39 油断大敵
カイルから手紙が来た。
母国との便りは、ずっと届いていなかったから驚いて開くと、無事に爵位を継承して結婚したとの報告だった。私は嬉しくて、手紙を抱いてくるくる回ってしまった。
「どうされたのですか?」
コリーヌに聞かれて、弟が結婚した事を話す。
「それは慶事ですね。ところで、お嬢様はいつご結婚なさるのですか?」
私は動きを止めてコリーヌを見る。
「ずっとご一緒に住んでおられますが、クリス様とお嬢様はまだご結婚なさっていませんよね?」
忘れていた訳ではないのだ。ただ、何となく後回しにして逃げていたのは事実だ。
「えっと……」
「私も婚約しました」
コリーヌが私の専属侍女になった目的の一つは、同族同士の結婚が続き、力の弱まったエンキーに強い子供をもたらす事だったと後で聞いた。実際、エリーゼ様やローエル様はこの国の人とエンキーの混血で、エンキー同士で結ばれた夫婦の子よりも強いのだとか。
それでコリーヌのお相手は、この屋敷の執事であるジョセフのお孫さんだ。ジョセフは子爵位を持っていて、代々この家の執事をしている。
息子さんは今領地の屋敷を仕切っていて、修行で来ていたお孫さんとコリーヌが縁を結ぶ事になったのだ。コリーヌはとてもいい子だから、ジョセフはとても喜んでいた。
『これなら、ひ孫は執事としてだけでなく護衛としても仕込めますな!』
……色々な意味で。
「できれば、お嬢様のお子様の乳母になりたいと思っています」
「え!」
まだ結婚もしていないのに……。なんて赤くなって頬に手を当てていると、コリーヌは笑顔で言った。
「エリーゼ様も半年後には結婚なさいます。お嬢様もそろそろご準備下さいね」
エリーゼ様は、ローエル様と二か月程交流を重ねた後で婚約を結んだ。
元々エリーゼ様は美しい方だ。男装をやめたエリーゼ様の美しさは輝く様で、言い寄る者達が出ていた。エリーゼ様はいつもローエル様からのプレゼントであるドレスを身に着け、彼らを全く気にしていなかったが、ローエル様の方がそれに焦ったのだ。
それでも、交流しないままでプロポーズしない為に交流を密に行い……。
そして、王都の有名なローズガーデンの一角を貸し切り、ローエル様は髪をばっさりと切ってプロポーズをしたのだ。
『髪は切ってもまた伸びます。あなたとの思い出もこれから長く居れば増えます。どうか、夫として側に居させてください!』
と言ったそうだ。
ロザミア様と一緒に茶会で質問攻めにして聞き出した。
実はローエル様が美男である為、狙う令嬢が居た。エリーゼ様もハラハラしていたのだとか。
この日から、ローエル様はエンキー領に帰らないで王都に居る。ベサルタ工房は王都に支店を出して、大歓迎された。
エリーゼ様のウェディングドレスはだいぶ前からローエル様が作らせていたため、あっと言う間に結婚式の日取りが決まってしまい、エリーゼ様は多忙を極めている。
既婚者仲間が出来るとロザミア様は大喜びしていたが……今はベッドの住人だ。つわりで起き上がれないのだ。
王妃の第一子懐妊に、辺境伯の結婚。国は数年前の陰りが嘘の様なお祭り状態になっている。
(幸せの連鎖だわ……)
立ち止まったままではいられない。だから私も踏み出す時なのだろう。
クリス様が長い間待っていてくれていたのは知っている。……とてもありがたかった。けれど、待っていると言う事は、私から言わなくてはならないと言う事だ。
カイルが跡を継いだのだから、母国に手紙を書いてもいいだろう……。
お姉様は王家に嫁ぎ、お母様はお父様と領地に移ったと書かれていた。だから大丈夫。
エリーゼ様はお忙しく、ロザミア様は半病人。相談できる相手が居ないのだ。
ずっと話せなかったカイルと話をしたかった事もあって、クリス様に私から結婚準備の話を言い出さねばならず、どう言ったらいいかと言う相談の手紙を書いた。
これを後になって後悔する事になった。
カイルはこの手紙を読んで、晩餐の席で奥様に相談したらしいのだ。
それを……古参のメイド長が聞いていた。メイド長は長くお母様に仕えていた。だから娘の私が結婚する事を伝えねばならないと思ったらしい。
そして……お母様からの手紙がきてしまったのだ。
ローエルが子爵なのは特殊な理由があります。母親が実家に里帰りをする際に治安が悪化しており、野盗に襲撃された事が原因です。この時に受けた傷が元で父親が体を壊した為、ローエルが特例で爵位を継ぐ事が認められる事になりました。
この事は公になると内紛になる為、当時の国王は特例を認めました。
表向きは婚約者と爵位を継いでから死別した事にされています。
ローエルの父親はエンキーの中ではあまり強い方ではなく、嫁のなり手が居なかったので融和の為の縁談に乗って結婚しています。エンキーでは強さが結婚の判断基準なのでエンキーではモテませんでしたが、ローエルとよく似た美男です。なので、ローエルの母親は未だにベタ惚れです。




