第七章:勢力図
娼館組合の定例会が終了すると、会場の空気は一変した。円卓を囲んでいた娼館長たちは、三々五々に分かれ、派閥ごとの議論が始まったのだ。どうやら組合内は、アメリアを支持する派閥と、バスコを支持する派閥で大きく二分されているらしく、二つの集団の間には見えない大きな壁を感じた。
アレックスが静かにその様子を観察していると、何人かの娼館長が彼に話しかけてきた。彼らは口々に、叔父クローブの死去に対するお悔やみと、アレックスの新しいオーナーとしての就任へのお祝いを伝えた。
「クローブ殿は、ガーデンローの娼館業界を盛り上げるために、並々ならぬ尽力をされておりました。貴殿がその志を受け継がれるのであれば、喜んで協力させていただきますぞ。」
ある老舗の娼館長が、にこやかにそう申し出た。彼らの言葉は一見すると好意的なものだったが、アレックスはジェームズの忠告を思い出していた。
「お心遣い、痛み入ります。まだ就任したばかりで不慣れな点も多く、皆様にご迷惑をおかけすることもあるかと存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます。」
当たり障りのない返答でその場をやり過ごすと、娼館長たちはアレックスの周りから去っていった。静かにため息をつくと、ロバートがやってきた。
「アレックスさん、お疲れ様です。組合の混沌具合は中々の物でしょう?」
ロバートは、見るからに疲弊しているアレックスをねぎらった。
「ええ、正直、想像以上でした。ロバートさんはどちらかに与していたりするのですか?」
「いやあ、僕は中立ですよ。新参者ですし、何よりオートマトンしか雇っていないものですから、どちらからもあまり良く思われていないんです。孤立していると言ってもいいでしょうね。」
ロバートは苦笑した。
「大変なことも多いと思いますが、新参者同士頑張りましょう。悩み位なら、いつでも相談に乗りますよ。」
そう言ってロバートはアレックスの肩を軽く叩くと、周囲からの冷ややかな視線もなんのそといった感じで、軽い足取りで会場を後にした。
ロバートを見送ったアレックスも、そろそろ会場を後にしようとした。その時、アメリアが彼に話しかけてきた。
「アレックス様、少々お時間をいただけますでしょうか? 」
アメリアの言葉に、アレックスは少し驚いた。しかし、拒否する理由もなく、彼女の誘いを受け入れた。
アメリアに案内され、豪華な装飾が施された執務室へと足を踏み入れた。部屋の中は、上質な調度品で統一され、窓からはガーデンローの街並みが一望できる。アメリアはアレックスに座るように促すと、自らも向かいのソファーに腰掛けた。
「アレックス様、単刀直入に申し上げます。わたくしは、『ミストナイトクラブ』の現状について、ある程度の情報を把握しております。もちろん、莫大な負債についても。」
アメリアの言葉に、アレックスの表情が強張った。彼女何を言いたいのか、全く読めない。
「……それが、何か?」
アレックスが警戒しながら尋ねると、アメリアは静かに微笑んだ。
「わたくしは、クローブ様が心血を注いだ『ミストナイトクラブ』と、唯一の肉親であるアレックス様の窮地をお救いしたいと考えております。」
アメリアは、アレックスの目をまっすぐに見つめた。
「わたくしと、『ミストナイトクラブ』を共同経営なさいませんか? 経営再建をわたくしが全面的に支援いたします。もちろん、負債の返済についても、『アメリア』が全額お引き受けいたしますわ。」
それは、アレックスにとって予想外の提案だった。アメリアの提案は、彼の抱える全ての重荷を、一瞬にして取り除いてくれるものだ。しかし、ジェームズの忠告が再び脳裏をよぎる。この美しい女性が、一体何を考えているのか。アレックスは、その真意を測りかねていた。




