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第29話 力の、帰る道


 丘の上では、穏やかな風が草の匂いを運んでいる。


 俺とタマは並んで腰を下ろしていて、肩は触れてはいないが、互いの体温だけは感じられる距離にある。


 タマは両腕で自分の身体を押さえ込むようにして呼吸を整えようとしていて、腕へ食い込んだ指の関節が白くなり、その爪の先に震えがまだ少し残っている。


 「……結構、厳しいんだけど」


 軽く言おうとしているのが、声の張り方で分かる。


 「ゲドーマルもイバラキもいつもこんなのと戦ってるのね……尊敬しちゃう」


 唇が持ち上がるが、その笑みは引きつっていて、整いきらない呼吸がそのまま表情に残ってしまっている。


 俺は何も言わずにタマの背へ手を当て、一定の速さで、そっと触れるように撫でる。


 「おかげで氣を扱えるようにもなった」


 強くも弱くもせず、この背中が崩れないようにとだけ思いながら、触れている。


 「……そっか、だからあなた達にしか扱えないのね」


 納得したような顔で頷き、無理に微笑もうとする。


 風が一度強く吹き、草が同じ方向へ倒れて、すぐに戻る。


 倒れた分だけ青い匂いが濃く立ち上るが、それに混じって、空気の流れが少し変わっている。


 「来たか」


 タマの肩がビクッと跳ねた。


 丘の向こう側で人影が動いているのに、遠いのか近いのかがどうしても定まらない。


 そして、ガグンが何事もなかったかのように、すぐそこに立っている。


 「これは驚いた」


 肩の力を抜いたまま、軽く言う。


 「《狂智》を精神力で抑え込んでいるのか」


 声音は柔らかいが、その視線は確かにこちらを測っている。


 俺はゆっくりと立ち上がりながら、タマとの間に自然と位置を取る。


 「ガグン、今すぐタマを元に戻せ」


 ガグンはほんの少しだけ目を細め、すぐに口元を緩める。


 「構わない。だが、条件がある」


 そのためだけにタマを洗脳したのか。


 「それは断ったはずだ」


 ……本当に、気分が悪い。


 「俺は今の生活を手放す気はない」


 風が柔らかく揺れて、頬を撫でていく。


 ガグンの笑みが深くなる。


 「交渉決裂だな。力ずくで来い、ゲドーマル」


 槍を軽く傾けるその仕草は、こちらを試すような構えでしかない。


 「力では何も解決はしない」


 俺は視線を逸らさないまま、静かに言ってから、息を置く。


 「……だが、お前には少し”反省”が必要なようだ。寺でも失敗を繰り返せば折檻されるぞ」


 軽く言ったはずなのに、その言葉のあとで空気が重さを持ち、肌に触れる感触そのものが変わっていく。


 見えない何かが身体の周囲へ満ちていき、空気が揺れ、細い光が走って、ぱち、と小さな音が弾ける。


 蒼白い光が、小さな稲光のように巡り始める。


 「ゲドーマル、ダメ!」


 俺は振り返ってタマと眼を合わせ、優しく微笑んでみせる。


 それだけで、少しだけ落ち着きを取り戻せた。


 ……やはり俺には、彼女が必要なようだ。


 早く終わらせてしまおう……そんなことを考えながら、再び前を視る。


 ガグンの輪郭が崩れて空気が揺れ、その身体を光が走ると、黄金の装甲と兜が金属の擦れる硬い音を立てながら展開していき、深い色の外套が風に乗って揺れる。


 空間に文字が浮かび、一定の隔たりを保ったまま、硬い音を立てて回り始める……その数は、二十四。


 空間そのものが、別の規則で塗り替えられていく。


 巡っていた文字のうちの一つが、わずかに輪から外れると、そこから細い線が伸び、俺とタマの間の空気へ、別の文字が組み上がっていく。


 俺が左手を上げ人差し指を向けると、新しい指輪が陽の光を反射して銀色に輝き、それから淡く光る。


 風が、まだ閉じきっていないその文字を撃ち抜き、散るように消えた。


 輪から外れた一つは、元の位置へは戻らない。


 タマが両手で口を塞ぐ。


 「……うそ」


 ガグンも少しの間、目を細めるが、すぐに笑い出す。


 「ガハハハ……なるほどな、ただの風ではない」


 笑いながらも、視線は確実にこちらを捉える。


 「お前の”それ”を乗せているのか。以前とは違うと言うわけか。素晴らしい!」


 軽く顎を上げると同時に、槍の穂先がこちらへ向けられる。


 「来い、ゲドーマル! お前の真の力を証明してみろ」


 俺は息を一つ吐き、背に負っていた布包みを担ぎ直すと、馴染まない重みが、肩の同じ場所へ静かに戻ってくる。


 身体の周囲を走っていた光が、わずかに色を変える。


 蒼白から紫へ、ジジジッと低い音が混じり、氣がさらに密度を増していく。


 風が止み、場を満たした静寂の中に、氣の走る音が残った。


 今まで動きのなかった背後の草が擦れる音がする。


 誰が動いたのかは振り返るまでもなく分かっているのに、それでも俺の眼は勝手にそちらを視てしまっている。


 タマが立ち上がっていて、ずっと自分の身体を押さえ込んでいた腕をほどき、まだ震えの残る手のひらを、何もないはずの空間の縁へ差し入れようとしている。


 背後では九つの尾が開きかけているが揃ってはおらず、三本が空へ向かって逆立ち、二本は逃げるように地を這い、残りは震えを引きずったまま、それでも前へ流れようとしている。


 空気に、細い縫い目のようなものが浮かぶ。あの奥から、”あれ”が出てくる。


 「タマ」


 「……ギルドで、あの時ね」


 風の下でなんとか拾えるくらいの、掠れた声、でも目に輝きが戻ってきている。


 「私、あなたの腕、掴んだのに」


 縫い目にかかった手が、震えたまま止まらない。


 「……離しちゃった」


 俺は手を伸ばし、その手首を上から押さえる。


 細く、冷えていて、爪の食い込んだ跡から滲んだ血が、まだ乾ききらずにいる。


 行き場をなくした縫い目が、水面の波紋がほどけるように閉じていく。


 「離して」


 「駄目だ」


 「なんで? 私がやった方が早いよ」


 尾の一本が俺の腕へ触れようとして途中で止まるのは、触れてしまえば自分の意志の方が先に折れると、身体の側が知っているからなのだろう。


 俺は押さえた手をそのままに、もう片方の手で背の結びを解き、肩から布包みを外す。


 「持っていてくれ」


 タマの目が、俺とその包みとの間を二度、行き来する。


 「……え」


 「後で使う」


 それ以上は言わなかったし、言ったところで仕組みは俺にも分からないのだから、今の彼女の耳には何ひとつ届かなかっただろう。


 包みを胸元へ押しつけるようにして渡すと、小さな手が反射で受け止め、それから、抱え込むように締まる。


 「ちょっと、待って、私は__」


 「タマ」


 名を呼んだだけで、言葉が途切れた。


 俺は屈みもせず、背も曲げず、ただ視線を、その金色の目に向ける。


 「俺を信じろ」


 風がひとつ流れていき、草が同じ方向へ倒れて、揃って戻る。


 倒れた分だけ青い匂いが立ち上がり、それがタマの髪の甘い香りと混ざって、鼻の奥をひととき満たす。


 タマの呼吸が乱れ、喉が上下し、開きかけた唇が一度閉じてから、ようやく九つの尾の震えが止まっていく。


 散らばっていたものが一本ずつ後ろへ揃い、風を避けるのではなく、風を受けるようにして背後へ流れる。


 そうして、タマはようやく頷いた。


 迷いを飲み込んだわけではないのだろう……それでも。


 「……早く、帰ってきてね」


 「ああ」


 前へ向き直り、左腰へ手を伸ばす。《終座》と徳利の隣、いつもそこにあるはずの場所に、乾いた木の柄が待っている。


 引き抜くと、古い木の匂いが立ち上がり、走っていた紫雷が刀身の表面へ移って、そこで薄く留まる。


 俺の氣を最も素直に留めてくれるのは、昔からこいつだった。


 「その腰に差した、妙な形をした剣ではないのか?」


 「必要ない」


 「そうか、まあいい。無理やり使わせるというのも面白そうだ」


 ガグンは、嬉しそうに槍の穂先を下ろす。


 「では、始めよう」


 そう言ったガグンの最初の一手は、俺の足元に置かれる。


 地面の下でもなく空でもなく、この場所が”そういう場所である”と書き換えられていく、その途中の姿を……視る。


 踏み込みながら木刀を横へ薙ぐと、文字が閉じるより早く氣が触れ、ドン、と腹に響く重い音が一つ鳴って、書きかけの線が、砂で描いた絵のようにほどけて消える。


 「ほら、どうした? どんどんいくぞ」


 消した時にはもう次が来ていて、右足を出そうとした場所が一歩ぶん遠く、直した瞬間には今度は身体が重くなり、水を吸った蓑を着せられたようなその重さを氣で押し返した時には、間合いそのものが狂わされている。


 足元に気を取られていると、黄金の槍が来る。


 受けた瞬間、火花が散るのではなく空気の方が悲鳴を上げて、鉄と鉄を擦り合わせたような音が耳の奥まで届く。


 装甲の継ぎ目が鳴る硬い音と、ガグンの周りを巡る二十四の文字が立てる硬質な回転音とが、丘の上で重なっている。


 この男は強い……だが、本当に厄介なのはそこではなく、俺は今、ガグンと丘の両方から同時に殴られている。


 「いいぞ、ゲドーマル」


 槍を引きながら、ガグンが笑う。息は少しも乱れていない。


 「その眼は、俺の手順を追っているな。追えるのなら、追ってみせろ」


 氣を上げていくと音が変わっていく。


 ジジジッが途切れてバリバリと爆ぜる音に変わり、紫雷が直垂の袖を焦がす。


 踏み込むたびに湿っていたはずの土が硬い艶を残し、白い湯気が足首のあたりで薄く広がって、草の青さの上に焦げた土の匂いが重なっていく。


 それでも、届かない。わずかにだ。ほんのわずか、いつも半歩、遅れる。


 力が足りないのではないと、気づいてはいる。


 足へ送れば腕から漏れ、腕へ送れば脚が遅れ、木刀へ集めれば身体から散っていく。


 持っているものは足りているのに、置き場所だけを間違え続けている。


 雨の日の斜面と同じだ。


 同じだけ雨が降っても、道の定まらない斜面は削れて濁り、水は途中で行き場を失う。


 だが山の水は、通り道さえあれば音も立てずに、速く、遠くまで届く。


 そこまで思い至った時、ずいぶん遠いところから、一つの声が戻ってくる。


 折檻、などと軽口を叩いたせいかもしれない。


 寺の板の間の、足を刺すような冷たさと、朝の粥の匂いと、木刀の重さに手首が負けて何度も取り落とした、あの乾いた音。


 あの老いた僧は俺の構えを直しもせず、ただ一度だけ、こう言った。


 『手で打つな。足で打つな。力は身を巡って、元へ戻るものと思え』


 当時の俺には何ひとつ分からず、力とは打つ場所へ集めるものだと、集めれば集めるほど強くなるものだと、そう思い込んでいた。


 ……そうか。


 ずいぶん経ってから分かることも、あるらしい。


 だから俺は、出すのをやめる。


 腕から背へ、背から腰へ、腰から脚へ、足の裏からまた腹へと巡らせて、どこにも留めず、留めないから漏れず、巡らせた分だけ戻ってくるものと信じて、ただ道の方を整えていく。


 髪の先で最後の紫雷が一度だけ弾け、それきり、”音が消えた”。


 肌と直垂と木刀の表面に、指一本ぶんも離れない薄い膜が張りついていて、いつもなら紫雷となって弾けて散っていくはずの氣が、白く視えるほど均され、どこへも出ていこうとしない。


 焦げていた匂いが引き、草の匂いが戻ってくる。風はまた普通に吹き、草も普通に鳴っている。


 静かなのは、俺だけだ。


 ガグンの笑みが、消えた。


 そこから俺は、先に氣を走らせる。


 自分が道を作るのではなく、細く伸ばした氣が先に行って前方の空気を左右へ退かせ、その後を身体が通る。


 同じことを木刀にもして、振り始めるより前に斬る線の上へ細い道を通しておけば、木刀は空気を押しのけずに済み、振り抜きの終わりまで鈍らない。


 身体の内には、力の帰る道を。身体の外には、進むための道を。


 その二つが噛み合った瞬間、丘の景色が、ひどく静かになる。


 一歩、踏むと、衣擦れよりも先に足元の塵が退き、草が音を立てるより先に、俺はもうガグンの正面にいる。


 踏み出したあとの草が、遅れて沈んでいく。


 ガグンが俺の進路へ何かを置こうとして、文字が半分だけ空に浮かぶが、閉じる前に木刀が届き、跳ね上げられた黄金の槍が辛うじてそれを受ける。


 だが受けたその位置がそのまま次の起点になり、柄を伝って踏み込み、腰を巡らせ、肩を通して木刀へ渡した力は、先で消えずにまた俺の身体へ帰ってくる。


 帰ってきた分だけ、次が早い。


 ガグンが一歩、下がる。


 「ほう」


 その声はまだ、余裕を装っている。


 二歩目で、声が消える。


 三度目に槍で受けた時、黄金の腕が震え、兜の縁から流れた汗が顎の線を伝って、乾いた土の上に落ちて黒い点を作る。


 ガグンを巡る輪では、二十四あったはずの文字の間に空白が増えていて、回転の音も、初めに聞いた時より細くなっている。


 置こうとして間に合わず、置く前に潰され、それでも次を書こうとして、また消える。


 黄金の肩が徐々に上下し始めるが、俺の息は、乱れない。


 「……面白い」


 掠れた声で言いながら、ガグンは槍を構え直し、それから俺ではなく、俺の後方に立つタマを見る。


 見てから、口を開く。


 「その女はな、よい器だった」


 汗の伝う喉を鳴らして、続ける。


 「あれだけの力を持ちながら、使い道を知らん。惜しいと思わんか。俺が使ってやれば__」


 くだらない……聞く価値もないな。


 腹の底で膨れ上がったものは、いつもなら火花になって指の先や肩から勝手に漏れていくはずなのに、今日は漏れる隙間がどこにもなく、行き場を失ったまま身体の内側を巡り続けている。


 だから、静かなままで、重くなっていく……それでも、腹の底は冷えていく。


 草は変わらず風に揺れ、匂いも変わらない。丘の空気が一度、内側へ縮む。


 顎まで伝っていたガグンの汗が、落ちきらずにそこで止まる。


 「ガグン」


 自分の声が、思っていたよりも低いところから出た。


 「彼女は、器ではない」


 白紫の氣には膨らむ場所が、もうどこにも残っていない。


 「タマだ」


 その代わりに、次の一歩が、それまでのどれよりも速い。


 槍を上げようとしたガグンの動きへ、上から木刀が被さる。


 受けた黄金の腕がそのまま押し込まれ、両足が、初めて土を擦って後ろへ流れる。


 兜の奥で、ガグンの目が見開かれた。


 「……ああ」


 その声にあるのは、恐れではなく、渇きだ。


 「それだ。それが、見たかった」


 もうここで終わらせればいい……そう分かっているのに、木刀が下がらない。


 腹の底で、あの雨上がりの夜から俺の身体に眠る熱が、ゆっくりと目を覚ましている。


 もっと、まだ足りぬ。


 声ではないはずのそれに、身体が先に応じてしまう。


 次に何をしてくるのかが視えるだけでなく、その上からもう一度崩せる。


 ガグンは強いから必ず最善を返してくるし、返してくるから、崩し甲斐がある。


 最初は、槍をぎりぎりまで引きつけると、次は、簡単に避けられるところをほんの少しだけ遅れて避ける。


 その次には、この男がどこまで返せるのかを確かめたくなって、一段速い木刀を出している。


 四度目には、踏み込みかけた足を無理やり止める。そうしなければ、奴が槍を立て直せず、次が来なくなってしまう。


 五度目には、もう刻印を視る必要もなくなった。


 兜でも、穂先でも、痩せていく文字の輪でもなく、柄にかかったガグンの指の位置だけを視ている。


 あそこが動けば、あれが来る。来てくれれば、その上からもう一度、崩せる。


 白紫の氣は、相変わらず静かなままだ。それなのに、自分の口角が上がっていく。


 肩で息をしていたガグンが、その一瞬を見て、槍を握り直す。


 「……そうか」


 ガグンが、掠れた声で嬉しそうに言う。


 木刀の先が、ガグンの兜の縁へ入る。あと指一本ぶんで、その下の骨まで届く。


 届かせる必要などないと分かっているはずなのに、俺の眼はもう、この男が次にどう返してくるのかだけを視ている。


 捌けなければ、そこまでの男だったということだろう。


 目的が失われ、求める結果が変わった。


 飽きたら、潰す……いや、もういいか。


 奴にはこれ以上できることも残っていなさそうだ……いっそのこと、こいつの国も潰すか。


 その方が、この胸の高鳴りを満たせそうだ。


 「外道丸」


 ふいに背後から、名が届いた。


 俺は初めて、ガグンから眼を離す。


 丘の縁に、タマが布包みを胸に抱えたまま、九つの尾を後ろへ揃えて、まっすぐにこちらを見ている。


 通っていた道が、そこで切れる。


 身体は、まだ次を打てる……それでも、木刀を下げた。


 左腰へ、手が伸びると、指先が《終座》の柄をかすめ、そのまま隣の徳利へ落ちて、栓を抜く。


 一口だけ含み、喉の奥へ熱が落ちていくと、焦げた匂いしか残っていなかった鼻の奥に、白葡萄の匂いがゆっくりと戻ってくる。


 巡らせていたものが落ち着いていく。


 「……今は、これだけだ」


 栓を戻しながら、誰へともなく言う。


 「残りは、後の楽しみにする」


 「……こんな時に」


 背中の方で、タマの声が小さく漏れる。呆れているようでいて、その語尾は少し震えている。


 ガグンは膝に手をつくことこそしないが、肩の上下は隠しきれておらず、兜の下からもう一筋、汗が落ちる。


 そして心底がっかりしたように長く息を吐きながら、槍の石突きで軽く地面を突く。


 「……なんだ。せっかく、盛り上がってきたところだったのだが」


 悔しさでも負け惜しみでもなく、この男は本当に、残念がっている。


 「その女が邪魔なら、俺が消してやろうか、ゲドーマル」


 俺は答えず、タマの方へ手を伸ばす。


 タマが駆け寄って、抱えていた包みを両手で俺の手のひらへ戻す。


 結びを解くと、布が滑り落ち、シュルッと乾いた音を立てて草の上へ落ちる。


 その一瞬、タマの甘い香りが鼻を撫でた。思わず、口元が緩む。


 露わになったそれは、この場のどれとも似ていない。


 細長い、金色の筒。飾りはなく、無骨で、古風で、それでいて明らかに異質。


 神金属オリハルコン……だったか。


 ガグンの動きが、止まる。


 「……帝国の森で使えなかった代物か」


 声の温度が、初めて下がる。


 俺は筒を構え、教わった通りに指を置く。


 右手の小指の指輪から流れた魔力が、金属の内側を静かに巡り始め、手のひらの中で、水の満ちるような低い音が鳴る。


 「今度は、使う」


 前を視たまま、そう返す。


 「人の痛みが分からないと、誰も理解してくれないぞ」


 風が戻ってきて、草の匂いが、ゆっくりと流れていく。


 俺は隣のタマへ、短く告げた。


 「これが終わったら、パフェだ」


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