。


 落ち着いてしまう。


 さっきまで玲央が他の誰かに向けていた笑みが気になっていたのに、自分に向けられた声一つで簡単に戻される。

 その単純さが嫌だった。


 夕方に近づくにつれて、来場者の波が少しずつ落ち着いてきた。


 文化祭の一日目は、終了時間が近づくと、あちこちのクラスが片付けと翌日の準備に入り始める。二年二組も例外ではなく、最後の来場者を見送ると、教室の中にはどっと疲れたような空気が広がった。


「終わったー……」

 高城が椅子に腰を落とす。

「まだ片付けある」

 直が冷静に言う。

「そういう現実を今すぐ言うな」

「明日もあるんだから、今日のうちに整えとけって先生が」

「先生の声色まで再現するな」


 教室のあちこちで笑いが起きる。


 透も少しだけ息を吐いた。

 疲れた。

 けれど、嫌な疲れではない。


 文化祭らしい、ちゃんと働いたあとの疲れだった。


「白石、榊原」

 高城がふいに顔を上げる。

「悪いけど、二人で廊下の案内板回収してきてくれない? あれ、うちのクラスのやつ」

「いいけど」

 透が答える。

「二枚あるから。階段前と昇降口側」

「分かった」

「あと、ついでに明日の呼び込み用の看板も職員室前から持ってきて」

「ついでが多い」

「頼りにしてるってことで」

「便利に使うな」

「榊原もいるし大丈夫だろ」

「基準がおかしい」


 そう言いながらも、透は鞄を置いて廊下へ出る準備をした。

 玲央も何も言わずについてくる。


 教室を出ると、廊下は昼間とはまるで違う雰囲気になっていた。


 さっきまで人であふれていた場所が、今は少しずつ静かになり始めている。

 遠くで笑い声は聞こえるが、呼び込みの声はほとんどない。床には落ちた紙片やテープの切れ端が少し残っていて、文化祭の熱が引きかけた後の、妙な余韻があった。


「一日目、終わったな」

 透が言う。

「まだ片付けあるけど」

「そこは言うな」

「高城と同じこと言ってる」

「やめろ」


 玲央が小さく笑う。


 その笑い方が、廊下の静けさの中でよく聞こえた。


     ◇


 階段前の案内板を外す作業は簡単だった。


 養生テープを剥がし、段ボール製の案内板を折れないように持つ。

 透が下側を支え、玲央が上側を持った。


「明日も使うんだよな」

「うん。たぶん」

「端、ちょっと曲がってる」

「直せる?」

「教室戻ったら補強すればいい」


 そう話しながら、二人で次の場所へ向かう。


 廊下には人が少ない。

 昼間の混雑が嘘みたいだった。


 その静けさのせいで、さっきからずっと胸の奥に残っているものが、また顔を出してくる。


 玲央が他の人に笑った時のこと。

 自分がそれを気にしてしまったこと。

 玲央に「あとで言って」と言われたこと。


 言うべきなのか。

 言わない方がいいのか。


 透は迷いながら、昇降口側の案内板を外した。


「透」

 玲央が声をかける。

「何」

「今日、途中から少し静かだった」

「疲れたから」

「それだけ?」

「……」


 即答できなかった。


 玲央は責めるような顔をしていない。

 ただ、待っている。


 その待ち方が、やっぱりずるい。


「……昼の話」

 透はようやく口を開いた。

「うん」

「おまえが、他の人に笑うと少し落ち着かないって言ったやつ」

「うん」

「今日も、ちょっとあった」


 言ってから、手元の案内板を強く握りすぎていることに気づいた。


 段ボールが少しだけへこむ。

 玲央がそれに気づいて、そっと手を添えた。


「力、入りすぎ」

「……うるさい」

「ごめん」

「謝るな」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 廊下の向こうから、どこかのクラスの片付けの声が聞こえた。

 ガムテープを剥がす音。机を動かす音。笑い声。


 その中で、玲央の声は低く静かだった。


「言ってくれて嬉しい」

「……嬉しいのかよ」

「うん」

「面倒くさいだろ、普通」

「透のなら、面倒でも聞きたい」

「そういうの、本当にやめろ」

「やめた方がいい?」

「……今は、やめなくていい」


 自分で言っておいて、透はまた顔が熱くなるのを感じた。


 今日は本当にだめだ。

 文化祭の空気のせいなのか、玲央と長く一緒にいたせいなのか、いつもより言葉がこぼれやすい。


 玲央は、少しだけ目を見開いてから、柔らかく笑った。


「そっか」

「何」

「今のも嬉しい」

「だから、いちいち言うな」

「言いたい」

「知ってる」


 知っている。

 最近は、もう分かっている。


 玲央は、こういう時ちゃんと言葉にする。

 それを受け取るのは恥ずかしいけれど、言われなかったらそれはそれで落ち着かない。


 自分は本当に、かなり面倒くさいところまで来ている。


     ◇


 職員室前から呼び込み用の看板を回収して、二人は教室へ戻る途中だった。


 階段の踊り場で、玲央がふと立ち止まった。


「何?」

 透が聞く。


「透」

「うん」

「俺も、今日少しだけ嫌だった」

「何が」

「透がゲームコーナーで笑ってた時」

「……は?」

「受付の男子に普通に笑ってた」

「いや、それは普通に対応しただけだろ」

「分かってる」

「分かってるなら」

「でも、少しだけ嫌だった」


 透は完全に言葉を失った。


 そんなところを見られていたとは思わなかった。

 いや、玲央なら見ていてもおかしくない。おかしくないが、そこまで言われると妙に落ち着かない。


「……おまえも大概だな」

「うん」

「分かってるんだ」

「分かってる」

「じゃあ何で言うんだよ」

「透が言ってくれたから、俺も言いたくなった」


 ずるい。


 本当に、ずるい。


 そんな言い方をされたら、怒るどころか、胸の奥が少しだけあたたかくなってしまう。


「お互い面倒くさいな」

 透は小さく言った。


 玲央がほんの少し笑う。


「うん」

「そこは否定しろ」

「でも、嫌じゃない」

「……」


 透は案内板を抱えたまま、踊り場の窓へ視線を逃がした。


 外はもう夕方だった。

 校庭の隅に長い影が伸び、文化祭の飾りが風に揺れている。


「……俺も」

 透は小さく言った。

「嫌じゃない」


 玲央が黙る。


 たった一言なのに、言ったあとで心臓がうるさい。

 でも、もう撤回する気にはならなかった。


 玲央は静かに息を吐いて、それから少しだけ笑った。


「それ、今日一番嬉しいかも」

「今日、嬉しいこと多すぎだろ」

「多い」

「認めるな」

「文化祭だから」

「文化祭関係あるか?」

「透が素直だから」

「……もう黙れ」


 言い返しながら、透の口元も少しだけ緩みそうになる。


 まずい。

 本当にまずい。


 でも、こうして二人で面倒くさいことを言い合って、少しずつ近づいている感じが、嫌ではなかった。


     ◇


 教室へ戻ると、高城が目ざとく二人を見た。


「遅くない?」

「看板が多かった」

 透が答える。

「それだけ?」

「それだけ」

「榊原は?」

「看板が多かった」

「口裏合わせが雑」


 直が横で笑う。


「まあいいや。案内板そこ置いといて。呼び込み看板は明日使うから後ろ」

「分かった」


 二人で看板を所定の位置に置く。

 教室の中では片付けが進み、机の配置も翌日に向けて整えられていた。


 文化祭一日目が終わる。

 その実感が少しずつ湧いてくる。


「白石、榊原」

 直が声をかける。

「今日、二人ともお疲れ」

「急に普通」

 透が言う。

「普通に働いてたからな」

「そういう日もあるのか」

「俺を何だと思ってるんだよ」

「からかう人」

「間違ってないな」


 直は笑ってから、少しだけ声を落とした。


「でも、今日二人とも楽しそうだったぞ」

「……そうか?」

「うん。特に白石」

「俺?」

「ずっと楽しそうってわけじゃないけど、榊原といる時、顔が違う」


 透は返事に困った。


 直はそれ以上言わず、別の作業へ戻っていく。


 玲央は隣で、何も言わなかった。


「……何」

 透が聞く。

「いや」

「何か言えよ」

「今の、否定しないんだなって」

「……疲れただけ」

「そっか」

「笑うな」

「笑ってない」

「笑ってる」

「少し」


 いつもの会話。

 でも、さっき階段の踊り場で話したあとだからか、いつもより少しだけ近く感じた。


 そんな顔を、俺以外に見せないでほしいと思った。


 さっき言えなかった本音が、胸の奥でそっと形になる。


 口にはしなかった。

 まだ、そこまで言う勇気はない。


 でも、いつか言ってしまう日が来るのかもしれない。


 そう思っても、もう完全には怖くなかった。

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