回想~三人暮らし~
私は、フスタフの使妖精フスタフと通じている説を立証するため、ウラガ救出決行日を違う日にしたと、使妖精の前で嘘をついた。
案の定。
フスタフは現場に現れなかった。
おかげで殺し屋少女との恐ろしいやり取りの後、ウラガを救出することが出来た。
とはいえこのままいけるはずもなく。
今現在、部屋に押しかけてきたフスタフに、めっちゃ睨まれている。
こうなったらお互い顔を突き合わせて話し合うしかないということだろう。
「うう……」
「今回は体調が悪かろうがひかないわよ」
体調というより精神的にヤバイ。
ここからフスタフに使妖精を付けて貰ったところまで戻るとなると。
力が抜ける。
「それで? 未来を知ってるってのは何? アンタは本当に誰の指図もなく個人的に動いているっての? それとも妖魔に憑かれて……気配はないけど、でもあの姿は何? 二人をどうする気?」
いろいろまるバレである。
未来を知ってるなんて言った覚えないけど。
モフモフマリモが、部屋の中を不満げにウロウロしている。もうカウントダウンが開始しているのだろうか。
イファンとエイラスに影響がなければ許してくれたり……しないだろうか。
「フスタフ……様はどうして、私が怪しいと陛下に報告しないのです? っていうか未来を知ってるってどういうことです?」
一応とぼけてみた。
「こっちの質問が先」
はぐらかせなかったが、問答無用で捕まえる気配もない。
余地はある……かも。
真剣に向き合って、話せることを見極めていけば、このまま続けられたりしない?
ハムスターがバツとマルの看板を持って待機した。見極めを手伝ってくれるようだ。
よし。こっちは一人と二匹。三つの頭脳を持ち寄れば、きっとやれる。
私は、深く息を吸い込んで、わずかな気力を振り絞った。
「私は……私で動いてる。自分のために。ヘイツもウラガも利用する気はない。二人は助ける。でも今母親の元へ帰す気はないの。危ないから」
必死すぎてぶつ切りになったが、言いたい事は言えたと思う。
伝わったかどうかは……。
「二人の母親が危険だってのはどこから得た情報?」
「えっ……ああ」
そっか。そこ。そうだよね。それはだって……知られてたらヤバイ情報だもんね。ひっかかるよね。うん。わかるわかる。今気付いた。
「あ~えっと……風の噂……」
ハムスターがバツの看板を上げている。
「へぇ。じゃああの姿は? 角と髪……」
「あれはあの……コスプレ……」
部屋の空気が一気に冷えた。
決してとぼけているわけでも馬鹿にしているわけでもないが、フスタフの表情が一瞬にして氷のごとく冷たいものに変わった。
ハムスターがバツの看板をーー。
「ではないです。知ってました。誰から聞いたとかじゃなく。あの姿は、なぜかなれます。自分でもわかりません」
私は諦めた。初期に戻ることを諦めたのではなくて。
この話合いを諦めた。
「いつから?」
「わからない」
いっそ清々しいほどハッキリ言うと。
フスタフの表情がほんの少し和いだ気がした。
私はもう、この場を穏やかにすることしか頭になかった。
「本当にわからないんです。何も……」
語彙力のなさを眼力でカバーしようと、フスタフを見上げる。じっと見上げまくる。ただひたすら見続ける。
「…………」
フスタフは、ほんの少し居心地悪そうに咳払いし。
「そういえば……イファンが……」
眉間に皺を寄せた。
「イファンが言ってた。自分が小さいころ描いたリリファリアの絵には、なぜかいつも角が生えてるって」
衝撃発言。
「えっ」
「冗談だと思ってたけど……角……生えてたわね」
どういうこと? この力先天性なの??
「本当にわからないの?」
「うん」
気のない返事をしてしまった。
「何にも?」
「うん。未来がわかるってことに関してと、角が生えたりする力のことはさっぱり」
もうヤケクソだ。
私は、子供の用にコクコクと頷いた。
モフモフマリモがじりじり近づいてくるけれど、まぁ待てと目で合図する。勝算はまったくないが、今ものすごく気分がいいというか、すっきりタイムだから。
フスタフは、ため息をつき、頭痛でもするのか額を押さえた。モフモフマリモも同じような態度だ。
「…………」
黙っちゃったけど……どうしよう。
もっと何か言った方がいいかな。いやでも、これ以上ボロを出しても……いや……どのみちこの話合いはなかったことにしなきゃならないかもだし。
「あの。私……その」
「ん?」
「容量が悪くて。でもいろいろ知ってるから動けてるって状態で。それでも、後悔することとか多くて。だから、誰かに頼まれてとか、誰かの思惑がとかそんなんじゃなくて。自分のためだけに。ヘイツとウラガを助けたいんです」
さすがに悪い事するために人助けしてるとは言えなかったが、すっきりするならもうとことんすっきりしてから戻ろうと、割とありのまま言いきった。
「…………」
フスタフの表情は、無に近い。しかし怒っているわけでもない。考え込んでいるでもない、無防備な間があった。
「私が…………エイラスに言わないのは。これ以上何もさせたくないからよ」
穏やかな声。
「え?」
「知ってるならこれだけでわかるでしょう。わからないならそれでいいわ」
またピリっとした声に戻った。
「あ……ああ……はい」
これ以上……というと。先代王に毒を盛ったこと……だろうか。話の流れ的に。
私がそれを知っているとなると、暗殺されてもおかしくないレベル……。
にしても……フスタフは、この城で起きている事件の情報をどの程度掴んでいるのだろうか。
ヘイツやウラガのこと。妃が首謀者だって知ってる感じなのに、わざわざ殺し屋捕まえて誰に頼まれたかを聞き出そうとしてたし。
それって証拠を掴みたかっただけ?
それとも妃の裏に更に誰か居るとか?
ってそれ妖魔王……だけど居ないし。そもそも妃が殺し屋と通じてるってのは……おかしい……気もするぞ。仲介役が居る?
もしかしたら。
このあたりをきちんと掘ったら、何かこう重大なアレに繋がるような気がするんだけど。アレあの……アレ。
『アレって、リリファリアが死刑になるまでの空白期間のこと?』
そう! かな。たぶん。
といっても、相当前から動いているであろうフスタフすら何も掴めてないみたい現状で、戻って殺し屋少女から何か聞き出すなんて、超ハイリスクだ。
過去へ戻る間もなく殺されたらと思うと。どうなるかわからないが、試したくない。
「もう一つ。この部屋の地下のことは誰から? それも知ってた?」
投げやりな仕草で聞かれた。
わけのわからないことが多すぎてヤケクソなのだとしたら、私も一緒ですよフスタフさん。
「まあ……はい」
この部屋の中央にあるテーブルの下に地下への入り口があるってのは、つい最近知ったことだ。
ヘイツを連れて帰り、どうしたものかと迷っていたら、モフモフマリモがこっちに良い場所がありやすぜ~という感じで地下の存在を教えてくれた。
鍵はないのに、開けられるのはモフモフマリモだけという謎の地下施設。
今のところ、二人共そこに隠れて貰っている。
「信用できないことだらけね。びっくりするくらい」
「う……」
「でも……二人を助けてくれたことは感謝してるの」
フスタフは呟くようにそう言った。私にというより、己に言い聞かせるようなニュアンスだった。
「そう。感謝してる……」
飄々としてつかみどころのないキャラクターがものすごく悩んでいる。
意味不明なこと言ってんじゃねーと切り捨てたりせず、真剣に。
今ここで、フスタフに理解してもらえれば。
抱えきれないほどある秘密を少しでも共有してくれる人が居れば。
めちゃくちゃ助かる。
私は、一縷の希望に手を伸ばさんと、考えなしに口を開いた。
「あのえっと……そうだ。二人の身柄はフスタフ様に預けます。本当に二人を何かに使おうとかそういう気はないのです。妃たちのいざこざが治まるまで、どこかで匿って貰えればそれで……」
「やだ」
後ろから声。
見るとそこに、ヘイツとウラガが立っていた。
っびっくりした。
何のつもりか、モフモフマリモが地下の扉を開けたらしい。
フスタフは気配で気付いていたのか、横目で確認して、私に視線を戻した。
「二人共。今話の途中だから戻って……」
「僕。リリファリア様と一緒に居る。約束したし。アンタの方が信用できない」
ヘイツがサラっとフスタフをアンタ呼ばわりして、私の横に立った。
コレハイカン。
違うからね。私何も言ってないからね。ヘイツを洗脳とかしてないからね。
否定しようとしたら、今度はウラガがフスタフを背に私の前に立ちはだかった。
「俺はどっちも信用してない。でもそいつを一人には出来ない。今度こそ母上の凶行を止めなきゃならないから近くで見張る」
ウラガめっちゃ睨んでくる。ヘイツもすごく穴が開きそうなほど見てくる。フスタフも……。
「えっと……」
三人の視線を一手に受け止め、足が勝手に後ずさろうとした。
しかし、ここから逃げるイコール割と初期に戻ることになるかもしれない……だ。
崖っぷちナウ。
振り返れば、トラウマになりそうなほど何度も飛び込んだ崖が見えそうだ。
もう嫌だ。あれをもう一度なんて嫌だ。
今説明出来ること。話せないこと。やらなければならないこと。やっちゃいけないこと。
手札が散らかりまくっている。その場しのぎで進んで来た弊害がつもりつもって、前方を塞いでいる。
ハムスターが必死に草の根をかき分けていたが、途中、何やら発見したらしく、草むらにダイブし、そのまま出てこなかった。
バッタでも見つけたのかな。
じゃなくて……ええっと私は、二人を助けたいだけで、妃もその裏に居るかもしれない人も関係ない。しかしこれを証明する術はない。それに……まったく裏がないかと言われれば、ありまくりで、今後の展開を考えると手放しに信用してくれといいにくいところもある。
とはいえそれらの出来事を回避したいとは思っている。志はフスタフとそう変わらないのではないかと……ないかと……。
「はぁ」
フスタフがため息をついた。
ガッカリ。諦め。呆れ。
一瞬、親や会社の人たちの顔が浮かびかけたが、それよりなにより、この世界の人たち。エイラスの腕の中ぐったりするイファンや、崖から落ちていくヘイツ、森の中で殺されたウラガの姿が鮮明に蘇った。
この世界に来て、出来なかったことがある。でも出来たことだってある。目の前に居る。
過去へ戻れるというものすごい力を使ってようやく出来た。遅くても手際が悪くても、戻れるから……出来た。
考えなきゃ。ちゃんと考え続けなきゃ。私、この力に見合わなすぎる。
かといって今すぐ答えを見いだせないし。
やっぱり少し戻ろう。フスタフと交渉出来るように頭の中を整理してから、もう一度話し合いをしよう。
私は、モフモフマリモの位置を確認しようとして……。
「わかった」
フスタフに視線を戻した。
「あなたたちも妖精一族として、自分のやりたいようにやればいいわ。もう己の身に危険が迫ってるってのは理解してるわけだし。今後は誰も信用せず、自分の身は自分で守ること」
ヘイツとウラガがフスタフの言葉にうなずいた。
私は……もちろん頷けない。
「え……どういうこと?」
「ただし今後も監視は続けるわ。どのみちアンタのその体じゃ、私の使妖精がなきゃ碌なこと出来ないだろうし」
「それはえっと。いろいろと理解してくれたってこと……じゃないよね」
「検討中ってとこかしら」
「……あ~~……うん。検討……」
検討。
は悪くないような気がする。
「えっと……で。二人は?」
「それは二人に聞いてちょうだい」
「え………」
横を見るとヘイツがにっこり……いやうっとり?
前を見るとウラガがギロリ……訝し気に私を睨んでいる。
「僕はここで過ごす」
「俺も」
二人共私のことをまっすぐ見つめたままそう言った。
私は何度も瞬きして、頭をポリポリ掻いて、首を傾げて、また瞬きした。
「それはあれなの? 地下で暫く過ごすってこと? 死んだことにしたまま?」
恐る恐る聞きなおしたら、二人同時に頷いた。
頷く。ってことはイエスってことで。その通りってことで……。
「いやでもあの、まだ手筈は整ってないけど、ミーキアの郷で匿ってもらうって言う手もあるっていうか」
数日前、オルレシアンの知り合いから、思ったより人数が多いので後ほど追加料金を送るようにとの連絡が来た。あの施設に居た子供たちは無事で、ミーキアの郷に着いたらまた連絡してくれるそうだ。
それが解決してから、もう一度二人の身の振り方を考えようと思っていた……っていうのは建前で、ちょっとぼーっとしてました。旅疲れで体の調子もあまり良くなかったし。
「じゃ。よろしくね。食事とか物資に関しては支援するから」
「あ……ありがとうっ」
フスタフの申し出には、思わず心からのお礼が出た。
食料は多めに頼むことでしのいでいたが、物資に関しては、貯金も底をつきそうでどうしたものかと悩んでいたのだ。
マジありがたい。でもマジどうすればいいかわからない。本気で二人を地下に匿い続けるのだろうか。
そんなの。いろいろ無理じゃない? 二人の精神的にも、私の精神的にも。最低二年ちょいはかかるわけだし。二年って長いよ。子供の二年はあっという間かもしれないけど。こんな閉鎖的な場所だとより長いよ。無理無理。二人共暇すぎて爆発しちゃうよ。ゲーム機とかないしさ。そういやゲーム……暫くやってないな。ゲームもアレだけど、たまにラーメンとか食べた……。
バタンと扉が閉まった。
ハっと顔を上げると、フスタフが居なくなっていた。
忙しいのか、疲れたのか、なんともあっさり二人を置いて行ったものよ。
私も疲れたよ。休憩したい。
それなのに、ヘイツとウラガとモフモフマリモが何か期待するような目で私を見ている。
「あ~っと……うん。えっと」
二人はもう決意しているらしいが、モフモフマリモは、一連の流れを見て、どうすべきか悩んでいるように見受けられる。
フスタフが信用出来るかどうかってこと……だよねきっと。
私は、モフモフマリモに語り掛けた。
あの……なんていうか、私はたぶん大丈夫じゃないかなって。
フスタフがエイラスや他の人たちに言いふらす可能性は低いと思うんだ。
よくドラマや漫画で死に場所を探してるとか言うのあるけどさ、フスタフの場合、汚れどころを探している……とでもいうのか。
事態の収集よりも、誰より先に現場に飛び込む事に重きを置いているような……殺し屋少女との死闘を見てそんなふうに感じたっていうか。
あれだよ。
私の情報の漏らし具合によっては味方になり得ると思わない?
妃たちと同じように何か企んでるかもしれないって疑われるより、先を知っているかもしれないって疑いが追加された方がマシだよ。
フスタフにとって私は、何より欲しいものを持っているかもしれない人ってことになるわけだし。
今後はフスタフの使妖精に気を付けつつ頑張るから。ね。あんなイケメン……イケ女装、利用してポイっよ。
だから戻らなくていいよね? ね?
目を瞬いて合図を送ったら。
モフモフマリモは、一つしかない目をバチンと閉じて、少し拗ねたような態度で消えていった。
やった!
これでようやくっ……ようやく……未解決事案多数、先行き不安。子供二人を抱えての再スタートだ!
だっ……だ……大丈夫。まだギリギリいける。たぶんいける。最悪戻ることになるけど、一番の最悪である、無垢な少年たちの死は回避した。
無垢な……。
「なあお前」
「えっ? あっはい」
ウラガに呼ばれ、猫なで声で返事をした。
優しく接しようとすればするほど鼻声になるのはなぜだろう。
気持ち悪かったのか、嫌そうな顔をされた。
「俺は逃げない。地下の扉を自由に出入りできるようにしろ」
「えっ……いや……それは私にも出来ないっていうか」
「開けっ放しにしときゃいいだろ」
「いやそれはちょっと。この部屋片付けの使妖精とか入ってくるし」
「じゃあ地下室に仕切りを作れ」
「仕切り?」
地下室は広い。たぶんこの部屋よりも広い。
それに、ものすごく好都合なことに、人が暮らせる作りだ。
部屋のど真ん中に大きなベッドが一つあって、バスルームとキッチンは壁で隔てられている。
風の妖精の通り道があるので、換気も、温度調節もされており、そのあたりが関係しているのか、物が劣化して朽ち果てたり、埃まみれだったりということもなかった。一応シーツは替えたし、一通り拭き掃除などもして。
一つのベッドを二人でっていうのもなんなので、この部屋にあったソファを下に運び込み、一人はそこで寝て貰うようにしている。
「一人部屋が欲しいってこと?」
「ああ。こんな人殺しと一緒じゃ寝られないからな」
「ひと……」
喉が詰まった。
人殺しって、まさかヘイツのこと? なんでそんな呼び方……。
当のヘイツは特に気にした様子もなく、ニコっと笑い返してきた。ウラガのことなんて見もしない。
……この二人の関係性ってどうなってるんだろ。仲良くないのかな。にしてもその呼び方は……。
「あのね。その言い方はちょっとよくない。っていうかさっきヘイツを守るために傍に居る的なこと言ってたよね。兄弟なんだし、一緒じゃ駄目?」
年上として注意しようとしたが、全然だめだった。説得力のある説教なんて一生出来る気がしない。
「守るなんて言ってない。そもそも俺を狙った殺し屋は、こいつの母親が雇ったんだろ。別に責任とか感じてないから」
「えっいやそれは……」
お互いの母親が子供を殺そうと画策しているなんて知りたくないだろうと思って、二人にはだいぶ濁して話したのだが、意味なかったようだ。
私の正体についても、濁しまくっているけれど、さっきのフスタフとの会話を聞かれていたのだとしたら……まあいっか。
「今出て行っても同じことが繰り返される可能性が高い。いつ殺されるか怯えながら外で過ごすより、機会が来るまで死んだふりしてて方がマシ」
私は、ぽかんと口を開けた。
「お母さんを止めたいってさっき言って……」
「あの人は止められない。あれは兄を説得するための建前だ」
「あ…………そうなの?」
あの人……。
何やら複雑な事情がありそうだが。
「えっとまあ。あれだよ。何はともあれ二人共生きてた方がいいよね。あと二年ちょっとくらいで外出れると思うからその……」
「やめろよ。その子供だましみたいな嘘」
「黙れ」
さっきまでニコニコしていたはずのヘイツが、ウラガの喉元に手を伸ばした。
「なんだよ」
ヘイツの手を払うウラガ。
二人の気配があきらかに変わった。
「天使様を疑うな」
無機質な声。怒りも悲しみも喜びもない、それゆえどこかゾっとするような響きを含むヘイツの声に、背筋が凍る。
「っは。天使だと? 笑わせるな。そいつは悪魔だろ。殺し屋を前にしても一歩も引かない。血まみれの悪魔だ」
己の頬を撫でるウラガの顔が、ものすごく大人びて見えた。
「お前……」
ヘイツの腕が再び伸ばされ、ウラガが一歩前へ。
その瞬間。
私の足腰から力が抜けた。
「った」
気が付くと、尻もちをついていた。
二人同時にこっちを見て、二人同時に鋭かった表情を緩める。
さっきまでの恐ろしい気配なんて微塵もない。
ただの子供が、不安そうに私を見ている。
不安そうに……。
「あのね。間違ってもぶつかってもいいから。ここでは早くしろとか言わないから。じっくり考えていいから。落ち着いて……ください」
私はつい、私が言って欲しいことを言っていた。
ヘイツが、さっきとは打って変わって、冷たく暗い表情をした。始終怒っているみたいだったウラガの瞳に、何か別の熱が宿る。
受け止められるのか?
なぜだかそう問われているような。
お前に理解出来るのか? お前こそ言葉だけじゃないのか? と……問われたような、そんな気がして。
私は両手を広げ、まっすぐ二人を見上げた。
誰にも受け止めて貰えなかった。一度や二度拒絶されただけで怖くなって諦めてしまった。
今の私は、私であって私じゃない。それに何度もやり直せる。
それなのにまだ怖い。自分から飛び込むのが怖い。一生どころか二生になっても変われない。
だったらもう踏んでいけばいい。私はどのみち二人が踏み出すまで決してその場から動かない。動けない。
『それは純白の翼か、それとも醜く黒い翼か。階段か。天国への階段なのか。それとも地獄……』
ハムスターのナレーションで我に返った。
「あっ……いや。あの……あれだね。私何やってん……っ!?」
ヘイツとウラガが、胸に飛び込んで来て、両手を引っ込め損ねた。
飛び込む……というか、ヘイツが私の後頭部に手をかけ、ウラガは私の顎をクイっと持ち上げ。
刹那。
両ほほに柔らかい感触。
離れたヘイツはきょとんと。ウラガは口を拭きながら眉間に皺を寄せた。
「引き寄せられた」「今なにしたっ?」
なにしたっていうか。頬に……キスされましたけども。
私何もしてませんけども。
ぷるぷる首を振ったら、ウラガは舌打ちして地下へ戻り、ヘイツは私の手をひっぱって起こし、怪我してないかしつこく確かめてから地下へ戻って行った。




