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世間の評価の裏側で

 俺は未惟奈と控室へ戻っていた。


 俺がシミュレーションをしていた静かなベンチに比して、控室の周りは試合が近いだけに異様な熱気に満ちていた。

 この大会はPriflixTVの独占配信らしい。だからだろう、ライト、ケーブル、走り回るスタッフ、PriflixTVのロゴ。

 キャスターが本番さながらのテンションで喋り続け、その声が反響している。本来なら俺がミットを蹴ってる映像とかも押さえたいんだろうけど、俺はそれをしない。

 しかもこの興行は最近流行りのペーパービューだとか。その売上げ貢献の大半は未惟奈と伊波、そして俺の対戦相手のチャンプアだろう。残念ながら無名の俺が貢献することは残念ながらない。


 そしてPriflixTVが大会前に精巧に作り込まれたドキュメンタリーは、いつも好評だとか。やはり今の格闘技界はドラマがないと楽しめないからこういった演出が必須らしい。


 ただ――その評判がいいというドキュメンタリーですら俺に関する映像は薄かった。


 俺本人はほとんど映らず、代わりに春崎、未惟奈、そして未惟奈の父・エドワード・ウィリスのコメントで形だけ整えられていた。

 俺自身の声はほとんどない。

 本人不在のまま“語られた俺”。


 その認識は、すれ違うスタッフのひそひそ声でもそれと分かった。


「見た?あの無名のドキュメンタリー」


「うん。周りのインタビューだけで埋めてたやつ」


「てかあの高校生、一般人なのに未惟奈、肩入れしすぎじゃね?未惟奈の彼氏とかじゃないよね?」


「はは、さすがにそれはないだろ。だってめちゃ普通の高校生じゃん」


 それを聞いた未惟奈が振り返り、彼らに鋭い視線を向けた。

 未惟奈の姿を見たスタッフはぎょっとしてから下を向いて黙り込んでしまった。


 俺は小さく息を吐く。


「まあ……言いたいやつには言わせとけ」


「いや。言わせない。私は翔を雑に扱う輩は許さない」


 未惟奈らしい言葉だが、こんな俺でも試合前に気持ちが高ぶっているのだろうか、胸の奥がじわりと熱くなった。


 そのPriflixTVが完成した時、Metubeのリンクが送られてきて“ぜひ確認してほしい”とメールが来たことがあった。試合の一か月前くらいだろうか。


 Metubeを開いてPriflixTVのドキュメンタリーを見るまでは良かったが、運悪く格闘技Metuberのチャンネルが関連動画で出てきてしまった。


 そのチャンネルではこぞって俺とチャンプアの試合予測動画だった。


 嫌な予感しかしないが、うっかり再生ボタンを押したのが運の尽き。


 ◆細顔バレタジャンの横向け教室

『QPさ、申し訳ないけど、はっきり言っていい。

 この試合に勝負論は全くない。こんなマッチメイクした運営が最悪。選手がかわいそう。チャンプアだって本気出せないだろうし、なんだっけ空手の神沼君だっけ?

 チャンプアが本気出さなくなってさ、下手したら一生空手ができなくなる体になるかもしれないでしょ』


 ◆魔沙流チャンネル

『魔沙流チャンネル始まりました。今回の試合ね、高野さんの意図がわからないよね。俺がブアッカーオにぼこぼこにされてるの知ってるよね?

 チャンプアはその比じゃないからね。まあチャンプアは本気出さないだろうけど。

 まあ、今回はエキシビジョンマッチというか……プロレスと思って楽しむしかないでしょ』


 ◆レジェンド達のぶっちゃけチャンネル

(畠)『こんな試合組んじゃだめでしょ。空手の子がかわいそうだわ』

(他家原)『それ言うならチャンプアもかわいそうでしょ。本気出せないんだから』

(登家式)『でもファイトマネーたくさんもらえるからいいんじゃない』


 まあ、これらの動画は概ね想像通りだったから落ち込みもしなかったが、案の定、未惟奈がキレてしまった。


 激怒した未惟奈は登録者300万という圧倒的な自身のチャンネルで、反論動画を出してしまった。最初は俺をディスった動画をいちいち分かりやすくディスり返していてひやひやしたが、動画の最後で未惟奈は涙をためて「翔は強い」を繰り返し訴えていた姿を見て目頭が熱くなった。


 我が事以上に本気で怒ってくれる未惟奈という素敵な女性。それが俺の彼女であり、一緒にこの試合を目指したパートナーであり、同志であることの奇跡。それをあの時にあらためてかみしめたのを思い出した。


 *  *  *


 俺は控室の扉を開けて中に入る。


 次にこの扉を開けるときは出陣の時だ。


 俺は“ふぅ”と一息を吐くと、武道空手にいたころの心持ちが立ち上がってきた。


 この感覚は久しく競技空手に全振りしていた俺からすると懐かしい感覚だった。


 そして、知っている。


 こうなった時の俺は負けない。

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