表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/35

第12話 距離近いくせに、そういう時だけ優しいの反則だろ

 その日は朝から、少しだけ調子が悪かった。


 白石透は一時間目の途中でそれに気づいていた。熱があるとか、立っていられないほどつらいとか、そういう大げさなものではない。ただ、頭の奥が少し重くて、身体が普段よりわずかに鈍い。寝不足と言われればそうかもしれないし、季節の変わり目でぼんやりしているだけかもしれない。


 だから、最初は気にしなかった。


 気にしなかったのがよくなかったのかもしれない。


 二時間目、三時間目と進むにつれて、じわじわとだるさが広がっていく。黒板の文字を追っているつもりなのに、少し目を逸らすと焦点が合いにくい。ノートを取る手も、いつもより遅い気がした。


「白石」

 休み時間、直が前の席から振り返る。

「何」

「顔白くない?」

「そう?」

「そう。今日ちょっと元気なくね」

「寝不足かも」

「また夜更かし?」

「してない」

「じゃあ何」

「……知らない」


 自分でもうまく分からなかった。

 ただ、ここで「ちょっとしんどい」と言うほどでもない気がして、透は適当にごまかした。


 問題は、その会話を聞いていたもう一人がいたことだ。


「透」


 名前を呼ばれて顔を上げると、玲央が立っていた。

 最近ではかなり聞き慣れた呼び方のはずなのに、体調が微妙な時に呼ばれると、なぜかいつもより近く感じる。


「……何」

「ほんとに大丈夫?」

「大丈夫」

「顔色よくない」

「気のせい」

「気のせいじゃないと思う」

「おまえ今それ言う側なんだ」

「言うよ」


 即答だった。


 直が少しだけ空気を読んだ顔になって、「俺、購買行ってくるわ」と席を立つ。

 見捨てるな、と一瞬思ったが、ここで残られてもそれはそれで嫌だった。


「ほんとに平気」

 透はもう一度言う。

「うん」

「だからそんな顔するなよ」

「どんな顔」

「……心配してる顔」


 言ってから、自分で少しだけ後悔した。

 そんなことをわざわざ口にする必要はなかった。


 だが玲央は視線を逸らさず、そのまま静かに言った。


「してるから」


 やめてほしい。

 そういう真っ直ぐな返しは、体調が悪い時ほど余計に刺さる。


     ◇


 四時間目は移動教室だった。


 廊下を歩いて理科室へ向かう途中、透はほんの少しだけ足元が怪しくなるのを感じた。倒れるほどではない。でも、平衡感覚がいつもより少し鈍い。


 ちゃんとしろ、と自分に言い聞かせる。

 これくらいで騒ぐな、とも思う。


 理科室に着いて席についた時には、もう授業を受けられないほどではないと思った。けれど、先生の説明が始まって十分もしないうちに、それが甘かったと分かる。


 頭に入らない。

 文字も声も、ちゃんと届いているはずなのに、意味としてまとまらない。


 ノートに書こうとした手が一瞬止まった、その時だった。


「透」


 小さな声。

 隣の列の玲央が、少しだけ身を乗り出してこちらを見ていた。


「……何」

「やっぱり変だよ」

「授業中」

「それは分かってる」

「なら黙ってろ」

「黙れない」


 そのやり取り自体は短かった。

 だがその後、透がシャーペンを落とした時、玲央は先生より先に反応した。


「大丈夫?」

「……大丈夫」


 大丈夫、と答えた声が自分でも驚くくらい弱かった。


 玲央の表情が変わる。

 いつもの余裕のある静かな顔ではなく、少しだけ張り詰めたような目になる。


 授業が終わると同時に、玲央はほとんど迷いなく透の席のそばへ来た。


「保健室」

「は?」

「行く」

「行かない」

「行く」

「何でそうなるんだよ」

「今の透、どう見ても無理してる」

「してない」

「してる」


 言い切られる。


 理科室から出ていくクラスメイトの何人かが、こちらをちらっと見た。

 透はそれが嫌で、余計に声を潜める。


「大げさだって」

「大げさじゃない」

「ちょっとだるいだけ」

「その“ちょっと”で今、顔色かなり悪い」

「……」

「透」

「何」

「ちゃんと歩ける?」

「歩ける」


 即答したものの、説得力はなかったらしい。玲央は少し黙って、それから本当に静かな声で言った。


「じゃあ一緒に来て」


 その言い方が、いつもの強引さとは少し違った。

 命令みたいでいて、どこか少しだけ頼むような響きがある。


 透はそこで、ようやく抵抗する気力が少し抜けた。


「……保健室までだけ」

「うん」

「寝たらすぐ戻る」

「それは先生が決めること」

「おまえが言うな」


 けれど、言い返す声にも前ほど力が入らない。


     ◇


 理科室から保健室までは、いつもより妙に遠く感じた。


 廊下を歩くたびに、床が少しだけふわつく。大丈夫だと思っていたが、やはり思ったより消耗していたらしい。


「透」

「……何」

「壁側歩いて」

「そんなに危なくない」

「危なくないかどうか決めるのは今の透じゃない」

「何その言い方」

「正しい言い方」


 玲央は透の少し外側を歩いていた。

 何かあったらすぐ支えられるようにしているのが分かる。分かるからこそ、透は余計に落ち着かない。


「別に、一人で行けたのに」

「知ってる」

「じゃあ何で」

「一人で行かせたくなかった」


 またそれだ。


 今の透に、その一言は重すぎる。

 重すぎるのに、きっぱり拒めない自分がいる。


 保健室の前に着いたところで、透は小さく息を吐いた。

 立ち止まると、身体のだるさが一気に自覚される。やっぱり少し無理していたのかもしれない。


 玲央が先にドアをノックする。


「失礼します」

 その声が妙に落ち着いていて、透は少しだけ笑いそうになった。こんな時でも、こういうところはきっちりしている。


 中から養護教諭の声がして、二人で入る。


「どうしたの?」

 保健室の先生が優しい声で聞く。

「ちょっと顔色悪くて」

 と玲央。

「……おまえが答えるのかよ」

 透がぼそっと言うと、

「本人、今たぶんまともに説明しないから」

 と玲央は平然と返した。


 否定できないのが悔しい。


 結局、透は熱を測って、簡単な問診を受けて、少しだけベッドで休むことになった。熱は高くない。軽い疲れと、たぶん睡眠不足や気温差も重なったのだろうと先生は言う。


「少し寝てれば大丈夫そうだけど、無理はしないこと」

「……はい」

「榊原くん、教室戻っていいよ。あとで呼ぶから」

 先生がそう言う。


 だが玲央は、すぐには動かなかった。


「……透」

「何」

「ちゃんと休んで」

「分かってる」

「ほんとに」

「分かってるって」


 そこでようやく玲央が一歩下がる。

 でも、その表情はまだ少し硬かった。


 透はそれを見て、小さく息を吐く。


「……そういう時だけ、優しいの反則」

 半分寝ぼけたみたいな気持ちで、つい口から出た。


 玲央が止まる。


「何?」

 少しだけ聞き返す。

「いや、別に」

「今、言ったよね」

「言ってない」

「言った」


 いつもの押し引きが、今日は少しだけ鈍い。

 透はベッドに腰かけたまま、視線を逸らした。


「……そういう時“だけ”じゃないけど」

 玲央が小さく言う。


 その返事があまりにも静かで、真面目で、透は一瞬だけ言葉を失った。


「……おまえ」

「何」

「体調悪い時にそういうの聞くの、余計に効く」

「知ってる」

「知ってるならやめろ」

「やめない」


 最後だけ、少しだけいつもの玲央に戻る。

 そのことに、透は妙な安心を覚えた。


     ◇


 玲央が出ていったあと、透は保健室のベッドに横になった。


 薄いカーテン越しの光がやわらかい。

 保健室独特の匂いと静けさの中で、ようやく身体の力が少し抜ける。


 ほんの十五分、二十分ほど目を閉じただけだったと思う。

 でも起きた時には、頭の重さはだいぶましになっていた。


「起きた?」

 先生の声がする。

「……はい」

「少し顔色戻ったかな。無理しないで今日は早めに帰りなさい」

「そうします」

「あと」

 先生が少しだけ笑う。

「榊原くん、何回か様子見に来てたよ」


 透はベッドの上で固まった。


「……何回か?」

「うん。『まだ寝てますか』って」

「……」

「心配してくれる友達がいるのはいいことね」


 友達。

 その言葉に、透はうまく反応できなかった。


 いいこと、なのはそうだろう。

 でも、その一言で片付けるには、もう少し複雑な気がしてしまう。


 カーテンを開けてベッドから降り、靴を履く。

 保健室を出る頃には、校舎の中はかなり静かになっていた。


     ◇


 廊下に出ると、すぐ壁際に人影があった。


「……うわ」


 思わず小さく声が出る。


 玲央だった。

 本当に待っていたらしい。


「起きた」

「見れば分かる」

「その返し、今日それ言う元気あるなら大丈夫そう」

「何だよそれ」


 言い返しながらも、透は少しだけ安心していた。

 待っているかもしれない、とは思った。思ったけれど、本当にいるとは思っていなかったからだ。


「帰れる?」

 玲央が聞く。

「帰れる」

「ほんとに」

「その確認何回目だよ」

「今日は何回でもする」

「面倒くさいな」

「知ってる」


 夕方の光が廊下の窓から差し込んで、玲央の髪を少しだけ明るく見せていた。

 その顔は、まだ少し心配そうだ。


「……もう大丈夫だって」

 透が言う。

「うん」

「だからそんな顔するな」

「どんな」

「……まだ不安そうな顔」

「してるから」


 またそれだ。


 透は本気で困った。

 こういう時だけ、本当に取り繕わない。


 保健室の前の静かな廊下。

 他に人はいない。

 そのせいか、玲央の言葉がいつもより近く感じる。


「透」

「何」

「熱ない?」

「ない」

「ほんとに」

「……何だよ、今度は額にでも触る気か」


 半分冗談で言った。


 言ったのに。


 玲央は少しだけ間を置いて、本当に手を伸ばした。


「え」


 ひやりとした掌が、透の額に触れる。


 数秒。

 ほんの数秒なのに、時間がおかしくなる。


「……熱くない」

 玲央が静かに言う。

「……そりゃそうだろ」

「でも確認したかった」

「確認多すぎる」

「今日は仕方ない」


 透は動けなかった。

 額に触れられた感触がそのまま残って、心臓だけがやたらとうるさい。


「……おまえ」

「何」

「そういうの、普通にやるなよ」

「普通にやったつもりだけど」

「こっちは普通じゃない」

「顔赤い」

「さっきからそればっかりだな」

「赤いのは本当」

「おまえのせいだろ」


 やっとのことでそれだけ返すと、玲央はほんの少しだけ笑った。

 その笑い方に、さっきまでの心配が少しだけほどけていくのが分かる。


「……戻った」

 玲央がぽつりと言う。

「何が」

「いつもの透」

「は?」

「保健室の前で、やっとちゃんと文句言ったから」

「そんなので判断するな」

「分かりやすいし」

「おまえが言うな」


 でも、その言葉に少しだけ安心したのは事実だった。

 玲央の中でも、こうしていつもの調子に戻ることが、何かの確認になっているらしい。


     ◇


 二人で校門を出る頃には、空はだいぶ夕方に染まっていた。


 今日は帰り道も、いつもより静かだった。

 玲央が無理に話しかけてこないからだ。

 たぶん、透の体調を気にしているのだろう。


 それが逆に落ち着かなかった。


「……何で黙ってるの」

 透が先に言う。

「透、疲れてるかと思って」

「別に歩けるし話せる」

「知ってる」

「じゃあ何か言えよ」

「じゃあ、ほんとに大丈夫?」

「またそれかよ!」


 思わず声が少し大きくなる。

 玲央が笑う。やっと少しだけ、いつもの空気になった。


「……何回聞くんだよ」

「今日の分は何回でも」

「しつこい」

「透がちゃんと元気になるまで」

「そういうの、ほんと反則」

「さっきも聞いた」

「うるさい」


 反射的に返してから、透は少しだけ視線を下げた。


 今日、自分はかなり玲央に助けられた。

 それは間違いない。

 無理やり保健室へ連れて行かれたのも、待たれていたのも、額に手を当てられたのも、全部心臓には悪かったけれど、全部ちゃんと嬉しかった。


 そこまで認めるのはまだ悔しい。

 でも、完全には否定できない。


「……ありがと」

 透がぼそっと言う。


 玲央が少しだけ目を丸くした。


「何」

「いや」

「何で今、そんな顔」

「ちゃんとお礼言うんだなって」

「言うだろ普通」

「嬉しい」

「だからそれを普通に言うな」


 結局、最後はいつものやり取りになる。


 でも今日は、そのいつものやり取りに戻れたことが少しだけ心地よかった。


 距離近いくせに、そういう時だけ優しいの反則だろ。

 保健室の前で漏らした言葉は、たぶん半分くらい本音だった。


 いや、たぶん全部だ。


 そう思ってしまった時点で、もうかなり駄目なのかもしれないと、透は小さく息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ