第三十五章:男装の娼婦
今回の募集は大成功だった。特に、叔父の頃のミストナイトクラブを知るマーシーの獲得は、経営拡張に大いに役立つだろう。
アレックス達は、今回面接に来た応募者の情報を見ながら、更に採用する人材を探していた。印象的だったのは、殆どの応募者が、数年他所の娼館で働いていた経験者だということだった。サラが言っていた通り、働いている娼館の待遇面に不満が多く、新人厚遇の業界に嫌気がさしているようだった。
「今回採用するのは三人だけでよろしいのですか?」
リリィが尋ねた。
「四人以上採用すると研修の手が回らなくなりますからね。今回は支度金も設定しているので資金にも限りがありますから。」
「どこの娼館も待遇向上を掲げている割に、実態はそこまで良いわけでもないようね。入った後にがっかりする娘も多いみたい。」
カトレアが書類を見ながら話す。彼女は休暇中だったが、暇つぶしに面接待ちの応募者の会話を盗み聞きしており、一言一句記憶していた。
どうやら、募集内容と実態が大きくかけ離れている娼館が多いらしい。何かと理由をつけて給与や手当はカットされ、一時金のせいで数年は他所の娼館に行くこともできない。住居として提供されるアパートメントも、外装を塗り直しただけで、風呂トイレ共用の古い住宅のままらしい。娼館業界の経営者のモラルは、大いに乱れているようだった。
アレックスは叔父の名を汚さぬよう、誠実にミストナイトクラブを経営をしようと、心の中で強く誓った。
ちょうどその時、玄関のベルが鳴った。誰だろうと扉を開けると、そこには上等なスーツを身に纏った青年が立っていた。
「遅れてすまないね。ここの求人募集を見て伺った者だが、面接は終わったかな?」
「いえ、大丈夫ですよ。どうぞ、お入りください」
アレックスは、慌てて面接の準備をし直した。今回は、カトレアの希望で三人で面接をすることになった。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「セシル=ローランだ。こんな格好をしているが、性別は女さ。」
「娼館でのご経験は?」
「四年くらいかな。娼婦以外では、ホテルとか、カジノでも働いていたよ。」
「何か強みや特技などはございますか?」
「色々な業務を経験したことかな。バーテンダーとか、秘書とかもできるよ。」
セシールは、リリィの入れた紅茶のカップを優雅な所作で口に付けた。その立ち居振る舞いは、礼儀作法を熟達しているようだった。
「どうしてミストナイトクラブに応募されたのかしら?」
カトレアが質問する。
「有名な娼館が再開したと噂を聞いてね、詳しく聞いてみれば経営者は若い青年だって言う話じゃないか。どんな人物か気になって訪ねてみたのさ。」
セシールはそう言って、優雅に微笑んだ。
「中々良い目をしているね。熱意もあり、汚れてもいない。」
彼女はアレックスの瞳を覗き込んだ。中性的で、均整の取れた美しい顔立ちに、アレックスは少し照れてしまった。
「ありがとうございます。まだ手探りで経営している状態ですが、従業員の協力で成り立っております。」
なるほど、とセシルは感嘆した。
「経験は浅いが、才能もあり、謙虚さもある。君の元で働く娘達も、幸福そうだ。」
彼女はリリィの方を見つめた。
「はい、とても素晴らしい方ですよ。」
リリィはにっこりとほほ笑んだ。アレックスは、自身を持ち上げられて少し恥ずかしかった。
「唯一の欠点である経験の浅さだが、幸い、僕は経営に対して多少の心得がある。」
セシルは、前に身を乗り出した。
「僕は色々な業界を渡り歩く中で、トラブルの対処や従業員の管理も多く経験した。小さな店で経営に関わったこともある。この知識、君の元で是非活用してほしい。」
セシルは真っすぐな瞳でアレックスの反応を伺っている。経営の経験がある人材は、未熟なアレックスにとって何としても必要な人材だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
アレックスは彼女に頭を下げた。この光景を見て、カトレアは妙な違和感を感じていた。アレックス長所を的確に見抜き、彼に不足している経験を補える事を積極的に売り込むまでの流れが、あまりにもスムーズな様に感じられたのだ。セシルがそういった人材把握やセールスの技術に優れているだけなのかもしれないが、彼女の思考デバイスは警戒信号を発していた。
「カトレア、大丈夫かい?」
アレックスが声を掛けた。
「ええ、大丈夫。これからよろしくね。」
カトレアはセシルに声を掛けると、部屋を後にした。彼女の思考デバイスは、これから起こる事に対し不安を示していた。




