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異世界の鬼は本日も盃を手放さない  作者: 二筆
第2章 世界の正体をみる
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第7話 秩序の外にいる者


 人の姿で、彼女はそこに立っていた。


 濃褐色の直垂が風を受けてわずかに揺れる。

 袖口から覗く両手には薄い鱗状の金属板が仕込まれた小手が嵌められている。左腰にはいつものように刀が佩かれている。


 その肩には、見慣れない黒い外套が掛かっていた。


 イバラキは外套の端についた砂埃を手で払うと、何も言わずにこちらを見た。


 殺気を放っているわけではないのに、彼女がそこへ立っただけで、周囲の空気がわずかに詰まり、この場にいる者たちの視線が自然とそこへ集まっていく。


 月の光を大きな影が覆い隠す。


 アウルが翼を広げて降りてくると、押し下げられた風に川が水しぶきを上げる。


 その背からドゥールが飛び降り、土魔法で地面に魔力を流しながら音もなく着地すると、腰の工具だけが小さく鳴った。


 ドゥールはすぐに顔を上げ、敵の位置、地面に残る魔力、俺の傷を順に見て、それからこちらへ視線を戻した。


 その視線が合うより早く、イバラキは音もなく膝を折る。


 黒い裾が地面へ落ち、左腰の刀が土に触れないよう、ほんのわずかに角度を変えながら、彼女は頭を垂れた。


 「お待たせいたしました、お館様」


 俺は短く返す。


 「……遅い」


 伏せたままのイバラキの目元が、わずかに動いた。


 「ええ。そっくりそのまま、お返しします」


 声はいつも通り淡々としていたが、言いたいことは沢山あると言わんばかりに続ける。


 「連絡が遅いです。何度もお伝えしてますが、相も変わらず、遅いです」


 イバラキは顔を上げ、黒い布の影の下から、切れ長の目でまっすぐこちらを捉えた。


 膝をついたまま小手の留め具を一度だけ押さえ、彼女は続ける。


 「ノクティスが、全て教えてくれました。ガグンという者が最初から怪しかったこと。ずっと、カラスに見られていたこと。帝国に入る際、国境を越える時点で違和感があったこと。そして__」


 その視線が、俺の肩へ移動する。

 今はもうそこにいない、小さな影の定位置へ。


 「だから、ノクティスをずっと影に隠していたこと」


 俺は口を開きかけて、やめた。


 イバラキの目は動かない。


 「気づいていたのなら、さっさと連絡を寄越していればいいものを……そうすれば、こんな事態にはなっていません」


 居た堪れなくなって、川の方へ視線を逸らすと、水の音だけがやけに近く聞こえた。


 「……悪かった」


 イバラキはしばらく俺を見ていたが、やがて短く息を吐き、それ以上は何も言わずに立ち上がると、裾を軽く払った。


 「今回の制限は?」


 声の強さが変わっていた。


 「殺すな。力も、極力見せるな」


 俺が答えると、イバラキの左手が刀の鞘に添えられた。位置を確かめるだけの動き。


 「今回も、緩いですね」

 「……不満か?」

 「いえ」


 彼女の口元が、ほんの少しだけ緩む。


 「その方が、やりやすいだけです」


 そう言ってから、イバラキは周囲を見渡した。


 俺の所々破れた直垂を見て、川辺の石に残る血を見て、空気に薄く漂う魔力の残りを感じて、そして最後に、こちらへ向けられている殺気の放たれている方角へ顔を向ける。


 すべてを確認し終えると、彼女は手を一度、握って開き、準備運動を始める。


 「早く、タマの元へ」


 声が少しだけ低くなる。


 「ノクティスはすでに向かっています。ですが__」


 狂帝の騎士達の方を一瞬だけ見る。


 「急いだ方が、いいでしょう」


 俺は頷いた。


 その時、ドゥールが近づいてきた。相変わらず、土魔法による足取りは軽く音はない。


 手には布に包まれた細長い魔道具が握られている。

 ドゥールは俺の前で足を止め、息を一つ吐くと、何も言わずに魔道具を差し出した。


 差し出された腕には、わずかに力みが視えている。


 「説明は、いらないな」

 「ああ」


 受け取ると、布越しに硬い重みが手のひらに伝わる。


 ドゥールは俺の手元を一度だけ見て、短く頷いた。


 「ここは、俺もイバラキと一緒に抑える」


 イバラキはすぐに頷いた。


 「お願いします」


 ドゥールが少しだけ眉を上げる。


 「……やけに素直だな」

 「お館様を行かせるためです」

 「そうかよ」


 それだけ言うと、ドゥールは道具袋から小さな魔道具を取り出し、親指で表面を弾いた。


 光が一度だけ放たれ、地に広がる。

 イバラキはその光を横目で見てから、今度は敵の方へ身体を向ける。


 俺はアウルの背へ向かった。


 古竜の姿をしたアウルは低く身を沈めており、足元では風が巻き上がって、川と土の匂いが強くなっていた。


 背に手をかけ、片足を乗せ、布に包まれた魔道具を脇へ収める。


 その時、背中に声が届いた。


 「……お館様」


 振り返ると、イバラキがこちらを見ていた。


 黒い裾が風に揺れている。表情はいつも通り静かだったが、目元だけがほんの少し細くなっていた。


 「今度は」


 そこで、言葉が切れる。


 彼女は俺の足元を一度見てから、もう一度こちらを見た。


 「一人で逸れないよう、お願いします」


 俺は苦笑した。


 「善処する」


 イバラキは、わずかに目を細めた。


 それ以上は何も言わず、彼女は一歩下がって左手を鞘へ添える。ドゥールもその隣に立ち、魔道具を構えた。


 二人の背中が、狂帝の騎士たちから俺を引き離す。


 アウルが翼を広げると、風が地面を押し、草が低く伏せた。次の瞬間、身体が空へ持ち上がり、足元の戦場が下へ流れていく。


 イバラキが小さくなっていき、ドゥールの道具袋が腰で揺れているのが見えた。


 俺は前を向き、息を整える。


 風の音が耳を撫で、遠ざかる地面と背後に残した者たちの気配が薄れていく中で、俺はひとつだけを探した。


 タマの氣。


 細いが、確かにある。


 「いた」


 目指す先は一つだった。


 タマのいる場所へ、古竜は風を裂くように進み始めた。


 *


 文字のような幾何学的な線が、空に浮かびかけては散っていた。


 線は結ばれる前に崩れ、文字は文字として意味を持つ前に壊される。


 空間に刻まれようとした”何か”は、完成の一歩手前で潰され、薄い光の欠片になって森の湿った空気へ消えていった。


 カイランが前へ出る。


 ノクティスの影が地面を走り、ガグンに対して陽動の役目を果たす。


 ガグンがノクティスに気を取られた瞬間に、レオンの槍が間合いを詰める。


 タマの風がレオンを守り、ガグンの周りの空気を荒らす。


 誰か一人が押し切る形ではなかった。


 カイランの視線が全体の流れを拾い、身体の動きや呼吸の乱れを見て、短く声を飛ばす。


 「レオン! 引くな! そのまま押し切れ」

 「おう!」

 「ノクティス、そっちは出過ぎだ! 下がれ!」


 地面に伸びていたノクティスの輪郭が小さく揺らぎ、影は言われた通り、一歩だけ後ろへ下がった。


 槍で突くためでも、魔法を叩き込むためでもなく、ただガグンにあれを成立させないために動いている。


 線が結ばれる前に崩し、文字が意味を持つ前に潰し、この場そのものが別の規則へ書き換えられる一瞬を、何度も何度も、ぎりぎりで外していた。


 ガグンは、その見た目からは考えられない速さで位置を変えながら、その連携を余すことなく眺めている。


 楽しそう、それと同時に、実に興味深そうだった。


 「いいぞ、いいぞ」


 彼は片手で軽く手を叩いた。


 この戦場の中で、まるでよくできた稽古を見届ける師のように、目を細めている。


 「お前ら、思ったよりずっと出来がいい。戦士としての価値がある。全員だ。全員、俺の戦士となれ」


 その声には嘲りなどは一切なく、心から褒めている。


 タマが手を前に向けたまま、一歩前に出た。


 「断る」


 向けた手に魔力が流れ、新しい風が生まれる。


 「あなたは、信用できない」


 ガグンの戦士になるための条件を並べたり、質問することもない。


 そのまま、タマの手から風が吹き荒れ、ガグンを襲う。


 ガグンは目を細めた。


 「ほう」


 声に怒気などはなく、むしろ、感心しているようだった。


 「即答か。いい判断だ。だが……理解はしていないな」


 ガグンは近くの岩へ足を掛け、ゆっくりとその上へ立つ。そして軽く杖を掲げ詠唱する。


 「伏せろ。万物よ、我が足元にこそ平伏せーー《不可逆の圏域アン・リバーシブル・ドメイン》」

 

 タマの放った攻撃魔法はすべてを圧し潰す渦に呑まれ、かき消される。


 ガグンは岩に立ち、周囲を見下ろす形になっても、その姿に勝ち誇るような力みはない。ただ言葉を届かせるために、そこへ立っただけのように見える。


 だが、ガグンが息をゆっくりと吐いた瞬間、森の空気が少し変わった。


 「争いはな、個の意思があるから生まれる。価値観が違うから、衝突する」


 ガグンは大人が子供に何かを教える時のように、ゆっくりと諭すように言葉を紡ぐ。


 「ならば、統合すればいい。一つの理、一つの意思、一つの答えに」


 今度は演説でもするように、両手を上げ、空を見上げるようにして、彼は続けた。


 「魔王も、王国も、教会も、公国も全てだ。獣人も、エルフも、人族も全て一つにする。そのための戦士となれ!」


 カイランが低く言った。


 「……そのために、どれだけ滅ぼす」


 ガグンは、「はぁ」と息を吐き、口元を少しだけ上げる。


 「必要な分だけだ」


 今まで見たことがないほど、瞳に色がなくなる。


 「過程で生まれる争いは、滅ぼせばいい。最終的に、争いのない世界が残るのならな」


 タマは手のひらを握り締め、小さく首を振った。


 「力で変えた世界は、力に殺される」


 手は震えているが、タマの声は静かだった。


 「記憶は消えない。奪われた側の怨みも、痛みも、残る」


 タマの視線と、ガグンの視線が交わる。


 ガグンは少しだけ考えるように顎を引き、それから何の重さもない声で返した。


 「ふむ、ならば怨みがなくなるまで滅ぼそう。それならば、怨みは生まれない」


 「出来れば、真剣に話を聞いてほしいんだけど」


 「聞いているさ」


 ガグンは笑った。


 「だが、答えは変わらない」


 そういった瞬間、ガグンの身体が光で覆われる。

 皮膚の上を黄金の装甲が覆い、兜が形を取り、夜空のような外套が重力を無視するように揺れる。


 そして、ガグンを囲むように空間に幾つもの文字が浮かんだ。


 その数は二十四。


 一つずつ意味を持つ刻印が、彼の周囲に浮かび、回り、消えていく。


 手にしていた杖が形を変え、黄金の閃光を放つ長槍となる。


 「俺は、王になりたいわけじゃない」


 《天網の狂帝》の左眼が光り、声が低く響いた。


 「支配者でもない。俺は……規則になる」


 ノクティスの影がざわめいた。

 タマの喉が上下に一度動き、背には冷たい汗が伝う。


 「安心しろ。今は、殺さない」


 ガグンの口角が上がり、肩をすくめた。


 「今日は、遊んでやるだけだ」


 その瞬間、森の空気がわずかに軽くなった。


 ガグンの圧が消えたわけではなく、別の方向から、全く違う力が流れ込んできて、圧を相殺しただけ。


 ガグンが初めてタマから視線を動かす。


 「……ほう」


 木々の間から、一団が姿を現した。


 先頭に立つのは勇者。

 その後ろに、賢者、大魔導士、戦士、武闘家が続いている。


 帝国の勇者パーティー。


 眩いばかりのプラチナブロンドを額の真ん中できっちりと分けた勇者が、ゆっくりと口元を上げる。


 「魔王か……ここまで出張ってきた甲斐がある」


 その視線が、タマたちをなぞった。


 「で? 俺も混ぜてくれるんだろう」


 ガグンは堪えきれずにくつくつと笑った。


 「面白くなってきたな」


 三つの視線が森の中で交わり、三つの価値観が互いを測る。


 帝国勇者パーティー。天網の狂帝。そして、タマたち。


 最初に沈黙を破ったのは、帝国側だった。


 長い青髪を複雑に編み込み、金の髪飾りで留めている賢者が、倒れた”静粛騎士”たちの残骸へ視線を落とした。


 「静粛騎士は、やられたようね」


 知的な眼鏡をかけ、紫がかった髪をきっちりと纏めた大魔導士が、興味の薄い顔で肩をすくめる。


 「……彼等、弱いから」


 兜で顔を覆った戦士は、何も言わなかった。

 ただ、剣に手を置いたまま、周囲へ視線だけを巡らせている。


 勇者がタマへ視線を移した。


 「魔女が見当たらないな」


 タマは一歩、前に出る。


 敵意は感じられない。だが、引く気もなさそうだった。


 「王女殿下はここにはいないよ。私達も王国に帰るところなんだけど、帰してくれない人がいて困ってるの」


 嘘は言っていない。

 けれど、全てを語ってもいない。


 勇者はあまり興味がなさそうに息を吐き、隣の賢者に目を向ける。


 「魔女がいないなら、用はないか」

 「それなら解放してくれる?」


 タマは震えそうな声を抑え、勇者に声をかける。


 「そうはいかないでしょ。帝国に連れて帰るわ」


 賢者が顎を上げ、タマたちを見下ろすように言った。


 レオンが一歩、前に出る。


 「俺らはただの冒険者だぞ。政治的な価値はない」


 賢者は、レオンの言葉ではなく、タマの姿を値踏みするように眺めた。


 「……へえ。でも、いい奴隷として働いてくれそうじゃない?」


 その言葉に、レオンの手がかすかに震えた。

 カイランの眉が、ほんのわずかに動く。


 タマは表情を変えなかった。


 大魔導士の視線が、ノクティスに止まり、それまで眠気で閉じてしまいそうだった目が大きく開かれる。


 「……闇精霊……ほしい」


 間を置かず、勇者が頷いた。


 「いいぞ」


 そのやり取りを、ガグンは楽しそうに眺めていた。


 「はは……なるほど。やはり人族は、どこまで行っても面白い」


 その時、上空の雲が散った。


 圧倒的な魔力が、上から降りてきて、木々の少し上の空間で止まる。

 

 風が唸り、木々がざわめいた。


 《古の竜、アウル=ヴェイル》。


 「……風の古竜……本当に復活してる」


 大魔導士が顔を上げる。

 勇者は、口角を上げた。


 「古竜? いいねぇ……殺し甲斐がある」


 その瞬間、空気が変わった。


 「とんっ」と地に足をつける小さな音がした。


 静かな音だったが、やたらと耳に響く。


 誰もが目の前の敵を忘れ、そちらを見た。


 「すまない、遅くなった。さぁ、帰ろう」


 この場の全ての者が、瞬きすら忘れ、ただその男を見た。


 そこに立っていたのは、ゲドーマルだった。


 *


 間に合った、か。


 俺が足を止めると、森に張りついていた緊張が先程よりも増した。


 誰かが息を呑み、誰かの足がわずかに後ずさる。

 俺に刃を向けている者も、魔力を静かに練っている者も、まだ動かずにこちらの様子を伺っている。


 俺がここへ立っただけで、この場にあった均衡が静かに崩れたのがわかった。


 タマが視線だけをそっと俺に向け、それに対し、俺は小さく頷いた。

 

 タマの張っていた肩がほんのわずかに下がる。

 表情はすぐに戻されたが、目の奥にあった緊張がほぐれたのがわかる。


 周囲の視線が俺に集まっている。

 五人で固まっているのは、帝国の者たちだろう。


 右から男、女、男とも女ともつかない者、男、女。


 ……なんとも派手な連中だ。


 アウルが頭上にいるせいで、月が陰った夜の森の中で、なお目立っている。


 タマの隣にいる銀の鎧の男は、タマが以前、言っていたカイランという教会の騎士だろうか。


 この場にいる全員が俺を観察していた。


 だが、俺は誰も視なかった。もう視る必要もないだろう。


 「すまない、遅くなった。さぁ、帰ろう」


 ただ、それだけを口にする。


 ガグンが楽しそうに笑う。


 「ほう……ようやく来たか。待っていたぞ、ゲドーマル」


 その声を受けて、俺はようやくガグンの方へ目を向けた。


 「ガグン……いや」


 一度、言葉を切る。森の奥で、まだ消えきらない魔力の残滓が揺れていた。


 「天網の狂帝……だったか。それが、お前の真の立場か」


 ガグンは肩をすくめた。


 「呼び方など、どうでもいい。それより__」


 彼が一歩前へ出ると、この場の全員がスッと腰を落とす。


 「お前も、俺に真の姿を見せてみろ」


 「断る」


 鬼になど、なる必要がない。

 俺が何者かを決めるのは、俺だ。


 「ほう?」


 短い返事がよほど面白かったのか、ガグンは目を細め、顔の皺を深くした。


 その横で、帝国の真ん中に立つ、男とも女ともつかない金髪の帝国人が口を開く。


 「おい。お前、何者だ?」


 俺は、視線だけをそちらへ向けた。


 「何者でもない。俺はただ、仲間を迎えに来ただけだ」


 相手は鼻で笑った。


 「逃すと思うのか?」


 俺は静かに息を吐いた。


 「逃がさないと言われても__」


 一歩、土を踏む。


 「押し通るだけだ」


 空気が重さを増す。

 誰も、まだ大きくは動いていない。それでも、全員の呼吸が変わった。


 帝国の金髪は剣の柄に手を添え、青髪の視線は俺の足元へ落ち、紫は魔力の流れを探るように目を細める。武闘家のなりをした女は、指を鳴らし、兜で顔を隠した者は盾を構える。


 レオンの槍先がわずかに動き、カイランはタマと帝国の連中の間に立つ。


 俺は氣を纏った足で地を踏んだ。強く踏みつけたわけではない。


 ただ、草履の底が夜の湿った土を捉えた瞬間、地面の内側が音を出す。


 足元の水気が薄く白い湯気となって広がる。

 細い紫電が根のように走る。草は燃え上がらなかったが、葉の縁が黒く縮み、砂を含んだ土の筋だけが、焼き固められたように硬い艶を残す。


 遅れて、焦げた土の匂いが立った。


 帝国の連中が咄嗟に間合いを取るために後ろに跳ぶなか、ガグンだけはその場に残り、足元に残った艶を楽しそうに見下ろしていた。


 俺はその隙に、肩に掛けていた布に包まれた細長い魔道具を下ろした。


 布の結び目を解くと、濡れた森の空気の中で、金属の光沢が静かに現れる。


 長い銃身は普通の鉄ではなく淡い光を含んでおり、木製の銃床は手に馴染む形をしていた。


 ドゥールが作った、《電磁加速長筒レールガン》。


 俺にはその仕組みのほとんどが理解できなかった。

 

 ただ、教わった通りに構え、教わった通りに指を置くと、指輪から流れた魔力が金属の内側を静かに巡り始めた。


 正直、使いたくはない。

 だが、使わずに済ませるためには、構えるしかない。


 「最初に動いた者を攻撃する。嫌なら、動かないことだ」


 俺は淡々と告げた。


 一瞬、森が静まり返った。

 風の音が遠くなり、湿った土の匂いまで薄くなったように感じる。


 その沈黙の中、アウルが低く鳴いた。

 待ちくたびれたような、早くしろと促すような風が、頭上から吹いてくる。


 俺はその風を合図に、短く言った。


 「集まれ」


 タマが即座に動いた。

 迷わずこちらへ駆け寄り、俺の手を取る。指先は冷えていたが、その握り方には力強さがあった。


 レオンも続き、カイランが周囲を警戒しながら一歩ずつ間合いを詰める。


 ノクティスはいつもの小さな影へ戻り、俺の肩へ乗った。


 タマを見ると、タマは小さく頷いた。


 タマの魔力が解放される。

 足元に魔法陣が生まれ、淡い光が森を照らすと、複雑な線が広がる。


 ”転移魔法”。

 以前、タマが使いたくはないと言っていたものだった。


 けれど彼女は、俺の手を握ったまま目を逸らさなかった。


 ガグンが声を張り上げる。


 「ゲドーマル! 俺の元へ来い! 俺の戦士となれ!」


 「それも断る」


 タマの手に力がこもり、魔法陣の光が一度だけ強くなる。


 足元の土の感触が消えた。

 次の瞬間、俺たちはアウルの背にいた。


 残されたのは、帝国の派手な連中と魔王だけだった。


 *


 「……転移魔法? ……詠唱、なし?」


 大魔導士が呆然と呟いた。

 賢者が息を呑む。


 「何者なの……あいつら……」


 その隣で、勇者は笑った。


 「魔王。これで邪魔者はいなくなったな」


 剣が抜かれ、刃は月明かりを受けながら、森の湿った空気を裂いた。


 「俺と気の済むまでやり合おうぜ」


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