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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第20話 おまえが他の誰かに笑うと、少しだけ落ち着かない

 教室へ戻ると、二年二組のミニカフェは、思っていたより盛況だった。


 受付の前には数人の来場者が並び、教室の中ではクラスメイトたちが慣れない接客に少しだけ声を上ずらせながら動き回っている。机を並べた簡易テーブルには紙コップと小さなお菓子が置かれ、壁の装飾は窓から入る昼の光を受けて、朝より少し華やかに見えた。


「戻ったぞ」

 透が受付の近くにいた直へ声をかける。


「おかえり、デート組」

「違う」

「早い否定」

「何回言わせるんだよ」

「言わせたいんだよ」


 直は悪びれもしない。


 その横で高城が、さっき買ってきたらしい焼きそばの空き容器を片付けながら笑っていた。


「でも白石、さっきより顔ゆるいぞ」

「ゆるくない」

「楽しかったんだろ」

「……普通」

「普通、ねえ」


 高城が玲央を見る。

 玲央は透の隣で、相変わらず落ち着いた顔をしていた。


「楽しかったよ」

 玲央が普通に言う。


「おまえが答えるな」

 透は小声で言った。


 けれど、その声はたぶん高城たちにも聞こえていた。

 案の定、直が「はいはい」と雑に流す。


「いいから二人とも、次のシフト少しだけ手伝って。今ちょっと人増えてる」

「分かった」

「白石は受付続き。榊原は中の案内入れる?」

「いいけど」

「助かる。榊原がいると謎に場が落ち着くから」

「謎に、って何」

 玲央が少しだけ眉を上げる。


「顔」

 高城が即答した。

「顔と雰囲気。客の方が勝手にちゃんとする」

「雑な評価だな」

 透が言うと、高城は肩をすくめた。

「でも分かるだろ?」

「……否定はしない」


 玲央は目立つ。

 それは、もう今さら否定しようがない。


 廊下を歩いていても、受付に立っていても、ただ教室の隅にいるだけでも、自然に人の目を引く。本人がそれを気にしていないところまで含めて、目立つ。


 透はそのことを、よく分かっている。


 分かっているはずだった。


     ◇


 玲央が中の案内に入ってから、教室の空気は少しだけ変わった。


 別に大げさなことではない。

 来場者に席を案内したり、メニューの説明をしたり、困っている人に声をかけたり。やっていることは普通だ。


 けれど、その“普通”が妙に様になる。


「こちら空いてます」

「ご注文決まったら声かけてください」

「足元、少し段差あります」


 声は落ち着いていて、表情は穏やかすぎず、冷たすぎない。

 相手が女子でも男子でも、保護者でも中学生でも、玲央は同じ調子で対応する。


 そのせいで、教室に来た何人かの女子が明らかに玲央を見ていた。


 透は受付で名簿を確認しながら、それに気づいてしまう。


 気づきたくなかったのに、気づいた。


「ね、あの案内してる人、かっこよくない?」

「二年生かな」

「声落ち着いてる」


 入口近くで待っていた別のクラスの女子たちが、小声でそんなことを話している。


 聞こえた。

 普通に聞こえた。


 透はペンを持つ手を止めそうになって、すぐに動かした。

 関係ない。玲央が目立つのは今に始まったことじゃない。そういうふうに言われるのも普通だ。むしろ、何を今さら気にしているのかという話である。


 でも、落ち着かない。


「白石」

 横から直が声をかけてくる。

「何」

「今、ペン三回持ち直した」

「数えるな」

「なんか気になることでも?」

「ない」

「ある顔だな」

「うるさい」


 直は視線を玲央の方へ向け、それから透を見た。

 その目がもう、何かを察している。


「なるほど」

「何も言ってない」

「言わなくてもだいたい分かる」

「分かるな」

「無理」


 直は笑いながらも、それ以上は突っ込まなかった。

 その代わり、少しだけ声を低くする。


「白石」

「何」

「榊原、誰にでもああいう対応できるけど、白石に向ける時だけ全然違うぞ」

「……何の話だよ」

「今、何の話か分かってる顔した」

「してない」

「まあ、そういうことにしとく」


 直は受付の名簿を持って、次の来場者の対応へ戻った。


 透は小さく息を吐く。


 分かっている。

 玲央は誰にでも礼儀正しい。誰にでも落ち着いている。

 でも、透に向ける時だけは違う。


 名前を呼ぶ声も、視線も、少し近づく時の空気も。

 それはもう、透だって分かっている。


 分かっているのに。


 玲央が他の誰かに穏やかに笑いかけるのを見ると、胸の奥が少しだけ落ち着かない。


 それが何なのか、考えたくなかった。


     ◇


 昼近くになると、来場者の数はさらに増えた。


 廊下はかなり賑やかになり、二年二組の教室にも途切れず人が入ってくる。受付、案内、配膳、片付け。全員が慣れないながらも忙しく動いた。


 そんな中で、小さな出来事が起きた。


 玲央が案内していた女子の一人が、帰り際に声をかけたのだ。


「あの、榊原くんですよね?」


 透は受付にいた。

 距離は少しあったが、声は聞こえた。


 玲央は少しだけ首を傾げる。


「はい」

「やっぱり。同じ学年の友達が知ってて。えっと、写真撮ってもらってもいいですか?」


 文化祭らしい軽い頼み。

 特別おかしなことではない。


 玲央は一瞬だけ間を置いた。


「クラス企画中なので、すみません」

「あ、そっか。ごめんなさい」

「いえ。来てくれてありがとうございます」


 丁寧に断った。

 それだけだ。


 相手の女子もすぐに引いたし、嫌な空気にはならなかった。むしろ玲央の対応はかなり自然だったと思う。


 なのに、透の胸の奥は少しだけざらついた。


 写真を撮ってもらいたいと思われるくらい、玲央は人から見られている。


 そんなこと、知っていたはずだ。


 知っていたはずなのに、今日の文化祭の空気の中でそれを突きつけられると、妙に落ち着かない。


「白石、次の人」

 高城に言われて、透は我に返った。


「あ、はい。こちらにお名前お願いします」


 慌てて受付対応に戻る。

 声はちゃんと出た。手も動いた。たぶん変には見えていない。


 でも、心の中は少しだけ乱れていた。


     ◇


 忙しさが一段落したのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 交代の時間になり、透たちはようやく少し休めることになった。高城は「飯行く!」と言って直を連れてどこかへ行き、他のクラスメイトたちも順番に休憩へ出ていく。


 透は教室の隅で、水筒の水を飲みながら壁にもたれた。


 疲れた。


 文化祭は楽しいが、やっぱり人が多い。

 受付に立っているだけでも、思ったより消耗する。


「透」


 玲央が近づいてきた。


「……お疲れ」

「透も」

「案内、大変そうだったな」

「まあまあ」

「写真、断ってた」

「見てたの?」

「見える位置だったから」


 言ってから、自分で少し嫌になる。


 いつもの玲央の言い方みたいだった。


 玲央は一瞬だけ目を細めた。


「それ、俺の真似?」

「違う」

「今のは似てた」

「似せてない」

「そっか」


 玲央は笑った。

 その笑い方が柔らかくて、透はまた少しだけ落ち着かなくなる。


「写真」

 玲央が言う。

「うん」

「嫌だった?」

「……は?」


 透は顔を上げた。


 玲央はまっすぐこちらを見ていた。

 いつもみたいにからかう顔ではない。


「何でそうなる」

「透、少し変な顔してたから」

「見てたのかよ」

「見える位置だったから」

「それ返すな」

「便利だから」

「……」


 透は黙った。


 言い返せない。

 確かに、少し変な顔をしていた自覚はある。


「別に」

 透は水筒の蓋を閉めながら言う。

「写真くらい、文化祭なら普通だろ」

「うん」

「おまえ目立つし」

「うん」

「だから、別に」


 玲央は黙って聞いていた。


 その沈黙が、逆に居心地悪い。


「……何」

 透が言う。

「続き待ってる」

「続きなんてない」

「そう?」

「ない」

「じゃあ、何で怒ってるみたいな顔してるの」

「怒ってない」


 言った瞬間、自分の声が少し硬かったことに気づいた。


 最悪だ。


 玲央は何も言わなかった。

 ただ、透の隣に立つ。近すぎない。けれど、遠くもない距離。


「透」

「何」

「俺、写真断ったよ」

「聞こえてた」

「うん」

「別に、撮ればよかっただろ」

「撮りたくなかった」

「……何で」

「透が見てたから」


 心臓が、妙な音を立てた。


「……意味分かんない」

「分かんない?」

「分かんないだろ」

「じゃあ、分かりやすく言う」

「いや、いい」

「透が嫌そうな顔したから、撮りたくなくなった」


 言われて、透は返事を失った。


 それは、困る。

 かなり困る。


 自分が嫌そうな顔をしたせいで、玲央が行動を変えた。

 そう思うと、申し訳なさと、別の何かが同時に胸の中へ落ちてくる。


「……別に、嫌っていうか」

「うん」

「ちょっと、落ち着かなかっただけ」

「うん」

「おまえが他の人に普通に笑ってるの見て」

「うん」

「……何か、ちょっと」


 そこまで言って、透は言葉を止めた。


 これ以上言うと、もう完全に認めることになる。

 自分が何に落ち着かなかったのかを。


 玲央が静かに待っている。


 その待ち方がずるい。

 急かさない。からかわない。ただ、透が言葉にするのを待っている。


「……嫌だった、のかもしれない」

 ようやく、透は小さく言った。


 声は、ほとんど教室のざわめきに紛れるくらいだった。

 でも玲央には届いたらしい。


 玲央の表情が、ほんの少し変わる。


「そっか」

「今の忘れろ」

「無理」

「だろうな」

「嬉しい」

「言うな」

「ごめん。でも嬉しい」


 謝りながら言うな。


 そう返そうとしたが、うまく声が出なかった。


 胸の奥が熱い。

 文化祭の空気のせいでも、人の多さのせいでもない。


 玲央が嬉しそうだからだ。


     ◇


 その後、二人は少しだけ教室を離れた。


 休憩の残り時間は短かったが、教室の中にいるとまた手伝いに戻りそうだったので、高城に「ちゃんと休め」と半ば追い出されたのだ。


 廊下の端、普段はあまり人が来ない階段近くまで歩くと、少しだけ静かになった。


 遠くから文化祭の音が聞こえる。

 笑い声。呼び込み。どこかの教室から流れる音楽。

 でもここでは、それが薄い膜越しの音みたいに感じられた。


 透は階段の手すりに軽く寄りかかる。


「……さっきの」

「うん」

「変な意味じゃないから」

「変な意味って?」

「そういう聞き方するな」

「ごめん」

「絶対悪いと思ってないだろ」

「少し思ってる」


 玲央が隣に立つ。


 近すぎない。

 でも、ちゃんと隣にいる。


「透」

「何」

「俺が他の人に笑うの、嫌だった?」

「……言い直すな」

「確認」

「しなくていい」

「大事だから」

「おまえ、そればっかり」


 透は手すりの先を見たまま、少しだけ黙った。


 そして、観念する。


「嫌だった、っていうか」

「うん」

「落ち着かなかった」

「うん」

「たぶん、俺だけじゃないんだなって思った」

「何が」

「おまえを見る人が」


 言ってから、かなり恥ずかしくなった。


 でも、今の言葉は自分の中では一番近かった。


 玲央は目立つ。

 誰かが玲央を見る。

 それは当然だ。


 でも、自分が見ている玲央と、他の人が見ている玲央が重なると、少しだけ落ち着かない。


 自分だけが知っていると思っていたわけではない。

 そんな資格があるわけでもない。


 それでも、玲央が自分にだけ向ける顔を、他の誰かにも向けるのではないかと、一瞬だけ思ってしまった。


 それが嫌だった。


「透」

「……何」

「俺が透を見るのと、他の人を見るのは違う」

「……」

「全然違う」


 玲央の声は静かだった。


「他の人には、普通に対応してるだけ」

「うん」

「透には、普通じゃない」

「それ、自分で言うのか」

「うん」

「……知ってる」


 ぽつりと返す。


 玲央が少しだけ笑った。


「知ってる?」

「最近、だいぶ」

「そっか」

「分かりやすすぎる時あるし」

「透にだけだと思う」

「それも知ってる」


 言ってから、透は少しだけ目を伏せた。


 知っている。

 本当は、分かっている。


 玲央が自分を見る時だけ、少し違うこと。

 自分にだけ、距離が近くなること。

 名前を呼ぶ声が、他と違うこと。


 分かっているのに、不安になる。

 それはきっと、自分の気持ちの方が、もう以前よりずっと動いてしまっているからだ。


「……俺、たぶん面倒くさいこと言ってる」

 透は小さく言った。


 玲央がすぐに返す。


「うん」

「そこは否定しろ」

「俺もいつも言ってるから」

「……確かに」

「だから、透が言うのはちょっと嬉しい」

「何でだよ」

「俺ばっかりじゃないって分かるから」


 それは前にも聞いた。

 でも今日は、前より少し深く刺さった。


 玲央ばかりが嫉妬しているわけじゃない。

 自分も、少しずつそちら側へ入っている。


 それを認めるのは、恥ずかしい。

 けれど、もう否定しきれなかった。


     ◇


 教室へ戻る時間が近づいていた。


 スマホを見ると、休憩終了まであと数分しかない。

 透は手すりから身を起こした。


「戻るか」

「うん」

「……さっきの、直たちには言うなよ」

「言わない」

「本当に?」

「本当に」

「おまえ、たまに顔に出るから」

「透ほどじゃない」

「うるさい」


 歩き出そうとした時、玲央がふと口を開いた。


「透」

「何」

「今日、俺が誰かに笑ってるの見て嫌だったら」

「うん」

「あとで言って」

「何で」

「ちゃんと聞きたいから」

「……おまえ、変なやつ」

「そうかも」

「普通、言われたいか? そういう面倒くさいやつ」

「透のなら」


 また、それだ。


 透は少しだけ息を吐いた。


「何でもそれで済むと思うなよ」

「済んでる?」

「……少し」

「じゃあよかった」


 玲央が笑う。


 今度の笑みは、ちゃんと透に向いている。

 そのことが分かって、胸の奥が少しだけ落ち着いた。


 教室へ戻る廊下は、相変わらず賑やかだった。


 呼び込みの声。

 笑い声。

 人の流れ。


 その中で、玲央はまた少しだけ外側を歩いた。

 透が人にぶつからないように、自然に。


 それを見て、透は思う。


 他の人に見られる玲央は、たしかにいる。

 目立つし、頼られるし、かっこいいと言われる。


 でも、自分の隣を歩いてくれる玲央は、たぶん少し違う。


 それを少しだけ信じてもいいのかもしれない。


「透」

「何」

「顔、少し戻った」

「何の話だよ」

「さっきより落ち着いた」

「……見すぎ」

「見てるから」

「開き直るな」


 いつものやり取りに戻る。

 それが少しだけ嬉しい。


 教室の前まで戻ると、高城が入口から顔を出した。


「お、帰ってきた。何してたんだよ」

「休憩」

 透が答える。

「二人で?」

「……休憩」

「はいはい」


 高城は何か言いたそうだったが、直に呼ばれてすぐ中へ戻っていった。


 玲央が小さく笑う。


「何」

 透が睨む。

「いや」

「何だよ」

「二人で休憩、楽しかった」

「言い方」

「事実」

「……もういい」


 否定するのも疲れた。

 けれど、その疲れも少しだけ心地よかった。


 玲央が他の誰かに笑うと、少しだけ落ち着かない。

 そのことを、今日、自分は認めてしまった。


 それはたぶん、かなり大きな一歩だった。


 そして、もう戻れない場所へまた一歩進んだのだと、透は静かに思った。

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