無敗のモンスターと、無名の高校生
俺の名前がコールされ、俺は入場の花道を空手着に身を纏い登場した。
過度に演出された舞台装置。
俺自身の姿が巨大なスクリーンに映し出されている。
未惟奈の入場の時はセコンドとして入場をしたが、その時の彼女の姿は、スーパースターそのもののオーラで会場を圧倒していた。
しかし、今、そのスクリーンに映った俺の姿を客観的に見て、驚くほど“普通の高校生感”が漂っていて苦笑した。
俺がチャンプアに先んじての入場だ。
つまり俺が実質格下扱いであり、Bサイドで、青コーナーということ。
大会の趣旨的には本来同列であるべきだが、致し方ない。
チャンプアはプロ戦績無敗のトップスター。
片やプロ戦績なしの無名高校生。
逆に赤コーナーだったら世間が許さないであろう。
しかしそんな俺の“普通さ”を、運営サイトが無理やり盛り上げるものだから、俺のキャラには似つかわしくないテーマソングと煽り映像が流れていた。
しかし――未惟奈の時のあの盛り上がりに比べれば、体感1/10程度の熱気。
でも俺はそれを眺めつつも、何の感慨も気負いもない。
チャンプアや未惟奈と俺の決定的な違いは、俺はどこまでいっても普通の男子高校生ということ。
そんな俺がチャンプアや未惟奈よりも扱いが低いからと言って、プライドを傷つけられることもないし、ただただ正当な扱いに「さもありなん」と思うだけだ。
そして――どこまでいっても今回の俺の興味は、観客の評価が欲しいわけではない。
俺の空手が無敵と言われるチャンプアという男に対してどこまで通用するのか?ということ。
いや、これも少し違うな。
俺は、はなから、俺が学ぶ空手がムエタイに劣っているという前提は存在しない。
それは俺個人の慢心ではなく、空手という武道への心からの信頼からくる確信だ。
だから、あえて言い換えるなら――
「ムエタイと空手が交われば、どんな化学反応が起こるのか?」
「俺の身体は、ムエタイにどう反応するのか?」
その興味しかない。
過去の「武道空手」だけに軸を置いていた俺であれば勝ち負けという概念もそもそも存在しなかった。
だが、さすがに今日は「競技カラテ」に出場し未惟奈に「勝つ」ことを宣言した訳だから、勝ちにこだわらなければならない。
だからと言って、勝ち負けを意識した途端生じるはずの緊張は一切ない。
「……翔? ほんとびっくりすんだけど、学校の廊下歩いてる時と変わらないよね?」
そんな俺の姿に、未惟奈はあきれ顔で話しかけてきた。
花道は煩いので、耳元でささやくように言うものだから、思わずぞわりと背筋が震えた。
試合前に不謹慎だろうか?
いや、いつもの俺ならこんなものだ。
「俺は、どこまでいっても普通なんだよ」
自分を揶揄しているようでいて、裏を返せばとんでもなく自信過剰にも聞こえる言葉。
でも、これが俺の本心だ。
「普通の人間はね、ここでそんな顔はできないの」
未惟奈は半ばあきれ、半ば感心したような表情を浮かべる。
「……でも、それなら大丈夫そうね」
「え? もしかして心配してた?」
未惟奈が急に真面目な顔をしたので、照れ隠しに軽口を叩いた。
「してないわよ! ……でも──勝ちなさいよ」
「ああ」
俺は短く、それだけ答えた。
──俺はリングへの階段を軽快に駆け上がり、ロープをくぐってリングインした。
暗かった視界が、一気に明るく開けた。
リングにはレフリー、リングアナウンサー、アシスタントが時を待っている。
そしてリングには、俺のセコンドである未惟奈と芹沢が俺の背後に立っていた。
外野のリアクション的には「おい、女のセコンド二人ってなんなんあいつ?」という声もきっとあるように思う。
未惟奈は言わずもがな、芹沢も有栖の入場の時にスクリーンにアップで映し出されて“あの美女は誰だ?”と見つけられてしまっていた。
だから、美女二人がセコンドという事実は極めて男性の反感を買う“軟派な絵面”だろうと想像する。
「続きまして――赤コーナー! 無敗の帝王! モンスター!! チャンプア・プラムック!!」
リングアナウンサーの声が、けたたましく会場に轟く。
次の瞬間、会場はまた暗転し、スポットライトが一点に当てられ、そこから一人の戦士が姿を現した。
俺とは比べものにならないほどの歓声が沸き起こり、その勢いはすさまじく、地響きが起こったようであった。
チャンプアは、数人のチームを引き連れてゆっくりと花道を歩いてくる。
特に気負っている様子も緊張も感じられない。
よく見る入場の光景としては、歩きながらフットワークを刻み、時にシャドーボクシングを見せてアピールする姿がある。
しかし、ことチャンプに限ってはそんなことすらせず、ただただゆっくり歩いてくる。
意図的な演出なのか、心底余裕なのか。
おそらくは後者だろうと想像した。
そういった意味では、おそらく見た目や会場の反応は違えど、俺たち二人の心境は割と近いものだったのかもしれない。
ムエタイ選手の常であるように、チャンプアはリングの前で合掌し祈りをささげてから、頭に巻くモンコンと呼ばれる装飾品をゆっくり外した。
チャンプがリングインすると、すぐに視線を俺に向けた。
その視線には何の感情も乗っていない、普通の視線だった。
しかし、この会場に入ってからずっと感じていた圧が消えることはなく、放たれ続けていた。
それは彼の感情の放出ではなく、体からほとばしるエネルギーであることは、俺は知っている。
ここからリングアナウンサーによるお互いのコールがあるが、俺の場合説明すべき戦歴はないものだから、例のドキュメンタリー調に「天才高校生空手家」「未惟奈が認める才能」など説得力に欠ける説明ばかりだが、最後に会場の一部からどよめきを引き出した言葉がリングアナウンサーの口から発せられた。
「――鵜飼貞夫、最後の弟子。」
春崎の入れ知恵か?
それとも高野さんの意向なのか。
それでも、この意味がわかるのは一部のマニアックなファンだけだろうから、多くの観客にとってはスルーされる言葉には違いない。
それに比してチャンプアは、「どれだけのタイトルを持っているんだ?」と呆れるほどに、あとからあとから世界タイトルの名前が紹介されていた。
これだけ明確に比較されてしまうと、どうやってもアンバランス感は拭えない。
さて――ようやく退屈な紹介が終わって、審判がリング中央に進み、お互いも中央に集まった。
至近距離で見るチャンプア。
確かにすごい肉体。
サイボーグだと言われても信じてしまうほどに無駄のない引き締まった身体。
身長は俺とは変わらないはずだが、その体躯は周囲の空気ごと押し広げるように大きく感じられた。
レフリーから形式的なルール説明。
こちらも定型通りうなずき、ようやくお互いのコーナーに下がった。
あとはゴングを待つだけだ。




