意外な話
「敵陣?それって、このイベントのキャッチコピーのカラテvsムエタイのこと言ってる?」
さっきは会場の入口で、普通に話したばかりなのに……いや、「普通に」ではないな。一方的に誂われただけだが、それを今更、杓子定規に「敵」などと言われても片腹痛い!
そんな俺の心の声が漏れ出たのだろうか、伊波は少し言い訳じみて早口出続けた
「控室の入り口に「ムエタイチーム 伊波紗弥子」って書いてるでしょ?あなたが当たり前のように出入りさらるのは見栄えが悪いって話よ」
「ああ、そういうことね」
なるほど、俺はそこまで聞いてようやくいなみの意図を理解したが、当の本人はそんなに困った素振りはない。ただ誂うように痛いところを付かれる。
「翔さん?そんな配慮にすら気づかないとか……未惟奈さんから鈍いって叱られない?」
俺は返す言葉もなく、ただただ苦笑いするしかない。
そんな俺の苦み走った顔を見て、伊波は呆れたように肩をすくめた。
「で、何の用?私の激励に来たわけでないのでしょう?」
「そりゃ敵さんを激励はまずいからな?」
と、言ってみる。
「フフ、まぁそうよね」
伊波は意地悪そうに笑うから、俺もバツが悪く苦笑い。
「実はチャンプアのことでね、ちょっと聞きたい事があってね」
「……でしょうね」
何故か伊波は、嬉しそうにニヤリと、笑ってそう言った。
それは、伊波は、まるで俺が訪ねてくることを予想していたかのように見えた。
「会場で、チャンプア本人に会って、ようやく彼の恐ろしさに気づいたってところかしら?」
伊波は、確信めいた、自信有りげに挑発的に口角を上げて言った。
「いや、そういう訳ではないなんだけど」
俺は正直に答えた。たしかにチャンプアを全く脅威に思わないと言えば嘘になるが、ただ伊波訪ねたのはムエタイに「気」の伝統があるのか?という興味だ。
「え?!違うの?」
勝ち誇っていた伊波の表情が驚きに変わった。
「逆に何でそんなに驚く?」
「だってチャンプアに会って恐怖を感じないんなんておかしいでしょ?翔さん、ホントその鈍さ大丈夫なの?」
なんか敵なのに心底心配されてしまったようで、顔が本気の憐れみを滲み出していた。
「じゃあ、何なの?私に聞きたいことは?」
「ああ、それなんだけど……チャンプアだけの話じゃなくて、ムエタイ全般の話なんだけど……ムエタイって気を扱う技術っあるの?」
俺がこの質問をすると、伊波の、顔が少し強張ったのが分かった。
そして伊波は、しばらく切れ長の綺麗な目で俺の顔を凝視した。
俺はその視線に耐えられず、情けないかな目を反らしながら、口を開いた。
「な、何だよ?俺なんか変なこと聞いたか?」
伊波は、顔の表情を少しだけ緩めて一息ついてから話し始めた。
「実はね、ついさっきチャンプアがここにいたのよ」
「まあ、あいつおまえのこと大好きだからな」
俺はからかいながらもさもありなんと返した。
「そういうのやめてよ!」
珍しく顔を赤らめて伊波は、少しだけ少女の顔に戻った。
「実はね、さっきチャンプアもあなたと同じこと聞きに来たのよ」
「え!?何んだそりゃ?」
「翔が意識的に気を使えるかって」
伊波の想像だにしない話に耳を疑った。俺と同じ問いをしたということはつまり「俺が気を使えるか」を問うたということだ。これは何を意味するのか?つまり俺が気を出せるか聞いたということは、チャンプアから感じる「気」は、彼が気を無意識に発しているのではなくて意識的にコントロールしているということだ。
「答えになったかしら?」
そういった伊波は、俺の驚愕の顔を見て満足げに微笑んだ。
「ああ、少なくともチャンプアが意識的に気をコントロールしているだろうことは分かったよ」
現状証拠からは、明らかであったのだがどうしてもまさかムエタイに気の技術があるはず無いと言うが先入観がその結論から俺を遠ざけていた。
それがわかれば、これ以上俺が知りたいことはない。だから俺は話題を変えることにした。
「伊波は、未惟奈の対戦を控えている割に随分、リラックスしてるように見えるが」
少しおどけた仕草で言った。「おどけた」理由は、普通に考えたら「怖い」であろう未惟奈との対戦を控えているにしては気負った感じが全く感じられないことに少し驚いていたからだ。
「え?もうチャンプアのことはいいの?」
俺の質問には答えずに、伊波は、呆れたように言った。
「え?別にこれ以上聞くことはないけど」
思ったままを言っのだが、彼女は不満げに……いや、少し悲しげに口を開いた。
「まあ、翔さんっていつもそんな感じよね。少しは私を頼ってチャンプアのこともっと根掘り葉掘り聞いてくれると期待してたのに」
「おいおい、積極的に俺に情報を流すかのような誤解を招く言い回しはやめろよ?それはムエタイチームとしてだめだろ?」
伊波がの言葉は本心ではないとはいえ一応、そう突っ込んでおいた。しかし、伊波の顔は、予想とは違う顔でさらに続けた。
「未惟奈さんが居なければね。私ももう少し頑張れたのにな」
ん?!それはどういうことだ?俺は伊波の言葉の意図がわからずに首を傾げた。
だって未惟奈と戦うために努力して今日を迎えたはずの伊波が「未惟奈さんが居なければね」とはおかしなことを言う。
「いや、そこは未惟奈がいたから頑張れた、じやないの?」
「は?何の話してんの?」
苛立つように伊波が言うから、俺も、同じトーンで返した。
「は?そっちこそ何の話だよ?」
伊波の顔が少し紅潮したのにドキリとする。
そして予想外な答えが帰ってきた。
「あなたが好きって話でしょ?」
……はあ?!




