次の街へ
テツオ達は次の街へ出発する準備をする
いくつかの朗報があった。
一つはウラヌスの仮処分が白紙になり、晴れて自由の身になれた。今回の功績による免除だという。
「そりゃ、名誉の負傷までしたんだからな、当然だよ」
と布団の上でふんぞり返った。身体も松葉杖を二本使えば取り敢えず短い距離なら歩行は出来る。それよりも外を出歩きたいらしい。
「ホテルから出ることすらままならないのはまいったぜ」
「完治するまで大人しくしてなさい」
マミヤの言うとおりだ。というかそれしかない。
二つ目は懸賞金だ。
マジュラと対峙した翌日、マミヤは手帳を二冊持ってきた。
「お二人の、報酬でーす」
珍しく陽気にマミヤが部屋に入ってきた。今日は戦闘服ではなく先日のようにドレスアップしていた。やはり髪を下ろし今度は丈の長いワンピースという種類の服を着ている。ゆったりした服で、マミヤのきれいな身体のラインが隠れてしまうのはもったいないが、これはこれで似合っている。胸にはしっかりカミキリが飾ってある。
持ってきたのは銀行の通帳というものらしい。
「本当は本人がいなきゃ通帳は作れないんだけど、私はこの町ではあっちこっち顔が利くから」
と悪戯っぽく笑う。
「おお、いきなり金持ちになった気分だな」
ウラヌスはご機嫌だ。
「ちゃんと三等分してあるからね。はい、確認して」
三人で通帳を見せ合った。
僕には有り難みがいまだにわからないが、毛皮を売った時よりも桁がかなり違う。
「にしてもマミヤの総額はすげぇなあ」
「ま、この道何年もやってるからね」
マミヤは手帳をパタンと閉じてバッグに入れた。
三つ目は石投げだ。
マジュラにアドバイスされ郊外で練習を始め、初日はマジュラのやったように煉瓦に投げた石はすぐに手元に戻った。段々と距離を伸ばして、煉瓦から五メートルほど離れた場所から投げても不思議と手元に戻る。遂には標的を定め思い切り投げると、当たった後ブーメランの様に戻ってきた。これにはマミヤも、
「おー! 物理法則を無視した動きね」
と驚いていた。マジュラの、いや今はマミヤの胸元にあるカミキリもそうだが、何か不思議な力が宿っているようだ。
僕は今まで非力な弱者だと思っていた。実際そうだった。ウラヌスには豪腕と鉄斧、マミヤには敏捷さと剣技があり、自分にはなにもなかった。人身売買組織を叩く、などと大きな口を叩いたが力がなければ何も出来ない。この石を、このオーパーツを自在に使いこなせれば自分も戦力になれる。しかもマジュラは〝成長する〟と言っていた。マミヤとの出会いから僕が抱いていた劣等感が薄れつつある。狩人とは別に戦士としての自覚を持ち始めた。
石に名前を付けろというのは、それだけ愛着を持てという意味だと受け取った。いろいろ考えたが、
「マミヤさんのがカミキリだから……、ナゲイシかな」
と言ったら二人に爆笑された。普段大声で笑わないマミヤもお腹を抱えている。
「テツ、ネーミングセンス最低ね」
とまで言われいささか憮然とする。じゃあ何か案はないかと問うと、
「名前は持ち主が決めるものよ」
とはぐらかされた。
ウラヌスは十日ほどで歩けるようになった。人並み外れた回復力だ。身体がくすぶっているようで、ホテルの中を歩き回ってなまった足のリハビリをしている。
マミヤはやはりジャバイジャという町を目指すらしい。ウラヌスに今後のことを聞くと、
「ん、俺はマミヤに着いてくぜ」
と、あっさり言う。
「だって自由の身になったんでしょ」
「だって俺には他に出来ることもやりたいこともねーんだから。定住願望はあるが、アルデンで働きたくても手に職がねえしな」
なるほど。
「それに天下のマミヤ様の片腕になれるんだから、こんな名誉で楽しいことはねえ」
「はいはい、足の小指ほどは期待してるわよ」
マミヤは冷たくあしらう。
「小僧のナゲイシも期待してるぜ!」
ウラヌスはからかうように言い、またゲラゲラと笑った。
「で、ジャバイジャまではどれくらいかかるんだ」
ウラヌスはもう行く気満々だ。
「それが問題なのよね。馬車で走っても二週間は掛かりそう」
「二週間!」
「馬車でか!」
僕とウラヌスは一斉に声を上げる。
「しかも私達はロバと荷車だから一ヶ月。詳しい場所ははっきりしていないから、下手すると四十日以上はかかるわね」
うーん、二人は唸るしかない。僕の集落からこの町アルデンまでロバで三日かかった。その三日間だけでも野盗に襲われ続けたし、ロバの背で揺られるのはかなり苦痛だった。それが一ヶ月以上。途方に暮れてしまう。
「ウラヌスは馬に乗れる?」
「俺はロバ専用だ。馬なんて高級なもの乗ったことねえ」
ウラヌスはふんと鼻を鳴らす。
「私は乗り物全般全く駄目だし乗る気もない。テツは体型的に無理だよね」
はっきり言ってくれる。操るどころかまたがることすらままならないだろう。
「消去法で、やっぱりウラヌスに頑張ってもらうしかないわね」
「また俺かよ。乗りこなすのに時間がかかると思うぜ。ましてや馬車付きならな」
文句は言っているが、当てにされてまんざらではなさそうだ。
「あのう」
二人が当たり前のように話している、聞きにくい質問をする。
「馬は何処で捕まえるんですか?」
マミヤはぶっと吹き出しウラヌスは大笑いする。
「買うんだよ、馬を買うんだ。小僧、町に来て何を学んだんだよ」
「馬が売ってるの!」
僕は驚き、
「馬車も売ってるわよ」
とマミヤは補足する。
生きた動物の物々交換はしたことがない。発想すらしなかった。
「ロバはここで手放すのか」
「そうなるわね。下取りにもなるでしょ」
ウラヌスは突然消沈し呟いた。
「マリーとジョニーともお別れか」
マリーとジョニー! 声を上げて笑いそうになったが、ウラヌスの心底悲しそうな顔を見て抑えた。その代わりマミヤと互いの顔を見合わせて小さく笑った。
馬選びと馬車選びはマミヤとウラヌスが大揉めに揉めた。
馬に関してはほっそりとして凜々しい馬をマミヤは支持し、ウラヌスはどっしりして骨太な馬を主張した。つまりは見た目か実用的かなのだろう。二人とも噛みつかんばかりに言い合ったが、結局店主のアドバイスとウラヌスの、
「俺が乗るんだろうが!」
という一言でマミヤが折れた。悔し紛れに
「この馬バカヌスって呼んでやる」
といきなり名前まで決まってしまった。
馬車は意外なことにウラヌスは中古を主張し、マミヤは当然新品を選びたがった。
「中古は実績がある、良いとこも悪いとこも把握できるが、新品は信用できねぇ」
「新しいのがいいに決まってるでしょ。他人がどう扱ったかわかんないものなんて信用できない」
どっちも信用第一なのだが、見事に意見がかみ合わない。ここは馬選びでウラヌスの意見を通した分、馬車はマミヤのいう新品を選ぶことにした。ジャッジしたのは僕だった。
同時にウラヌスのロバ(マリーとジョニー。僕には区別がつかない)を下取りで手放した。ウラヌスは二頭の首に抱きつき、
「今までありがとな。元気でな。いい飼い主に買われろな」
と涙目で語りかけていた。マミヤはニヤニヤと眺めていたが、僕はちょっと鼻の奥がツンとしてしまった。
ウラヌスはコーチ付きで乗馬の練習(これも有料)を始めた。ロバを乗っていた経験から乗馬自体の飲み込みが良かったが、御者台で手綱をとる練習にはかなり時間がかかった。
ウラヌスは日中乗馬の訓練に励み、僕は何かの役に立てばと思い練習を見守る。マミヤは本当に興味がないらしく、着飾って毎日町をぶらぶらしているようだ。
ロバと馬は似たようなものだと思っていたが全く違う生き物だ。とにかく背が高い。落馬したら洒落にならないだろう。身体も逞しく本気を出せばかなりのスピードが出るらしい。
そして二週間が過ぎた。ウラヌスは乗馬や御者台での手綱をおおよそ操れるようになり、僕は見学のお陰で馬に関する知識を得、マミヤは暇を持て余すにも限界のようだった。
「さっさとバカヌスに乗って出発するわよ」
「その名前で呼ぶな!」
「じゃあ何て名前にするの」
「で、デイジー」
今度ばかりは僕もマミヤも大笑いした。
「あんた顔に似合わずロマンチストなのね」
「似合わずは余計だ!」
なんだかんだでこの町アルデンには一ヶ月以上滞在していた。初めての町、愛着も湧いてきたので出発は少し寂しい。
町で買った保存食や道具などを馬車に積みもむ。いよいよ次の町に出発だ。
新しい街は前回の街と比べかなり異質な場所だった。
次回 2/16 17時投稿。
よろしければこちらの作品もどーぞ。
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