新たな視点
「会場に入った瞬間に感じたんだが」
あれ程に春崎須美を驚かせた俺と未惟奈の「感覚」を、オカルトマニアというだけで素人が全く同じレベルでしゃあしゃあとこの男は言ってのける。
その男、御影か言う「感覚」とは、俺たちが言うところの「気」の感覚にほかならない。
御影は普通過ぎるテンションで続けた。
「少なくともこの会場には神沼とウィリス君の他にもうひとりの存在を感じた」
「無論それが俺と対戦するチャンプアということだよな?」
世間話でもしているかのような、いつもと変わらない御影の表情をなんとか読みと取ろうとした。
未惟奈は未惟奈で、やはりこの男の言動に興味があるのだろう、いつもの何でも見透かす鋭い視線を御影に送っていた。
くどいようだが、ムエタイに「気」を扱う技術なんて俺が知るかぎり存在しない。だからチャンプアが素人の御影にすら感じることができる「その感覚」を発しているのは謎すぎるのだ。
「御影、俺とチャンプアが似ているって言ったよな?」
「ああ」
「それはどういう意味だ?」
俺も未惟奈もチャンプアの異様な空気感は「気」の仕業だろうとして理解はできた。ただあくまでそこまでだ。その先の特徴、性質を議論するほどの分解能は俺と、そして未惟奈にもない。
「神沼とウィリス君を比較すると……」
そう言いながら、御影の視線が何を感じ取るように俺と未惟奈の間でゆっくり交互に動いていた。
「全体の力はウィリス君が圧倒的だ。しかし……」
「しかし?」
未惟奈は、その、逆説の接続詞が不愉快らしく挑むように御影を見た。
「ウィリス君の力は強すぎて、まるで制御がない」
「はあ?」
御影の言葉に未惟奈は、眉間に皺を寄せ不満の表情をした。
「御影、それはどういう意味だ?確かに未惟奈の気の圧力は圧倒的だがコントロールを失って暴走している感じでは見えないが」
未惟奈が感情的に話しても埒が明かないだろうから会話を俺に引き戻した。
「暴走しているとは言ってない。強すぎるゆえに制御の必要がない、と言った方が適切か」
それを聞いた俺は、そしておそらく未惟奈も御影の話に二人とも押し黙ってしまった。
御影はそんな俺たちの様子を気にもとめずに、やつらしいマイペースを崩さずに続けた。
「逆説的だが、強い状態でキープできるか強さがある。きっとそれがウィリス君の持って生まれた才能なんだろう。」
言葉で聞いてもわからない。ただ、あの未惟奈から放たれる強烈な圧力は決して「何が」が暴走しているなんて乱暴なものではないのは解る。
ただ知りたいのはそれではない。
「で、俺と似ているというチャンプアは結局どうなんだよ?」
ただのオカルトマニアの意見を、曲がりなりにも経験者の二人が聞くのも滑稽だが、それでもつい聞かねばと思わせる「何か」がこの男にはあった。
御影は俺の言に、一言頷いて続けた。
「神沼は、ウィリス君とは違い力が制御されすぎている」
話の流れ的にはそうだろうな、と思ったが御影の言い回しに「されすぎている」というネガティブなのが気になった。
「それは良くないということか?」
「いや、制御出来ているのだから悪いことではない。ただ、ウィリス君のような強烈なパワーは感じない」
「それは確かね」
思いのほか御影の話を真剣に聞いていた未惟奈が視線を俺に向けまるでそれが見えて、確認するかのように目を細めた。
「未惟奈も分かるのか?」
俺は少し怪訝に訪ねた。だったら早く言えってなもんだ。
「私が翔のことで分からない事なんて有るわけないでしょ!」
少しだけむくれながら語気が強いのは、もしかして「私のほうが翔のことは何でも知ってるもん!」という御影への対抗心なんだろうか?
「結局のところ、チャンプアも俺同様に制御はされているが、弱いということか?」
未惟奈に比べて弱いと言われれても正直、悔しくもない。未惟奈の凄さはやはり俺が一番分かっている。
「まあ、チャンプアも俺程度と思えば恐るるに足らずってこと何じゃないか?」
俺は自嘲気味にそう言ったが未惟奈の不満とも呆れともとれる表情で俺を見た。
そしていつもは表情を変えない御影すら少しだけ表情を曇らせながら口を開く。
「神沼、お前に似ているということは、何を意味するか分かっているのか?」
「だからと俺と同じなら対処もしやすい。そういうことだろ?」
俺が即答すると、未惟奈の顔色が変わった。
「バアッカじゃないの!!」
もう怒声と言って良い大声を出したもんだから俺は面食らった。
「お、おい、未惟奈……何だよ急に?」
「翔がバカ過ぎるからでしょ!」
俺は未惟奈の態度が理解できず、御影の助けを求めるべく視線を御影に移す。
御影はやつにしては珍しく、感情を表に出しながら苦笑した。
「神沼、言っておくが、神沼に似ているということは相手にとってとてつもなく恐ろしく、警戒しなければならないってことを意味するんだぞ?」
御影は俺が予想だにしない事を言う。相変わらず俺を睨みくけている未惟奈も御影の言を否定しないところを見ると同じ意見と言うことか。
それにしても……
「俺が恐ろしい?」
「そうだ」
御影は間髪をいれずピシャリという。
自身が「恐ろしい」などと形容された経験は皆無なので正直ピンとこない。それに未惟奈の様な圧倒的な気の力を感じないのに恐ろしい?
「それは未惟奈よりも、なのか?」
俺は感じた疑問を御影にぶつけたが、これには未惟奈が口を開いた。
「私なんて翔に比べたら可愛いものよ」
いやいや、たしかに未惟奈は可愛いのは俺が一番知っているが?!いや、そうではなくて……あの対峙する相手を圧倒する未惟奈を俺が凌ぐ?
「チャンプアと会ったんだろ?」
「ああ、ついさっきな」
「何も感じなかったか?」
御影は怪訝な顔をする。それは「その時、それに気づかなかったのか?」と言いたげにも見える。
「技術的に隙がないのはすぐに理解したさ。でも、気の力に関して脅威を感じるほどではなかったが」
「やっぱり翔は鈍いよね。こんなんで大丈夫なの?」
未惟奈は、イラ立ちと不安がないまぜになった表情をした。
「未惟奈は、チャンプアから何が感じたのか?」
「ええ、凄い恐怖を感じたわ」
「え?そうなのか?」
これには心底驚いた。と、すると俺はいよいよ鈍過ぎるということか?……なんか不安になってきた。
しかし御影は俺の不安を見透かしたかのように続けた。
「神沼は、そもそも自分が発しているのは自身の日常の感覚な訳だから特別感はないのだろう」
苛立っていた未惟奈もこの言に呼応した。
「そうね、そういう意味で一番恐ろしいのは翔かも知れないわね。」
う〜む……一番恐ろしいと言われてもイマイチ腑に落ちないが、御影と未惟奈が同じように感じたならきっとそうなのだろう。本人の俺がそれに気づけないのがなんとも頼りないのだが……
*** *** ***
結局、チャンプアが放つ「気」の正体は「俺に似ている」という情報以外のものは御影からはなかった。
未惟奈曰く「だから恐ろしい」と言うが等の本人に、その自覚はない。
ならば、この情報の扱いは、どうしたらいいものか?
未惟奈の言うように恐ろしいこととして、警戒しなければならないのか?対策の必要は?何を?……全くイメージが湧かない。
俺と同じなら俺が一番対応出来るだろう、とたかを括ることも出来るが、念のため俺はある人物を訪ねてチャンプアの「気」のヒントを探ることにした。
俺の関心は、俺に似てるとか、そんなよくわからない話はない。ムエタイという、よほど「気」とは無関係な格闘技で会場に入っただけで感じるほどの「気」を放つのか?
俺の最大の疑問はそこだ。
だから、探るならそこだろう。
「ちょっといいか?」
俺は半開きになっていた扉から顔だけ覗かせ、その部屋の主に話しかけた。
「え?!……なんで?全く、何で堂々と敵地訪ねてくるかなあ」
伊波紗弥子は、呆れた顔で俺を迎えた。




