回想その16
フスタフが置いていった使妖精のおかげで、丸一日誰にもばれることなく養生できたが、次の日になるとすぐ、腕に包帯を巻いた状態の痛々しいイファンが駈け込んで来た。
私が一日部屋から出てないことをどうやって知ったのだろうか。
ひどい目にあった直後だというのに、イファンは私の体調を気にしてばかり、後ろめたい私は、心配されればされるほど、気持ちが落ち込んでいくばかり……。
あの力は一体なんだったのか。これからどうするのか。
その二つがぐるぐる頭の中を回っている。
体調もなかなか良くならず、どうにも煮え切らない状態で過ごすこと数日。
なんとエイラスが見舞いに来るというおまけイベントが発生してしまった。
見たことない種類の真っ赤な花を見舞いの品として渡され、一瞬慌てふためいた私だったが、今回はすぐに対処方を思いついた。
丁度、疲れ果てたイファンが私のベッドに突っ伏して眠っている。これを使わない手はない。
「エイラス様。イファンが邪魔で眠りにくいんですの。申し訳ございませんが、部屋へ運んでくださるかしら。あと私花粉症ですの。お気持ちだけ受け取っておきますわ」
私が声を掛けると、無意識であろうイファンを眺めていたエイラスが、居心地わるそうな顔をした。
別にイファンのこと眺めてるのを咎めたわけじゃないんだけども。
好きな子の方を気にしてくれていいんだよ。
普通に恋愛して好きな人と一緒になって下さいって言ってしまえたら……言ってしまったら駄目なんだったっけ?
ハムスターがえっほえっほとソファを運びながら頷いた。
『エイラスは出来るだけ力の強いお世継ぎが必要で、それにはリリファリアが適している。
炎妃を娶ることに問題はないが、それがお世継ぎのために結婚した女の妹ってのが世間的にどうなの? ってこと。妖精一族にとって世間なんてどうでもいいってのはあるけれど、エイラスはどちらかというと人間よりな考えが強い。自分で自分が許せないだろう。
リリファリアかイファンかどちらかがあの家を継がなければならないってのもある。
リリファリアはどうしてもここから退場はしなきゃいけない。
それも、二人が気にしないように退場しなければならないのだ』
ハムスターが家具の配置換えをしながら気のない説明をした。どうも納得いかないのか、今度はテレビの位置を変えはじめた。ハムスターのどうでもいい日常風景が徐々にフェイドアウトして消えた。
「二人は似てるな」
エイラスのつぶやきに、私はゆっくり首を傾げた。
ハムスターと私……じゃなくてイファンとリリファリアのことかな?
どちらかというと、リリファリアは父親似で、イファンは母親似。どちらもそこそこに整った顔ではあるけれど、狐とタヌキって感じで似てるとは言えない。
「私とイファンがですか?」
「ああ……」
エイラスはぼんやりした返事で、すぐそばに居た使妖精を手招きした。
「彼女を部屋へ」
イファンを部屋へ運ぶよう指示して、ベッド横に椅子を置くエイラス。
なぜに自ら運ばない。そしてなぜに腰を下ろす。
女性の使妖精は静かに頷き、その細腕からは考えられない力でイファンを抱き上げ、部屋から出て行ってしまった。
「体調はどうだ?」
「大丈夫です」
私は即答した。あまり会話をしたくなくて、食い気味に。
「そうか。よかった」
「いえ」
沈黙。
婚約者候補というわりにあまり話したことがない上、ワインぶっかけ事件のこともあって、ものすごく気まずい。
何か上手いこと言って帰ってもらうとか出来ないだろうか。
上手いこと……。
体調がすぐれないとか。
いやいや。大丈夫っていったばっかりだし。
用事……はこの状態では不自然。
着替えたいってのも、変かな。
「聞きたいんだが」
「えっ? はい……」
身構えた。
どんな攻撃が来ても受け止められるよう、ハムスターを呼んだ。しかし家具の配置が決まらないのか、なかなか出てこない。
私は、意識して息を吸って吐いた。
「……やはりやめとく」
「え?」
拍子抜けして、結構失礼な感じの え? が出た。
「ただ一つ言っておかなければ」
「あ……はい」
再び身構える。
ハムスターはソファに置くクッションの形を星にするかハートにするかで迷っている。
「俺は王として生きると決めている。だから余計なこと…………ドレスは……もう贈ってしまったが……今後余計なことは…………駄目だ。これじゃ説得力がないな」
エイラスが髪をグシャっとかきむしり、ため息をついて項垂れた。いつも凛とした彼らしからぬ仕草は、少し可愛らしい。
いやいやそうじゃなくて、今ドレスって言ったよね。
この間のワインぶっかけ事件がエイラスにまでわざとだと思われてるとしたらそれってどうなの? そういえばオルレシアンがフスタフと協力してた的なこと言っていたけど。
どこまでを誰に怪しまれてるのか。何をどう受け止められているのか。
どの謎を誰に問いただせばいいのかわからない。
こんなにバレバレで、私、ここから悪役として挽回できるの?
まあ……この間のアレは……相当ひどい行いだった……けど。
もしもモフモフマリモが、予定通りであろうがなかろうが、二人の気持ちが近づけばいいという考えならば。
穏やかな方法でイベントを進めて、最後の最後にリリファリアはこの国には居られないっていう何かを起こす方がいい。いくら二人が気にしないようにと言っても、追放されるか死刑になるかで退場しなければならないっていうのは、極端すぎる気がする。
例えば、イファンの方が器として優れてると思わせる……のは難しいかな。器は生まれながらのものだって言ってたし。
病弱すぎて跡継ぎとか無理だからってのは、そうするとお家を継ぐことも出来なくて、結局イファンも私も家へ戻されるかもしれない。
…………。
そういえばリリファリアってイファンを青い屋根の家に行かせたくなかったはずなのにここへ来てから一転、エイラスとひっつけようとしてるよね。
ああいや違う、妖魔王が憑いてるから、嫌がらせしたくないけどしてしまうってやつで。それが結果的に二人をひっつけることになってるだけ……。
駄目だなんか混乱してきた。それもこれも妖魔王が居ないせいだ。悪意もないのにあるふりをしなければならないこっちの身になってほしい。
私はやりたくないけれど、私がやらなければならなくて。私は私ですらないんだけど、私しかいなくて。私の真意……リリファリアが本当はどうしたかったのかさえ、憶測しか出来ない。
せめて、イファンを青い屋根の家へ行かせまいとした理由ぐらいは知りたいわ。リリファリアは本当に私利私欲のために伯父さんを追いかけたの?
ハムスターが現れ、三つ編みのカツラをかぶって、ベッドにポフンと座った。その横にツインテールのハムスターがいつのまにやらちょこんと座っている。
『あのね。私将来教師になりたいの』
ツインテールのハムスターがそういった。
『どうして急に? 前はお姫様っていってなかった?』
三つ編みのハムスターが、少し小ばかにしたように笑った。
『うん。でもね。お姫様はかわいいけど、何が出来るのかっていったら特に思いつかないの』
『それはお姫様に失礼よイファン』
ため息をつく三つ編みハムスター。
『でも思いつかないんだもの』
『じゃあ教師だったら何ができるの?』
『えっとね。まず教師になってね。お金を稼ぎながらね。妖精図の設計士の資格を取るの』
『はじめから妖精図の設計士目指せばいいじゃない』
またもため息をつく三つ編みハムスター。
しかし、ツインテールハムスターの勢いは止まらない。
『最終的には妖精図の設計士の先生になるから、さきに先生になっとくの。偉くなるの』
三つ編みのハムスターは、ポカンと口を開けてしばらくツインテールハムスターを見つめ。
何か悔し気に拳を握りしめた。
キラキラしたツインテールハムスターの眼差しが気に食わなかったのだろうか。
『イファンには無理よ』
『えっ? どうして?』
『私の方が頭いいもの』
『っ!?』
ツインテールのハムスターはギャーンとショックを受けた顔をして、三つ編みハムスターに縋りついた。
『お姉さま勉強教えてっ!』
『嫌よ。どうして唯一勝てるものを伝授しなきゃなんないのよ……』
『え?』
『いーや。絶対いや』
『なんでなんで? 教えてっ教えてよっ』
『嫌ったら嫌!』
ツインテールハムスターの大きな目に涙がたまりだし、ボロボロ泣きだした。
三つ編みハムスターはようやくニっと口の端を持ち上げ、嬉しそうにふんぞりかえった。
リリファリアよ。泣いてる妹を見て嬉しそうにするでない。
けど、たぶん、この過去回想が本物だとしたら、イファンには夢があるから、青い屋根の家へは行かせたくなかった……てことだよね。
ハムスター二匹が手を取り合って万歳した。拍手を求められているような気がしたけれど無視したら、悲しげな二匹の前に赤い幕が勢いよくおりた。
閉幕。
早めにこの劇を見せてくれても良かったのに。小出しにしてくるの腹立つ。
『はじめの方に悪役令嬢であるリリファリアを擁護するようなものを見せすぎたら、信用してもらえないかもしれないし』
幕からチラリと顔を見せるハムスター。
いや。そんなこと言ったらいまだに何もかもが半信半疑だから。
ハムスターが、ギャーンっとショックを受けた顔をして、幕の中へ引っ込んだ。




