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異世界の鬼神は本日も盃を手放さない  作者: 二筆
第1章 居場所は作られていく
8/12

第7話 ハイエルフ

 

 王都からそう離れていない森は、朝のうちなら驚くほど穏やかだ。

 鳥の声が高く、風はまだ冷たく、土は夜露を含んで柔らかい。


 冒険者になって三日経つ。

 俺とタマは、同じ依頼を繰り返していた。


 ”薬草採取”。

 

 誰でも受けられて、危険も少なく、目立たない。俺たちには、ちょうどいい仕事だった。


 腰に下げた袋の重みを確かめながら、俺は自分の姿を一度だけ見下ろす。

 

 濃い墨色の”直垂(ひたたれ)”。結局、これに戻ってしまった。

 

 本当は、街で買った冒険者用の服がある。

 動きやすく、この世界に溶け込みやすく、悪くはなかった。

 

 それでも、体が自然にこの装いを選んでいた。


 「……ねえ」


 前を歩くタマが振り返り、声が飛んでくる。


 「せっかく買ったのに、なんで戻すのよ。似合っていたのに……」


 呆れと不満が、きちんと混ざった声だった。

 俺は立ち止まり、足元の薬草を一本抜きながら答える。


 「体に馴染んでいるから」

 「それだけ?」

 「落ち着く」


 少し間を置いて、付け足す。


 「動きやすい」


 それ以上の理由は、自分でも言葉にしにくい。長い時間、これで生きてきた。ただそれだけだ。

 

 タマは一瞬、言葉に詰まったようだった。


 「……もう」


 そう言いながらも、完全に否定はしない。諦めもあるのだろう。

 視線が俺の袖口、小手、草履へと流れる。この世界にはない服。街では少し浮く。

 だが、実際に森を歩けば分かる。


 枝に引っかからず、踏み込みは安定し、衝撃も逃がす。

 防御も耐久も、先日、初めての依頼達成で得た金で買ったものとは比べものにならない。

 

 茨木の手が入っている。

 それを思い出したのだろう、タマは小さく息をついた。


 「……ほんと、あの子、何でもできるわね。しかも所々、手を入れた部分が、濃褐色で残ってるし……ちゃっかりしてる」


 呆れ半分。納得半分。

 

 タマの服装は、俺とは対照的だ。

 異世界の斥候用軽装に、どこか和の雰囲気が混じる。

 無駄がなく、動きやすく、それでいて人目を引きすぎない。

 腰には短刀。

 ”本気の装備”……大鎌と九尾の姿は、魔法で完全に隠している。

 

 彼女は”選んで”この姿をしている。

 俺はただ、”戻ってきてしまった”だけだ。


 森は静かだった。薬草はよく育ち、風の流れも穏やか。三日間、何事もなく仕事をこなしている。目立たず、問題を起こさず、信用を積む。世界に馴染む。


 それでいい。それが、今は正しい。


 薬草採取は、思っていた以上に”仕事”だった。


 根を傷つけないように掘り、葉を折らず、土を戻す。

 売るための依頼品は、ただ集めればいいわけではない。

 状態が良ければ、それだけ評価も上がる。


 昔、山で薬草を採っていた頃を思い出す。


 タマは手慣れていた。

 しゃがみ込み、迷いなく選び、短時間で数を揃えていく。動きに無駄がなく、森に溶け込むようだ。

 俺は、その少し後ろで、別のやり方を取っていた。


 土の湿り気。葉の色。根の張り方。


 踏み荒らされていない場所。若い株と、採っていい株。

 

 ……こういうのは、昔から嫌いじゃない。

 

 気づけば、袋の中身がそれなりに揃っていた。

 タマが俺の袋を覗き込む。


 「……ちゃんと選んでるじゃない」


 少しだけ、声の調子が変わった。


 「これ、質いいわよ。根も傷んでない」

 「そうか」


 短く返したが、内心では、胸の奥が熱くなるのを感じる。


 悪くない。

 こういうのも。


 タマが袋を軽く振る。


 「今日は出来がいいわね」

 「ああ」


 口角が上がりそうになるのを、意識して抑える。

 気づかれてはいないはずだ。

 

 冒険者としては、地味だ。だが、こうして評価されるのは、嫌いじゃない。


 悪くない……むしろ、少し嬉しい。


 三日間。

 同じ時間帯。

 同じ森。

 同じ依頼。


 変化がない。安定している。ずっとこういった生活を望んでいた……ずっと、()()()から。

 これでいい……はずだった。


 ふと、森の空気の重さが変わる。


 一瞬だ。本当に、一瞬。

 鳥の声が途切れ、風が止まり、木々が息を潜める。


 先に反応したのは、タマだった。


 薬草に伸ばしかけた手が止まる。顔を上げ、視線を森の奥へ向ける。


 「……ねえ」


 警戒を含んだ声。


 俺も、同じ方向を見る。気配がある。隠す気のない、強い存在感。


 「……来る」


 俺がそう言った時には、もう遅かった。


 森の中に、何かが立っている。まるで、最初から、そこにいたかのように。

 

 それが異常だった。

 

 木々と影が、その存在を拒まない。むしろ、受け入れている。


 魔物ではない。


 タマが半歩、前に出る。自然な動きで、俺を庇う位置。

 俺はその背中を見ながら、静かに呼吸を整えた。


 平穏は、終わった。


 森の奥から現れたのは、ひとりだった。背が高い。細身だが、弱さはない。長い耳、淡い翠の髪。


 門の所で、遠くから俺を観察していたやつか。


 「エルフ……いえ、ハイエルフね……その翡翠色の目は。エルフの皇族」


 ただ者ではないと分かる。だが、それ以上に異様だったのは、森の反応だ。


 木々がざわめかない。風が乱れない。足元の草さえ、踏みしめられた形跡を残していない。

 まるで、最初からそこに”在る”かのようだった。


 俺は思わず、息を整えた。

 自然と、完全に調和している。

 そんな存在を、俺は初めて見た。


 「……二人だけか」


 低く、澄んだ声。敵意は隠されていない。だが、即座に斬りかかってくる類のものでもない。


 こちらの反応を、動きを、測っている。


 タマが、自然に一歩前へ出る。


 「何の用?」


 短く、はっきりと。


 相手はタマを一瞥し、それから俺を見る。

 視線が、わずかに鋭くなった。


 「門の事件」


 その一言で、空気が締まる。


 「黒髪の魔力のない男と、無詠唱の女がいた。そして、その後、冒険者になり、三日間、薬草採取をしていると聞いた」


 知っている。いや、調べてきた。


 「随分と、地味なことをしているな」


 皮肉でも、嘲りでもない。事実確認に近い。


 タマが返す。


 「それが仕事だから……それに、黒髪ではない。魔力ゼロの生き物なんて存在しない」


 タマはそう言って、俺を見る。

 確かに、今の俺の髪は、わずかに青みがかっている。魔道具のおかげだ。


 「見間違いじゃない?」


 タマの声は、穏やかだが隙がない。

 ハイエルフは、しばらく俺を見つめた。


 視線が、鋭い。


 魔力の流れ。呼吸。立ち方。全部、測っている。敵意よりも、困惑の方が近い。


 「……そうかもしれないな」


 そう言いながらも、疑念は消えていない。


 「私はアウレオン」


 名乗りと同時に、空気がさらに重くなる。


 「……《緑災(りょくさい)》」


 タマが呟く。

 

 聞いたことがある。距離を置くようにと言われた、Sランク冒険者。


 その存在が、なぜかここにいる。


 「私の里は、魔王に壊された」


 淡々と語られる言葉。だが、その奥にある怒りは、隠しきれていない。


 「私は、3人いるうちの魔王の中の1人を討つ。私の里を壊した魔王を」


 宣言だ。


 そして、その視線が再び俺に向く。


 「そのために、疑わしいものは排除する」


 タマの肩が、わずかに強張る。

 俺は、初めてアウレオンを正面から見た。


 恐怖はない。

 嫌悪もない。


 ただ……興味が湧いた。


 自然と一体になった存在。

 それほどの力を持ちながら、なお焦りを抱えている。


 「……随分と、急いでいるな」


 俺がそう言うと、アウレオンの眉がわずかに動いた。

 意外だったのだろう。


 俺は一歩も前に出ない。だが、引きもしない。

 タマが小さく息を吸うのが分かった。


 森の空気が、静かに張り詰めた。

 葉擦れの音が止まり、風の流れが一瞬、逆向きになる。

 土の中を巡っていたものが、無理やり引き上げられる感覚。


 来る。


 タマが一歩、前に出た。腰の短刀に触れ、姿勢が変わる。

 アウレオンは森の中心に立ったまま、目を閉じる。

 深く、長い呼吸。

 

 澄んだ声が森に広がる。


 「我が血脈に宿る翠よ、根を巡り、葉を結び、土と空を繋げ、奪われた命の記憶を呼び覚ませ」


 言葉と同時に、地面が脈打つ。木々の根が、見えないところで絡み合い始めるのが分かる。

 

 魔法陣が、生まれかけていた。


 完全な円ではない、わずかな歪み。今まで見た、全ての魔法陣に必ず存在する歪み。


 俺は、魔力の”流れ”を視ていた。


 力の量でも、速さでもない。流れが、少しだけ偏っている。

 

 左腰に手をやり、懐から一枚の銅銭を取り出す。古い、故郷の貨幣。軽く、指に馴染む。


 ここだ。


 弾くように指で飛ばした。

 氣を纏ったわけでもない、ただの銅銭は、空気を切り、魔法陣の縁へ吸い込まれる。触れた瞬間、音もなく、魔法がほどけた。

 

 壊れたのではない。

 散ったのだ。


 根のざわめきが収まり、風が元の向きを取り戻す。


 空気が止まる。


 アウレオンの目が、大きく見開かれた。

 タマも、言葉を失ったままこちらを見ている。


 「……何をした?」


 問いは低く、だが確かに震えていた。


 「魔法は何度も視た、仕組みを理解すればこれくらいはできる」


 詳しく説明できる訳ではない。できてしまった、が本当のところだ。

 

 アウレオンがこちらを睨んでいると、森の外縁で、別の気配が跳ねた。


 「反応確認! 第三団、到着!」


 金属音と足音。数秒遅れて、鎧を着た者たちが姿を現す。

 

 先頭に立つのは、背中までありそうな赤髪を一つにまとめ上げている女騎士、リラ・ヴァン・ストライゼン《緋髮纏雷(ひはつてんらい)》。

 

 一人は、重厚な鎧をまとった騎士。肩から赤い縁取りのマントが流れる。槍を片手に立っている。

 

 もう一人は、杖を軽く持ち、巻物や小さな魔道具を帯にぶら下げている。肩には小さな赤い肩掛け。

 手には、杖と反対の手に”魔道具”。


 「……やはり、ここだったわね。探したわよ」


 彼女の視線が、まずアウレオンを捉える。


 「アウレオン。これで三度目よ」

 「警告は、通じぬ」

 「通じなくても、告げる」

 「これ以上の争いは、Sランク冒険者であっても許されない。冒険者ギルドにも正式に報告、抗議するわ」


 アウレオンは、ゆっくりと息を吐いた。


 「ふむ、一つ、忠告をしておこう」


 その視線が、リラへ向く。


 「魔族は……近衛騎士団と繋がっている可能性がある」

 「な……っ!」


 リラの感情が、制御を失った。

 魔力が雷のように放電し、周囲の空気を震わせる。


 「そんなこと、あるはずがない!」


 アウレオンは否定しないまま、続けた。


 「お前自身も、疑っているはずだ」


 アウレオンが手をリラ達に向ける。


 「……地に伏すがいい」


 短いが、確かな詠唱。

 地面から伸びた木の根が、リラを含む近衛騎士たちの足を絡め取る。

 自然魔法。拘束。


 「ッ!」


 リラの魔力が潰され、リラが歯を噛みしめる。

 その前に、タマが一歩踏み出した。


 「風よ、刃となりて__」


 短くはない。だが、確かな詠唱。


 「巡りを断ち、縛りを解け」


 風が走り、根が、綺麗に断ち切られた。


 木々が大きく揺れた。


 アウレオンの姿は、もうなかった。


 残ったのは、静まり返った森と、重い沈黙。

 ただ、散った魔法の余韻が、まだ土の中に残っているのを感じている。

 リラは歯を食いしばり、拳を握っていた。

 俺は、足元に落ちていた銅銭を拾い上げる。


 いつ、どこで、何が役に立つかわからないもんだ。


 誰も倒れていない。血も流れていない。

 

 それでいい。


 「……二人とも、大丈夫?」


 声をかけてきたのは、近衛騎士団第三団の隊長、リラ・ヴァン・ストライゼンだった。


 《緋髮纏雷(ひはつてんらい)》。


 さきほどまでの怒気は影を潜め、今は純粋な心配が顔に出ている。


 「ええ。問題ないわ」


 タマが一歩前に出て答える。その仕草は落ち着いていて、どこか慣れている。リラはそれを見て、ほっと息を吐いた。


 「……よかった」


 その言葉は、立場や規律からではなく、素直な感情だった。

 俺は二人のやり取りを黙って見ていた。視線だけで、リラがこちらをちらりと窺っているのが分かる。


 不思議な目だ。

 

 警戒と安心が、同時に混じっている。

 タマが詠唱を始めた。


「風よ、巡れ。痕を辿り、残り香を示せ__」


 簡潔だが、丁寧な詠唱。風が円を描き、森の奥へと流れていく。


 「……彼は完全に離脱したわ。追跡は無理ね」


 そう告げるタマの声は、落ち着いていた。

 リラはその様子をじっと見つめ、やがて小さく頷いた。


 「……やっぱり。門の時の無詠唱も、私の勘違いだったみたいね」


 そう言って、俺の髪を見る。

 魔道具の効果で、黒ではなく、わずかに青みがかっている。


 「その色なら……納得」


 完全に疑いが消えたわけではない。だが、敵意は消えた。

 しばしの沈黙のあと、リラは急に姿勢を正した。


 「……その、よければ」


 一瞬だけ、言葉を選ぶ間。


 「食事でも、どう?」


 その声音は、隊長としてではなく、ひとりの女性としてのものだった。

 顔が少し赤みがかっている。

 タマがすぐに口を開く。


 「お気持ちは嬉しいけど、今日はこのあと__」


 だが、その途中で、


 「酒は出るのか?」


 しまった、つい。


 「はい!」


 リラの顔が、ぱっと明るくなる。


 「王都で評判の店です。お酒も、かなり揃っていて!」


 ああ、これはもう決まったな。


 タマを見る。

 その目は、がっかり。嫉妬。困惑。全部が混ざっていた。


 「……ゲドーマル」

 「いや、その、少しだけなら……いいかな……と」


 言い訳になっていないのは分かっている。

 近衛騎士たちが、困ったように頭を下げた。


 「ご迷惑だと思いますが、隊長を、どうかお願いします……」


 あれだけ強い連中が、こんな顔をするとは思わなかった。

 タマは一瞬だけ天を仰ぎ、深く息を吐く。


 「……分かったわ」


 そして俺を睨む。


 「あとで覚えてなさい」


 背筋が少し寒くなった。

 それでも俺は、少しだけ胸を張る。


 「冒険者の仕事で、多少は稼いだ」


 そう言うと、リラが目を丸くした。


 「え、本当? すごい!」

 「ああ。地道にな」

 「まだ、たったの3日だけどね。しかも、薬草採取のみ」


 タマは呆れた顔で、でも、どこか安心したように笑った。

 森を出る足取りは、先ほどよりも軽かった。

 嵐は去り、夜が近づいている。


 次は、酒の席か。


 俺は、楽しみになっていた。



 王都の夜道は静かで、石畳に靴音が響く。

 

 俺は彼女を背負っていた。いや、正確には……背負わされていた。


 「うぅ……だから第三団の団長はねぇ……」


 背中から聞こえてくる声は、完全に出来上がっている。

 近衛騎士団第三団隊長、リラ。

 たった1杯しか、飲んでない。


 あの後、騎士達は、わざわざ一度、宿舎に帰って、汗を落としてきた。

 おかげで、空いた時間にタマに甘味をおごらさせられた……。

 

 普段の紅い外套の雰囲気とは違い、決して派手な色合いではない、騎士服風の私服。

 鍛え抜かれた身体なのだろう、無駄がない。


 「静かにしろ。夜だ」

 「……あ、ごめんなさい……?」


 素直だ。


 両脇を歩く近衛騎士たちは、申し訳なさそうな顔をしている。

 そして、その少し後ろを歩くタマは……明らかに、機嫌が悪い。


 「……ゲドー」


 背中のリラが、急にしみじみとした声を出した。


 「第三団の団長……本当に、すごい人なのよ」

 「……ほう」


 俺は歩調を崩さず、相槌だけを打つ。


 「規律を守るだけじゃなくて……ちゃんと、部下を見てくれるの。危ない時は、一番前に立って……少し怖くて、取っ付きづらいけど」


 酔ってはいるが、言葉は嘘じゃない。尊敬が、そのまま声になっている。

 タマが、少しだけ意外そうな顔をした。


 「へぇ……」


 リラは続ける。


 「第三団は、街の治安と調査が主な役目なの。表には出にくいけど……神経を使う部署だし、揉め事も多い」


 タマが淡々と補足する。


 「第一団みたいに戦場に立つわけじゃない。けど、火種を放置しない役目。冒険者とも、貴族とも、全部に目を配らないといけない」


 リラは、嬉しそうに何度も頷いた。


 「そう! そうなの!」


 バンバンと背中を叩かれる……酔ってなければ、もう少し落ち着いているのだろうが。


 「でもねぇ!」


 急に声が大きくなる。


 「第一団は、本当に別格で! 全員が隊長級! 王国最強の剣と盾! それに、第一団長! 第二団長! それから、第三団長!」

 「……それ、今言った団長だろ」

 「そうっ! だからすごいの!」


 理屈が崩壊している。

 タマはため息をついた。


 「はいはい……」


 リラがコツンと俺の背中に頬を寄せてくる。


 「……でも」


  声が、少しだけ低くなる。


 「今日、一番すごかったのは……ゲドー、あなた」


 空気が、はっきりと変わった。


 タマの足音が、一瞬だけ止まる。そして、再び歩き出す音が、少しだけ強くなる。


 「魔法を、壊したでしょう? 少し離れたところからだったけど、見えたの」

 「壊した、というほどでもない」


 事実を言っただけだ。


 「でも、あんなの見たことない、ただの一度も。あんな……魔法の止め方」


 悪意はない。計算もない。ただの、好意だ。酔った勢いで、心が緩んでいるだけ。


 「私、実家は貴族なの……子爵」


 急に身の上話が始まる。


 「兄が家を継ぎますし、姉もいますし……私は近衛騎士で……だから……」


 少し迷った末、


 「自由に、結婚しても……いいかも、って。父も__」

 「ダメ」


 タマの声は、即答だった。

 間も、迷いも、一切ない。


 リラは「え?」という顔をする。

 騎士たちも、思わず顔を見合わせる。


 「ダメよ」


 2度目は、もっと強く言った。


 俺は状況を完全に理解してはいない。

 シシャクと言われても、元の世界にはないものなのだろう。

 だが、空気は察している。


 昔から、こうだ。


 顔を見て寄ってくる。期待を乗せられる。勝手に物語を作られる。


 ”人喰い鬼”と呼ばれた頃も同じだった。

 一度も女を攫ったことなどない。

 だが、寄ってきた者の数だけ、罪を着せられた。

 説明する機会など、なかった。

 

 俺は夜道を歩きながら、別のことを考え始める。


 この世界の酒は、悪くない。

 

 慣れるのには、もう少しだけ時間がかかりそうだが……。


 背中で、リラが静かになった。完全に眠ったようだ。近衛騎士団の建物が見えてくる。騎士たちが駆け寄り、慌てて彼女を受け取る。


 「ありがとうございました……!」


 俺は軽く頷くだけ。

 タマは、少し歩調を緩めた。


 夜は静かだ。

 酒の余韻が残っている。


 やはり、酒は、皆で飲むものだ。今夜はそれなりに楽しめた。


 そう思いながら、俺は王都の灯りを見上げた。


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