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おまえ、俺のこと好きすぎない? ――学校では塩対応のイケメンが、放課後だけ距離感おかしい。  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第11話 おまえが他のやつといると、ちょっと嫌だ

 校外学習の班が決まってからというもの、妙なところで高城と話す機会が増えた。


 別に不思議なことではない。同じ班なのだから、打ち合わせの延長みたいな会話が増えるのは当然だ。どこを回るとか、昼をどうするとか、当日の集合時間どうするとか。そんな話をしていれば、自然と名前を呼ぶ回数も増えるし、廊下で立ち話をすることもある。


 ただ、それだけだ。


 ただ、それだけのはずなのに。


「白石ー、ちょっといい?」


 昼休み直前、四時間目が終わったタイミングで高城が教室の後ろから声をかけてきた。教室の中は、弁当を広げる音や購買へ向かう足音でざわつき始めている。透は教科書を机の中へしまいながら振り返った。


「何」

「班のやつ。自由時間の候補、もう一個見つけた」

「え、どこ」

「こっち」


 高城がスマホの画面を見せてくる。

 透は席を立って、その横へ寄った。


 画面に映っていたのは、駅から少し歩いたところにある小さな雑貨屋の紹介ページだった。校外学習の行き先周辺で、班行動の時に寄れそうな場所を高城がいくつか調べていたらしい。


「こういう店もあるらしいんだけど、どう?」

「へえ」

「白石、こういうの嫌いじゃなさそうじゃん」

「何で」

「なんか落ち着いてる感じ?」

「その判断、前もされた気がする」

「外れてないだろ?」


 たしかに、嫌いではない。

 むしろ少し気になる。


「でも時間足りるかな」

「それなんだよなー。昼をさっと済ませればいけそうだけど」

「クレープ班が反対しそう」

「直は絶対する」

「高城もじゃないの」

「俺は場合による」


 そんな他愛もないやり取りをしながら、二人でスマホを覗き込む。

 高城は気さくで話しやすい。距離感も軽い。だから会話は自然に続くし、気を遣いすぎずに済む。


 問題があるとすれば、その光景を見ているもう一人の存在だった。


 なんとなく、視線を感じた。


 その時点で、透はだいたい誰か分かっていた。


 恐る恐る顔を上げる。

 案の定、少し離れた席から玲央がこちらを見ていた。


 目が合う。

 玲央はすぐに視線を逸らした。たったそれだけの動きなのに、なぜか空気の温度が少しだけ下がった気がする。


「……」

「白石?」

「あ、いや」

「どうした?」


 高城が不思議そうに首を傾げる。

 透はすぐに首を振った。


「何でもない」

「そ? じゃあこれ、一回班のグループに投げる?」

「うん、それでいいかも」

「了解」


 話はそれで終わった。

 普通に終わったはずなのに、透の意識は教室の後ろに残ったままだった。


     ◇


 昼休み。


 直と高城、それから玲央を含めた四人で軽く校外学習の話をしていたが、今日はどうにも玲央が静かだった。


 黙っているわけではない。必要な会話はちゃんとするし、話しかけられれば普通に返す。だが、いつもより返答が短い。透が高城と何か相談すると、その会話に入ってくるまでの間が少しだけ長い。


 たぶん、他の人なら気づかない程度だ。


 でも透はもう、その程度の違いを拾ってしまうくらいには玲央を見ていた。


「高城、それ後で班のメッセージに投げといて」

 直が言う。

「了解。白石、さっき見せたやつも一緒に送るわ」

「うん」


 その「さっき」が、あの教室の後ろでのやり取りを指しているのだと分かった瞬間、玲央の箸がほんの一瞬だけ止まった。


 止まった。本当に一瞬だけ。

 それでも、透には十分だった。


 やっぱりそうだ。


 透は弁当の卵焼きを見つめたまま、小さく息を吐く。


 これ、また機嫌悪いんじゃないか。


 高城がパンの袋を開けながら、何気なく言う。


「でも白石、ああいう店好きそうだよな」

「だから何でそうなるんだよ」

「なんか分かるじゃん」

「分からない」

「いや、分かるって」

「高城、その雑な分析毎回やるの?」

 と直が笑う。

「でも外してないだろ?」

「まあ、それはそう」

「だろ?」


 高城と直がそんなふうに盛り上がる。

 透は苦笑いしながら聞いていたが、隣の玲央は黙ったままだった。


 気になって、ちらっと見る。


「……何」

 玲央が気づいて小さく言う。

「いや」

「何」

「別に」

「その言い方、何かある時のやつ」

「おまえが言うな」


 反射的に返したあとで、透は少しだけ安心した。

 玲央がこうしていつもの調子で返してくれると、空気が戻る気がするからだ。


 だが、その安心自体がもうだいぶ重症だと思ってしまって、透は内心でまた小さくため息をついた。


     ◇


 放課後。


 直は委員会、高城は部活の友達と駅前に寄るらしく、先に教室を出ていった。

 透も帰り支度を終えて席を立つ。


 何となく、今日は自分から声をかけた方がいい気がした。


「……榊原」

「何」

「帰る?」

「帰る」


 玲央は短く答える。

 やっぱり少しだけ素っ気ない。


「じゃあ、一緒に」

「うん」


 了承はされる。されるのに、空気はまだ少し硬いままだ。


 二人で教室を出て、廊下を歩く。

 夕方の校舎は人が少なく、足音だけがやけに響いた。


 いつもなら、この沈黙はそこまで苦しくない。

 なのに今日は駄目だった。


 理由が分かっているからだ。


 階段を下りきったところで、透はとうとう口を開いた。


「……おまえ、また機嫌悪かっただろ」

「悪くない」

「いや、それ前も聞いた」

「答えも同じ」

「同じでも信用ない」


 玲央が少しだけ黙る。

 それがもう答えみたいなものだった。


「今日の昼」

 透が言う。

「うん」

「高城と話してた時から、ちょっと変だった」

「そう?」

「そうだよ」


 玲央はすぐには否定しなかった。

 否定しない時点で、もうかなり黒に近い。


 昇降口へ向かう途中、窓の外から夕方のやわらかい光が差し込んでいる。二人の影が、床に並んで長く伸びていた。


「……何で」

 透が小さく聞く。

「何が」

「何でそうなるんだよ」


 玲央は靴箱の前で立ち止まり、上履きを履き替えながら少しだけ視線を落とした。


「高城と話してたから?」

 透が続ける。


 数秒の沈黙。


 それから玲央は、あっさりと答えた。


「うん」


 認めるんだ。


 透はローファーを履きながら、その一言に少しだけ呼吸を止めた。


「……いや、そこ認めるのかよ」

「聞いたの透だし」

「そうだけど」

「嘘ついても意味ない」

「それは、そうかもしれないけど」


 昇降口を出る。

 外の空気は少しだけひんやりしていて、空はもう夕焼けに近づいていた。部活帰りの声が遠くから聞こえる。


 二人で校門を出て、駅へ向かう道を歩き出す。


「別に」

 玲央がぽつりと言う。

「話すなって言いたいわけじゃない」

「うん」

「高城が嫌いなわけでもない」

「……うん」

「でも」

「でも?」

「おまえが他のやつと楽しそうにしてると、ちょっと嫌」


 心臓が、妙に大きく鳴った。


 前にも似たようなことは言われた。

 言われたけれど、今日は前よりずっとはっきりしている。


 “ちょっと嫌”。


 その言葉の重さは、軽いようでいて、全然軽くない。


「……それ」

 透がやっと声を絞り出す。

「うん」

「かなり面倒くさいこと言ってるって、自分で分かってる?」

「分かってる」

「分かってるなら、もうちょっと隠せよ」

「透には隠したくない」


 ずるい。


 本当にずるい。


 こういう時の玲央は、変にまっすぐだ。

 普段はあんなに平然としているくせに、肝心なところだけ逃がしてくれない。


「……おまえさ」

「何」

「それ、嬉しいとか思うと思ってる?」

「思ってる」

「うわ」

「違う?」


 言い返せなかった。


 嬉しい、という言葉にしてしまうと負けた気がする。

 でも、全否定できるかと言われたら、もう無理だった。


 だって、玲央が自分にそういう独占欲みたいなものを向けてくることが、ほんの少しだけ、ちゃんと特別に感じてしまうからだ。


 それを自覚した瞬間、透は顔が熱くなるのを感じた。


「……図星っぽい顔してる」

「うるさい」

「してるよ」

「おまえ今、人の顔見すぎだろ」

「透相手だから」


 またそれだ。

 最近その台詞で何でも済ませようとしている気がする。


「便利な言葉みたいに使うな」

「便利だから」

「認めるなって何回言わせるんだよ」


 玲央が少しだけ笑う。

 その笑い方に、さっきまでの硬さが少し溶けたのが分かった。


 透はそこでようやく、胸の奥にずっと引っかかっていたものの正体に気づく。


 ああ、自分、これが気になってたのか。


 玲央が機嫌悪そうにしていること自体もそうだが、それを自分がどうにかしたいと思っていたのだ。


 前なら「何でそんなこと気にするんだ」で終わっていたはずなのに、今は違う。

 玲央が拗ねているみたいな空気になると、ちゃんと気づくし、ちゃんと気になる。そして、元に戻ってほしいと思ってしまう。


 それが何よりまずい。


「透」

「何」

「今、何考えてる」

「言わない」

「何で」

「……多分、おまえにとって都合いいことだから」

「へえ」

「その“へえ”やめろ」

「ちょっと嬉しい」

「だから、それを顔に出すなって」


 玲央は出しているつもりがないのかもしれないが、今日はかなり分かりやすかった。

 少なくとも、さっきよりだいぶ機嫌が戻っている。


「じゃあ」

 玲央が少しだけ歩幅を緩めながら言う。

「これから高城と話すたびに、俺のこと思い出して」

「何でそうなる」

「そしたら少しは公平」

「どこが」

「俺ばっかり気にしてるみたいで嫌だから」


 その言い方に、透は一瞬だけ目を見開いた。


 俺ばっかり。

 玲央はそう言った。


 つまり、自分だけが一方的に振り回されていると思っていたわけではないのだ。


 実際には玲央の方も、ちゃんと揺れている。

 ちゃんと、透のことで機嫌が変わるくらいには。


 それが分かった瞬間、胸の奥が変なふうに熱くなった。


「……分かった」

 透が小さく言う。

「何が」

「高城と話してる時、おまえが機嫌悪くなるのは」

「うん」

「……ちょっとだけ、嬉しい」

 最後の方はほとんど声になっていなかった。


 玲央が足を止めかける気配がする。


「透」

「今のは聞こえなくていい」

「いや、聞こえた」

「忘れろ」

「無理」


 即答だった。


 透は顔を背けた。

 もうだめだ。完全に余計なことを言った。


 だが玲央は、それ以上からかってこなかった。

 ただ隣で、少しだけ嬉しそうに歩いている気配がする。


 それが何だか悔しくて、でも悪くなくて、透は小さく息を吐いた。


 夕方の道を二人で歩く。

 並んだ影は長くて、少しだけ近い。


 おまえが他のやつといると、ちょっと嫌だ。

 その言葉はまだ胸の奥に残っている。


 たぶん、それは面倒くさくて厄介な感情のはずだ。

 なのに自分は、それを向けられたことを少しだけ嬉しいと思ってしまった。


 かなりまずい。

 かなりまずいのに、その「まずさ」が前より少し心地よくなっている気がして、透は自分で自分に困るしかなかった。

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