アイドルスマイルウラガ
フスタフに運ばれながら、冷や汗を流していたら、急に地面に降ろされ、茂みに隠れるよう促された。
「この位置だと目に入るかもしれないから一応ね。ほらこの隙間から覗けるから」
フスタフがかき分けた茂みを覗くと、黒髪短髪の青年が立っているのが見えた。
さっきと違って距離が近い。
綺麗なアーモンド形の瞳に高い鼻。白地に金の装飾がついた王子服がとても似合う。ウィンク一つで女子を殺せそうな爽やかイケメン。
あれがウラガだなんて……。
二人共身長伸びたな。伸びすぎだな。もうあの可愛らしい顔で見上げられることはないんだ。
二人目で少し慣れたのか、感慨深い気持ちになっ……ている場合ではなかった。
ギギギギギギっ
頭上から何かの鳴き声がした。
ウラガの見上げる先。
血管が透けた薄皮の翼を持つ鳥の化け物が羽ばたいている。さっき見た妖魔獣より大く感じるのは距離のせいだろうか。
「避難したい」
喉の奥から出た声は、フスタフに無視された。
背中をポンポンと宥めるように撫でられたから完璧無視ではないが、避難はさせてくれないようだ。
私は、恐怖で凍りつきそうな肺を動かして、なんとかかんとか息を吸い込んだ。
途端。
軽く地を蹴って飛び上がるウラガ。
バック宙!?
妖魔獣が黒い嘴で地面を削り取った。今しがたウラガが立っていた場所だ。
間一髪なのに、なんて軽やかな動き。
ウラガは華麗に着地し、軽快なステップを踏みながら爽やかに笑った。
黄色い声援が上がる。
いつの間にか、人がたくさんいる。こんな危険な場所に来るなんて、怪獣映画ならすぐ死ぬぞ。
私もだけど。
「ほらよそ見しない」
「はい」
首を固定された。
妖魔獣が上昇と下降を繰り返し、地面を削り続けている。
ウラガは羽のように軽やかな動きで嘴を避け、リズムよくステップを踏んでいるかと思いきや、時折決めポーズなのか、ピタっと動きを止める。
その緩急がとにかくかっこよくて、声を上げて応援したくなる。
まさにアイドル。
「わっ」
妖魔獣の羽ばたきから巻き起こった風が、目の前の茂みを激しく揺らした。
地面すれすれ。まっすぐウラガめがけて飛ぶ妖魔獣。
ウラガも妖魔獣めがけて走りだす。
両者スピードを緩めることなく、ぶつかる寸前。
「えっ?」
ウラガが消えた。
ギョっとして横を見ると、空を見上げるフスタフの横顔に影が差した。
頭上に妖魔獣が……。
ジグザグに飛び回るその背に……なんとウラガの姿があった。
平然と妖魔獣を乗りこなしているウラガの背から、赤々とした炎が翼のように燃え上がり、天を覆う。
『俺のすべてが奪われた 頬を滑る冷たい手が 俺のすべてを剥ぎ取った』
よく通る綺麗な声が、ポンポンと肌に、心にぶつかって跳ね、離れて行く。確かに目があったのに素通りされたような、何とも言えないもどかしさを感じる不思議な歌声だ。
ウラガは、妖魔獣の上から飛び降り、炎の翼を広げて着地した。
『夢も希望も奪われて 天を仰いだ俺は 聞こえないはずの寝息に耳をすませる
俺のすべては彼女の中にある
笑わない口元か 冷酷な瞳の奥か
からっぽになった俺のハートに 微かに残る君の香り
消したくないから 俺はもうなにもいらない
俺のすべては永遠に君のもの』
綺麗な赤い炎から、黒煙が濛々と上り立つ。
妖魔獣は炎に焼かれて上空に飛び上がり、飛散。
降り注ぐ火の粉の中に立っていたウラガは、フっと寂し気な笑顔を残し、空気に薄れて消えていった。
その場に居た女性たちはホォっとため息をつき余韻に浸り。
私は……。
「優越感とか感じちゃった?」
と聞いて来たのがフスタフかハムスターか一瞬わからなかった。
「何感かわからない感」
ダブルパンチが効きすぎて脳が揺れているのだろうか。全身の力が抜けて、ペタンと座り込もうとしたら、フスタフに支えられた。
っていうかハムスターさ。ちょっと聞いてさ。
『さ?』
乙女ゲームってさ。アレじゃん。相手がどう思ってるかってのはプレイヤーだけが気付いてるんであって、当の本人は気付いてないわけじゃん?
ヒロインってのは、彼って私のことどう思ってるのかしらって思いつつ動くわけじゃん? おめっ絶対好きだろそれってのにも気付かないわけじゃん?
『じゃん』
頷くハムスター。
例えばよ。今から私が乙女ゲームのヒロイン的なものになったとしてもよ。攻略キャラの二人がすっごい私のこと想ってくれてるかもしれないっていうのを知りながら動くって……ものすごく不自然な……そんな状態で二人と接するとか無理ゲーよ。
『……どしてよ?』
いやいやだって。そりゃ世の中にそういう女性もいるだろうけど。こいつ私のこと好きだわってわかってて、押して引いての駆け引きしながら品定めしてっていう超高度なことやってる方もいるけども。
あの二人のこと弟としか見れないの、とかそういうこと言う余裕すらないんですけど。あんな急にイケメンに成長した男二人に万が一迫られたりしたら、ただただニヤついて、変な動きして、それこそ優越感で性格変わるかもしれないわ。悪役令嬢として復活してしまうわ。
『それでいいんじゃないの?』
私、この世界でもうやることやったんだし。終わってるんだし。
『だしだし。だったらしゃんとしてたら?』
だからそれが出来る自信ないんだって。一人部屋でニヤニヤしながら乙女ゲームしてた女なんだよ私。
あれ……なんか変だ。この悩み変だ。迫られたら落とされるかもしれないからとか、もうそんなこと考えてる時点でなんか気持ち悪い。
あれ? 馬鹿なのか? 私は馬鹿なのか?
急にモテてるかもしれないとか思ったら頭の中が変になってきた。やっぱり優越感あったのかも。
冷静になれ私。
どういうつもりでここに来たのかって言ったら……なんか連れてこられて……妖魔が暴れてるからってんで。二人の炎妃にってんで……でもそれは……ちょっと……ん?
というやり取りを延々している間に、私いはまたもフスタフによって運ばれ、馬車に乗せられ、セリエンディまでノンストップ。
いつの間にやら、やるしかねぇと……いや、私ではなくハムスターがそう唱え続けていたため。
何をやるのかはわからないが、一回馬車の中で立ち上がって天井で頭を打った。




