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異世界の鬼神は本日も盃を手放さない  作者: 二筆
第1章 居場所は作られていく
7/12

第6話 冒険者になる

 朝の空気は、酒に向かない。


 が、しかし……

 

 宿の扉を出た瞬間、無意識に通りの向こうを見る。

 木樽が積まれた酒屋の看板が、朝日に照らされている。あの構えだ、やっていないが昼頃にはやる気を出すだろう。

 

 「……あそこだな」

 「違う」


 即座に、隣から遮られた。

 タマは腕を組み、視線を正面、つまり”魔道具屋”と書かれた看板の方へ向けている。

 酒屋など、初めから存在していないかの態度だ。


 「まず魔道具屋。絶対に」

 「急ぐ必要あるのか?」

 「ある」


 食い気味だった。

 思わず呆然とする。


 昨日から続く”()()がない”という扱いを、そこまで問題だとは思ってなかった。

 魔力などなくても生きていける。

 そもそも()()など今だに理解していない。

 ただ、無くても、酒は飲めるし、眠れるし、不便を感じることも今のところない。


 「冒険者登録をするんでしょ」

 「そのほうがいいのだろう?」

 「だったら魔力ゼロは論外」


 タマの声は低い。冗談で言ってるのではない、と明確に伝えてくる。


 「魔力がない=要注意人物、異物、最悪の場合は調査対象よ。目立つ、追われる、狙われる、排除される」

 「……そこまでか」

 「そこまでよ」


 迷いがないな。


 この世界では、魔力は血液のようなものだ。あるのが前提で、ないものは”壊れている”か”隠している”か。


 「わかった。魔道具屋だな」

 「よし」


 しかし、歩き出して三歩、酒屋をもう一度だけ見る。


 「……冒険者ギルドの登録が終わったら」

 「ダメ」

 「終わったら、だ」

 「甘味処が先」

 「なぜだ」

 「昨晩、宿代払ったの私、覚えてる?」

 「……ああ」

 「今日も私が払う予定なんだけど」

 「……そうだな」


 そこまで言われて気づく。

 ……金を持っていない。


 「酒屋は贅沢、甘味は……必要経費!」


 断言された。

 静かに息を吐く。

 理屈では勝てない。財布がない以上、発言権もない。


 茨木。


 「……魔道具屋」

 「うん」

 

 タマは満足そうに一歩前へ出る。勝敗は最初から決まっていたらしい。


 「魔力増幅系の指輪がいい。見た目は普通で、測定に引っかからないもの。ギルド職員が疑問に思わない程度に平均的が理想」

 「そんな都合のいいものがあるのか?」

 「ある……といいな」


 少しだけ、声が弱くなった。

 それでも真っ直ぐ歩くタマ。

 彼女にとってこれは、”選択”ではなく”前提条件”なのだろう。


 魔道具屋の看板が近づいてくる。

 古びた木製で、派手さはないが、手入れは行き届いている。


 「……終わったら」

 「なに?」

 「甘味処、だな」

 「当然」


 そのあと、酒屋だな。


 *


 魔道具屋の扉は思ったよりも重い。

 押すと、ギギっと木と金属の擦れる音がして、ゆっくりと開く。中から流れてきたのは僅かに焦げた匂いと金属、油。鍛冶場に近い。

 

 「いらっしゃ__」


 カウンターの老人は、まずタマを見て頷き、それから俺を見て、僅かに眉をあげた。


 測っているな。


 魔力だろう。咳払い一つで、老人は何事もなかったように口調を整えた。

 

 「今日は何を?」

 「魔力を貯められる指輪を探しています。外付けで、本人が魔力を持っていなくても使えるタイプ」


 タマが正直に応える。


 「……ほう」


 老人の視線が、また俺に戻る。今度は真っ直ぐ。


 「冒険者用か?」

 「はい。測定に引っかからないものを」


 理由は言わない。


 「増強じゃないんだな」

 「ええ、増やす必要はありません」


 老人は顎を手に当てて、棚ではなく、店の奥へ視線を送る。


 「おい、ドゥール」


 奥から、重い足取り。


 「はいはい、なんだい」


 現れたのは、背が低く、横にがっしりとした男だ。 短く整えた髭。鋭い目つき。

 

 確か、そう()()()()とかいう種族……違ったか?


 ドゥールは俺とタマを見て、素直に言った。

 

 「……なんだ、これ。魔力ゼロじゃないか」

 「そう見えるだろうな」

 「そりゃそうだろ」


 遠慮がない。

 ドゥールは腕を組み、じっと俺を見る。

 

 「なのに生きてる。変だな」

 「そうか」

 「そりゃそうだろ。むしろ腰に吊るしてある、その武器の方が強そうだ」


 《終座》を見ながらいう。

 興味は隠してないが、敵意はない。

 

 「増強は無理、0からは増やせない。偽装は進めない、バレた時厄介だ。蓄積型だな」

 「できますか?」

 「できる。けど……」


 ドゥールはタマを見る。

 

 「チャージがいるぞ、定期的に」

 「問題ありません。私がやります」


 間髪入れずに応える、タマ。

 

 「そっちが供給係か」


 一瞬だけドゥールの目が細くなる。


 「なるほどな」


 彼は作業台の引き出しを開け、銀色の指輪を取り出した。装飾はほとんどない。


 「これは魔力を溜め込むタイプだ。中に小さな魔石が仕込んである。本人の魔力じゃなくて、外から流し込んだ分だけ反応する」

 「測定は?」

 「引っかからない。ちゃんと”魔力持ち”に見える」


 タマがほっと息を吐く。俺は、少し期待して、聞いてみる。


 「戦闘で使う魔法は?」

 「無理。出せても攻撃力は皆無だ。溜めた分は見せかけようだな」

 「それでいい」


 ドゥールは少し驚いた顔をして、それからガハハと豪快に笑った。

  

 「割り切りいいな」

 「必要ないものはいらない。興味はあるが」

 「嫌いじゃねぇな」


 少し……いや、それなりに残念だ。

 

 指輪を差し出される。


 「つけてみろ」

 「どの指だ?」


 タマが即座に俺の腕を押さえた。


 「待って!」

 「?」

 「左手、薬指はだめ!」


 空気が変わった。

 ドゥールがニヤつく。


 「ははは、なるほどな」

 「違う」

 「いーや、違わないな」

 「?」


 結局、右手の中指に決まった。サイズを調整してもらう。これも、魔法だ。金属に作用している。軽い。存在を主張しない指輪だ。


 老人が測定器をかざす。

 

 「……平均値だな。冒険者としてはごく普通」

 「よかった」


 ドゥールは満足そうに頷いた。


 「チャージは1日1回。多くても2回。無理に流すなよ」

 「わかりました」


 そこで、ドゥールがふと、何気ない声で言った。


 「そういやさ、昨日、門のとこにいたよな」

 

 タマが一瞬だけ固まる。

 

 「昨日、街に着いたんだ。門を通るのは当たり前だろう」

 「何かあったか?」

 「知らないな」

 「ふーん、そうか」


 ドゥールはそれ以上、突っ込まなかった。だが、視線は確かに、観察する者のそれだった。


 タマが代金を払う。

 その後ろで指輪を眺める。


 これで、表向きは問題ない。しばらくは普通に生きられる。


 「次は?」


 俺が聞くと、タマは当然のように言った。


 「冒険者ギルド」

 「甘味処は?」

 「登録のあと」

 「酒屋は?」

 「その後」


 順番は絶対らしい。



 魔道具屋を出て、石畳の通りに足を向ける。

 早朝と呼ぶには、もう少し遅い時間になった。


 商人が店先の扉を開け、荷車がギギっと軋む音を立てて進む。鎧の留め具を締め直す音、革靴が揃って歩く音。

出勤の時間帯なのだろう、人の流れが一気に増え始めていた。


 視線が、やけに集まる。


 黒髪、というだけで、これほど目立つものなのか。珍しいというだけでなく、どこか落ち着かない空気が混じる。見られる理由は分かっているし、見られることにも()()()()()


 隣を歩くタマは、そんなことは承知の上だろう。腕を組み、ため息まじりに前を見たまま言う。


 「問題は、山積みね」

 「……そうか?」

 「そうよ」


 即答だった。


 金を持っていないこと。

 それが目下、1番の問題だな。彼女にとっては、放置できない問題は別にあるようだが。


 そんな会話をしていると、後ろから、やけに()()()()が近づいてきた。


「おーい!」


 振り返ると声とドゥールが走ってくる。


 また魔法か……あれは走っているのではないな、地に運ばれている。魔力を地に通しているな。

 

 そして、俺達の前まで来ると。何か小さな物を俺に放る。


 反射で身体が動いた。

 半歩ずらし、肩を引く。

 空を切ったそれが、背後の石畳に跳ねる。


 カランッ


 「……」

 「……」


 一瞬の沈黙。


 タマが呆れた顔でしゃがみ込み、転がったそれを拾い上げる。


 「だから、なんで避けちゃうの?」

 「……飛んできたからだが」

 「前もそうだったでしょ」


 言われて、思い出す。

 確かに以前、彼女に指輪を放られた時も、同じ反応をした。

 投げる方が悪いと思うのだが、どうやら少数派らしい。


 「いやー、反射良すぎだろ」


 ドゥールが息も切らさず笑う。


 「受け取れよ。噛み付かないから」

 「噛み付くつかないの問題ではない」


 タマは指輪を指先でつまみ、こちらに差し出した。


 「はい。今度はちゃんと」


 渋々、受け取る。


 指輪は銅に近い色で、装飾は控えめ。魔力を溜め込むための構造が、内側に静かに仕込まれている。見せかけではない、実用の魔道具だ。


 「じゃ、つけてみろ」


 俺は何となく、左手の薬指に指を伸ばしかけ__


「そこはダメって言ったでしょ」


 即座に止められた。


 「……なぜだ」

 「理由が必要?」


 仕方なく右手人差し指にはめる。


 空気がわずかに揺れた。風がそよぐように、頭のあたりを通り過ぎる。通りの窓に映った自分を見て、少し驚いた。


 黒だった髪が、完全に色を変えたわけではない。

 ただ、光の当たり方で、かすかに青みを帯びて見える。 


 魔力が髪の毛一本一本を覆っている。


 濃い藍色、深く静かな色。夜に輝く月を反射する湖の色。

 視線が、少しだけ逸れていくのが分かった。


「よし。これなら問題ない、だろ?」


 ドゥールがタマに満面の笑みを向ける。

 タマが満足そうに頷く。


 「定期的に魔力は入れるから。切れたらすぐ言って」

 「……世話をかけるな」

 「今さらでしょ」


 ドゥールが肩をすくめて笑った。


 「仲いいねぇ。ま、これでギルド行っても浮かねえだろ」


 仲がいい、という言葉に、タマが一瞬だけ視線を逸らす。

 俺は何も言わず、指輪を確かめるように軽く握った。


 さて、これで、ようやく冒険者ギルドだ。


 酒屋は、そのあと。

 甘味処が先だが、それも……そのあとだ。


 俺は小さく息を吐き、人の流れに歩調を合わせた。



 冒険者ギルドの中は、思っていたよりも騒がしかった。

 受付の隣、広いホールの一角に、堂々と併設された食事処がある。朝と昼の境目の時間帯らしく、鎧姿の者、軽装の者、眠そうな者まで、思い思いに腰を落ち着けていた。


 そして。

 匂いだ。


 鼻腔をくすぐる、甘いもの、酸味のあるもの、樽の木の香り。

 日本酒とも焼酎とも違う。麦でも米でもないが、確かに酒だと分かる匂いが、幾重にも重なっている。


 足が止まった。


 いや、止まってしまった、が正しい。

 視線は自然と、酒樽が並ぶカウンターへ吸い寄せられる。色も透明なものから琥珀色、赤みを帯びたものまで様々で、見たことのない酒ばかりだ。


 香りだけで、喉が熱を帯びる。 


 「……ふむ」


 思わず、感嘆が漏れた。


 「……ふむ、じゃない」


 隣から、即座に冷たい声が飛んでくる。

 嫌な予感を隠しもしない顔で、俺を見上げている、タマ。


 「まさかとは思うけど、今、飲みたいとか考えてないわよね?」

 「いや、飲むとは言っていない。ただ……」

 「ただ、興味深々な顔をしてる」


 言い返せない。

 異世界の酒だ。どういう気で醸され、どういう場で飲まれるものなのか。そういうものを知るのは、嫌いではない。


 「今日は登録。先にやることがあるでしょ」

 「……わかっている」

 

 「冒険者ギルドは王国から、独立した組織で冒険者の身分証も兼ねているからね。持ってれば、世界中のほとんどの国に行けるけど、登録してないと、どこにも行けないよ」

 「……わかっている」

 

 渋々視線を引き剥がした、その時だった。

 

 「なあ、聞いたか?」


 背後の席から、ひそひそとした声が聞こえてきた。


 「門の件だろ。昨日の」

 「そう、それ。それでさ……魔族だったって話」


 耳が自然と拾う。


 「しかもよ、正体が分かったらしい」

 「誰だよ」

 「ミルザだって」


 その名に、周囲の空気が一瞬、固まった。


 「……は?」

 「ギルド職員の? あの?」

 「真面目で、面倒見がよくて、新人に優しい?」

 「冗談だろ……」


 否定の言葉が飛び交う。

 それだけ、その名が信頼されていた証だ。


 タマの隣で、彼女の空気が変わるのを感じた。

 表情は平静を保っているが、目だけが鋭くなる。


 「どうする?」


 タマは首を横に振った。

 タマが俺の袖を掴んだ。


 「ちょ、待……」

 「待たない。酒の匂いに釣られて、噂話に首突っ込んで、これ以上遅れたら面倒が増える」


 有無を言わさぬ力で、ずるずると引っ張られる。


 振り返り、もう一度だけ食事処を見ると、冒険者たちは何事もなかったかのように酒を煽り、笑っていた。

 だが、その笑いの奥に、確かな不安が混じっているのも、感じ取れる。


 「問題は山積みね」


 タマが小さく呟く。


 「……ああ」


 あまりに種類が多いと迷ってしまう。


 次に足を止めたのは、受付の前だった。

 受付カウンターの向こうで若い受付嬢が顔を上げた。淡い桜色の髪。肩ぐらいで軽く巻かれている。


 「あ、タマさん、おはようございます」 

 

 声に迷いがない。事務的でも、馴れ馴れしくもない。でも、毎日顔を合わせている、そんな距離感だ。

 

 「おはよう、リーネ」

 

 笑顔でタマが応える。

 

 「新規登録をお願い」


 タマが一歩前に出る。


 「紹介ありで」


 受付嬢”リーネ”は、書類を受け取りながら俺に視線を移し、そして、ぴたりと固まった。


 「え?」


 間の抜けた声。

 完全に動きが止まっている。


 「……?」


 俺が首を傾げると、リーネははっとして、慌てて咳払いをした。


 「し、失礼しました! えっと……」


 視線が泳ぎ、次の瞬間、勢いよくタマを見る。


 「……か、かっこいいですね」


 言ってから、はっと我に返り、両手で口を押さえた。


 「い、今のは違います。仕事です! 仕事!」


 顔が赤い。

 タマが、慣れた様子でため息を吐く。

 

 「一難去って……また一難」


 何故か俺を睨む。

 俺が一体、何をした。


 「落ち着いて、リーネ。いつも通りでいいから」

 「は、はい!」


 立て直しが早い、流石だ。


 「では、新規登録ですね。紹介者は__」

 「私」


 タマが即答する。


 「彼氏ですか?」

 「違う」


 タマの返答は速かった。速すぎて、逆に不自然だ。


 「ち、違うのね!」


 リーネはなぜか安心したように笑い、それから少しだけ頬を赤らめる。


 「でも、すごく整った顔立ちで……冒険者っていうより、貴族様みたいです」


 咳払いをして、仕切り直すリーネ。


 「では、お名前をお願いします」

 「ゲドーマルだ」

 

 ペンが一瞬止まる、だが、すぐに動き出す。


 「通称ですね。問題ありません……種族は?」

 「人族で通している」

 「人族で……”通している”、とは?」


 タマが俺の足を踏む。 

 痛い。

 

 「人族よ」


 タマが強調する。


 「ただの」

 「ただの、ねぇ……」


 リーネはもう一度俺を見て、小さく呟いた。


 「……いいなぁ」

 「聞こえてるわよ」

 「すみません!」


 タマが深く息を吐いた。

 一難、去った……ように見えて、まだ去っていない。


 「では、ゲドーマルさん。登録を進めますね」


 リーネは仕事に戻る。


 「まずは魔力測定です」


 測定器に手を置く。水晶が淡く光り、静かに反応を示した。


 「……安定していますね」


 リーネは記録を取りながら頷く。


 「突出はありませんが、平均的な魔力保持者です」


 疑われることもなく、想定通りの結果だ。


 何事もなく、一難去ったようだ。


 タマが小さく肩を落とすのが分かった。無事に通ったことへの安堵だろう。


 「紹介者はタマさんですね」

 「ええ」


 リーネはにこやかに言った。


 「タマさんは、依頼を選り好みせず、簡単な仕事でも必ず期限内に終わらせてくれます」

 「当たり前のことをしてるだけ」

 「それが一番難しいんですよ!」


 リーネははっきり言った。


 「ギルドとしては、とても“安定した冒険者”です」


 タマは少し照れたように視線を逸らす。

 その様子を見て、胸の奥が、静かに温かくなった。


 「……あ、そうだ」


 リーネは声を落とした。


 「注意事項があります。昨日、門の付近で魔族が確認されました」


 タマが頷く。

 俺は無駄口は叩かないようにしている。


 「はい。現在は処理済みですが、近衛騎士団が動いています」

 「近衛騎士団?」


 俺が尋ねると、リーネは少し背筋を伸ばした。


 「王国直属の精鋭部隊です。五個団あり、それぞれに団長がいます」

 「団長は全員、貴族」


 タマが補足する。


 「実力主義だけどね」

 「ええ」


 リーネは続ける。


 「団長クラスになると、Sランク冒険者と同等か、それ以上とされています」

 「Sランク? そういえば、今、この街にいるの?」

 「この街の近くにいるのは一人だけです」


 リーネが真剣な眼差しでこちらを見る。


 「……Sランク冒険者、《緑災(りょくさい)》アウレオン」


 その名が出た瞬間、周囲の空気がわずかに張り詰めた。


 「……よりにもよって、危険な……」


 タマが低く言う。

 リーネが真剣な顔で言った。


 「ですので、無用な接触は避けてください」

 「分かった」


 俺は頷いた。


 話はそこで終わり、リーネは冒険者プレートを差し出す。


 「ゲドーマルさん。冒険者登録、完了です。ランクはFランクからです。詳しい内容はこちらの冊子に書いてありますので、必ずお読みになってください。まぁ、Dランクのタマさんが付いていれば安心ですね」


 俺はそれを受け取り……思わず、じっと見つめた。

 くすんだ鉄。名前が書いてある。

 ”ゲドーマル”。

 読めないはずの文字が理解できる。有能な指輪だ。

 タマが昨日、門でレオンに見せていたのとは違う金属のようだ。


 「……これは?」

 「身分証兼、実績記録ですね」

 「……ほう」


 角度を変え、光にかざし、裏も見る。ちょっと、齧ってみる。歯に沁みる。


 「面白いな」

 「ちょっと」


 タマが眉をひそめる。


 「夢中になりすぎ」

 「いや、よくできている」

 「目立つって言ってるでしょ」


 リーネはくすっと笑った。


 「正直者なんですね」

 「そうかしら?」

 「はい。何をしても」


 タマがため息をついた。


 「……また一難ね」


 俺はよく分からないまま、冒険者プレートを胸元にしまった。

 

 次は、甘味処だ。その次が、酒屋だ。


「ねえ、君さ__」


 冒険者が、軽い足取りで近づいてくる。酒の匂いが混じっている。悪意は薄いが、節度もない。


 「用事があるなら、受付を通してください」


 すぐに、受付嬢のリーネが間に入った。動きは早い。声も落ち着いている。日常なのだろう。


 「いやいや、ちょっと話すだけじゃん?」


 冒険者は笑っている。

 それが余計に厄介だということを、本人だけが分かっていない。胸にはCランクと書かれた銀の冒険者プレート。


 その間、俺は……先ほどの酒樽を見ていた。ギルド併設の食事処に並ぶ、見慣れぬ酒、木樽、瓶、陶器。

 

 ここは危険だ。非常に。危険だ。


 酒はあとでにする。


 ‘’タマの後ろに立つ‘’。

 

 それが約束だ。

 分かっている。覚えている。

 だが、視界の端で酒瓶が光った。


 俺はギルドの出口に向かって歩いていく。

 いや、"向かっている"と思い込もうとしている。


 視線はまだ酒樽に向いたまま。

 足が、自然と酒樽の方へ向きかける。


 ダメだ。


 無理矢理、足を出口に向かわせる。


 一歩でも近づけば、自分を止められない。


 確信がある。


 背中に何も感じなかったから、タマがそこにいるものだと、当然のように思っていた。


 「!」


 背後の空気が、変わった。

 遅れて振り返る。

 

 タマが、立ち止まっている。

 その前には、先ほどの冒険者。今度は、距離が近い。

 

 タマの手を、取っている。


 「……調子に乗らないで」


 タマの声は低かった。

 次の瞬間、“何か”が広がった。

 魔力ではない。

 だが、確実に空気を押し潰す圧。


 ”怒り”、”恐怖”、”悲しみ”、そういった感情。


 冒険者の笑みが凍り、周囲の会話が、すべて止まる。

 リーネが目を見開いたまま、動けなくなっている。


 俺は理解した。


 ああ。


 これは、俺が後ろにいなかったからだ。すまない、タマ。

 入口まで来てしまった俺は、状況を測りきれないまま、声をかけた。


 「タマ。甘味処には行かないのか?」


 間の抜けた問いだった。

 タマは、一瞬だけこちらを見た。

 そして、にっこりと笑った。

 さっきまでの威圧など、最初からなかったかのように。


 冒険者の手を、自然に振りほどき、そのまま走ってくる。


 「行くわよ!」


 勢いよく言い放ち、俺の袖を掴んで引っ張る。


 「ちょ、待……」


 ギルドを出る。背後で、ようやく空気が戻る気配がした。

 外に出て、しばらくしてから、タマは立ち止まった。


 「……約束」


 短い一言。


 怒っている。


 はっきりと。


 「すまない」


 タマは一瞬だけ俺を見て、ふっと息を吐く。

 その目は、怒りよりも"不安"の色が強かった。


 「次は、ちゃんと後ろにいて」


 「約束だ。今度は守る」


 それも、嘘ではない。

 タマは、また笑って歩き出す。

 さっきと同じ笑顔で。

 今度は俺の歩幅を確かめるように、少しだけ、ゆっくりだった。


 約束。


 もう破ることはしたくない。

 そう思いながら、俺は甘味処の方向へ歩き出した。


 酒は……そのあとだ。


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