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異世界の鬼神は本日も盃を手放さない  作者: 二筆
第1章 居場所は作られていく
10/12

第9話 鬼に金棒

 夜の宿屋は、昼よりも音がさらに少ない。

 窓の向こうでは、光が滲み壁の境界を曖昧にしている。

 

 空気を入れ替える。

 

 窓を開くと、静かな空気が部屋に入って来る。外を眺めると、王都が眠りにつこうとしている。


 卓の向かいに座るタマを見ていた。湯上がりの髪はまだ少し湿っていて、白銀が灯りを反射している。だが、その表情は緩んでいなかった。


 「……ねえ、ゲドーマル」


 タマは、はっきりと口にした。


 「王都を離れたい」

 

 言葉を選んだ気配はない。決めてきた声だった。


 「これ以上、関わりたくないの」


 指先が、卓の木目をなぞる。無意識の癖だ。警戒している時の。


 「近衛騎士団も、魔族も、ギルドも、ハイエルフも__」


 俺の目を見る。


 「全部、きな臭い」

 

 手をギュッと握りしめる。


 「何かが動いてる。もう動き始めてる。ここにいると、巻き込まれる」


 盃に口をつけかけて、やめた。

 少し、考える。


 王都を出る。

 それは、安全な選択だ。

 理に適っている。


 何かが動いている。なんなのかはさっぱりだが、巻き込まれれば恐らく逃げ切るのが難しくなる。俺もタマも経験として知っている。


 だが__


 いや、


 「……分かった」


 答えは短かった。

 

 タマの目が、わずかに見開かれる。

 残りたいと、説得される覚悟をしていたのだろう。


 「いいの? 王都での生活を気に入っているように見えるけど」

 「お前がそう言うなら」


 そう言って、盃を置く。


 「しばらくはお前の後ろを歩く。そういう約束だ」

 「……そうだけど」

 「前に出るのは、お前でいい。後ろは任せろ」


 タマは一瞬きょとんとし、それから小さく息を吐いた。

 緊張が、ほんの少しだけ抜ける。


 「……変なの」

 「そうか?」

 「普通、逆でしょ」


 肩をすくめる。


 「前は見慣れている。後ろは、まだ慣れていないだけだ」


 それは半分だけ本音だ。


 「明日にでも、この街で知り合ったもの達に、報告くらいはしよう」

 「……うん、ありがとう」


 緊張していたのだろう。

 タマの肩から、力の抜けるのが見えた。

 

 それを視て俺は自分の思いを飲み込む。


 * 


 王都の朝は、忙しい。

 馬車の音、人の呼び声、金属の擦れる音。昨日までと変わらないはずなのに、今日はどこか遠く感じた。


 ドゥールの工房は、相変わらず静かだった。

 魔導炉の低い唸りと、金属の匂い。整理された作業台。

 

 ドゥールは、俺とタマの顔を見るなり、察したように目を細めた。


 「……何か決断した目だな」

 「うん。王都を離れる」


 タマがそう言うと、ドゥールは一度だけ頷いた。理由は聞かない。聞く必要もない。入れ替わりの多い街だ。

 

 彼は少し考え込み、棚の奥から小さな箱を取り出した。今度は投げない。中に入っていたのは、落ち着いた黒色の指輪だった。装飾はほとんどない。実用一点張りの造り。


 「空いている指につけろ」


 指輪を受け取り、視線を落とす。


 「これは?」

 「魔力共鳴と、熱変換の補助」


 ドゥールは淡々と説明する。


 「お前の小指の火魔法指輪と連動する。魔力を直接“燃やす”んじゃない。魔力を一度、熱エネルギーとして安定させてから放出する」


 指輪を軽く叩く。


 「共鳴状態になると、発動が速くなる。暴発もしにくい。無駄な魔力の消費も減る」


 タマが目を瞬かせた。


 「……新しい魔法じゃないの? 水とか、土とか、風とか、なんなら光とか闇とか」

 

 「違う」


 ドゥールは即答した。


 「今ある力を、同じ結果で何度でも使えるようにするだけだ。魔力の流れを安定させ易くなる」


 少しだけ俺の口角が上がる。


 「それは、素晴らしい。魔力というのはどうも慣れなくて扱いに苦労しているところだ」

 

 「戦場で“再現できない力”は信用できない」


 職人の言葉だった。


 指輪を右手に取り、左の指の方へ__

 

 行く前にタマに腕を掴まれる。

 目が冷めている。


 「このやり取り、毎回必要?」

 「……」


 指輪を右手の親指にはめると、小指の火魔法指輪がわずかに温度を持った。

 

 音も光もないが、ただ噛み合った感覚だけがある。


 「……ありがとう。助かる」

 「礼はいらん」


 ドゥールは背を向け作業台に戻ろうとするが、

 

 ふと、


 止まった。


 「アウレオンのことは……許してやってくれ」


 その声はこれまでになく弱々しかった。

 俺とタマが同時に振り向く。


 「ギルドマスターに聞いた。少し、いざこざがあったんだろう」

 「あのエルフと知り合いなのか?」

 「……昔、付き合いがあった」


 それだけ言って、ドゥールは続けた。


 「エルフの国の元王子だ。英雄だった時代もある」


 タマが息を呑む。


 「今は……魔王への復讐しか見ていないが……」


 短い言葉。

 

 だが、その背中から伝わってくるものは重かった。

 ドゥールはただの魔道具師ではない。彼から滲み出ている雰囲気が、それを教えてくれる。世界の裏側を知り、そこに一度、深く足を踏み入れた人間なのかもしれない。


 「行け」


 ドゥールは振り返らずに、そう言った。


 「生きて、たまには顔を出せ。今度は一緒に酒を飲もう」


 工房を出た時、王都の音が一気に押し寄せた。

 だが右手には、確かな重みが残っていた。


 *


 冒険者ギルドの扉を開いた瞬間、空気が違うと分かった。

 ざわめきが、いつもの喧騒とは違う。

 

 声はあるのに笑いがない。

 視線が落ち着かず足音がせわしない。


 何かが起きている。


 受付のリーネの元に向かおうとした、その前に。


 「……タマさん、ゲドーマルさん。少し、いいですか」


 リーネがこちらを見つけて歩み寄ってきた。声は小さく周囲を気にしているのが分かる。奥へ促され、簡易の仕切りの陰に入る。リーネは短く息を吸い、声は落とす。


 「いつも一緒に話してる二人見てませんか? ラグスさんとセインさん」


 ラグスーーCランク。

 セインーーDランク。


 いつも俺に、王都のことを教えてくれる二人。


 「あの二人がどうかしたの?」


 タマがそう答えると、リーネは一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せた。


 「……二人と連絡が取れません」

 「どういうこと? 状況は?」


 リーネは続ける。

 

 王都南の川沿いの街道。行商人の隣町までの日帰り護衛依頼。CとDの二人でも、経験豊富なラグスがいれば特に問題のない依頼。

 

 だが戻ってきたのは、


 行商人だけ。

 逃げ帰ってきた行商人は震えながらこう言ったらしい。


 襲ってきたのは強力な魔物だった。


 「もう近衛騎士団には連絡してあります」


 そこでリーネは周りを確認した。


 「でも……魔族の目撃情報が出て」


 タマの指がわずかに強張る。


 「それで、第3団は王都北に出払ってます」

 「高ランク冒険者は? AランクとかBランクなら何パーティーかいるでしょう?」

 

 「……今日に限って高ランク魔物の討伐依頼、貴族の護衛依頼、ダンジョン調査などで、全員出払っているんです。残っているのは、Cランク以下の冒険者達のみです。ベテランCランクのラグスさんが戻ってきてない現状の中で、Cランクには荷が重すぎるとの、ギルドマスターの判断です」


 偶然。

 

 そう呼ぶには、重なりすぎている。

 タマは即座に口を開いた。


 「……行きたくない。巻き込まれたくない。きな臭い」


 はっきりとした声だった。


 「私たち、王都を出るはずだった……」


 束の間の沈黙。


 「でも……行こう」


 リーネが目を見開き、息を呑む。


 「タマさん?」


 タマは俺を見る。


 「理由は、合理的じゃない」


 一度、言葉を切る。


 「でも……私が憧れたのは……仲間を見捨てない存在だった」


 タマの声は静かだったが、揺れていた。

 そして俺の目を見る。


 「そんな……仲間に囲まれて生きる人に……私はずっと憧れてた」


 視線を落とす。


 「……私は、ずっと一人だったから」


 何も言えなかった。

 

 タマは胸に手を置き、心の奥に秘めてきたものを吐き出す。

 

 「行こう」


 タマがはっきりと言う。


 「この街でできた仲間を迎えに」

 「待ってください!」


 リーネが前に出る。


 「二人ともランクが低い。危険です! 近衛騎士団の到着を待つべきです!」


 それが正しい判断だった。間違いなく。


 それでも、

 

 俺たちは静かに一歩踏み出した。


 *


 王都南。

 大きく広い川沿いの街道に近づいた瞬間、嫌な予感は確信に変わった。

 

 「あそこだ!」


 門番責任者のレオンだ。槍を持つ手に力を入れる。王都を出る際に事情を話すと一緒に来てくれた。


 川辺は荒れていた。草は踏み荒らされ、地面には焦げ跡と魔法が走った痕が残っている。戦闘があったのは、間違いない。

 

 そして、


 倒れている二人。


 「ラグス……セイン……」


 タマが、思わず名前を漏らす。


 冒険者ギルドで、軽口を叩いていた、あの二人だった。

 Cランクのラグスと、Dランクのセイン。強そうな魔物数体の亡骸と共に倒れている。


 急いで近づくと、息はある。

 だが意識はない。


 その少し先に、立っている男がいた。


 《緑災(りょくさい)》アウレオン。


 細身の剣を下げ、こちらを見ている。

 だが、その目は何も語らない。

 ただただ、周りの空気を止めてしまうような気配を醸し出している。


 「おい」


 最初に口を開いたのは、レオンだった。


 「何があった? お前がやったのか、冒険者アウレオン」


 門番責任者としての声。確認と警告を兼ねた問い。


 アウレオンは、答えない。

 代わりに……静かに、剣を抜いた。

 切っ先がこちらを向く。


 俺か。


 レオンが即座に動く。槍を構え、一歩前へ。


 「待て。説明もなく刃を向けるなら__」


 言葉は最後まで続かなかった。

 アウレオンが小さく何かをつぶやくと、地面がうねった。土の中から伸びる蔦と根が、蛇のように跳ね上がる。


 早い。


 これでは魔法の成立を邪魔できない。


 レオンの足元を絡め取り、瞬時に拘束する。


 「くっ……!」

 「レオンさん!」


 タマが息を呑む。


 ほんの僅かな時間だけ、


 思考する。

  

 そして、タマは右手を横に伸ばす。


 彼女の魔力が動いた。

 

 彼女の魔力を制御する魔道具が悲鳴を上げるようにキーンと音を発する。

 

 詠唱はなし。

 

 無理やり魔力を練り上げていく。

 空間がわずかに歪み、空気も重くなる。


 アウレオンが何かを感じ取り、初めてタマに対して警戒をみせる。レオンが魔力の異常な流れに対して、驚きを隠せないでいる。


 「……あくまで邪魔するつもりなのね?」


 覚悟を決めた顔。


 「もういい……全て終わらせる。色々諸々全部終わらせてやる」


 ”次元魔法”。


 これは__


 だいぶ、頭にきてるな。もはや八つ当たりにも近い。このところ連続で起きた問題の責任を全てアウレオンに押し付けるつもりだな。

 

 大鎌を呼び出す準備。

 ”伝説の(あやかし)、妖狐”の本気の、一歩手前。


 だが、


 「タマ」


 俺は、一歩前に出た。


 「待て」


 彼女は、はっとしてこちらを見る。


 「アレを出してくれ」


 短くはっきりと言う。

 

 一瞬迷うタマ。


 そして、


 次元魔法の構成を切り替えた。

 空間が崩れる。


 現れたのは、”金棒”だった。

 

 装飾のない実用一点張りの鉄塊。重く、鈍く、禍々しいほどに静かで、懐かしい存在。


 それに手を伸ばす。


 「金棒……?」


 レオンが思わず呟く。

 俺は金棒を軽く握り、肩に担いだ。 


 「鬼に金棒だ」


 金棒の重みが身体の奥に眠っていた”何か”を揺り起こす気がした。

 久しく忘れていた血の匂いを思い出す。


 気分のいいものではない。


 だが、


 俺は、丹田に力を入れて、()を練り上げる。

 稲妻に近い鋭く青い光が、俺の周りをバリバリと響きながら、空間を自由に跳び回る。


 タマが”プラズマ”と呼んだ現象。


 アウレオンも、剣を構え直す。


 言葉は要らない。


 空気が止まる。

 音が消える。

 

 そして、動く。


 剣と金棒が、正面からぶつかった。乾いた金属音が、川辺に響く。

 

 アウレオンの剣は速い。そして正確だった。


 だが俺は、一歩も引かない。

 打ち下ろし、受け、返す。技と力だけで、押し切る。

 

 アウレオンが小さく呟き、自然魔法を発動する。茎が伸び、地面の根がうねる。


 好きにはさせない。


 俺の小指と親指の指輪が光る。

 火が出るわけではない。そこまでの火力は必要ない。ただ、空気が熱を帯び、自然魔法の流れが微かに揺れる。

 

 茎は伸びかけて止まり、根は硬直する。


 「!?」


 驚愕するアウレオン。

  

 「今度は何をした?」

 「生活の知恵魔法……だな。ドゥールのおかげで熱を扱い易くなった」


 タマは驚き、そして少し笑い。


 「……ゲドーマル曰く、熱で水、土、風の魔力の流れを乱している。それだけよ」


 レオンは、目を見開いていた。


 「理解できん……これが低ランク冒険者、だと? 魔力も平凡なはずなのに。桁外れの怪力……魔法の使い方も見たことがない」


 その背後で、タマが詠唱を開始する。

 

 短く確実な構成。

 風が走り、刃となる。

 

 レオンを縛っていた蔦と根が、次々と断ち切られた。


 「助かった……!」


 レオンが体勢を立て直す。視線が、交錯する。

 アウレオンの目的は、まだ見えない。

 

 だが、


 こいつがラグス達を襲うとは思えない。

 

 理由がなさすぎる。


 本来の力はこんなものではないだろう。迷いがあるのかもしれない。


 突如として、川辺の空気が変わった。

 新しい気配が増える。


 風が止み鳥の声が消える。

 代わりに地面を踏みしめる重い音が響いてきた。

 一つではなく複数ある。


 「おい! 何か、来るぞ」


 レオンが低く告げる。

 川向こうの木立が揺れ、姿を現したのは……魔物の群れだった。

 

 先頭に立つのは、デカい人型の魔物。建物の屋根を越えるほどの体躯。筋肉の塊。その背後にも、かなり強そうな魔物が何体も続く。


 数が多いな。


 「ハイオーガ? こんな場所に……? しかも、統率が取れている」


 レオンが息を呑む。

 普段この地域に出没するはずがない高レベルの魔物。そうでなければ、俺らのような低ランク冒険者が薬草採取など行けるわけもない。

 

 これは異常だ。


 「考える時間はない! 来るぞ」


 アウレオンが剣を構え直す。

 四人は、即座に動いた。陣形も、相談もない。

 

 だが、それぞれが役割を理解していた。

 

 レオンが前に出て、注意を引く。

 タマは後方。短剣を片手に、索敵と補助に徹する。

 アウレオンの剣が走る。自然魔法を絡めた、正確無比な一撃。

 俺は金棒を振るい、間合いを支配する。踏み込み、叩き、弾く。派手な技はない。


 しかし、魔物の数が多い。


 「ぐっ……!」


 レオンが弾き飛ばされる。


 「レオさん!」

 「問題ない! 続けろ!」


 声は張っているが、息が荒い。

 

 だが、


 視ていて気づいたことがある。

 魔物は魔力を体内で循環させ強化に使っている。喋らない分、魔力信号で連携を取っている。

 

 ドゥールの指輪を発動させる。

 

 周囲の魔力流を微細な熱に変えて流す。途端に動きが悪くなる魔物達。群れの統率、反応が悪くなる。動きが微妙にズレてる。


 「また……何かやったな。今度は私の魔法を邪魔してくれるなよ」


 アウレオンが魔物を切り裂きながら、こちらに目をやる。

 詠唱を開始する。

 直後に魔力を帯びた木々が生まれ、成長し、小さな森が生まれる。そのまま、木々が魔物に攻撃を開始する。


 息が上がる。

 腕は痺れる。


 長い戦いだった。

 

 最後のハイオーガが、地に崩れ落ちる。

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 

 おかしい。

 

 全員の顔に、同じものが浮かんだ。


 その重い沈黙を軽い笑い声が破った。


 「いやぁ、やっぱり面白いね」


 姿を現したのは、魔族ミルザだった。

 余裕の笑み。

 

 その体躯は威圧感に満ち、一歩踏み出すごとに周囲の空気が重く圧し潰されていく。戦士としての剥き出しの闘志が、陽炎のように彼の輪郭を揺らしていた。


 その半歩後ろ、影に同化するようにして佇む、


 もう1人の魔族。


 ミルザよりわずかに背が高いものの、その体躯は驚くほど細身で無駄がない。 濃紺の髪が川辺の湿った風に揺れて肩にかかる。

 

 灰色が混ざったような紫の瞳で、静かに戦場を俯瞰している。


 黒を基調とした長衣は装飾を排したストイックな造りながら、どこか儀式的な不気味さがある。 手には、魔力を秘めた青い触媒が微かに光を放っている。


 気配からミルザよりも上の立場だろう。

 猛々しい”剛”のミルザと、底の知れない”静”の魔族。

 

 アウレオンの殺気がミルザに向けられる。


 「いろいろと嗅ぎ回る、鬱陶しいハイエルフの生き残りを排除するつもりで仕掛けた罠なんだけどさ、そんなことよりも、もっといい結果が手に入ったよ。これは本当に嬉しい誤算だ」


 隣の魔族は無言。

 だが、空気が違う。


 「エルフの王子、やっぱり来たね。北に魔族を出せば南に来ると思ったよ。でも、もっといい収穫があった」


 アウレオンは、今にも飛びかかりそうな雰囲気だ。

 それを止めているのは、ミルザの隣にいる魔族の底知れない威圧感だろう。


 「君……仲間にならない? 実を言うと、この前から目を付けていたんだよ」


 俺を見てミルザは冗談のような口調で問う。


 「ついでにそこの娘も」


 タマは、一歩引いた。

 俺は、前に出る。


 「あの魔物たちを……操っていたのか」

 「うん」


 ミルザはあっさり頷いた。


 「最新式の魔道具だよ。実験中でね。魔力を持つ存在は、逆らえない。便利だろ? ちょうどいい標的もいたし」


 アウレオンを見ながら、誇らしげに語る。


 なるほど。


 胸の奥が静かに熱くなる。

 声が大きくならないよう抑えたが、低くなる。


 「意思を奪う行為だ」


 ミルザは、首を傾げる。


 「魔物だよ?」

 「生き物だ……それに、人にも使うつもりなのだろう」


 決めつけずにはいられない。それぐらい怪しい。


 「対話の可能性を、最初から奪う。それは……許せない」


 一歩、踏み出す。


 ミルザがわずかに焦る。


 「少し待ってくれ! いま、君にとってかなりおいしい話をしているんだよ。人族の中で窮屈だろう。うちは違う。こちら側においで。もっと自由で楽しい生活を提供できる」


 ミルザの顔から笑みが消え、声が低くなる。


 「断ってもいいことにはならないよ。君はもう僕らに目を付けられた。味方は減る一方となるよ」


 嘘を言っているようには視えない。


 どういう意味だ?


 「ゆっくり考える時間はない。さあ、答えを出すんだ」


 ミルザがイヤな笑みを浮かべる。魔族の上官の魔力が膨れ上がっていく。


 だが、考える必要などない。


 答えは出ている。

 金棒を構え、間合いを詰める。


 知っている気配が現れる。


 空気が凝った。魔法の気配が消える。


 「……ここまでだ」


 現れたのはドゥールだった。

 

 何か装置を使っているようだ。一帯の魔力が強制的に沈められている。


 「ヤグ、ここで俺とやり合うか?」


 ヤグと呼ばれた魔族の上官が即座に判断する。


 「今日は引く」


 ミルザは名残惜しそうに笑った。


 「もう会うこともないかもね。でも、もし生き延びたら、そのときは僕の手で殺してあげる、ゲドーマル……それと、タマちゃんも」

 

 「……!?」


 タマの顔が、一瞬で青ざめる。


 「何で、名前……」


 魔族たちは、去っていく。

 

 残されたのは……


 魔物の死体と沈黙。


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