46 安堵
ロザミア様が無事に出産して、一年の歳月が流れた。
安定した政治体制が維持され、国外から訪れる者達が増えた。
ロザミア様が製紙技術の応用を大学で行っており、紙の種類が増えた上に印刷技術も発展してきている。
どの国も買うのではなく自国で紙も印刷もしたいから、大学に技術を学びに来るのだ。その関係で、学園にも外国からの留学生が来るようになった。その中には母国の令息や令嬢も居る。
お母様に伝わるのではないかと思うと気が気ではない。留学生を迎えられる程に回復していると知れば、ここに来るかも知れない。そんな圧迫感が、私を苛む。
そして……
「ご結婚なさっていないようだと、お父様に手紙を書こうと思いますの」
私が書類仕事をしている部屋に先ぶれを出して現れたのは、パール・ゼルネア公爵令嬢。
母国で三つあった公爵家の一つで、私と母国での身分は同じ次女だ。ただの挨拶だと思ったのに……。
「宰相閣下に会わせて頂けるなら、婚約の件で色々とお助けできるかも知れません」
問題のある令嬢だとは聞いていたが、本当だった。
どうしたものかと考えて、挑発する様に言った。
「クリス様とは、年が離れているけれど、それでも欲しい?」
まだ十六歳だ。子供だと侮られたと理解したらしく、眉間に皺を寄せる。
「若い方がいいと皆様おっしゃるわ」
ミナ・サマー夫人は何処にでも居て人気者。顔の無い夫人の言い分は、現実を前にすれば一瞬で消えてしまうのに。
「そうかも知れないわね。でも我が家には、私のウェディングドレスがあるの」
パール嬢の顔が一気に強張った。
今、私達は結婚式の衣装の準備をしている。
今回は三つの型の内、王都に工房を持つマービン工房にお願いしている。そして……うちの客間二つがドレス工房と化し、針子が通ってきてうちでドレスを作っているのだ。
マービンは夫婦で工房を切り盛りしている。マービンは会計を、奥様のトリシアはデザインを担当している。
温厚な二人は、私とクリス様に付き合って時間をかけてデザインをつくってくれた。感謝しかない。
二人は私達の希望を取り入れたドレスが高価な上に、万一の場合に国への影響が大きい為、自分達の工房で預かるのは警備上問題があると言った。だから、うちに針子が通って来ているのだ。
「お招きしてもいいけれど、デザインが外部に漏れたら真っ先にあなたを疑うわ。だって、ロザミア妃殿下にもエリーゼ辺境伯にも見ないで我慢してもらっているのだもの」
パール嬢は涙目になった。……王妃と辺境伯にまで喧嘩を売ってしまっていると分かったのだ。
「今の話は聞かなかった事にしてあげる。……お帰りなさい」
「……いきなりお邪魔して申し訳ありませんでした」
パール嬢は青い顔でカーテシーをすると出て行った。
「ちょっと大人気なかったかしら……」
コリーヌが苦笑する。
「いいえ、もし屋敷に来ると言われたら、エリーゼ様にお知らせしようかと思っていたくらいです」
エリーゼ様は、ローエル様と一緒に居る事で格好良くて可愛い女性になった。今や学園の令嬢達に大人気なのだ。エンキーを差別する風潮は若い世代から消えていっている。
パール嬢は、公爵の位に魅力を感じてクリス様の婚約者になりたかったのだ。彼女の実家も公爵家。その家を出て下位の貴族家に嫁ぐのが嫌だっただけ。
そんな彼女を贅沢のしづらい留学生と言う形でこちらに出したのは、彼女の両親だ。
公爵夫妻からは、次女の性根を少しでも矯正して欲しいと頼まれている。
まだ留学してきて二か月。これから色々な事を知っていって欲しいと思う。
私も彼女と同じ年齢でこの国にやってきた。この国にきた当時の、無表情で人の顔色を窺い、気配を隠して逃げる私は居なくなった。だから、きっかけさえあればきっと変れると思う。
数日後、母国でも通行証が発行されないと国外へ出る事ができなくなったとクリス様に言われた。
「王妃教育を受けている御母上には発行許可が下りない」
「では……お母様はここに来ないのですね」
「うん。もう返事は書かなくていい」
本当に……忘れていい時がやってきたのだ。まだ疑う自分が少し居るけれど、これは時間と共に小さくなる。そんな予感がした。
クリスはこのとき、三十一歳です。
「クリス様と会ったら無理だって思ったと思いますよ」
「え!」
「だってクリス様に媚びを売ると、物凄く冷たい目で見られますから。端で見ていても怖いですもの。若い女の子なら泣いちゃいますよ」
「そうか……」
(おじさんだからかと思った)




