第六章:定例会
蒸気馬車は、「アメリア」の正面玄関前に停車した。その建物は、中心街の喧騒の中でも一際目を引く存在感を放っていた。アレックスは車を降りようと身を乗り出したが、その腕をジェームズに掴まれた。ジェームズの表情は、いつになく真剣なものだった。
「アレックスはん、一つ大事な事を言っとくわ、この街で自分に都合の良すぎる話を持ってこられた時は、そのまま鵜呑みにしたらあかんで。特に、夜の世界で成り上がってきたような奴らの誘いには、絶対に即答したらあかんで」
ジェームズの低い声での念押しに、アレックスは思わず頷いた。確かに用心に越した事はない、ジェームズには騙されたし。
車を降りると、深い青のドレスを身に纏った女性が、優雅な足取りで歩み寄ってきた。彼女は柔らかな笑みを浮かべ、その視線はアレックスを真っすぐに見据えていた。
「アレックス様でいらっしゃいますね。わたくし、『アメリア』の娼館長、アメリア=シルディーと申します。本日はようこそお越しくださいました。」
淑やかで上品な物腰、しかしその瞳の奥には鋭い光が宿っている。アメリアはアレックスに軽く会釈をすると、会場へと案内を促した。道中、アレックスは「アメリア」の外装が彼の記憶にある「ミストナイトクラブ」と酷似している点が気になり、その疑問を口にした。幼い頃に見た、あの煌びやかな叔父の娼館の姿が、今目の前にある「アメリア」と寸分違わないことに、彼は強い違和感を感じていた。
「アメリアさん、この娼館の外装は、『ミストナイトクラブ』とよく似ている気がするのですが……」
アメリアは微笑んだ。
「ええ、その通りでございます。わたくし、以前『ミストナイトクラブ』で娼婦として働いておりましたの。クローブ様には大変お世話になりましたので、この娼館を立てた際に、クローブ様への尊敬の念を込めて、あえて似せたものでございます。」
アメリアの言葉に、アレックスはとりあえず納得をしたが、また一つ疑問が湧いてきた。
(いくら尊敬しているからといって、普通、同じ街に全く同じ外観の建物を建てるか……?)
アレックスは、彼女の穏やかな表情が、少し気味悪く感じた。
会場に着くと、既に他の娼館長たちが円卓に座していた。皆一様に上質な衣服を身に纏い、その表情にはこの街の裏社会を牛耳る者たちの、したたかで油断ならない風格が漂っている。彼らの視線が、新参者であるアレックスに一斉に注がれた。アレックスは軽く会釈した後、アメリアに促されるまま、空いていた席に着いた。会場中の視線が注がれ、場違いな服装のアレックスは、身の置き所が無い思いがした。
定例会は、軽い挨拶とガーデンローの娼館全体の景気について軽く触れられた後、組合員が提出した議題の審議へと移った。最初の議題について、アメリアが声を発した。
「『ミストナイトクラブ』後継者の就任に付きまして、アレックス様の娼館組合員としての地位の承認と、評議員の役職への推薦を提案いたします」
アメリアの発言後、速やかに議決が始まった、既に結論が出ていたらしく、全員が挙手したことで、全会一致で可決された。アレックスは、自分が夜の世界に、正式に組み込まれたことを実感した。
次に、老舗の娼館「夢の館」のオーナー、バスコ=ロミオが議題を提出した。彼は不機嫌そうな顔つきで、現状への不満を露わにした。
「わしは、組合長選挙の開催を要求する! 最近の好景気で余所者が次々と娼館を建てておる。不景気を耐え続けやっと返済の希望が見えてきた娼館も多いというのに、このままでは客や娼婦の取り合いで台無しだ!既存の娼館を守る為にも、組合長がガーデンローの娼館を束ね、余所者の進出を防がねばならん!」
バスコの主張に、アメリアが反論した。彼女の言葉は穏やかだが、その裏には確固たる意志が感じられた。
「バスコ様、娼館の自由な参入を規制することは、娼婦たちの働く店の選択の自由を奪うことにつながります。組合の理念を損なうことにもなりかねませんし、バスク様が真に恐れているのは、娼婦の給与が上がり娼館の利益が減る事ではありませんか?」
バスコとアメリアが激しく言い争っていると、円卓の空気が一気に張り詰めた。他の娼館長たちも、どちらの意見に与するか、手をこまねいているようだ。緊迫した状況の中、「スチームハウス」の娼館長、ロバート=スチーブが割って入った。
「まあまあ、お二人とも、少々落ち着いてください。アレックスさんは就任したばかりで、まだこの組合の状況を把握しきれていないでしょう。彼には理解する時間が必要です。この件は、次回に持ち越すべきではないでしょうか?」
ロバートの提案に、バスコとアメリアは互いに不満げな視線を交わしながらも、渋々ながら受け入れた。組合の複雑な政治状況を目の当たりにしたアレックスは、更なる不安を抱えた。この街の娼館業界は、彼が想像していた以上に、深い闇と権力闘争に満ちているようだった。彼は、自分がこの渦中に放り込まれたことを改めて痛感し、これから待ち受けるであろう困難の大きさに、静かに身震いした。




