第二十九章:新戦力
契約後、アレックスはカトレアを本格的に客前に出すことを決めた。
オートマトンを従業員にしているのはこの街でも「スチームハウス」と「ミストナイトクラブ」だけだ。その物珍しさから、開業直後にもかかわらず、来店する客は日に日に増えていった。
カトレアは、客のタイプに合わせて性格を変え、巧みに対応していた。時には妖艶に、時には純真無垢を演じ、客を翻弄して酒の売り上げを上げていく。彼女の優秀な分析力と記憶力も遺憾なく発揮され、客への気遣いや好みの把握も完璧だった。
何よりも、リリィが予約客を相手している間もホールが営業できるようになったのは、非常に大きな成果だった。予約待ちの客を退屈させず、追加で利益を得られる。顧客満足度を向上させつつ、利益も確保できるようになったのだ。この質の高いサービスは、今後の客足にも良い効果をもたらすだろう。
ある日の昼下がり、カトレアがアレックスに話しかけた。
「仕事着が欲しいわ。」
「仕事着って……、スチームハウスの制服があるじゃないか。」
「私は、オーダーメイドの仕事着が欲しいの。」
どうやら、リリィの仕事着のことを耳にしたらしい。カトレアも、自分だけの一着が欲しいのだろう。
「リリィの服はマスターに買ってもらったそうじゃない? 私にも買って欲しいわ。」
笑みを浮かべながら顎のラインをなでる。どこまでも妖艶なオートマトンだ。
「わかった……。ただ、あまり高いのは無理だよ。」
アレックスの言葉に、カトレアは満足そうに微笑んだ。
アレックスは、リリィの仕事着の代金を支払うため、そしてカトレアの新しい衣装を作るため、多額の現金を持ってミュレ服飾店に向かった。
店の扉を開けると、そこに立っていたのは、アルベールでもエルミーヌでもない、初老の男性だった。
「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」
丁寧な対応を受け、アレックスは自己紹介と要件を伝えた。
「あなたがミストナイトクラブの……。少々お待ちください。」
そう言うと、奥の機械を作動させ、二階へと続く階段を下ろした。二階からはミシンの音が聞こえてくる。
二階に着くと、男性は改めて自己紹介をした。
「店長のオーギュストです。先日はうちの息子たちがご迷惑をおかけしました。」
オーギュストは深々と頭を下げた。
「質にこだわって予算を蔑ろにする傾向がありまして、何度も注意はしているのですが……。」
彼が横目でエルミーヌを睨むと、会話を盗み聞きしていた彼女は慌てて作業を再開した。
「お気になさらないでください。おかげで素晴らしい衣装が出来ましたから。」
アレックスがそう言うと、オーギュストはゆっくりと顔を上げた。
「そう言っていただけて光栄です。」
アレックスが支払い手続きのため奥に案内されると、作業場にはカトレアとエルミーヌだけが残された。
作業場には、コンセプトや色の調和を無視して無秩序に大量の衣装が飾られている。カトレアは、衣装にそっと手を伸ばした。
「気に入ったかい、オートマトンのお嬢さん。」
いつの間にか、エルミーヌが隣に来ていた。
「ここにあるのは、兄貴が趣味で作っている衣装さ。どれも過激だったり癖が強すぎて、なかなか似合う客がいなくてね。買い手が付かずに作業場に溜まってるんだ。」
眺めてみれば、確かにどれも一筋縄ではいかないデザインばかりだ。横が完全に空いているものや、鮮やかな色の可愛らしいフリルが付いたドレスなど、強烈な個性を持つ衣装が並んでいる。
数々の問題作を眺めていると、ふと、ある衣装がカトレアの目に留まった。
フリルからリボンまで黒一色。まるで暗闇に溶け込みそうなほど漆黒のドレスだ。
「試着してみるかい?」
エルミーヌが声をかけた。
「よろしいの?」
「気になったのなら着てみるのが一番さ。それに、小柄なあんたなら似合いそうだ。ついでに髪もセットしてやるよ。」
カトレアは少し考えたが、待ち時間の気晴らしになると考え、エルミーヌと共に試着室へと入っていった。




