第三十二章:定期メンテナンス
ある日の午後、スチームハウスの地下ラボに笑い声が響いていた。
「そうかそうか! カトレア君は好奇心旺盛だね!」
向かいに座るアレックスから、寝込みを襲われた件を聞いたロバートは、腹を抱えて笑っている。ラボの奥では、カトレアが装置に繋がれていた。
今日は彼女の定期メンテナンスの日だ。アレックスもオートマトンの整備知識はあるが、ミストナイトクラブに整備環境はない。カトレアの思考デバイスの分析を兼ねて、ロバートのラボを訪れたのだ。
「メモリの使用状況を解析してみたけど、計算処理よりも擬似感情の処理に大部分の性能を消費しているね。ミストナイトクラブでは、随分と刺激に満ちた生活を送っているようだ。」
分析結果を見ながら、ロバートが言った。
「普通、思考デバイスの実験は、情報処理や計算処理しかしないから、こういったデータはとても貴重だよ。」
ロバートは満足げに語る。対照的に、アレックスは不安気な表情を浮かべていた。
「……カトレアの行動はオートマトンとしてはあまりにも異質すぎて、少し心配です。」
アレックスの不安に、ロバートは答えた。
「確かに、人間と対等な関係を望み、権利を主張する彼女は、一般的なオートマトンと一線を画す存在だ。何をしでかすか分からないという不安はもっとだろう。」
だが、と、ロバートは続ける。
「君は不安だと言いながらも、彼女の考えを尊重したいと思っているんじゃないか?」
ロバートの言葉に、アレックスはハッとした。
「契約書の件と言い、衣装の件と言い、君がきっぱりと拒絶すれば彼女は引き下がっただろう。いくら高度な知能を持っていても、所有者に逆らうことは出来ない、そういうルールを元に作っているからね。」
「ルール、ですか…。」
「君が一言、自主性を放棄し従順に従え、と言えば、彼女は一般的なオートマトンのように振る舞うだろう。何なら僕がデバイスを直接弄ってしまってもいい。どうする?」
アレックスは、暫く考え込んだ。それから、ゆっくりと言葉を発した。
「僕は、カトレアの意思を尊重したいです。」
アレックスの答えに、ロバートは満足そうに頷く。
「そうか、だったら僕も、カトレア君の為にささやかな協力を続けよう。」
ロバートはカトレアに繋がれたケーブルを引き抜き、主電源を起動する。彼女がゆっくりと目を覚ました。
「もう終わりかしら?」
「ああ、特に不具合もなかったよ、このまま帰って大丈夫だ。」
カトレアは装置から降り、アレックスの元に近づく。
「この後、付き合ってもらってよろしいかしら?道中で気になるお店を見かけたの。」
アレックスは迷いなく答える。
「分かった、一緒に行こうか。」
そう告げると、カトレアは微笑みながら手を差し出す、アレックスは、迷う事なく彼女の手を取った。




