支えられた力
試合の時間が近づく。
俺は少しだけ一人の時間が欲しかったので控室から出て、なるべく人がいない廊下のベンチを探した。
柄でもなく、試合前に戦いのシミュレーションを確認しようと思ったのだ。
未惟奈に会う前の俺なら、競技空手ではなく武道空手ということを信条としていたので、そもそもシミュレーション自体を立てたりはしないだろう。
そのこころの信条は「常に刀は磨いている」「だからいつでも掛かってこい」だった。
これは極めて武道的であり「聞きごこち」は確かにいい。
でもひとたび競技という立場に立てば、できる準備があるのに、それをやらないだけの言い訳ということになる。
自身のポリシーを強く持つことは重要だと思うが、視野狭窄を起こして思考の柔軟性を失うリスクはあるのだと学んだ。
特に俺は競技という世界の頂点に君臨する才をもつ未惟奈と共にトレーニングをし、それを痛感することになった。
若干16歳の俺がポリシーを持ったところで所詮はただの慢心だったということだ。
だから俺は未惟奈に促されるまま、同じくこの大会への出場が決まっていた彼女と一緒に、身体改造計画をスタートさせた。
そこでは彼女の父であり、アスリートのトレーナーとしても名高いエドワード・ウィリスが俺のための専用のメニューまで作ってくれた。
俺は未惟奈のような天才的な身体能力はない。
おそらく対戦相手であるチャンプアも未惟奈寄りの身体能力の才がある。
未惟奈は超人的な身体能力があるにもかかわらずさらにそれを強化するトレーニングを欠かさない。
それは何を意味するのかは明白だ。
身体能力も才能だけではなく鍛える必要があるという当たり前のこと。
これを俺に当てはめれば才能がないならより鍛えなければならないということだ。
そして重要なのはそれによって伸ばせる領域はいくらでもあるということ。
身体強化以外にも俺がこの試合に向けて、過去の俺ならやらないであろうことを色々した。
まずチャンプアの映像を片っ端から探して、すべてを頭にインプットした。
俺は一回見た技は二度と忘れない。
そして、その対処法を即座に導き出す回路が俺の中にある。
これは才能ではなく長年の稽古で培われた努力の証だ。
だからチャンプアが過去に使った技を俺はおそらく捌ききる。
しかし、その映像を見て「やっかいだな」と思ったのは、チャンプアは二度と同じ技を使わないこと。
空手にしてもムエタイにしても所詮は突き蹴りの組み合わせだ。
技の数なんて有限だろうと思うのは素人だ。
角度、タイミングが少しでも変われば同じコンビネーションでも別物になる。
常人はそこまでを使い分けることはしないが、チャンプアは平気でそれをやる。
だから同じ技に見えて対応しようとするとチャンプアの攻撃はいとも簡単にヒットする。
彼の強さの秘密の一つだ。
また「気」の理解度が上がった。
本来は俺の領域であったはずの「気」についても未惟奈との対戦で、想像以上に深くかかわることになった。
特に芹沢だ。
彼女は見た目からは想像できないが、「気」の戦いを中心におく大成拳の数少ない正当な継承者だった。
彼女からそれを習ったということは、祖父が唯一あまり教えたがらなかった「気」に関するスキルを補強するに余りあるものだった。
俺はいつのまにかチャンプアとのシミュレーションをするつもりが、自分に刻み込まれた力の数々を確認する作業になっていた。
しかもそれはたくさんの人の記憶がセットになっていた。
今日の俺の力はその人たちと共にある。
前に高野CEOが言っていた。
格闘技の試合はチーム戦であると。
最初は全くピンとこなかったが、今ではその意味がよくわかる。
俺ひとりではここまで決してたどり着けていない。
それでも思う。
俺にとって最大のサポーターたりえたのは──
「翔? 一人で何してんの? そろそろでしょ?」
未惟奈はいつも通りに俺に世話を焼きに来た。
この試合にかかわるときに常に彼女は俺に付き添っていた。
彼女からもらった力がもともとあった武道という幹と並行して強い幹に成長したことは明らかだ。
そして今、彼女の姿を見てその幹がズシリと俺の中で根を張った気がした。
柄でもないが、この未惟奈という女性が俺の中でどれだけ強い力になっているかを改めて感じることになった。
──さあ、いよいよ、はじまる。




