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異世界の鬼は本日も盃を手放さない  作者: 二筆
第2章 世界の正体をみる
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第10話 動き出す歯車


 洞窟棲家の前は、朝の光に満ちていた。


 木々の間から差し込む光が、まだ朝露を含んだ地面をまだらに照らし、柔らかな土を踏み締める音と湿った匂いが立ち上がった。


 アルティシアは袖をまくり、ゴブリンたちと肩を並べながら鍬を振っていた。


 動きはまだぎこちなく、持ち方もどこか習いたての固さが抜けていない。


 それでも彼女の表情は穏やかで、遠目に見れば、楽しんでいるようにすら見える。


 隣のゴブリンが何かを言った。アルティシアは首をかしげ、次の瞬間、声を出さずに小さく笑った。


 *


 森を抜けると、棲家が見えてくる。


 アルティシアが土に触れているその光景は、まだどこか現実感が薄い。


 だが彼女の手は止まらない。


 額に浮いた汗を手拭いで拭く姿が様になってきている。


 洞窟の入り口に目をやると、タマが腕を組んで立っていた。


 最近、棲家にいるときに身につけている”部屋着”ではなく、冒険者の装い。


 いつでも外へ出られる格好をしているというだけで、今日がいつもと少し違う朝だと分かる。


 俺の隣でドゥールが長い筒を肩に担いでいる。


 森で例の《電磁加速長筒(レールガン)》の扱いを練習してきた帰りで、その手には、雷が落ちた後の空気によく似た、焦げた鉄の匂いがうっすらと残っていた。


 「今日の薬草採取は、昼過ぎに行く約束じゃなかったか」


 そう言うと、タマは一瞬だけ視線を外した。


 「うん……でも」


 少し間があって、それからはっきりと言う。


 「やっぱり、レオンさんが心配で」


 俺は口を閉じた。


 「……もう、三日になる」


 タマの声は落ち着いていたが、視線が一度だけ森を抜けた王都の方角を向いた。


 人はそれぞれ事情を抱えて動く。ましてや、レオンは子供ではない。


 だが、今の彼女は、昔の”玉藻”とは違う。


 タマはすでに自分の”帰る場所”を手に入れた。


 ”誰かの帰りを待つ”ということを、ここへ来て初めて知った。


 少し前まで、寝るときですら警戒を解かなかったタマが、最近は部屋着でのんびり座っていたりする。


 その事実は、どこか俺の身体の内側を温かくする。


 俺や彼女にとって貴重なその変化を、俺が無視する理由はない。


 「分かった。探しに行こう。王都だな」


 タマの表情が、わずかに緩んだ。


 ドゥールも腕を組んで頷く。


 「確かに長い。様子は見た方がいいな」


 話がまとまった、その時だった。


 「きゃははははは!」


 洞窟の奥から甲高い笑い声が飛び出してきて、裸のまま走るアウルが一陣の風のように外へ出てくる。


 その後ろを、服を片手にイバラキが追っていた。


 「服を着なさい」

 「やだー!」


 風呂上がりの、最近の光景だ。


 アウルはそのままタマの元へ突っ込み、タマが「わっ、ちょっと」と声を上げる間にイバラキが追いついて、手際よく服を着せていく。


 子を育てた事もないのに、小言を言いながら袖を通させるその動きに、慣れが視える。


 「どこか行くの?」


 アウルもいつの間にか、察しがよくなった。


 もうこっそり、タマと出かけることが難しくなりそうだ。


 アウルが顔を上げ、タマの袖を掴むと、タマはしゃがんで、目線を合わせた。


 「すぐ戻るから、その間、イバラキと一緒にアルティシアを守ってほしいの」


 アウルは少し不満そうに口をとがらせたが、やがてこくりと頷いた。


 イバラキは何も言わずに俺を見て、黙って頷く。


 出発前、俺はもう一度だけ畑を見る。


 アルティシアがゴブリンと何か話しながら、まだ鍬を振っていた。


 その横顔は、確かに穏やかだった。


 「行こう」


 タマ、ドゥール、俺。三人で、王都へ続く道を歩き出した。


 背後では、棲家の日常が、いつも通りに続いている。


 *


 王都の中心街。


 街で一番の高級宿と呼ばれる建物の前に、レオンは立っていた。


 鏡のように磨かれた石造りの正面玄関。


 そこを行き交う人々は、一目でそれと分かる上質な衣服を纏っていた。仕立ての良い生地が、歩みとともに上品な光沢を放っている。


 足を踏み入れるだけで背筋が伸びるような、そういう場所。ここには、危険とは無縁の静かな格式がある。


 レオン自身も、今日も鎧を着ていない。動きやすさよりも見た目を意識した服装で、槍も持っていない。

 

 そして、背筋を伸ばした状態のまま、扉の前で待っていた。


 重厚な扉が、係員の手により静かに開いた。


 宿から姿を現したのは、一人の女性だった。


 黒に近い深い紫の髪が朝の光を吸い込むような色彩で、肩から流れ落ちている。


 胸元の大きく開いた黒いドレスは、歩くたびに裾が静かに揺れた。


 カルミラ。


 レオンの口元が、気づかないうちに緩んでいた。


 「お待たせ、レオン」


 その声はどこまでも穏やかで、柔らかかった。耳に届く言葉のひとつ一つが、自然と心に染み込んでいく。


 「い、いや……今来たところだ」


 少しだけ言葉が噛んだ。


 カルミラは微笑み、小走りでレオンの横に並んだ。


 腕は組まない。ただ、並んで歩き出すと、近すぎず、離れ過ぎずの自然な距離が保たれる。


 街の喧騒が、二人の周囲だけ少し遠くなるような気がした。


 レオンは、不思議と緊張していなかった。


 穏やかな時間が流れているなかで、それ以上のことを考える必要がない。


 その瞬間、カルミラの胸元で、ネックレスの先に嵌め込まれた、砕けた赤い魔石が、ほんのわずかに光った。


 一瞬だけ、見間違いかと思うほど淡い光だった。


 カルミラの口元が、ほんのわずかだけ吊り上がる。


 レオンは前を向いていて、それに気づかなかった。


 カルミラは歩調を、ほんの少しだけレオンに合わせる。


 それだけで、二人の影が自然に重なった。


 王都の大通りを並んで歩く二人の姿は、誰の目にも、ただの男女にしか見えなかった。


 *


 冒険者ギルドの受付は、今日も混み合っていた。


 リーネは一組の冒険者の依頼処理を終え、書類の末尾にサインを入れた。


 慣れた動作で顔を上げると、次の客がすでにカウンターの正面に立っていた。


 見覚えのない男だった。


 年の頃は三十代の前半から半ばといったところで、整えられたストレートの深い紫色の髪は、光の加減で紺にも見える。


 顔立ちは端正で、王都の社交界に並んでいても違和感のない種類の整い方をしていた。


 身に纏うのは古風な仕立ての黒いロングコートで、流行とは一線を画しているが、生地の質だけで一級品だと分かる。


 歩いた拍子に裾がわずかに開き、裏地の深紅が一瞬だけ覗いた。


 喉元には、巨大な真紅の魔石が嵌め込まれた”欠けた”カメオ。


 高価な装身具だが、威圧感はない。むしろ、どこか落ち着く佇まいだった。


 「おはようございます。お名前と、ご用件をお伺いします」


 初見の人に対する、いつも通りの対応。


 男は、柔らかく微笑むと優しい声で応える。


 「クロウゼルと申します」


 名前に特に引っかかりはない。ただ、所作が冒険者のそれではなかった。


 貴族か、あるいはそれに近い何か。


 「少し、物件を探していましてね」


 物件。リーネは内心で整理しながら、次の言葉を待った。


 「古くて、広くて……できれば人里離れた場所がいい。それから、礼拝堂が付いているとなお良い」


 リーネは眉尻をほんの少しだけ下げて、”困り顔”を作ってみせた。


 「申し訳ありません。不動産情報は、冒険者登録をされている方にのみ__」


 規則通りの説明と対応。


 だがクロウゼルは、リーネの目を見て、同じ調子のままもう一度言う。


 「古くて、広くて。人里離れた、礼拝堂のある物件です」


 あれ?


 リーネの思考がわずかに揺れた。


 さっき何を考えていたのか、一瞬、分からなくなる。


 「……少々、お待ちください」


 書類棚からファイルを引き抜く。


 古い遺構、廃礼拝堂、立ち入り困難区域……該当しそうなものが、確かにある。


 「こちらが__」


 ファイルを広げて中を見せようとした瞬間、クロウゼルは自然な動作でそれを受け取り、そのまま手持ちのカバンへ収めた。


 「あ……」


 声が遅れた。だが、咎めるという発想が浮かばない。


 「それからもう一つ」


 クロウゼルは人差し指を立て、穏やかな声と表情のまま続ける。


 「この街で、人を探していましてね」

 「それは……申し訳ありません。冒険者の個人情報は__」

 「ええ、承知しています」


 そう言いながら、その男はリーネの目をまっすぐに見た。


 アイスブルーだったはずの瞳の奥に、ほんの一瞬、紅が滲む。


 「ですが、念のため。名前だけでも、確認できませんか」


 頭が、ふっと軽くなった。


 少しだけならいいのではないか、という考えが、自然に浮かんでくる。


 リーネは無意識に別のファイルへ手を伸ばしかけ……その手を、強く、しかし乱暴ではなく掴まれた。


 「そこまでだ」


 低く、落ち着いた声がリーネの背後から落ちる。


 冒険者ギルドマスター、シオウ・ベルクがリーネの背後、カウンターの内側に立っていた。


 いつの間に来ていたのか、気配すら感じなかった。


 その目は、クロウゼルではなくリーネを見ている。


 「大丈夫か」


 問いかけられた瞬間、リーネは、はっとした。頭の奥に残っていた靄が、一気に引いていく。


 「……あ……はい」


 シオウは頷いてから、改めてクロウゼルへ向き直った。


 「申し訳ないが、当ギルドでは、こちら以上の情報提供はできん」


 声は丁寧で、敵意も警戒も表に出さない。


 「”あなた方”が探している人物が、冒険者登録をされているという情報もない」


 事実だけを、静かに告げた。


 クロウゼルは一瞬だけ目を細め、すぐに、微笑んだ。


 「……そうですか」


 何かを悟ったような表情だった。


 「無理を言いました」


 クロウゼルは軽く一礼して、踵を返す。立ち去る直前、振り返ってリーネの目を見た。


 「綺麗なお嬢さんだ。また、どこかで会いましょう」


 それだけを残し、クロウゼルがギルドを後にすると、扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


 しばらくして、シオウはどさりと椅子に腰を落とした。額にうっすらと汗が浮いている。


 「……マスター?」


 リーネが声をかける。


 「……今のは、相当危なかった」


 シオウの声は低かった。


 「ヴァンパイアだ。間違いない」


 リーネは手で口を抑え、息を呑んだ。


 「ヴァンパイア……ですか?」


 シオウは少しだけ間を置いてから言った。


 「……これは、放っておける相手じゃない」


 立ち上がり、奥の扉へ向かいながら、振り返らずに続ける。


 「本部に繋げ。至急だ」


 ギルドマスター室の扉が閉まった。


 受付には、何事もなかったように日常のざわめきが戻ってくる。


 ただリーネだけが、しばらくの間、自分の手をじっと見つめていた。


 *


 薄暗い空間だった。


 石造りの広間に、魔力灯の淡い光がいくつか浮かんでいる。


 装飾らしいものは何もなく、その中央で、スイウンが膝をついていた。


 「報告」


 低い声で、事実だけを切り出す調子だった。


 「カルミラを捕捉したが、逃げられた。原因は、冒険者と思われる者たちの介入。三名。うち一名、不思議な力を使う男が混ざっておった」


 その言葉が終わるより早く、ミルザの声が被さった。


 「スイウンの邪魔ができる強さに、不思議な力……ゲドーマルか」


 拳を握り、吐き捨てるような声をあげる。


 「また、あいつか……」


 次の瞬間、握った拳が壁に叩きつけられた。


 轟音が広間に響き、石壁にひびが走って粉塵が舞う。


 「どこにでも湧いてくるね……!」


 その様子を、ヤグは静かに見ていた。


 「奴は放っておけ」


 いつも通りの淡々とした声だった。


 「それよりも、今回、ついにカルミラを見つけられた」


 ミルザが舌打ちした。


 「……珍しいじゃん、ヤグが喜ぶなんて」


 「……オーガ共に王国周辺の強い魔力反応を探らせていたのが良かった」


 ほんのわずかにヤグの口元が上がり、ミルザの目が剥く。


 それはミルザでもほとんど見ることのない、ヤグの感情の変化。


 「深い紫の髪の女という情報が出たため、まさかとは思ったが……」


 「スイウンを向かわせて正解だったでしょ? 結果、対象が本物のカルミラだと判明したんだから」


 スイウンは何も言わず、報告役に徹したまま膝をついている。


 「だが……相変わらず、何を考えているか分からない女だね」


 ヤグはほんのわずかに視線を伏せた。


 「なぜ、王都リュシアに来た。我々がレグナ王国で動いていることに気づいたのか。王族に手を出していることか……あるいは、古竜の復活」


 「ホント、今日はよく喋るね」


 「だが」とヤグはそこで一拍置いた。


 「カルミラを見つけられたのは、ついている」


 ミルザが怪訝そうに眉をひそめる。


 「……逃げられてるけど?」


 「それでも、位置は掴めた。これまではどれだけ探しても、尻尾すら掴めなかった。とりあえず、オーガの変異種探しは一時中断だ」


 ヤグの声は変わらない。


 「スイウン」


 名を呼ばれ、スイウンが顔を上げた。


 「必ず、捕獲しろ」


 殺せ、ではなく”捕獲”。


 その言葉の重さを、スイウンは一瞬だけ受け止めてから答えた。


 「……承知」


 ミルザはヤグを横目で見た。


 「……随分、積極的じゃないか」


 ヤグはしばらく答えなかった。


 魔力灯の光が、かすかに揺れる。


 「お前は理由を、気にしなくていい……これは魔王様からの命令だ」


 ミルザは肩をすくめた。


 魔力灯が、静かに揺れ続けている。


 *


 王都リュシアの城門前は、朝と昼の境目の時間帯で人の出入りが多かった。


 行商人が荷車を引き、巡回兵が列をさばく声などが重なって、雑多なざわめきが絶えない。


 その少し外れで、カイランは腕を組んで立っていた。


 石壁に背を預け、城門から流れてくる人の波を眺めながら、視線だけは一点を捉えたまま。


 待ち合わせといえば待ち合わせだが、普通のそれではないことは、自分が一番よく分かっていた。


 やがて、人混みの中に白い外套が見えた。


 フードを深く被った若い女性が、軽い足取りで近づいてくる。


 手には《聖なる長杖(ホーリー・スタッフ)》。


 王都の雑踏の中でも、なぜか自然と目を引くその姿。


 フードが風に揺れて、その奥から柔らかな笑顔が覗いた。


 「お待たせしました、カイラン」


 その声を聞いた瞬間、カイランは腕を組んだまま肩を落とした。


 「……一人で来たのか」


 セレスティアは、きょとんと首をかしげた。


 琥珀色がかった薄茶の長い髪が、その動きに合わせてゆるやかに揺れる。


 朱色がかった琥珀色の目は、カイランをまっすぐに見ていた。


 純白の法衣の胸元には、巡道教の紋章を象った金色の髪飾りと同じ意匠が刻まれており、フードを押さえた指の陰に、《世界樹の短剣アンチ・ヴァンパイア・ダガー》の柄がわずかに覗いている。


 「ええ。だって、その方が早いし」


 悪びれた様子は、まったくない。


 カイランは壁から背中を離し、一歩踏み出した。


 「まだ”聖女の王都派遣”は、正式決定してないはずだ。巡道教本部は、聖女行方不明で大混乱中だ。今頃、上も下もひっくり返ってる」


 セレスティアは、その言葉を聞きながら長杖の石突きを軽く地面に当てた。


 「いつものことだよ。それにあの人達の会議なんて待ってたら、百年かかっちゃう」


 頬を膨らませながら、自分の正当性を主張する巡道教の聖女様。


 組織が混乱している理由が、今まさに目の前に立っている。


 カイランは、問題の中心人物に聞こえるようにため息をついた。


 「相変わらずだな……」


 セレスティアはフードの端を手で押さえながら、少しだけ声の調子を落とした。


 「天網の狂帝……現れたんだね。それに、家来たちも」


 まるで最近の天気の話でもするように、続ける。


 「君を、随分と追い詰めたとか」


 カイランは苦笑した。


 「よく知ってるな」


 「ええ」とセレスティアは微笑んだまま、長杖を握り直した。


 その指先に、わずかに力が入るのが見えた。


 「だから__」


 城門の向こうから、荷車の車輪が石畳を叩く音が響いてくる。


 「私が、滅ぼす……徹底的に」


 声は、言葉の内容とは裏腹に変わらず穏やかだった。顔の微笑みも変わらない。


 目だけがその言葉に嘘がないことを伝えてくる。


 遠目に見た人なら、本当に天気の話でもしているのでは、と勘違いしそうな雰囲気を醸し出したまま、正反対ともいえる内容が口から淀みなく出てくる。

 

 カイランはゆっくりと空を仰いだ。


 青い空が広がっている。


 「……ああ、そう言うと思ったよ」


 深い疲労感が言葉の端に滲んでいた。


 「本当に、変わらないね……セレスティア」


 セレスティアはその言葉を否定せず、ただ前を向いたまま言った。


 「変わる必要が、ないから」


 彼女にとって、それは当然の理屈だった。


 城門の向こうでは、今日も人々が行き交っている。


 行商人が値を叫び、子供が駆け回り、兵士が欠伸を噛み殺している。


 誰も知らない。この街に”巡道教の刃”が、静かに足を踏み入れていることを。


 カイランは、小さく呟いた。


 「……やれやれだ」


 *


 夕方の冒険者ギルドに併設された食事処は、いつもより少しざわついていた。


 仕事終わりの汗と酒の匂いが混じり、木の卓を叩く笑い声があちこちから上がっている。


 ラグスとセインは、いつもの席に陣取っていた。


 ラグスがジョッキを傾けて泡を飲み干し、少し不満そうに鼻を鳴らす。


 「……しかしよ、ここ数日、依頼が冴えねえな」


 「平和なのはいいことっスよ」


 セインはそう返しながら、串焼きを一口齧った。だが言葉に張りがなく、どこか同意しきれていない。


 「平和すぎんだよ。護衛も採取も、金にならねえ」


 「まぁ……確かに」


 二人の間に、短い沈黙が落ちた。その隙間を縫うように、隣の卓の声が耳に入ってくる。


 「夜、女が消えてるらしいぞ」

 「三日で五人だってさ」


 ラグスが眉を上げた。


 「……聞いたか?」


 セインも顔を上げる。


 「ああ。最近、夜になると女が行方不明になってるって話っスよね。昨日も誰か言ってたっスよ」


 声を潜めるでもなく、普通の調子だった。噂話として、ちょうどいい距離感がある。


 「門番の知り合いが言ってた。家出じゃねえかって話だけどよ」


 「三日続くと、さすがにっスね」


 ラグスは口の端を吊り上げながらジョッキを置いた。


 「どうせなら、その犯人探しを依頼に出してくれりゃいいのによ」


 その一言で、周囲の空気が少し変わった。別の卓から声が飛んでくる。


 「お、いいな、それ」

 「夜の見回りか?」

 「報酬次第じゃ受けるぞ」


 酒が回った冒険者たちの目が、わずかに光っている。


 「女狙うような奴なら、そこまで強くねえだろ」

 「捕まえりゃ一攫千金だな」


 笑い声が上がった。冗談めいてはいるが、誰も否定しなかった。


 セインが、串を置いてふと首をかしげる。


 「……そういや、男も一人、見なくなったって話もあったっスね」


 ラグスは肩をすくめた。

 

 「気のせいだろ。酔っ払ってどっか行ったんじゃねえの?」


 そのまま、話題は流れた。


 夜に消える、噂になる、なら仕事になる。それが冒険者の日常だった。


 食事処の扉が開き、外の夕暮れが一瞬だけ差し込んで、またすぐに閉まった。


 王都は今日も変わらず平和に見える。


 ただ、歯車は、もう回り始めていた。


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