第二十八章:契約書
カトレアの研修は、期待以上の成果を上げた。
営業中のバックヤード業務から客室の清掃まで、彼女はすべての仕事を軽々とこなし、アレックスとリリィの負担を大きく軽減してくれた。アレックスは、彼女がこれほど優秀であれば、娼婦としての仕事も教えて、リリィと二人体制で娼館を運営できるのではないかと考えた。
オートマトンは本体こそ高価だが、電気だけで稼働する。メンテナンス費用を考慮しても、人間を雇うよりはるかに安上がりだ。うまくいけば、もっと多くの利益を上げられるかもしれない。そんな皮算用をしていたアレックスの想定は、その日の終業後、あっけなく打ち砕かれることになった。
「契約書……?」
アレックスが戸惑いながら尋ねると、カトレアは優雅に微笑んだ。
「ええ。私がここで働くに当たっての条件よ。」
彼女に渡された紙には、給与や福利厚生などがびっしりと記載されていた。
「一日の勤務時間は最大10時間、時間外労働には別途残業代を支給。メンテナンスを除く週一日の休暇と、基本給に加えて成果報酬…。」
その内容は、一般的な労働者の雇用条件と何ら変わりない。給与形態もリリィと同一だ。しかし、彼女は人間ではない。機械に給料を払うなど、前代未聞だった。
「給与なんて貰って、君は何をするつもりなんだ?」
「あら。労働に対価は当然でしょう? 使い道を話す必要なんてあるかしら?」
「それに、労働時間や休暇ってどういうことなんだ? 君は機械じゃないか」
アレックスは思わず反論してしまった。その瞬間、カトレアの表情が凍り付く。
「機械なら、どれだけ酷い扱いをしても良い、と仰るのかしら?」
その言葉に、アレックスはハッとした。
「……確かに、私は人に利用されるためだけに生まれたオートマトンですものね。昼夜問わず働かせて、男たちの慰み物にしても、機械ごときに余計なコストは払いたくないものね?」
カトレアの一言一言が、アレックスを糾弾しているように聞こえた。
確かに彼女は機械だが、その高度な技術は、人間に近い思考と感情を生み出している。それが人工的なものだとしても、彼女は一人の「労働者」として、人間と対等な関係を望んでいるのかもしれない。
アレックスは深く頭を下げた。
「君を侮辱する発言をしてしまって、本当に済まない。この内容で契約しよう」
アレックスはペンを取り、契約書にサインをした。
予想外の言葉に、カトレアは目を丸くした。だが、すぐにいつもの表情に戻ると、立ち上がってアレックスに深くお辞儀をした。
「不肖カトレア、これよりミストナイトクラブの娼婦として、あなたと娼館に尽くします」
カトレアは静かにそう告げた。アレックスは、彼女のことをほんの少しだけ理解できたような気がした。




