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異世界の鬼神は本日も盃を手放さない  作者: 二筆
第1章 居場所は作られていく
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第1話 斬られた鬼は目を覚ます

 目を開けた瞬間、知らない空が俺を見下ろしていた。

 森の中、この辺りだけ木が少なくひらけている。

 雲が切れ、ほんの一瞬だけ、やけに空気が澄んだ。あの優しい光が俺と地面を照らしていた。


 地面は固く、風は乾いている。

 この地の匂いや、音は、記憶にない。


 不意に、先程のことが脳裏に過ぎる。

 ”茨木の、歯を食いしばった顔”。


 「茨木!」


 上半身を起こし、叫ぶ。

 声が消えれば、また世界の音がなくなる。

 

 辺りを見回すがそこに茨木はいない。

 死の間際にこちらを見ている茨木の目を思い出す。

 

 首元に手を当ててみる。

 そこには、痛みも、違和感もない。


 いつもまとっている濃い墨色の《直垂(ひたたれ)》も破れているところ一つない。

 袖の内側に硬い感触が変わらずあった。見た目よりずっと硬い。薄い鱗状の金属板入りの小手。

 左腰に下げている、太刀《終座(しゅうざ)》も変わりない。

 使い古した徳利も。


 これは参ったな。

 

 最高の片腕(イバラキ)がそばにいないだけで無性に心細い。あいつが俺の直垂に手を入れて、補強してくれた時に文句を言ってしまったことが急激に後悔へと変わる。


 涙が溢れそうになるのを堪える。


 ……どこでしくじったのだろうか。


 癖で懐に手を入れると……割れたはずの盃がいつも通りそこにある。


 「……なぜ?」


 思わず声が漏れる。


 確かに割れた。音も、痛みも、覚えている……なのに、傷一つない。 


 様々な記憶、考え、感情が頭の中を過ぎる。


 それなりに長く生きてきた。

 だが状況が飲み込めない。

 

 混乱で頭が回らなくなる。


 じんわりと()()()()()()()()()()()()()()()が身体中から溢れてくる。


 鬼と化してから付き合ってきた”衝動”。

 血の流れが激しくなる。


 これは不味い。

 

 歯止めが効かない。

 心臓の辺りを強く握る。

 呼吸が早く荒くなってくる。

 

 慌てて腰に巻きつけてある徳利を掴み、酒を注ぐ。

 やけ酒のようにも感じる。


 味はいつもと変わらない。

 それで少しだけ落ち着いた。


 「うわ、懐かしい飲み方」


 声がした。


 白銀の髪の女が少し離れた場所に立っていた。

 異国の旅装に、和の名残が少し混じっている。


 尻尾を揺らし、狐の耳をお辞儀させながら呆れたように金色の目でこちらを見る。


 「玉藻(たまも)……!?」


 思わず声が上ずる。

 

 彼女との記憶__

 

 悪戯な顔で舌を出す顔。

 少し寂しそうな顔でお茶を飲む顔。

 茨木と笑っている顔。


 ……そして、茨木の深刻そうな顔。

 

 __それらが顔を引き攣らせる。

 

 慌てて手で押さえる。


 「……何の用だ?」


 努めて平静を装う。

 情けない顔を見せるわけにはいかない。茨木に何を言われるかわからん。


 「変わんないね、外道丸は。ほんと。その紅い眼も懐かしい」


 *


 「……ほんと、信じられないよね」


 「ついて来て」と言った後、慣れた足取りで進んでいく。

 その古い知り合いの少し後ろをついていくと、しばらくしていきなり話しかけられる。


 「?」


 「殺されたんでしょ、その直後にお酒飲めるとか、どういう感性の持ち主なのよ」

 

 「……」

 

 返す言葉もない。


 「玉藻」


 状況の整理をするため、彼女の名前を呼ぶ。


 「タマ」

 「?」

 「ここではタマ。玉藻とか妖狐とか九尾とか呼ばないで。私は人族のタマ」

 

 周りの景色を見ていて気がつかなかったがタマを見ると、先ほどまで揺れていた銀色の尻尾や狐耳が消えている。

 

 「さっき、見たことない澄んだ光と、異常に大きな力を感じたから……少し臨戦体制になってただけ。この世界では私は人族。今度は絶対に隠し通す」


 この世界?


 空気が変わった。風の流れが、どこかおかしい。重くざらついている。見覚えのない感触……いや、()()()()()()()()だ。


 やはり知らぬ土地だな。

 もしかしたら……黄泉の類か。


 「……来る」


 低く告げたのはタマだ。

 彼女の気配が、一瞬で研ぎ澄まされる。


 木々の影から現れたのは、緑がかった肌の小柄な影。数は十を超える。粗末な武器を手にしているが、動きに無駄がない。


 「ゴブリン」


 タマの声がはっきりと警戒を帯びる。


 ”ごぶりん?”


 「しかも、統率個体がいる。あれはゴブリンジェネラルだよ……なんで、こんな所に」 


 ”ごぶりんじぇねらる?”


 初めて聞く名だ。

 姿形からすれば、(あやかし)の類だろう。

 

 ただ妙だ。

 

 彼らの周りを、漂っているのは、見慣れぬ力の気配。

 俺の棲家の山には存在しない、不思議な力だ。


 タマが半歩だけ、前に出る。

 完全に臨戦体制だ。


 こんな時、茨木がいてくれれば……しかたがない。


 「そんなに急いで敵意を向けるな、タマ」


 彼女の前に立つ。庇うというよりも位置を整えるような動きだ。


 「……外道丸、あれは魔物だよ」


 ”マモノ”? 


 「妖だろう?」


 即座に返した言葉に、タマは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


 当然だな。


 彼女は一人で生きてきた。

 味方でないものを見れば警戒する。

 先に構え、先に斬る。

 それが、()()()()()()()()()()()だ。


 だが、俺は違う。


 鬼となってから長いこと俺は仲間と在った。

 鬼の頭領として群れを率い、言葉を交わし、折り合いをつけてきた。


 だから、


 先ず……話す。


 「……お前たち」


 声をかけると()()()()達がぴたりと動きを止めた。


 一斉に向けられる視線。

 敵意がある。

 警戒もある。


 「?」


 俺は思わず、首を傾げる。

 敵意?

 警戒?

 思っていたのと反応が違う。


 俺を知らないのか?


 まさかな。


 俺を知らぬ妖など存在しないはずだ。


 「用があるなら、聞こう」


 反応はない。


 その事実が、じわりと混乱を呼ぶ。


 熊や猪ならわかる。

 だが、目の前の存在は明らかに理性を持っている。

 それなのに言葉が届かない。 


 「……通じてないよ」


 タマが小さく呟く。


 ”ごぶりん”の中から、前に出た一体は、他よりも大きく、装備も整っている。


 「……ジェネラル」


 タマの声が、わずかに強張る。

 

 ”ごぶりんじぇねらる”は唸るような声をあげ、武器を構えた。

 だが、その腕が震えている。


 「……恐怖はない。従属とも違う?……本能が、拒んでいる……の?」


 タマが呟く。


 「こちらは、通りたいだけだ」


 諦めずに話しかける。


 すると、少しして、


 ”ごぶりんじぇねらる”は背後に向けて短く吠えた。

 それだけで、他のゴブリンたちが一斉に下がる。


 「……仲間を、制した?」


 思わず漏れたタマの声には、驚きが混じっていた。

 森そのものが息を呑んだように静まった。


 ”ごぶりんじゃねらる”ははゆっくりと膝を折った。

 視線を下げ、武器を地に置く。

 

 ”ごぶりん”達が息をのむ。


 空気が止まる。


 続いて、他の”ごぶりん”たちも次々と膝をつく。

 武器が地に触れる音だけが静かに森に鳴り響く。


 「……ウソ、でしょ」


 タマが呆然と呟いた。

 森に静かさが戻る。

 風の吹く音だけが、聞こえる。


 「……通じた」


 タマが信じられないものを見る目で呟く。


 「通してもらえるなら、それでいい」


 タマと”ごぶりん”たちの横を抜ける。

 よくわからないが、結果として道は開いた。

 彼らが何者なのかはわからないが、よしとしよう。


 しばらく歩いてから、タマが小さく息を吐く。


 「ゴブリンジェネラル相手に交渉成立、か」


 皮肉めいた声。


 「さすが鬼の頭領。格が違う、ってやつ?」

 「そうか?」

 「そうだよ」


 タマは苦笑した。

 だがその目には、確かに安堵があった。



 森を抜ける。


 見たことのない平原が広がっている。道の先には大きな壁に囲まれた街が見える。

 

 タマが立ち止まり振り返る。


 「ここ、あなたにとっては異世界。あなたが知っている国も、神も、そのままじゃない。妖もいない」

 「そうか」

 「……驚かないんだ」


 驚いている。


 流石に驚き過ぎて反応出来ないと言える程には驚いている。これは完全に理解の範疇を超えている。


 「あなたもここでは今みたいに角は隠していた方がいいわ。角は魔族と誤解されるから」


 ”マゾク”?


 「……俺はここ百年は角を出してはない」


 心情的には一度も鬼になったつもりはない。外見も中身も人として生きているつもりだ。どれだけ時が流れようとも茨木のように開き直ることができない。


 不意に金属の小さな輪っかをヒョイっと投げられる。


 避ける。


 「ちょっ、なんで避けるの?」

 「?」

 「信じられない!」


 と、それを自分で拾うタマ、そして、それを今度は投げずに差し出す。


 「これは?」

 「指輪。指にはめておいて」


 タマから受け取り、なんとなく利き腕ではない左手の指に合わせていく。


 「ちょっと! 薬指は流石にダメ!」


 相変わらず注文の多い狐だ。


 どの指にするか迷っていると、


 「貸して!」とユビワ?を奪われ、じっと俺の手を見たあと、決断するように右手の薬指にはめる。

 不思議な力の流れが視える、とても小さな石が埋め込まれている。


 「まぁ、いっか、これで」

 「よくわからん」

 「そのうち、私に感謝することになるわ。とりあえず、遅くなる前に門まで行かないと。入れなくなっちゃう」

 「あの城壁の向こう側へ行くのか?」

 「案内するわ」


 タマが振り返り、微笑んだ。

 狐の偽りの笑みではない。どこか懐かしい、あの頃のような笑顔だった。


 「レグナ王国、王都リュシアよ。異世界へようこそ、外道丸」


*ここまで読んでくださってありがとうございます。

 この卓は、まだ揃っていません。

 でも、少しずつ巡り始めました。

 次話もお付き合い頂けたら幸いです。

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