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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第13話 みんなの前で庇うのは、ちょっとずるい

 人から見れば些細なことでも、その場にいる本人にとっては妙に居心地の悪い瞬間というものがある。


 その日の放課後、白石透にとってのそれは、クラスの後ろに貼り出された文化祭準備の役割表だった。


「え、これ誰が書いた?」

「たしか白石じゃなかった?」

「いやでも、ここ違くない?」


 教室の後ろで、数人のクラスメイトがそんな会話をしている。

 文化祭準備の仮担当表。放課後に先生へ提出する予定のものだ。クラス全体の名前が雑に振り分けられていて、装飾、会計、買い出し、当日シフトなどが並んでいる。


 問題は、その中に一か所だけ、明らかにおかしい部分があったことだった。


「え、俺?」

 透は貼り出された紙を見て、思わず声を漏らした。


 “備品管理・責任者 白石透”


 そんな役割を引き受けた覚えはない。

 というか、そもそもその欄自体、今日初めて見た。


「いや、白石が昨日メモまとめてなかった?」

「まとめてたけど、責任者とか知らない」

「でも白石の字っぽくない?」

「たしかに似てる」

「いや、似てるって何だよ」


 気づけば、周りに人が集まり始めていた。


 大ごとというほどではない。

 ただ、ちょっとした勘違いが空気を作りやすいのが教室という場所だ。


 昨日、透はたしかに班ごとの希望や簡単なメモを黒板近くでまとめていた。だからたぶん、その流れで「白石が作った担当表」と思われたのだろう。そこに誰かが後から書き足したか、先生側の叩き台と混ざったか、とにかく何かがずれて今の形になった。


 でも、その「たぶん」が面倒くさい。


「白石がやるってことじゃないの?」

「いや、俺そんなの聞いてない」

「でも一回先生に確認した方がよくない?」


 責められている、というほどではない。

 けれど、なんとなく視線が集まって、自分が説明する側に押し出されていく感じがある。


 透はそういう空気が苦手だった。


「……先生に聞いてくる」

 とりあえずそれだけ言おうとした、その時だった。


「透は悪くないよ」


 静かな声が、すっと間に入った。


 透が顔を上げる。

 玲央が、いつの間にか人の輪の少し前まで来ていた。


 その声は大きくない。むしろ静かだ。

 なのに、妙に通る。


「昨日まとめてたの、班の希望だけだっただろ」

 玲央が続ける。

「責任者の欄、あの時は空いてたし」

「え、そうだっけ?」

 と近くの男子が言う。

「見てたから分かる」

「でも白石の字っぽいって」

「全部が白石の字じゃない」

 玲央は担当表を見て、淡々と指をさした。

「この“責任者”って書いてる字、透の“透”の書き方と違うし、昨日のメモの筆圧とも違う」


 そこまで見るのかよ、と透は思った。


 いや、今はそこじゃない。

 そこじゃないのだが、そこまで把握している玲央に対して、別方向で少しだけ動揺する。


「とりあえず、透が決めたって前提で話すのは違うと思う」

 玲央が言う。

「確認してからでいいでしょ」


 その言い方は、誰かを強く責めるものではなかった。

 でも、完全に透の側へ立っているのが分かる。


 周囲の空気が一瞬だけ変わる。


「あー、まあ、それはそうか」

「たしかに確認先か」

「先生呼ぶ?」


 話の流れが変わった。

 さっきまで透へ向いていた視線が、紙そのものとか、先生へどう確認するかとか、別の方向へ散っていく。


 その変化に、透はようやく少しだけ息をつけた。


     ◇


 結局、その担当表は先生が仮で作ったものに誰かのメモが混ざっていただけだった。透に責任はなく、しかも責任者欄そのものが後で整理する予定の未確定項目だったらしい。


「ごめん白石、なんか最初ちょっとおまえのせいっぽくなった」

 男子の一人が気まずそうに言う。

「いや、別に……」

「でも榊原、よく気づいたな」

「白石の字、見慣れてるし」

 と玲央が平然と答える。


 その場にいた数人が、一瞬黙った。


 透も黙った。


 今、さらっと変なことを言わなかったか?


「……見慣れてるって何」

 透が小声で言うと、

「見てるから」

 と玲央は何でもない顔で返した。


 やめてくれ。

 みんなの前でそれを言うな。


 案の定、近くにいた高城が「うわ」と笑った。


「今のすごいな」

「何が」

「いや、何がって……」

 高城がにやにやしながら透を見る。

「榊原、ほんと白石のことになると遠慮なくなるよな」

「そう?」

 と玲央。

「そうだよ」

 高城の代わりに、今度は直が言った。

「しかも今日のはかなり彼氏ムーブ寄り」

「彼氏ムーブって何だよ」

 透が即座に言い返す。


 直は肩をすくめる。


「みんなの前でさりげなく庇う、しかも根拠まで揃えてる。十分それっぽいだろ」

「全然それっぽくない」

「いや、だいぶそれっぽい」

 高城も頷く。

「普通あそこまで細かく見てないって」

「おまえが見られすぎなんだよ」

 透は玲央の方を睨んだ。


 玲央は少しだけ目を細める。

 その表情が、ほんのわずかに楽しそうで腹が立つ。


「透が困ってたから」

「だからって」

「それだけ」


 その“それだけ”が全然それだけじゃない。


 でも、それを言い返す前に、先生が再び教室に入ってきて、文化祭準備の説明が始まってしまった。


 透は椅子に座り直しながら、小さくため息をつく。

 助かった。

 たしかに助かったのだ。


 でも、助けられ方が少しずるい。


     ◇


 文化祭準備の説明が終わった後も、透は何となく落ち着かなかった。


 放課後の教室はまだざわついていて、誰が何を担当するか、どの作業を今日進めるかであちこちが忙しい。透も一応、自分の班や係の確認をしながら動いていたが、さっきのことが頭から離れない。


 玲央が自分を庇った。

 しかも、ただ感情的に割って入ったわけじゃなくて、ちゃんと状況を見て、理屈まで揃えた上で。


 ああいうことを、あんなに自然にやるのか。


「白石」

 横から直が小声で呼ぶ。

「何」

「顔が考え込んでる時のやつ」

「うるさい」

「でも嬉しかったろ」

「……」

「無言は肯定」

「違う」

「違わない」

「おまえ最近ほんと適当だな」

「でも当たってるだろ」


 そこが腹立たしい。


 透は返す言葉を探したが、ちょうどその時、教室の前方から「白石ー、この箱運ぶの手伝って」と声が飛んできた。


「あ、うん」

 助かったと思いながら返事をして、その場を離れる。


 段ボール箱を持って教室の隅へ運び、戻ろうとしたところで、今度は玲央とすれ違った。


「透」

「何」

「重くない?」

「別に」

「ほんとに」

「大丈夫」


 そう返したのに、玲央は透の持っていた箱の片側を当然みたいに持ち上げた。


「おい」

「一人で持てるけど、二人の方が早い」

「理屈はそうだけど」

「じゃあ問題ない」

「おまえほんとその理屈好きだな」


 二人で箱を運ぶ。

 たったそれだけのことなのに、近くにいる空気が妙に落ち着かなくて、透は視線を段ボールの端に固定した。


 玲央は何も言わない。

 でも、その沈黙が変に優しい。


「……さっき」

 透がぽつりと言う。

「うん」

「ありがと」

「何が」

「いや、分かってるだろ」

「うん」

「なら聞くなよ」

「透がちゃんと言うの珍しいから」


 むっとして玲央を見ると、少しだけ笑っている。

 その顔が近くて、透はすぐ前を向いた。


「……別に、普通に助かったし」

「よかった」

「でも」

「うん」

「みんなの前で庇うのは、ちょっとずるい」

「何が」

「何か……」

「何か?」

「……余計に意識するだろ」


 言ってしまった。


 しかもかなり本音だった。


 玲央は一瞬だけ目を見開いて、それから本当に嬉しそうに少し笑った。


「それは、ちょっと嬉しい」

「言うと思った」

「言うよ」

「うるさい」


 もう自分で墓穴を掘っている気しかしない。


     ◇


 準備が終わる頃には、空はかなり夕方に傾いていた。


 クラスメイトたちが片付けをし、机の位置を戻し、残ったゴミをまとめる。雑然としていた教室も、少しずついつもの形へ戻っていく。


 高城が鞄を肩に掛けながら言う。


「今日の白石、だいぶ守られてたな」

「そういう言い方やめろ」

「いやでも事実じゃん」

「高城、その言い方すると白石がまた黙る」

 と直。

「え、ほんとだ」

「観察すんな」


 二人が笑う。


 透は小さくため息をついた。

 でももう、前みたいに全力で否定するほどの勢いは出ない。


「じゃ、俺先帰るわ」

 高城が手を上げる。

「俺も」

 直が続く。

「白石、また明日な」

「……おう」

「榊原も」

「うん」


 二人が教室を出ていく。

 残るのは、また透と玲央だけだった。


 最近こういう流れ、多くないか。

 そう思いながらも、完全に嫌だとは思っていない自分がいて困る。


 窓の外の夕焼けが、教室の床に薄く伸びていた。


「透」

「何」

「今日、ほんとに嫌じゃなかった?」

「何が」

「庇ったの」

「……嫌ではない」

「そっか」

「でも」

「うん」

「ちょっと、ずるい」

「何回目?」

「うるさい」


 玲央は少しだけ笑った。


「透が困ってるの見てる方が嫌だった」

「……それ」

「うん」

「普通に言うんだな」

「普通に本当だから」

「最近それ多いな」

「便利だから」

「だから認めるなって」


 同じやり取り。

 でも、その繰り返しが少しずつ当たり前になっている。


 透は鞄を持って立ち上がる。


「帰る」

「うん」

「一緒に帰るんだろ」

「もちろん」

「聞いてないのに答えるな」


 教室を出て、夕方の廊下を並んで歩く。

 窓の外は柔らかな色に染まっていて、風が少しだけ涼しい。


 みんなの前で庇われたこと。

 しかも、それを玲央がまったく特別なことだと思っていないみたいな顔でやったこと。


 その全部が、まだ胸の奥に残っている。


 困る。

 かなり困る。


 なのに、さっきの瞬間を思い返すと、少しだけ安心した自分がいるのも分かってしまって、透は小さく息を吐いた。


 たぶん、自分はもうかなり深いところまで来ている。


 玲央が自分を優先してくれること。

 それを、ちゃんと嬉しいと思ってしまうところまで。


 そのことを認めるには、まだ少しだけ勇気が足りなかった。

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