第四章:無垢な宝石
薄暗い玄関階段に座り込む美しい少女。その姿は、荒廃した「ミストナイトクラブ」の外装とはあまりにも不釣り合いだった。もしかしたら、具合が悪くて座っているだけかもしれないと考え、彼女に声をかけた。
「あの、どうされましたか?」
少女はゆっくりと顔を上げた。ブロンドの長髪が月の光を反射し、その顔立ちは驚くほど美しかった。しかし、その瞳には深い悲しみが宿っていた。彼女は立ち上がると、深々と頭を下げた。
「夜分遅くに申し訳ございません、扉の求人広告を拝見しまして……」
少女は、アレックスが昼間に貼った紙を指さした。募集開始当日に、しかもこんな美女が現れるとは。アレックスは驚きを隠せなかった。
「ああ、その件ですか。とりあえず中へどうぞ。こんなところで立ち話もあれですし。」
アレックスは扉を開け、少女を中へ招き入れた。黴と埃の匂いが充満するエントランスの惨状に、少女は一瞬驚いたように見えたが、すぐに平静を装った。
アレックスは彼女を従業員控室へと案内した。粗末な椅子と机が置いてあるだけの部屋で、彼は埃を払って彼女に椅子を勧めた。
「どうぞ、お掛けください。私はアレックス=リードです。この度、『ミストナイトクラブ』の新しいオーナーに就任しました。」
「リリィ=ガードナーと申します。このような場を用意していただき、ありがとうございます。」
リリィは恭しく椅子に腰掛けた。アレックスは彼女の所作や美貌に目を奪われつつも、面接を始めた。娼婦の募集とはいえ、まずは能力や人柄を確認する必要がある。
「リリィさん、この仕事は、その……大変なことも多いと思いますが、ご覚悟はありますか?」
アレックスは言葉を選びながら尋ねた。リリィはまっすぐアレックスの目を見て答えた。
「はい、承知しております。」
その真剣な眼差しに、アレックスは彼女の意志を感じた。
「分かりました。それと、娼婦としての仕事以外にも雑用をして頂きたいのですが、そういった点は大丈夫でしょうか」
アレックスが尋ねると、リリィははきはきと答えた。
「はい、 家事の方は掃除、料理、洗濯、全てこなせます。それと、実家が花屋を営んでおりましたので、花の世話や造園の知識がございます。」
リリィの言葉に、アレックスは喜びを隠せなかった。これほどの美貌に加え、雑務までこなしてくれるなら娼館の運営も安泰だろう、造園の知識は庭園の再生に役立つことを考えると、クラブ再建に光が差してきたように感じた。ここまでは順調に進んでいたが、直後に重大な問題に直面した。
「一応お尋ねしますが、男性経験はございますか?」
アレックスが尋ねると、リリィの顔から血の気が引いた。彼女は俯き、小さな声で答えた。
「……申し訳ございません。わたしには、そのような経験はございません。」
アレックスは愕然とした。男性経験がない、つまり娼婦としての適性は全くの未知数。どれほどの美貌を持っていても、この仕事ではベッドで客を悦ばせられることが何よりも重要だ。彼女を雇うことは、娼館の再建にとって大きなリスクとなるかもしれない。
「そうですか……、そういった需要はあるにはあるのですが、今回の求人はスキルをお持ちの方を想定しておりまして…」
アレックスが言葉を濁すと、リリィは再び顔を上げ、震える声で話し始めた。
「私には、どうしてもこの仕事が必要なのです。ガーデンローの工場が無くなってから、家は苦境に陥ってしまいました。父は出稼ぎに出たきり消息が途絶え、去年には母も流行り病で……」
リリィの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「これまでの負債と、母の治療費で、私の家は多額の借金を抱えております、今の花屋の稼ぎだけでは利子が膨らむばかりです。このままでは、母の残した店も、父が帰る場所も、全て失ってしまいます。ですから、私は……!」
リリィの悲痛な告白に、アレックスは胸を締め付けられた。彼の脳裏には、背負わされた7億クラウンという途方もない借金の額が浮かび上がる。そして、この荒れ果てた娼館を再建しなければならないという問題も。
(経験がないのは致命的だ。だが、彼女を雇わなければ、次にいつ応募者が来るかもわからない。それに、彼女は……)
アレックスは難儀した。しかし、彼のこれまでの人生が少しだけ彼女と重なる気がして、自分に縋る彼女を見捨てる事は絶対にしたくなかった。
アレックスは決断した。
「……わかりました、リリィさん。経験がないのは正直、困ります。ですが、あなたの状況もお察しします。この娼館は今、掃除もままならない状態です。そこで提案なのですが……」
アレックスは、リリィの目を見て続けた。
「娼婦希望者が来るまでの間、暫くの間、掃除婦として働いて頂けませんか? 給与はあまりお出しできませんが、再開準備を手伝っていただければと思います。」
リリィの瞳にかすかな光が灯り、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! 精一杯、務めさせていただきます!」
その声は、安堵に満ちていた。アレックスは、少しだけ心が軽くなるのを感じた。何にせよ、一人従業員を確保できたのだ。娼館の再建に向けた、確かな一歩を踏み出した。
いよいよ娼館の再建に向けて動き出しました
まだ不安の残る道筋ですが
二人のこれからの活躍と決断にご期待ください




