第3話 魔族とか魔法
派手な戦闘はありませんが、人と人が向き合う瞬間を楽しんでいただけたらと思います。
「なんだと?」
緊迫感が場を支配する。
「尻尾だ」
俺は、淡々とした声でいう。
「立ち方。腰を庇っている………尻尾がある前提の重心だ。隠しているつもりだろうが、あの形は人のものではない」
疑念が、後ろに向く。
完璧な偽装だ。どう見ても人にしか見えない、銀髪の細い男。
だが疑われ慣れていない者ほど、視線に弱い。
動揺が見える男。
「何を馬鹿な、こいつはミルザ。冒険者ギルドの従業員だぞ」
「あのミルザが魔族? そんなわけないだろ。困っている新人にもちゃんと教えてやるヤツだ。タマ、お前も散々助けられたんじゃないのか? 恩を仇で返すつもりか?」
すぐ後ろに並んでいる犬みたいな耳と尻尾の男と、先ほどタマに絡んでいた門番がタマを睨む。
「レオンさん、私は、ゲドーマルを疑わない」
俺を見たタマの穏やかで、しかし揺るぎのない声。
レオンと呼ばれた中央に立つ門番がタマを厳しい視線で射抜く。
「根拠は?」
「根拠? そもそも疑う余地があるような男に、私は、私の後ろを歩かせたりしない。それに私はそこのおどおどしている彼と話をしたことなんてないわ」
犬のような奴と嫉妬全開の門番が苦い顔をする。
レオンは手で顎を支え、少し考える。
「……調べればわかることか」
レオンはミルザと呼ばれた男に視線をおくる。
空気が揺れる。
銀色の髪が、深い紫色へと変色する。
顔は皮膚が剥がれ落ちるかのように、人間としての擬態が崩れ始めた。
青白い肌の血管が、黒い紋様となって浮き上がる。
身体は膨張し、灰色の筋肉が衣服を破り裂きながら露わになる。
そして、鋭く尖った二本の黒い角。
禍々しい尾がヌメりと長く伸びた。
黄金色の瞳は、獲物を嬲り殺す狂喜に満ちていた。
「魔族だ!」
誰かが叫ぶ。
周囲の人々が一斉に後退する。
悲鳴、怒号、混乱。
だが、騒然となる中、タマは動かなかった。俺を見て小さく呟く。
「……便利な眼ね。ちょっと、羨ましいかも」
「そうか」
使いすぎると陰陽師に居場所がバレるし茨木に叱られるが。
レオンたちが何かを叫び始める。法衣を着たもの達が短い棒を男に向ける。
「王都リュシア式、拘束魔法展開!」
「踏んだ地を証人とし、吸った空気を鎖とする。この場に留まり、離れるなーー《地縛の誓い》」
淡い光が地面に円を描き、砂色の帯がミルザの足元に走る。見たことのない美しい文字の羅列の陣だ。
ミルザは、逃げなかった。
こちらをジッと観察する。
嫌な視線だ。隠そうともしないか。
出来ることならば陰陽師たちのような目を向けないでもらいたい。
この場から離れたくなる。
「……眼、か」
小さく呟く、ミルザ。
タマが半歩寄って来てミルザとの間に入る。
「……そういう関係か」
ニヤリとするミルザ。
急に自分から地面に腰を落とした。
拘束帯が、空を掴む。
「……っ?」
レオンが息を詰める。
「拘束魔法は生きて立って動こうとするものを縛る魔法だ。ほら抵抗してないだろう?」
確かにそこにいるはずの魔族の男からは、生物としての気配が消えている。
「今のやつからは生き物として本来あるべき”氣”が視えていない」
隣のタマが焦った顔で見てくる。
「さっきお前らが使った妖術と似たようなもので覆って誤魔化しているようだ」
門番達が理解出来ないという顔で見てくる。
「別の力を右手に新しく貯め始めているようにも視えるな」
初めて視る力の流れだからよくはわからないが……そんな感じに視える。
タマが俺の腕の裾を引っ張る。
「……ちょ、ちょっと……氣なんて言わないで」
「なぜだ?」
「なんでも!」
レオンたちは俺たちのやり取りには目もくれずにミルザの右手を警戒する。
ミルザの顔色がかわる。余裕がなくなったようだ。
ミルザは地面を蹴った。
倒れていたはずの体が滑るように人混みへ紛れる。
レオン達が追う。
「待て!」
人の流れに逆らわず人と同じ動きで消える。
”特別な力”ではない。
ただ、うまく混ざっただけ。
タマが小さく息を吐く。
「ああいうの、魔法に強いんじゃないの。魔法の使われ方を知ってるの」
「そうか」
まほう? まほうとは?
「あれは”正しい魔法”、王国が決めたやつ」
タダシイ マホウ?
「言葉があって、順番があって、それを守る人が使える」
コトバ? ジュンバン? とは?
「詠唱して、準を踏んで、魔力を流す、ちゃんとやればちゃんと拘束する」
少しだけ笑って、続ける。
「……だから、ちゃんとズルも出来る。魔法は完全ではない。ただ世界のルールを借りるだけ、世界に従う力」
「……そうか」
なんとも奇妙な力だな、理解に苦しむ。じっくりと観察し、学ぶしかないようだ。
「でも力の流れが視えるなんて……ねえゲドーマル。あなたの眼、ほんと反則」
門前の騒ぎが、ようやく落ち着いた。
人の流れが戻り、さっきまで張り詰めていた空気がゆっくりとほどけていく。
レオンは槍を立て、深く息を吐いた。
「レオンだ。すまなかった。君は魔族とは関係がないらしい」
唐突な一言だった。
「疑った」
俺の目をしっかりと見て言う。
「仕事とはいえ……不快だっただろう」
レオンは視線をズラさない。
逃げず、誤魔化さず、ただ事実として差し出すような声色。
タマが横で目を丸くする。
「いや、守る立場なら、当然だ」
俺が返す。
レオンが、わずかに目を見開く。
「怒ってないのか?」
「怒る理由が見当たらない、ここで疑われるのは自然なことだろう。それにレオン、お前は俺の話を聞こうとしてくれた」
本当に、一体どれぐらいぶりだろう。人が俺の話を聞いてくれたのは……。
レオンは、思わず苦笑した。
「ゲドーマル、お前は変わってるな」
「そんなことはない」
目を点にして俺をみるが、納得したのか、レオンは槍を肩に担ぎ直し、一歩、道をあけた。
「王都リュシアへようこそ。何かあった時はいつでも俺を訪ねてくれ。必ず力になる」
それは、門を通す以上の意味を持つ言葉のような気がした。
タマが、ほっとしたように、息を吐く。
「……ありがとう、レオンさん」
「礼を言われるほどのことじゃない」
タマの笑みに嘘がないのは本当に珍しい。
「行け。これ以上引き止める理由はない」
「ねぇ、ゲドーマル」
タマが少し嬉しそうな声で話しかけてくる。
「なんだ」
「こういうの、友とか友情って言うんじゃない?」
友? 友情?
「そうか……悪くない」
俺の肩を軽くこずくタマ。
友……か。
これは不味い。
顔の筋肉が、勝手に緩もうとする。
慌てて口元を引き締める。
タマに気づかれたら、絶対に笑われる。




