繋がっていた二つの“気”
未惟奈の試合が終わり、俺とチャンプアの試合を待つアリーナからは、声と歓声がこもって届いていた。
観客の足音がドラムのように床下を震わせ、照明の低いうなりが壁に伝わってくる。
それでもこの控室だけは、あの夢のような喧噪から切り離されたように静まり返っていた。
芹沢の話を聞きながら、俺は深く息を吐いた。
未惟奈は「ちょっと用がある」と言って、いつになく静かに席を立った。
あいつが、このタイミングで俺のそばを離れのは違和感しかない。
まさか、あいつ「も」何かを探りに行っているんじゃないだろうな。
さて……
――やはり、チャンプアとじいさんは繋がっていたか。
頭の中で散らばっていたピースが、一気に並んだ。
「ようやく合点がいったよ」
そう言うと、芹沢はあんぐりと口を開けたまま固まった。
いつでも凛とした彼女には珍しい、まぬけな顔だった。
「ど、どういうこと?」
「前から、チャンプの“気”にどこかじいさんの匂いを感じてた。それが理由だったってことだ」
単なる偶然にしては、あの“気”の感触があまりにも似すぎていたのだ。
「神沼、ちょっといいか」
いつからいたんだよ?という、彼のいつものタイミングで、美影惣一が、彼らしい強引なカットインをした。
「さっき、チャンプを至近距離で見たら、下丹田に“気”が一点に集まってたぞ」
なんだよ、どいつもこいつもコソコソ偵察か?
「はあ? なんだそれは?」
俺は相変わらずの意味不明な彼の言動に眉をひそめたが、芹沢の視線が鋭く光るのを見て、言葉を飲んで丁寧に質問した。
「……下丹田って、下腹部の丹田のことだろ? “一点に”って、どういうことだ?」
「チャンプの下丹田には、意識的にため込まれた“気の球”がある」
――まさか。一瞬であの場面を思いだした。
北上川沿いのあの店で、芹沢を震撼させた“気の玉”
あの人はすでに、これを見抜いていた?でもチャンプアにあれ以来あっていないだろう?
将来チャンプアがそれを使いこなせる可能性を見抜いていた?
またもやじいさん、つまり鵜飼貞夫という底が知れない空手の才能を痛感することになる
みぞおちを焼くような痛みが、ふと蘇る。
誰よりもそれを感じた芹沢も「なるほど」といった合点の表情で黙って俺を見つめた。
じいさんのあの時の一撃は、間違いなく今日のための布石だった。
芹沢は、これまで見たことがないほど不安げな表情をしていた。
その顔を見ただけで、これが俺にとってもただ事ではないとわかった。
チャンプアがあれと同じことをやれるならこれほど厄介なことはない。
それにしても、じいさんもじいさんだ。
そんな重大なことなら、もったいぶらずに教えてくれればよかったのに。
そうすれば、もっと具体的な「対応策」も考えられたかもしれない。
……いや、違うな。
じいさんは、あえてそれをしなかったのかもしれない。
あの時じいさんは言った。「気に頼りすぎるな」と。
つまりそれは、空手の本道ではないという意味だったのだろう。
空手はどこまで行っても攻防技術を磨く道であり、“気の玉”のような飛び道具で戦うものではない。
チャンプの性格は詳しく知らないが、奴もおそらく気を前面に出すような戦い方はしない。
だが――“それ”をちらつかせて、相手の心を揺さぶるくらいのことはやってくるかもしれない。
なるほど。
だとすれば、俺がやることはひとつだ。
想定内にしてしまえばいい。
つまり、気の感度を意図的に下げる。
確かにそれは未惟奈のような、気の動きが強すぎる相手にはデメリットになる。
気を読む前に、反応のスピードで置き去りにされるからだ。
だがチャンプアの強さは、そういう次元とは少し違う。
あの男に対しては、気を読むことが決定打にはならない。
芹沢は、俺のためというよりも、大成拳の継承者としての興味から探りを入れたのだろう。
それでも――美影の相変わらずの斜め上からの情報と相まって、今回の戦いが“チーム戦”であることを改めて感じた。
もっとも、芹沢も美影も、俺の正式なチームというわけじゃない。
それでも、ここまで力を貸してくれたことには、ただ感謝だ。
……そして未惟奈。
何も言わずに席を立ったあの背中が、今も頭に残っている。
きっとあいつも、あいつなりの形で、俺のために動いているだろうと胸が暖かくなるのを感じた。
更新が滞りがちだが、可能であればこのまま最後まで突っ走りたいと思います




