第4話 近衛騎士隊長
*
街門の前。
ゲドーマルを少し離れた場所に待たせ、タマはレオンと向かい合っていた。
レオンは腕を組み、低く言う。
「疑っているわけではない」
一度、言葉を切る。
「疑っているわけではないが……あいつはおかしい」
視線は真っ直ぐだった。
「黒髪とはいえ、人族にしか見えないのに、魔力が塵ほども感じない。そんなことはあり得ない」
タマは目を下に逸らす。
「魔道具で抑えているようにも見えない」
レオンは息を吐いた。
「悪意は感じない。これは門番としての経験だ。悪い奴ではないのだろう」
だが、と続ける。
「本当のことが知りたい。お前なら何か知っているんだろう?」
タマは、ふっと微笑んだ。
その笑顔に、周囲の空気がゆるむ。
列に並ぶ旅人。
門番たち。
思わず視線が集まる。
だが、
レオンだけは視線を逸らさなかった。
タマは小さく息を吐く。
「ゲドーマルは人族だよ。魔力がない体質の人って、たまにいるでしょ?」
肩をすくめる。
「長旅で体を壊したのかも」
レオンが眉を寄せた。
「見たことないな__」
「私はあるの……昔の仲間にね」
タマは笑う。
「それに、レオンさんが通してもいいって思えた相手なんだから、危ないはずないって」
門の向こうを見る。
「このあと冒険者ギルド登録の際に魔力をきちんと測られるし、問題が出たらその時話そう」
レオンは黙る。
しばらくして、ぽつりと言った。
「……魔力もなしに生きていけるのか?」
タマが瞬きをする。
「ゴブリンどころか、スライムにすら殺されるぞ……とは言え、黒髪だ。他で、雇ってもらえるかもわからない」
タマは一歩前に出た。
「大丈夫」
はっきり言う。
「私が絶対に守る」
「……」
レオンはしばらく黙っていたが、やがて、深く息を吐く。
「……お前がそこまで言うなら」
小さく頷いた。
「魔族発見に力を貸してくれた友として、これ以上は聞かない」
タマは笑う。
「うん。それでいい。私が保証するよ」
レオンが優しく微笑む。
「もう行っていいぞ。彼を待たせてしまったな」
「うん。またね」
タマは振り返り、歩き出す。
胸の奥で、静かに思う。
嘘はついていない。
この世界に戻る前に向こうの世界で出会った人たちは、誰一人魔力など持っていなかった。
味方も。
敵も。
だが、桁外れな強さを持つ者はいた。
”陰陽師”、”侍”。
あの世界で生き抜くため、タマはあらゆる手段を使った。
しかし、追い詰められた。もう、後がない。もう、奇跡は起こらない。だから……今度こそ、上手くやる。
門の外。
王都リュシアを興味深そうに見ている黒髪の彼。
彼と一緒なら、きっと、うまくいく。
そんな気がしていた。
*
王都リュシア。
門柱にもたれ、俺はタマを待っていた。
空はまだ明るい。
石壁の上を渡る風が、ゆっくり流れる。
知らない匂いだ。
俺の知らない世界。俺を知らない世界。
だが、思ったより、人の活気に満ちている。
屋台で煮られる甘い蜜の匂い。
水路を流れる水の小さな音。
先程の門前の騒ぎは、ここまで届かなかったらしい。
悪くない。
知らない街。
だが、古い付き合いの狐と、門番の友が住む街。
悪くない。
胸元から盃を出し、空へ掲げる。
「サエ」
小さく呟く。
「お前にこの街はどう映る?」
ここでは、俺が鬼だということを誰も知らない。
狩られる心配のない世界か。
「……いつ以来だろうな」
「貴様」
背後から声がする。
「タマと随分仲がいいんだな」
振り返ると、さっき絡んでいた門番だった。
俺は肩をすくめる。
「古い知り合いだ」
盃をしまう。
「それより、こんな所で遊んでいていいのか? 騒ぎの後始末が残っているだろう」
門番が顔をしかめる。
「生意気だな、黒髪! 俺はまだ貴様を魔族だと疑っているぞ!」
杖の先端に光の陣が浮かぶ。
マホウ、だったか。
だいぶ気が立っているな。
「王都リュシア式、単独魔法」
男が叫ぶ。
「赤き火、門外の敵を射よーー《火矢一式》!」
空気が温度を上げ、熱が膨らむ。
火矢が次々に生まれる。
俺は、それを”視る”。
火傷では、すまなさそうだし、このままだと、火事になる。
避けるわけにはいかないな。
仕方がない。
丹田に力を入れる。すると、空気中の粒子が動き始める。
レオンの怒声が、響く。
「ジル、やめろ! 街中だぞ!」
タマが離れたところから、俺に向かって、手を向ける。
手の周りに、光の陣が生まれる。
それに意識を奪われていると、突然、”白い壁”が、俺の前に現れた。
火矢が吸い込まれていく。
静かに……そして、完全に。
「な……なんで」
ジルと呼ばれた男が、固まる。
レオンが一瞬で取り押さえた。
「大丈夫、ゲドーマル?」
タマが駆け寄ってくる。
俺は頷く。
身体を流れ始めた氣が落ち着く。
「ああ、無傷だ。助かった」
タマが胸を撫で下ろす。
だが、空気が変わる。
街の奥から、赤い外套が風を切り裂いた。
赤髪、鉄の鎧、袖のない赤い外套。
”若い女”が立っている。
速い。
人の限界を超えている。
タマが小さく呟く。
「王国近衛騎士団・第3団隊長、リラ・ヴァン・ストライゼンーー《緋髮纏雷》」
コノエキシ?
「魔族が現れたと、一報を受けたんだけど__」
鋭い視線がこちらを刺す。
「そこの黒い髪の彼? それともそっちの不思議な魔法を使う彼女?」
レオンが姿勢を正す。
「リラ隊長。彼らではありません。魔族には逃げられました」
リラと呼ばれた赤い髪の女の視線が、今度は門へ向く。
「……まだ終わっていないわ」
低く言う。
「魔族の目がある。門は王城の喉元。油断は禁物よ」
詠唱を始める。
「近衛の名において声を並べる__」
光の陣が浮かぶ。
先程のジルのものとは精密さが違う。
「高き天の剣。我が身を器とせよ__」
火花がリラの周りに生まれ、バチバチと音を立てる。
「光速の外套、我が鉄に宿れ__」
ーー巨大な静電気を生み出してるな。
「《近衛迅雷・ストライゼン》」
リラの姿が消えた……いや、速すぎて見えないだけだ。
”雷”が走る。
門の横、獅子像の影。
そこにいた何かを、一瞬で斬り裂いた。
羽を持つ異形の生物が、細切れになって崩れる。
なるほど……いい術だ。
タマが小さく呟く。
「……今の、見えた?」
「視えた」
「……やっぱり」
タマが少し悔しそうに笑う。
「私は途中から消えた。おそらく、雷魔法をあそこまで扱えるのは、彼女と帝国の勇者くらいよ」
「……身体の中に流れを作っている」
タマが俺を見る。
「流れ?」
「その流れが周りの空気を震わせている」
雷を纏ったリラを視る。
「抵抗がほとんどなくなる」
これは、生活の知恵の一つだ。
「普通では届かない速さまで踏み込める」
タマが興味を示す。
「お前たちのマリョクで空気の粒子を動かしている。その結果、雷のような現象が起きる」
理解し始めたようだ。
「本当は雷で速くなっているわけじゃない……速く動いた結果、雷が生まれているだけだ」
タマが俺の目を見て言う。
「……やっぱりずるい」
「何がだ?」
「神眼」
小さく肩をすくめる。
「……私も欲しかった」
「氣を通して粒子を早く動かす。すると__」
右手に静かに”氣”を巡らせた。
手の上で空気が分裂し、稲妻に近い鋭く青い光が空間を自由に跳び回る。
周囲の空気が、僅かに揺れた。
「ほらな。タマにもできる」
タマが慌てて、俺の右手を両手で包み込む。
青白い光が消えた。
「こんなところで氣で”プラズマ”なんて作らないで。もう。心臓に悪いって。大体、氣なんてあなたと茨木以外扱えないから」
「……すまない」
少し離れたところから声が聞こえてくる。
「嫌な鈴の音がしてたんだが……あ、止まってる」
場違いなほど呑気な声だった。
門の方へ、小柄な男が走ってくる。
背は低い。
だが、肩幅は広く筋肉質。
髭面の男が、奇妙な金属箱を抱えていた。
強いな。
一目で分かる。
レオンと同じ、戦える者の気配だ。
男は周囲を見回す。
「あー……なるほど。もう終わったのか」
レオンが振り向く。
「ドゥールさん。少し遅かったです」
「新型の魔族探知機だ。門用」
男は金属箱を軽く叩いた。
「試したかったんだがな」
「でも、ありがとうございます」
髭面の男と目が合う。
「……黒髪?」
少しだけ目を細めた。
「行こっか」
タマが俺の手を引く。
「いいのか?」
「通行料も払ったし」
タマは少し笑う。
「魔族退治は騎士の仕事。それとも、赤い髪が好み?」
「髪の色で人を判断などできないだろう」
タマが自分の白銀の髪に触れる。
「……それもそうね」
少し離れた屋根の上。
耳の長い男がこちらを見ていた。
”観察”されているな。
今日は初対面の者によく見られる日だ。
黒髪なんかよりも、よっぽど特徴のある者が多いと思うがな。
タマに手を引かれ、足早に俺はその場を離れた。
*
石畳の角を曲がったところで、タマはようやく息を緩めた。
目の前には宿屋が建っている。
この辺りでは立派な建物だ。
人通りも多い。
タマが言う。
「さっきの人たちは、この街でも特に強い人たち」
少し振り返る。
「でも、そうでない人たちも十分に強いの」
そして続ける。
「女の子一人で借りるなら、安全も考えて、それなりの宿がいいの」
齢百をゆうに超えて女の子?
……いや、口には出してない……はずだ。
タマが振り返る。
「……何か?」
今日一番の冷たい目だった。
「……すまない」
「謝られると余計腹が立つ!」
「……すまない」
「ふん!」
タマは宿へ入っていく。
俺は少し距離を空けて後ろを歩いた。
この世界で生きていくには、あの古い友人を見失うわけにはいかない。
次回からは火曜日22時と金曜日22時に更新を続けていく予定です。
これからも、よろしくお願いいたします。
二筆




