チャンプアの警戒と俺の警戒
「未惟奈さん、翔くんの動き、どう思った?」
セコンドから翔とチャンプアのファーストコンタクトを見た芹沢は、真剣な面持ちで未惟奈に尋ねた。
芹沢の表情とは裏腹に、未惟奈は余裕ある顔を芹沢に向けた。
「いつも通りね。あの動きは翔にとって学校の廊下を歩くのと変わらないでしょ」
「そ、そんな馬鹿な」
さすがに芹沢は驚いた様子だ。
芹沢にしても、かつては伊波を一撃で沈め、未惟奈とスパーリングした際には引き分けにまで持ち込む達者だ。
その彼女をして、今、目の前で繰り広げられたチャンプアとの攻防は、そんな彼女の実力をもってしても想定を超えすぎて映っていた。
だから未惟奈の「いつも通り」という言葉に、驚かざるを得なかった。
まだ彼の実力の底が測りきれていないことに。
未惟奈は春に翔と出会ってからずっと、二人で練習をしてきた。
その意味で、間違いなく翔の空手を理解しているのは、未惟奈をおいて他にいない。
「それはそうと、芹沢さん。チャンプは特に気を使ったような感じはなかったけど、どう思う?」
対戦前に控室で議論になった、チャンプアの気の圧力。
それが翔たちにとっての未知数だった。
「ええ、私もそれは全く感じなかった。少なくとも彼がムエタイの技術だけで攻防しているのは、間違いないと思う」
この会場において、気の感覚を読むことに関しては、翔の祖父、鵜飼貞夫を除けば、大成拳の伝承者である芹沢以上の人間はいない。
だから彼女がそう言うということは、先のファーストコンタクトでチャンプアが気を使った攻撃をしていないことは、まず間違いがない。
当然それは翔本人も気づいている。
* * *
さっきのコンタクトで、チャンプは俺に対して、手加減のない攻防を仕掛けた。
それは過去の彼の映像と比較しても明らかだ。
映像で見たどんな技術よりも、数段上の精度とパワーが込められていた。
しかし、俺が最大の注意を払っていた「気」の感覚については想像と違っていた。
今の攻撃に「気」の感覚は宿ってはいない。
それはチャンプの実力的には、気を拳や脚に込めるほど気を使いこなしていないのか?
それとも、テコンドーの黄厳勇師範のように、あえて気を抑えた攻撃をしたのか?
おそらく後者に違いない。
気を使わなくても、俺に勝てると踏んだのか?
いや違う。
俺はヤツがあえてそれをしている理由に心当たりがある。
気を拳や脚に込めれば、俺が未惟奈にどんなに素早い攻撃を出そうと、俺のそれより速く俺の身体が未惟奈の気に反応してしまった。
おそらくチャンプは、それをすれば俺に反応されやすくなることを、予測できているということだ。
気を使うということはある意味、俺の土俵に上がってしまうことを、ヤツは警戒しているのだろう。
そして俺はこの事実を、逆に最も警戒の材料にしなければならない。
気を出したり抑えたりというコントロールは、一朝一夕でマスターできるものではない。
気のトレーニングを俺と始めた未惟奈は、すでに伊波の試合でも、あれだけ強い気の放出を一瞬で消失させて見せた。
俺はその時も、たった一年でそこまでたどり着けている未惟奈に驚嘆したばかりだ。
チャンプアがどこまで真剣に気を学んできたのかは、知る由もない。
しかしそれが独学とはいえ、未惟奈レベルには到達しているのであれば厄介なことになる。
だから今は俺を警戒して封印している気の能力。
その未知数の力をどこかで使ってくる可能性が、ないとは言えない。
それはチャンプアという男に関しては警戒しておかなければならない事実だ。
──ファーストコンタクトでの考察は、とりあえずこんなところか。
俺はこんな考察をするのに、十秒程度もかかってしまったが、きっと未惟奈なら一秒すらかからないんだろう、などと想像して苦笑してしまった。
さて、次のコンタクトが始まる。




