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異世界の鬼神は本日も盃を手放さない  作者: 二筆
第1章 居場所は作られていく
9/12

第8話 不穏な空気

 近衛騎士団本部、報告室。

 石壁に囲まれたその部屋は、朝の光が差しているにも関わらず、どこか息苦しかった。


 リラは背筋を正し、第3団・団長の前に立つ。


 「以上が、アウレオンからの忠告です」


 団長は、机に置かれた書類を読みながら、鼻で笑った。


 「エルフの戯言だな」


 吐き捨てるように言う。


 「Sランク冒険者? だから何だ。ただの個人事業主だろう」


 胸の奥で、納得できない気持ちが芽生える。


 「彼は自然魔法の使い手です。自然の流れを読む感覚は、人族とは比べ物になりません」


 「だからこそ、現実が見えんのだ」


 団長は椅子に深くもたれ、ようやくリラを見る。


 「近衛騎士団に、魔族と繋がる者がいる可能性がある? 証拠も無い話を、鵜呑みにしろと?」


 「可能性がある以上、調査くらいは__」

 「不要だ」


 即断だった。


 「エルフの勘に、国の中枢を揺らされてたまるか」


 言葉が、鋭く切り落とされ、沈黙が広がる。

 その沈黙を破ったのは、全く別の話だった。


 「それより、リラ」


 団長の口調が、妙に軽くなる。


 「妙に顔色がいいな」

 

 嫌な予感が、背筋を走った。


 「冒険者と食事に行ったそうじゃないか」

 「……私的な話です」

 「低ランク冒険者だろう? 名前は……確か、ゲドーマルだったか」


 その名が出た瞬間、胸が熱くなり、リラの背中に緊張が走る。


 「イケメンだが貧弱な男……らしいな」


 何処か切り捨てたような声。


 「彼は……きっと、優秀です。それに二人きりではありません」


 リラは即座に否定する。


 「仲間もいました」

 「ほう」


 団長は愉快そうに腕を組む。


 「では聞こう」


 視線が、鋭くなる。


 「その男を……いざという時、()()()か?」


 思考が止まる。

 だが、即断しなくては、騎士としてやっていけない。


 「……命令なら、()()()()


 リラははっきりと、迷いなく言い切る。

 言葉は出た……だが、胸の奥がわずかに痛んだ。

 

 団長は満足そうに頷いた。


 「よろしい。近衛騎士団がどう言ったものか忘れるな」


 それで話は終わりだと言わんばかりに、彼は書類へ視線を戻す。

 リラは一礼し、報告室を後にした。


 廊下に出て、壁にもたれ、深く息を吐く。


 命令なら、切る。口にした言葉が、違和感として胸に残っている。


 *


 朝の日差しが、幾つもの光の線となり部屋にさす。

 

 空気が動かない。

 目が覚めた瞬間、違和感があった。

 

 隣の寝台が、空だ。

 布はきちんと整えられていて、慌ただしく出た様子もない。

 それが、余計にタマの胸をざわつかせた。

 

 昨日の、彼女と会っている?


 卓の上に置かれた紙切れに気づき、目を落とす。


 「先に冒険者ギルドへ行く」


 簡潔。余計なことは一切書かれていない。

 

 ただ、この世界の字ではない。この世界では、タマだけが読める字。だがそれで、先ほどの胸のざわつきが治ることはない。彼はこの世界で生きていくには、知識が全く足りてない。

 

 タマは小さく息を吐き、身を起こした。


 指先が、枕元に置いた装備に触れる。

 金色の指輪、水色のブレスレット。


 どちらも、自分のための魔道具だ。


 魔力を抑えるため。もし、溢れれば、隠しているものが滲み出てしまうから。身支度を整えながら、ふと昨日の夜を思い出す。


 近衛騎士隊長リラ。

 近衛騎士隊の二人。

 そして、ゲドーマル。


 食事は穏やかだった。笑い声もあったし、警戒する空気でもなかった。


 けれど、


 「……ちょっと、積極的すぎない?」


 無意識に、髪に触れている自分に気づく。

 白銀の髪。

 脳裏に浮かぶのは、炎のような赤髪。


 「赤髪……好きなのかな……」


 そんな考えが浮かんだ瞬間__


 「……何考えてるの、私」


 タマは小さく首を振った。

 彼は、ただの友人。あの世界から何故か迷い込んでしまった人。昔、助けられた恩もある。それに、彼は人を騙すようなことは絶対にしない。あの紅い眼は何故か安心感を与えてくれる。


 信用出来る。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 最後にもう一度、鏡で自分を確認する。尻尾はない。魔力も、抑えられている。


「行こ」


 扉を開けると、朝の王都の空気が流れ込んできた。


 今日も依頼をこなす。

 できれば、薬草採取。


 静かな一日であればいい。

 

 *


 王都リュシアの冒険者ギルドは、朝から騒がしかった。

 掲示板の前には人だかりができ、紙を剥がす音と、重なり合う声が絶えない。


 「今日も薬草か?」

 「楽でいいっスねー、ゲドーマルさんは」


 軽口を叩く男が二人。

 顔見知りになった、冒険者だ。

 薄紫の短髪ベテランCランクと薄い茶色の長い髪を後ろで結んでいる若いDランク。


 ラグスとセイン。

 深い話はしない。依頼の当たり外れなど、他愛もない話。

 

 それで十分だった。


 俺は掲示板を見るふりをしながら、話を聞いているだけだ。

 なのに、情報は勝手に集まってくる。


 「やっぱ魔族絡みらしい」

 「でもまあ、王女殿下がいるから大丈夫っすよ」


 その名前が出ると、空気が少し緩む。


 「確かに王女殿下が表舞台に出るようになってから、王都は本当に治安が良くなった」

 「美人で、国民想いで、しかも一流の魔導士っすもんね」


 二人だけではなく、王都に住むもの達は皆、疑っていない。

 王女殿下と近衛騎士団がいれば、大丈夫だと。

 不思議なのは、結婚の話が、まるで出ないことらしい。


 「国王陛下が、誰とも結婚させないんじゃないか? 溺愛してるって話だぞ。それとも、変な趣味とかあったりとか?」


 笑い混じりの噂話。誰も、それ以上深く考えない。


 俺は、ただ聞いているだけだった。

 入口の扉が開き、視線を上げる。

 人波の向こうに、タマの姿が見えた、キョロキョロと周りを見渡している。

 

 その姿を見て、なぜか少しだけ、ほっとしている自分に気づいた。

 周囲の空気が、変わる。


 「結局のところ、どうなんだよ」

 「彼女っすか?」


 俺は肩をすくめて言う。


 「古い友人だ」


 探るような目で見られるが、深追いはされない。この距離感がいい。

 

 タマが俺らの元に人を避けながら、歩いてくる。


 「待っててくれてもいいのに」

 「見てくれ」


 小指に新しい指輪。


 「お、新しい装備か?」

 「ドゥールのとこでな、朝イチで」


 自慢げに見せる。


 「初級の火魔法が使える」

 「おお、便利じゃないっすか!」

 「Fランクにしては生意気だな」


 俺は、少しだけ得意になる。


 「火起こしにも使えるし、いざって時にもな。これで、タマがいなくても火に困ることもなくなる」


 その様子を、タマがじっと見ていた。

 表情はいつも通りだ。

 けれど、いつもと少し違うような感じもする。


 少し機嫌が悪いか?


 「タマさん」


 受付に立つリーネだった。

 いつも柔らかい声だが、今日は少しだけ硬い。

 二人は「またな」と離れていく。


 「ギルドマスターがお呼びです、アウレオンの件で」


 タマの肩が、僅かに強張る。

 

 「わかったわ」


 そう答えた後、俺をみる。

 言葉はない、だが頷く。


 *


 ギルドマスターの部屋は、思ったよりも静かだった。

 先日、タマと入った本屋の匂いに少し似ている。


 騒がしい受付や掲示板の空気が嘘のように、分厚い扉の向こうでは音が届かない。本やら書類やらが机の上に、積み重なっている。

 

 机の向こうに座る男は、こちらをじっと見ていた。

 中背でがっしりした体格、白髪交じりの短髪、落ち着いた目つき。冒険者らしい、威厳が漂うギルド職員が来ているローブを基調に、戦闘でも使える装備的装飾。

 

 強い。


 タマも、同じことを感じているのが分かった。姿勢が、ほんの少しだけ硬くなっている。


 「まず、前提として話しておく」


 ギルドマスターは切り出す。


 「今回の件は、うちが独自に動いたわけじゃない。騎士団から、報告が回ってきた」


 その一言で、場の空気の意味が変わる。


 「直接の指示ではない。だが、騎士団から、名前が上がれば、無視はできない……ここは、そういう街だ」


 タマは何も言わなかった。

 否定もしない。


 「アウレオンとの報告も含まれている。森での接触についてだ」

 「絡まれただけです」


 答えたのはタマだった。声は落ち着いている。


 こういった空気の時は、俺は黙っているのが正解なのだろう。


 「理由は分かりません。私たちは、薬草採取の依頼をこなしていただけです」


 嘘ではない。ただ、全部でもない。

 ギルドマスターは、指を組んだまま、少しだけ目を細めた。


 「……偶然、ということで処理はできる」


 そう言って、息を吐く。


 「だがな。最近、街の空気が少しだけ不穏だ」


 その言葉に、タマがわずかに眉を動かす。


 「門の事件で、魔族だったと判明した職員がいた。ミルザ、という名だ」


 俺は、黙って聞いていた。


 「その正体に気づいたのが、君だそうだな」


 視線が、こちらに向く。


 「偶然です」


 タマが即座に応える。正確には、違う。だが、説明する気はなかった。


 「疑ってはいない」


 ギルドマスターは、すぐにそう付け加えた。


 「ただ、君らの周囲で、問題が続いたのも事実だ」


 空気が、少しだけ重くなる。


 「次、騒ぎが起きれば。ギルドとしても、本格的な調査に入らざるを得ない」


 忠告。


 脅しではない。だが、線は引かれた。

 そこで、話題が少しだけ変わる。


 「……最近、妙な噂も増えている」

 「噂?」


 タマが、探るように問い返す。


 「ああ。王都の外……」 


 ギルドマスターは、あくまで雑談のような口調で続けた。


 「古い存在が、動いているかもしれない、という話だ」

 「古い存在……?」


 俺は、素直に首を傾げた。


 ギルドマスターは俺を見る。


 「(いにしえ)のドラゴンだ」


 タマが、ちらりとこちらを見る。

 ほんの一瞬だけ。


 「……気にするような話じゃないわ。私たちには、どうすることもできない。一体で国を滅ぼすような存在、住む世界が違いすぎる」


 そう言って、話を切る。

 ギルドマスターは、その様子を見逃さなかったが、深くは踏み込まなかった。


 「知らないなら、それでいい」


 椅子に背を預け、話を締める。


 「君たちは、今まで通り依頼をこなせ。目立たず、な」


 それが、最後の言葉だった。

 部屋を出た後、廊下に戻る。


 タマは、何も言わなかった。

 俺も、聞かなかった。


 *


 薬草採取の依頼は、掲示板の隅に控えめに貼られていた。

 難易度は低く、報酬も控えめ。だが今の俺たちにはちょうどいい。

 迷わず剥がし、タマも何も言わなかった。


 *


 王都の門へ向かうと、聞き慣れた声がした。


 「だから、今日は非番だっていってるでしょ」

 「リラ隊長は、そういって直ぐ、一人で無茶をしますので」

 

 門番の責任者レオンと、赤髪の女騎士リラ。

 リラは鎧を着ていない。動きやすそうな服装で、腕を組みながら笑っていた。


 「あ!」


 リラがこちらに気づき、目を見開いた。


 「ゲドー! タマさんも。外に出るの?」

 「ああ、薬草採取だ。非番なのか?」

 「そう、久しぶりに完全な休みなの」


 簡単にそう答えると、リラは少し考えるように顎に指を当てた。


 「……ねえ、それ、私も一緒に行っていい?」

 「非番なのだろう」

 「そう。だから暇。すごく」


 理由としては正直すぎる。

 タマが一瞬、視線を逸らしたのが分かった。


 「護衛は必要ないんだが」

 「分かってる。ただの付き添い」


 タマが何も言わない。面白くなさそうではあるが、拒むほどでもない、という顔だ。


 「……構わない。無理はするなよ」

 「もちろん」


 *


 道中、リラはよく話した。

 王都のこと。騎士団の内情には触れない、当たり障りのない話。


 薬草の生えている場所は、いつもの場所だった。

 三人で手分けして採取を始める。

 リラは、慣れないのか苦戦していた。

 昼前には、依頼分は揃った。


 「お昼にしましょう」


 リラがそういって、荷物を開く。魔道具なのか、中身と入れ物の質量がおかしい。どう考えても、入らない量が袋から出てくる。


 「お弁当、持ってきたんだけど」

 「自分で作ったのか?」

 「まさか。侍女に頼んだやつ」

 「用意がいいな」

 「どうせ、一日、フラフラするか、訓練でもしようと思ってたから」


 言い切りが潔い。

 中身は丁寧で、味も良かった。

 思わず頷く。

 

 「うまいな」


 リラはほっとした様に微笑む。

 タマは黙って食べたが、 味自体は気に入ったらしい。

 

 森は、静かだった。静かすぎる、と言っていい。

 薬草はいつも通りに見つかった。

 だが、踏み入ってからずっと、魔物の気配がない。


 「静かだな」

 「流石に……静かすぎるよね」


 タマは何も言わず、周囲を警戒している。

 普段なら、小型の魔物が一、二は寄ってくるはずだ。

 森の空気は、どこか張り付いている。


 風が通らない。鳥の声が遠い。


 「……何か、おかしい」


 俺がそう呟くと、二人とも顔を上げた。


 普段、俺たちは魔物と戦わない。避けられるなら避ける。それが基本だ。


 だが今日は、避ける対象そのものが、いない。それが、何より不自然だった。


 森の奥で、空気がわずかに淀んでいる。

 音ではない。匂いでもない。だが、確かに在る。


 「……来ているな」


 この前の、魔族とかいう種族の男か。


 言葉にした瞬間、タマがこちらを見る。視線だけで、意味は通じた。


 「何が?」

 

 リラが首を傾げる。


 「数日前の魔族の男」

 「なんで、そんなことわかるの?」

 「氣だ」

 「……気?」


 リラは聞き返した。その声音には、知識を求める純粋さがある。


 「生き物が、自分で生み出す力だ」

 「魔力?」

 「魔力は、世界から借りるものだ。流れているものを、引き寄せて、形にする」

 「じゃあ、気は?」

 「内側から湧く」


 リラは黙り込んだ。

 理解しようとしているが、どうやら掴めていない。


 「……理屈として、成立してる?」

 「この世界では、知られていない」

 「待って」


 タマが、割って入る。少しだけ、強い声。


 「今のは感覚の話。理論じゃない。深く考える必要はないよ」


 俺を見る。それ以上言うな、という合図だ。


 「……すまない。余計なことを言った。気にしないでくれ」


 だが、氣は消えていなかった。

 むしろ、はっきりと感じる。


 「この先だ」


 歩き出すと、二人も続く。

 少し開けた場所で、俺たちはその人物を見つけた。


 「ほう」


 背が高めの、筋肉質な男。濃い栗色の短めに整った髪。赤色の装飾の入った綺麗な鎧に赤い袖なしの外套……マントだったな。

 黒と赤の長柄武器、斧刃+槍先。たしか、ハルバードとかタマが言っていたはず。刃の付け根に銀の縁取りと細い彫刻

 手には小型の魔道具。


 「よもや、こんなところで会うとはな」


 視線が流れる。俺、タマ、そして最後にリラ。


 「お疲れ様です」


 リラはきちんと敬礼する。


 「休暇中だったな、リラ」

 「……はい」

 「魔族の気配を感じて来たのか……真面目だな。だから心配になる」


 含みのある言い方だった。


 「魔族を追っていた。反応がここで途切れて……逃げられた」


 確かに、氣の流れも、急にここで散っている。

 男は俺を見る。


 「冒険者……か。外套で隠してはいるが、奇妙な格好だ。確かに、面白い男だな。”普通”ではなさそうだ」


 それだけ言い残し、踵を返す。


 「深入りするな、リラ」


 その背中が森を去っていく。


 その背を、黙って見送る。

 最初に口を開いたのは、リラだった。


 「挨拶もしなくてごめんなさい。冒険者とは一線引いている方なの。近衛騎士団、第3団団長ヴァルクス・エーベルハルト。私の直属の上司」


 「その団長さんが何でこんなところに?」


 タマが聞く。 


 「……私もわからない……ただ__」


 小さな声で言う。


 「魔族の魔力の残骸、完全には消えてない」


 俺とタマが同時に見る。


 「団長が一人で追うのは……変。本来なら隊を呼ぶ。最低でも報告を入れる」


 騎士としての判断だ。感情ではなく、経験から来る違和感。


 「単独行動……?」


 タマが不安そうに呟く。


 「あり得なくはない。でも……」


 リラは言葉を切り、唇を噛んだ。


 「嫌な感じがする」


 タマが、はっきりと言う。


 「……これ以上、関わりたくない」


 珍しく、タマが気持ちを隠さない。

 俺は、団長の残した気配を思い返す。


 強い。

 魔力量だけではない。研ぎ澄まされ、迷いがなく、危ういほどに。


 なるほどな……この街は、静かだ。争いごとは少ない。だが、底が見えない。


 森には再び静寂が戻った。



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