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異世界の鬼神は本日も盃を手放さない  作者: 二筆
第1章 居場所は作られていく
11/12

第10話 夜を告げる鉄の音

 川辺、事後。

 川のせせらぎだけが、やけに大きく聞こえていた。


 タマは膝をつき倒れている二人の冒険者に手をかざしている。


 ラグス。

 セイン。


 さっきまで死線の向こう側にいた男たちだ。淡い光が彼女の指先から優しく広がり二人の身体を包んでいく。


 しばらくして、ラグスが小さく息を吸い、セインが小さく呻き声を上げた。


 命に別状はない。


 だが、目は開いていても焦点が合っていない。呼びかければ反応はあるが言葉は途切れ途切れで現実に戻りきれていない。


 レオンが一歩近づき状態を確かめるように話しかける。短く必要なことだけを確認する。それ以上は、踏み込まなかった。


 「……いい。ここまでだ」


 はっきりした声。


 「無理に聞けば、かえって危険だ。後は正式な場でだな」


 それだけ告げてレオンは一歩下がった。門番責任者としての判断。現場を預かる者の仕事だった。


 少し離れた場所で、二人の男が向き合っている。

 アウレオンとドゥール。


 言葉はここまで届かない。だが、空気は重い。

 互いに視線を外さず昔から知っている者同士にしか分からない距離感で立っている。


 敵意とも後悔とも違う。もっと根の深い何かだ。

 話に納得をしたのか、頷き、こちらを見ることもなく去っていくアウレオン。


 俺はその場をそっと離れ川辺へ向かい、布を一枚取り出し水に浸す。

 冷たい流れが指先を撫でる。 

 血と土を拭う。


 濡らした布を顔に当てた、そのときだった。


 鎧の音が複数聞こえる。しかも、揃っている。


 砂利を踏む足音が重なり川辺の空気が静かに張り詰める。私的な空間が否応なく終わらせられる感覚。

 顔を上げるとそこにいたのは、


 近衛騎士団。


 隊列を崩さず進み、自然と場を制圧する動き。戦うために来た者たちの歩き方だ。


 その先頭に立つ男、”ヴァルクス・エーベルハルト”は川辺を一望するとほんの一瞬だけ目を細めた。彼が立った瞬間、川辺はせせらぎが聞こえる場所ではなくなった。


 戦は終わっている。

 だが話はこれからだ。


 彼は言葉を発さないまま現場を歩いた。倒れ伏す魔物の死骸。抉られた地面。焦げ、裂け、踏み荒らされた痕。

 魔族の姿はない。


 それを確認すると、ヴァルクスは足を止めた。情報が足りない。だが、それ以上をこの場で拾えるとも思っていない顔だった。


 「……状況報告を」


 短い一言。

 レオンが一歩前に出る。


 「魔物の群れに冒険者が遭遇。交戦中、魔族2名が介入。その後、魔族は撤退。魔物は全て討伐済みです」


 簡潔で余計な感情がない。現場責任者として必要なことだけを並べている。


 「生存者は?」

 「冒険者5名。うち二名は負傷が重く現在回復中」


 ヴァルクスは頷いた。それ以上、冒険者に視線を向けることはない。きっちりと境界線が、引かれているのだろう。

 

 「よろしい」


 ヴァルクスは淡々と告げた。


 「現場は第3団が引き継ぐ。冒険者は直ちに離脱せよ」


 理由の説明は簡潔だった。


 「魔道具使用の痕跡がある。現場保持が必要だ。これ以上、()()()を関わらせる必要はない」


 冷静で揺るぎがない。だが、そこに含まれるもうひとつの理由を感じる。


 ドゥールがいる。


 ヴァルクスはドゥールを一度だけ見た。視線は短く、だが十分だった。


 「……門番責任者レオン」


 名を呼ばれ、レオンの背筋が伸びる。


 「貴様は残れ」


 レオンは一瞬だけ俺たちを見た。言葉はない。だが、その目ですべてを伝えた。ここからは公の場だ。レオンは頷き、その場に留まった。残された冒険者たちには、次の言葉が向けられる。


 「帰れ」


 ラグスとセインはまだ自力で歩けない。意識はあるが視線は定まらず、現実に戻りきれていない。

 俺は何も言わず、ラグスを背負った。鎧の重みがずしりと肩に乗る。


 決して喋ってはいけない。


 タマから納得はしてなくても絶対に喋るな……そういった視線を感じる。

 ドゥールも俺と同じようにセインを担ぐ。無言の作業だった。

 タマが後ろから支える。歩調を合わせ倒れないように。


 川辺を離れる。


 背後で第3団が動き始める音がした。


 号令。足音。

 金属が触れ合う硬い音。


 道の先に王都の城壁が見える。

 夕暮れの中で静かにそびえていた。


 *


 川辺、少し離れた場所。


 近衛騎士団の列の中にリラがいた。

 剣は抜いていない。ただ立っている。


 彼女の視線は去っていく冒険者たち……ゲドーマルに向けられていた。


 リラの手がわずかに震えた。それをギュッと強く握りしめ、止める。視線だけは逸らさなかった。やがて、冒険者たちの姿は川辺から消えた。


 リラは最後まで見送った。


 *


 王都の門がゆっくりと開いた。


 夕暮れの光が城壁の影を長く引き伸ばしている。門番たちは事情を察すると、すぐに動いた。


 「俺たちが運ぶ。教会だな?」


 ラグスとセインは返事をする余力もない。門番たちは慣れた手つきで二人を背負い歩き出した。タマが一緒に行く。


 「お願いします。二人ともまだ意識が追いついてなくて」

 「任せろ」


 短いやり取り。それだけで十分だった。そこで足を止める。ここから先は、別だ。


 「……ギルドへ行く」


 ドゥールが頷く。


 「俺もだ。報告は俺がしよう。その方がスムーズに話が進む」


 タマは一瞬だけこちらを見る。

 自分の腕をさすりながら言う。


 「終わったら、宿でね」

 「ああ」


 それだけだった。

 別行動。

 

 俺とドゥールは、街道を進む。

 王都の中は人が多い。だが、二人の間に会話はなかった。

 しばらく歩いてからドゥールが口を開く。


 「王都を出るんじゃなかったのか?」

 「……そのつもり……だった。いや、まだその予定だ。落ち着いたら別の街へ行く。ここは少し騒がしすぎる」

 「その方がいいだろうな……しかし、魔族ってのはしつこいからな。気をつけろ」

 「ああ、気をつける」


 少し間をあけてドゥールが意を決したように、


 「指輪のことだが」


 視線を前に向けたまま聞く。


 「絶対の力じゃない。極大魔法には……通じない。下手をすればそのまま飲みこまれる。そもそも生活魔法の域を出てはいない。目的が違う」


 重い忠告だった。軽く言っているが、本気だ。


 「過信するな」

 「……分かっている」


 指輪の力。助けられる場面は確かに多い。だが、それが万能だと思ったことはない。頼るのではなく隣に置いているだけだ。借り物の力はどこまでいっても借り物だ。


 「それでも……使う時は使う」

 「だろうな」


 ドゥールは苦笑した。


 「だから言った。信じるな、じゃない。思い込むな、だ」


 その言葉は胸に残った。


 思い込むな、か。


 *


 教会。


 門をくぐると空気が変わる。静かで温かい。

 ラグスとセインは寝台に運ばれ、タマはその傍についた。


 「ほら、深呼吸。大丈夫、助かったよ」


 回復魔法を流し込む。柔らかく押し付けないように。

 ラグスが、かすかに笑った。


 「……助かった」

 「当たり前でしょ。借りは利子つけて返してもらうから」


 セインが、ぼんやりと目を開ける。


 「……怖かった。……絶対死んだと思ったっす」

 「うん」


 タマは否定しない。


 「でも、もう終わった。今は、ここ。もう大丈夫」


 二人の呼吸が少しずつ整っていく。

 そこへ足音。


 「へえ……冒険者か」


 部屋の扉が静かに開き、聖騎士の白と金のマントがふわりと揺れる。右腰には長剣、左腰に短剣。小型の盾が背に収まる。

 

 「随分と器用だな。回復、綺麗だ」


 体格は良く、赤茶色で短めの髪。

 歳は30前後に見える。


 「俺はカイラン・ブランク……いや、名前はどうでもいいか」


 深い青の瞳が穏やかに微笑む。 

 鎧は銀を基調に胸元と肩に教会の紋章。

 部屋の灯りを反射している。 

 

 「仕事ですから」

 「安心していい。ここに運ばれた奴はちゃんと生きて帰る。今、治癒師だけではなくて、聖療師も向かってる」


 歩き方は堂々として、しかし無駄がない。動作ひとつで信頼を感じさせる。

 

 タマは少しだけ肩の力を抜いた。


 「ありがとう」


 冗談めいた会話が続く。場の空気がわずかに緩む。

 それでもタマの意識の片隅には別の場所があった。


 王都のどこかを歩く、あの背中。

 今、何を考えているのか。


 教会は温かい。けれど、外はまだ冷たい。

 タマは、回復の手を止めずに静かに息を整えた。


 *


 冒険者ギルド


 王都の冒険者ギルドはいつも通りの喧騒を保っていた。掲示板の前で依頼を眺める者、酒場側で笑う者、受付で口論する者。

 

 ドゥールは受付を素通りし、迷いなく奥へ進む。

 俺はその後ろを歩いた。


 リーネも特に声を掛けたりはしない。

 ギルドマスターの部屋の扉をノックもなく開くドゥール。


 「どうだった?」


 ギルドマスターは、椅子から立ち上がることなく言った。視線はまずドゥールへ、次に俺へと流れる。


 「……その顔。厄介事を持ち込んだな」

 「否定はしないな」


 ドゥールは短く答え、すぐに本題に入った。


 「王都南、川沿い街道。魔族が関与している。北に近衛騎士団を誘き寄せたのも魔族だ。名前はミルザ。元ここの職員だな。それと魔道具士ヤグ。Bランク相当の魔物を魔道具で使役していた」


 ギルドマスターの表情が、わずかに硬くなる。


 「使役、だと?」

 「正確には支配に近い。行動を上書きするタイプだ」


 ドゥールは淡々と続ける。


 「現時点では限界も見えた。高ランク魔物には通じない。数にも上限がある……今のところ、俺の見立てではな」

 「……今のところ、か」

 「断定は出来ない。魔力を非常識な量で注ぎ込めば、話は変わる」


 あの笑い声が、それを否定していなかった。


 「魔族案件だな」


 ギルドマスターは、重く息を吐く。


 「冒険者ギルドとしては近衛騎士団に情報を流すまでだ。手出しはしない。これは線引きの問題だ」


 ドゥールは頷いた。


 「わかってる。だから報告に来た。中途半端に手を出すな。正直、これはSランクでも厳しい」


 そして、ギルドマスターの視線が俺に向く。


 「……また、お前だな。魔族には、近づくんじゃないぞ」


 それは命令でも脅しでもなく、ただの現実的な判断だった。


 「今回の件は、運が良かっただけだ。次も同じとは限らん」


 俺は静かに頷く。


 「……分かった」


 ギルドマスターはそれ以上深追いしなかった。


 「今日はそれでいい。戻れ。休め」


 ドゥールは軽く頭を下げ、踵を返す。俺もそれに続いた。

 ギルドを出る直前、背中に視線を感じた。評価か、警戒か、あるいはその両方か。


 外の空は、すでに夕暮れに染まり始めていた。


 *


 日が落ちきる直前、宿の窓から見える空は赤黒く濁っていた。夕焼けというより熱の残り香のような色だ。部屋の片隅で、川辺で使った手縫いの布を丁寧に水を替えながら絞る。血と土の匂いが、まだ指に残っている。

 

 タマはまだ戻らない。


 教会に向かったきりだ。ラグスとセインの治療に時間がかかっているのだろう。

 

 胸の奥で小さな引っかかりが消えずにいた。


 そのとき、


 コン、コン。


 部屋の扉が叩かれた。控えめだがためらいのない音。

 俺は布を机の上に置き、静かに立ち上がった。


 扉を開けた瞬間、空気が変わった。視界に飛び込むリラの鋭い視線と赤いマントの(すそ)。その後ろに、一緒に食事に行った二人。

 一人は、重厚な鎧をまとった騎士、ガルム。肩から赤い縁取りのマントが流れる。槍を片手に立っている。

 もう一人、エルネストは、杖を軽く持ち巻物や小さな魔道具を帯にぶら下げている。肩には小さな赤い肩掛け。

 

 三人とも表情が硬い。


 「……どうした」


 俺がそう言うと、リラは小さく頷いた。


 「大事な話があるの」

 

 それだけだった。

 

 部屋に入る気配はない。

 視線も部屋の中を探ろうとしない。

 

 だが、それで十分だった。

 

 近衛騎士二人の立ち位置と間合いが、それを告げていた。


 「……場所を変えたい」


 リラが、そう言った。


 「……少し、待ってくれ」


 俺は部屋に戻ると、腰の太刀《終座》を壁際に立てかけ、代わりに立てかけていた金棒を手に取る。

 

 ずしりとした重み。

 手に馴染んだ感触。

 そのまま、机の前に立つ。

 紙を一枚取り出し、机の上に置く。

 

 白いまま。


 扉の前に戻る。

 リラは、ほんの一瞬だけ目を伏せ扉から出ていく。

 それが答えだった。


 俺は入口に掛かっている外套を手に取り、肩に掛ける。

 無意識に部屋を見回し、タマの荷物に目が止まる。


 戻るまでには、終わらせる……は、流石に無理か。


 宿を出る。


 城壁を抜け、街道を外れ、さらに歩く。

 足音は三つ。

 後ろは取られないが囲まれている。


 やがて、視界が一気に開けた。


 月明かりに照らされた、なだらかな草原。

 遮るものはなく、隠れる場所もない。

 ここなら、三人は遠慮なく動ける。

 リラが足を止め、振り返る。


 「……ここでいいわ」


 俺も立ち止まり静かに息を整える。


 「話は?」


 問いは短い。


 リラはすぐには答える代わりに、剣の柄に手を置く。

 その仕草だけで、十分だった。


 夜風が草を揺らし、雲間から月が姿を現す。


 *


 夕暮れの王都の街を、カイランの軽やかな足取りに合わせて歩くタマ。笑い声と軽口が交わされる。


 「それにしても、王都の空も悪くないね」

 

 カイランは肩を揺らしながら笑う。

 

 「……でも今日は少し不穏な空気じゃない?」

 

 タマは街のざわめきに視線を走せる。

 

 「ふふ、それでも君は笑ってるんだな」

 「……それが私のやり方だから」

 

 腕を摩りながら口角を上げるように、微笑むタマ。 


 「今度、お茶でもどう?」


 宿の入口に着くとカイランが聞いてくる。

 柔らかい視線を返す。


 「……残念、軽い女じゃないの」


 はっきりと、しかし柔らかく断る。カイランは肩を落とし、残念そうに去っていった。

 

 一人になると、空気が急に冷たくなる。

 

 「何か用?」


 振り返るとアウレオンが立っていた。

 彼の視線は真剣そのものだ。


 「彼が王都の門から外に出ていった。近衛騎士の隊長と一緒だ。武器を装備していた」


 その言葉に、タマの胸がぎゅっと締め付けられる。

 慌てて宿屋の自分の部屋へ駆け込む。


 真っ先に目に入るのは、壁際に立てかけられた《終座》。

 

 机の上に置かれた手縫いの布と、真っ白な紙を見つける。

 

 布に手を伸ばす指先が、わずかに震える。

 濡れた布の端をそっと触れる。

 

 《終座》に手をかけ、置き手紙を見つめる。

 布の質感、湿った感触、僅かな血の匂い、そして、冷たい金属の感触。


 「……真っ白じゃわからない」


 タマの声が震える。 


 「置き手紙なら、何か書きなさいよ……バカ」

 

 外に出るしかない。


 扉を開けると、もう薄暗かった。

 アウレオンはタマを確認すると、何も言わず街の方へ歩き出す。

 彼の視線の先に何があるかは言わない。


 タマは、暗くなり始めた王都の門に向かって走り出す。



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